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2026-07-11

[][] ジェシー・アイゼンバーグが『The End of the Tour』の脚本を読んだのは、あるインタビューを受けた直後だった。

https://www.dailynews.com/2015/07/29/jesse-eisenberg-talks-being-drawn-to-end-of-the-tour-batman-film-and-fame/

ジェシー・アイゼンバーグが『The End of the Tour』の脚本を読んだのは、あるインタビューを受けた直後だった。

そのインタビューについて彼は、

自分について好意的なことを書くつもりはないし、自分が望むような人物像として描かれることもないだろうと分かっていた」

と語っている。

この映画は、ジェームズ・ポンソルト監督(『The Spectacular Now』)による作品で、ジャーナリストのデイヴィッド・リプスキーが書いた本を原作としている。

その本は、1996年、『Infinite Jest』という壮大なコメディ小説プロモーション中だったデイヴィッド・フォスター・ウォレスと、リプスキーが過ごした5日間を記録したものだ。

アイゼンバーグが演じるのは、当時30歳だったリプスキー

自身小説家だったが、成功限定的で、『Rolling Stone』誌で働いていた。

彼は編集者を説得し、インディアナ州へウォレス(演:ジェイソン・シーゲル)のインタビューに行かせてもらう。

ウォレスはそこで小さな大学教員をしていた。

Infinite Jest』の出版によって、当時34歳だったウォレス文学界有名人となった。

主要メディアは彼を「自分たちの世代の声」「天才」として絶賛した。

ピューリッツァー賞受賞劇作家ドナルド・マーグリーズによる『End of the Tour』の脚本を読んだアイゼンバーグは、

「この男を演じるのは面白いと思った。単なる無害なインタビュアーではなく、誰かを暴こうとしてそこへ向かっている人物から

と感じたという。

文学者同士の長い会話など、素晴らしい映画になる題材には思えないかもしれない。

しかし『End of the Tour』は、ユーモアと哀しみを交えながら展開する、二人の間の魅力的な心理戦になる。

一種ロードムービーでもあるこの作品は、ポップタルトジャンクフードを分け合うような馬鹿げた日常的な場面と、暗く告白的な瞬間を並置している。

アイゼンバーグは、ウォレスについて人々が知っていることは、おそらく二つだけだと言う。

一つは、彼が1079ページにも及ぶ巨大な本を書いたこと。

もう一つは、2008年、46歳で首を吊って自殺したこと

ウォレスは風変わりな人物だった。

写真では、しばしば祖母のような丸眼鏡をかけ、長い髪をバンダナでまとめている姿が写っている。

彼の文章電気のように刺激的で、幻惑的だった。

描写に満ち、魅惑的で、予想外の方向へ進む。

良くも悪くも、唯一無二の声だった。

主にコメディ俳優として知られていたシーゲルをウォレス役に選んだことには、インターネット上で反発もあった。

しかし、彼の演技は見る者を引きつけるものになっている。

ポンソルト監督は、シーゲルを一つのジャンルだけに閉じ込めることは馬鹿げていると言う。

ロビン・ウィリアムズトム・ハンクスのようなコメディ出身者が、偉大なシリアス俳優になった例を挙げながら。

またポンソルトは、もう一人の主演俳優であるアイゼンバーグについても高く評価している。

彼をダスティン・ホフマンジーン・ハックマンになぞらえ、

まさか主演俳優になれるとは思われなかったような人たち」

だと語る。

早口で話し(ニューヨーク出身らしい特徴だ)、機転の利いた冗談をすぐ返すアイゼンバーグ(31歳)は、シーゲルとの関係について、

映画の中の二人の人物関係はしばしば対立的だけれど、僕たち自身はとても良い仲間意識があった」

と話す。

劇作家でもあり短編作家でもある彼は、マーグリーズの脚本を読むことを楽しみにしていた。

登場人物たちが、本当に感情的に複雑な人生を持っていると分かっていた。台詞も良い。場面が3行程度で終わるようなものではない。こんな作品に関われる機会って、どれくらいあると思う?」

アイゼンバーグの次の仕事は、8月カリフォルニア撮影開始予定のウディ・アレン作品

その後には、自身初の短編集『Bream Gives Me Hiccups』の出版ツアーが控えている。

さらに、この年には『American Ultra』『Louder Than Bombs』の2作品が公開予定で、翌年には『Batman v Superman: Dawn of Justice』で悪役レックス・ルーサーを演じる。

アイゼンバーグは、

バットマン映画で僕が演じる場面は、本当に面白くて魅力的なんです」

と語る。

彼は、『End of the Tour』のような小規模作品と、大作映画の両方で仕事をすることに価値見出している。

アイゼンバーグは、ポンソルト監督について、

俳優との仕事の仕方を深く理解している、珍しいタイプ監督

だと評価する。

また、最初はそれほどドラマチックではないと思った場面を、ポンソルトがより劇的なものに変えていくことに感銘を受けたという。

一見すると何気ない会話の中に、生死をかけたような緊張感が生まれるんです。」

結局、リプスキーは『Rolling Stone』の記事を書く必要がなくなった。

彼はウォレスの死後、インタビュー内容を本として出版した。

『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』のあとがきで、彼はウォレスと過ごした時間の中で、自分自身が抱えていた不安劣等感を認めている。

興味深いことに、雑誌ライターとして経験豊富だったウォレスの方が、インタビューという行為についてはリプスキーよりはるかによく理解していた。

自分発言がどのように誤解され、切り取られ、分析され、再構成される可能性があるか。

ウォレスがどれほどそれを意識していたかは容易に分かる。

しろ彼は言葉職人だったのだ。

カメラ存在と同じように、回り続ける録音機は現実のものを変えてしまう。

その意味で、二人は互いのために演じていたのだとポンソルト監督は考えている。

しかし同時に、ウォレスは「自分自身を明らかにしようとしていた」とも感じている。

突然手にした名声を、自分自身理解しようとしていたのだ。

「彼は本質的に警戒心の強い人でした。おそらく作家や、思慮深く神経症的な人間がするように、常に自分自身編集していたんだと思います

とポンソルトは語る。

『End of the Tour』はサンダンス映画祭で上映された際、好意的評価を受けた。

しかし一部からは反対意見も出た。

特にデイヴィッド・フォスター・ウォレス文学トラスト、彼の未亡人、そして何人かの編集者からである

彼らはいずれも映画制作には関わっていなかった。

理由は複雑だ。

一部の人々にとって問題は単純で、

「ウォレススクリーン上で自分を描かれることを望まなかっただろう」

ということだった。

また、作家遺産作品自分たちのもののように守ろうとする人々もいる。

ウォレスを直接知らず、遺産にも関係がない、ただのファンでさえそうすることがある。

ポンソルトは言う。

「多くの人がデイヴィッドを深く大切に思っていることは理解しています私たちは何も知らずに作ったわけではありません。この映画を金儲けのために作ったわけではない。もちろんお金のためでもない。私たちデイヴィッド・フォスター・ウォレスを愛しています。願いは、より多くの人が彼の作品を読むことです。」

作家が衝撃的な死を遂げたことを考えると、不快感を覚える人がいるのも理解できる。

しかし、文学者自殺というものは決してウォレスだけの特殊な例ではない。

『End of the Tour』は、ウォレスが、おそらく最も力を発揮していた時期を描いている。

彼の死は遠い影として存在しているだけだ。

リプスキーの本は、5日間のインタビュー記録がほぼそのまま収録されている。

その中でウォレスはこう語る。

作家は他の人より頭がいいわけじゃないと思う。ただ、彼らは自分の愚かさや混乱の中に、より説得力を持ってしまうんだと思う。」

そしてすぐにこう付け加える。

「でも今の言い方も、結局は音のいい言葉になるように僕が構成しているんだけどね。」

これは、ウォレス自分の名声や、自分が作られるイメージとの間に、どれほど居心地の悪く複雑な関係を持っていたかを示しているとも言える。

アイゼンバーグは言う。

「公の人物としてできる唯一の望みは、自分について物語を作る人たちが、自分に対してある種の敬意を持っていることです。そして、この場合、それは確かにそうだったと思います。」

有名人として、アイゼンバー自身も、自分について何が書かれるかを完全にはコントロールできないことを知っている。

実際、彼は以前、自分不快に感じた記事を書いたインタビュアー電話をした。

その記者は、その記事には皮肉トーンがあったことを認めたという。

アイゼンバーグは語る。

自分がそこまで注目されるほどの価値があるとは思えなかったんです。それに、僕は特別に物議を醸すようなことをしていたわけでもありませんでした。」

Jesse Eisenberg read the script for “End of the Tour” shortly after doing an interview “that I knew was not going to say nice things about me or characterize me in a way that I would want to be characterized.”

The film, from director James Ponsoldt (“The Spectacular Now”), is an adaptation of journalist David Lipsky’s book that recounts five days in 1996 with David Foster Wallace during the promotion of the author’s epic comic novel “Infinite Jest.”

Eisenberg plays the then-30-year-old Lipsky, a novelist himself with modest but limited success, who was working at Rolling Stone. He persuades his editor to send him to interview Wallace (Jason Segel) in Indiana, where the novelist taught at a small college. The publication of “Infinite Jest” made Wallace, then 34, a literary celebrity, with major publications lauding him as the voice of his generation and a genius.

After reading the script for “End of the Tour” by Pulitzer Prize-winning playwright Donald Margulies, Eisenberg “thought it would be interesting to play this guy who was not this innocuous interviewer but is kind of going there to expose somebody.”

While a prolonged conversation between a couple of literary guys doesn’t sound like the stuff of great cinema, “End of the Tour” becomes a fascinating fencing match between the two, punctuated by humor and pathos. A quasi-road-trip movie, it juxtaposes silly and mundane concerns — they share Pop Tarts and junk food — with dark and confessional moments.

If people know anything about Wallace, it’s that he wrote a big book — 1,079-pages — and hanged himself in 2008 at 46, observes Eisenberg. The author was an eccentric figure. His photos often show him wearing granny glasses, his long hair wrapped in a bandana. His writing was electric, trippy, with descriptive passages, seductive and unexpected, for better or worse a singular voice.

The choice of Segel, mostly known for comedies, to play Wallace engendered some protests on the Internet, but the actor proves riveting in his portrayal. Ponsoldt thinks it is ridiculous to box Segel into one category, pointing out that comic talents like Robin Williams and Tom Hanks proved to be great dramatic actors.

Ponsoldt also has high praise for his other star, Eisenberg, comparing him to Dustin Hoffman and Gene Hackman, “guys you wouldn’t think could become leading men.”

A fast talker (a New York City native) and ready with a quip, Eisenberg, 31, says he and Segel had “a nice camaraderie even though the relationship of the characters in the movie is often contentious.”

A playwright and short story writer himself, the actor was excited to see the script from Margulies.

“I knew the characters would have a real emotionally complicated life, that there would be good dialogue, that the scenes were more than three lines long. How often do you get that chance to do something like that?”

Next up for Eisenberg is a Woody Allen film slated to begin shooting in California in August, and then a book tour for his first collection of short stories, “Bream Gives Me Hiccups.” He’s got two more movies coming out this year — “American Ultra” and “Louder Than Bombs” — and next year will be seen as the arch-villain Lex Luthur in “Batman v. Superman: Dawn of Justice.”

“The scenes I have in the Batman movie are so interesting and compelling,” says Eisenberg, who finds positives in working in both big films and smaller ones like “End of the Tour.”

The actor credits Ponsoldt as “an unusual director with keen insight into how to work with actors.” Eisenberg adds he was impressed with how Ponsoldt could make scenes more dramatic than he thought at first. “There becomes these life-or-death stakes in what is seemingly casual interaction.”

Lipsky, as it turned out, never had to write the Rolling Stone article. He published his interviews in book form after the author’s death. In his afterward to “Although of Course You End Up Becoming Yourself,” he acknowledges his own insecurities during their time together.

Interestingly, Wallace — a veteran magazine writer himself — was far more experienced with the interviewing process. It’s easy to see how acutely aware the author was of how everything he said could be (mis)interpreted, parsed, repackaged, etc. etc. He was a wordsmith after all.

Like the presence of a camera, a running tape recorder alters reality. In that sense, the two were performing for each other, the director thinks, but also feels Wallace was “trying to reveal himself,” while trying to come to grips with his sudden celebrity. “He was an inherently guarded person, probably self-editing the way writers and thoughtful neurotic people do,” says Ponsoldt.

“End of the Tour,” which received positive reviews when screened at the Sundance Film Festival, has drawn objections from some camps, notably from the David Foster Wallace Literary Trust, his widow and some of his editors, none of whom took part in the making of the film.

The reasons are complicated. For some it comes down to saying Wallace would not want to be portrayed on screen. There are others who are proprietary about the author’s legacy and writings, even those who are just fans and never knew him and have no stake in his estate.

“I understand that a lot of people care deeply about David,” says Ponsoldt. “We didn’t go into it naïvely. We didn’t make this movie for mercenary purposes, and it certainly wasn’t money. We love David Foster Wallace. Our hope is that more people read him.”

Some people might be uncomfortable since the author died in a shocking way, though literary suicides are hardly unique.

“End of the Tour” finds Wallace at, perhaps, the height of his powers, with his death a distant shadow. In Lipsky’s book, which is mostly the transcriptions of the five-days of interviews, Wallace says, “I don’t think writers are any smarter than other people. I think they more compelling in their stupidity, or in their confusion.” And then immediately admits, “I’m structuring that into a sound bite.”

That might be construed as the author having an uncomfortable, complicated relationship with his fame and image.

“The only hope you have as a public figure is the people making a story about you have some reverence for you, which in our case would be true,” says Eisenberg.

As a celebr

2026-07-10

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現在形の緊張状態

民主主義英語、そして用法をめぐる戦争

デイヴィッド・フォスター・ウォレス

『Harper’s Magazine2001年4月

序文

「最大50%、さらにそれ以上お得!」

Between you and I(あなたと私の間では)」

on accident(間違って)」

「somewhat of a(ある種の)」

「Kustom Kar Kare Autowash(※綴りをわざと崩した店名)」

「The cause was due to numerous factors.(原因は多数の要因によるものだった)」

Orange Crush――A Taste That’s All It’s Own.(オレンジクラッシュ――それだけの独自の味)」

「Vigorex: Helping men conquer sexual issues.(ヴィゴレックス男性性的問題を克服する手助けをします)」

Equal numbers of both men and women oppose the amendment.(男女双方の同数がその修正案に反対している)」

Feedbackフィードバック)」

As drinking water becomes more and more in short supply.(飲料水ますます不足していくにつれて)」

IMATION――Borne of 3M Innovation.(イメーション――3M革新からまれた)」

Point in time(時点)」

Time frame(期間)」

At this point in time, the individual in question was observed, and subsequently apprehended by authorities.」

(この時点において、問題人物確認され、その後当局によって拘束された)

Here for you, there for you.(あなたのためにここに、あなたのためにそこに)」

「Fail to comply with for violate(違反するために従わない)」

「Comprised of(〜から構成される)」

「From whence(どこから)」

「Quote for quotation引用の代わりにquote)」

「Nauseous for nauseated(吐き気を催す、の誤用)」

「Besides the point(要点外れ)」

「To mentor(指導する)」

「To parent(親として育てる)」

「To partner(パートナーになる)」

「To critique(批評する)」

「Indicated for said(saidの代わりにindicated)」

「Parameters for limits and options for choices and viable options for options and workable solution for solution

(limits=限界、options=選択肢、choices=選択、options=選択肢、solution解決策を過剰に言い換える表現

「In point of fact(実際のところ)」

「Prior to this time(これ以前に)」

As of this point in the time frame(この期間のこの時点では)」

「Serves to(〜する役割を果たす)」

「Tends to be(〜になる傾向がある)」

「Convince for persuade(説得する、の誤用)」

「Append for attach(添付する)」

「Portion for part(部分)」

「Commence(開始する)」

「Cease(終了する)」

「Expedite(促進する)」

「Request for ask(尋ねる)」

「Eventuate for happen(起こる)」

「Subsequent to this time(この後)」

「Productive(生産的)」

「Facilitate(促進する)」

Aid in(助ける)」

「Utilize(利用する)」

「Detrimental(有害な)」

「Equates with(同等とする)」

「In regards to(〜について)」

「Tragic, tragedy(悲劇的、悲劇)」

「Grow as transitive(growを他動詞として使う)」

「Keep for staystayの代わりにkeep)」

On-task(課題に集中した)」

「Escalate as transitive(escalateを他動詞として使う)」

「Closure(終結)」

「Community(共同体)」

Iran must realize that it cannot flaunt with impunity the expressed will and law of the world community.」

イランは、世界共同体が示した意思と法を、罰を受けずに無視することはできないと理解しなければならない)

「Community support(地域社会支援)」

「Community-based(地域社会に基づく)」

「Broad appeal(幅広い訴求力)」

Rally support(支持を集める)」

「Outpourings of support(溢れ出る支持)」

「Tried to lay the cause at the feet of Congress.」

(その原因を議会責任にしようとした)

「Epidemic proportions(蔓延規模)」

「Proportionate response(相応の対応)」

Feasibility(実現可能性)」

「This anguishing national ordeal.」

(この苦痛に満ちた国家的試練)

「Bipartisan(超党派)」

「Nonpartisan(非党派)」

「Widespread outbreaks(広範囲の発生)」

「To appeal to(訴える)」

「To impact(影響を与える)」

ここまでが序文冒頭の「誤用・過剰表現流行語官僚語・ビジネス語」一覧部分です。

ウォレスはここで、単なる「間違い探し」をしているのではなく、後の本文で展開する

英語の正しさをめぐる争いは、実は民主主義権力階級アイデンティティ問題である

という議論材料を大量に並べています

続きでは、この後の本文

Did you know that probing the seamy underbelly of U.S. lexicography…」

からします。

2026-07-09

[][]] ジョナサンフランゼンがデイヴィッド・フォスター・ウォレスについて語ったとされる「本当らしい話」 https://www.theawl.com/2011/10/a-supposedly-true-thing-jonathan-franzen-said-about-david-foster-wallace/

A Supposedly True Thing Jonathan Franzen Said About David Foster Wallace

第1回

ジョナサンフランゼンがデイヴィッド・フォスター・ウォレスについて語ったとされる「本当らしい話」

ミシェルディーン

率直に言ってしましかない。今年のニューヨーカーフェスティバルで、ジョナサンフランゼンは、デイヴィッド・フォスター・ウォレス自身ノンフィクション作品の少なくとも一部、場合によってはかなりの部分を創作していた、と語ったのである

私はその場にはいなかった。しか金曜日エリックオルタマンによる要約を読み、その出来事について他のフェスティバル報道ではまったく触れられていないことに気づいたため、オンラインで公開されていた対談映像確認した。

以下は、そのやり取りの該当部分を大まかに書き起こしたものである(読みやすさのため「あー」「えー」といった言い淀みは一部省略している)。

レムニック

「私は興味深く思っていたんですが……この世には、ノンフィクションフィクション境界について、ある種の極端にポストモダン的な考え方をする人たちがいますよね。つまり、結局は全部『書かれたものなのだから事実性とか事実のものを気にするのは古臭くて堅苦しい考え方であって、たとえばカプシチンスキが実際には起こっていないことを書いても、それはポーランドという国全体の比喩なのだから構わない、というような考え方です。

そういう事実虚構について異なる考え方を持つ作家は他にもいますが……あなたは、その境界線についてはかなり厳格ですよね。つまりあなたは――」

フランゼン(割って入る)

「(聞き取れず)」

レムニック

「――ノンフィクションを書いていると称しながら、ごまかしをすれば――」

フランゼン

「そう。」

レムニック

「――それは読者を欺いていることであり、一種の虚偽申告のようなものだと考えている。」

フランゼン

「デイヴィッドと私は、その点では意見が違っていた。」

レムニック

「デイヴィッド?」

フランゼン

「そう、デイヴ・ウォレス。」

レムニック

「じゃあウォレスは……」

フランゼン

「うん。」

レムニック

クルーズ船の記事で会話を作り上げるくらいなら問題ない、と考えていたということ?」

フランゼン

「たとえばね。うーん……。」

レムニック

「それを聞いて本当にショックだよ。」

フランゼン

「分かる、分かる。でも、実際にはああいうことは起きていないんだ。気づいていると思うけど、彼は君の雑誌には一度もノンフィクションを書かなかっただろう。」

レムニック

「まあ、頼まなかったわけじゃないんだけどね。でも、それは別の話で……。」

フランゼン

「彼は、おそらく……。」

レムニック

ファクトチェック担当に引っかかっていただろうね。」

フランゼン

ファクトチェッカーは……私は本当にファクトチェッカーが怖い。」

レムニック(笑いながら)

「それでいい。」

フランゼン

「でも、それはテニスコートラインみたいなものなんだ。すごいショットだった。でも問題は、ベースラインを2フィート越えてしまっていたことだ。どれほど素晴らしいショットでも……。」

レムニック

「でもデイヴィッドなら『インだ』と言っただろうね。」

フランゼン

「まあ、そうだね……。私はデイヴのあのクルーズ船の記事は大好きなんだ。だから私は別に……つまり私たちは少し違うやり方をしていただけなんだ。」

この発言だけを見る限りでは、フランゼンの告発

1. 本当なのか(この文脈では何とも厄介な言葉だが)、

2. あるいは新しい情報なのか、

判断するのは非常に難しい。

すべては、「ああいうことは実際には起きていない」という彼の言葉をどう解釈するかにかかっている。

まさかフランゼンは、ウォレスの有名なクルーズ記事「Shipping Out」(後にエッセイ集『A Supposedly Fun Thing I’ll Never Do Again』収録時に改題された)の中で語られている出来事が、すべて実際には起こっていないと言いたかったわけではないだろう。

……いや、本当にそういう意味なのだろうか。

彼は会話についての質問に答えているのだから、その発言は会話部分だけを指しているのかもしれない。

あるいは、このクルーズ船の記事だけではなく、他のエッセイにも当てはまる話なのだろうか。

「たとえば」という言葉からすると、後者のようにも思える。

映像ではレムニック自身もこの告白にかなり驚いた様子で、それゆえにこれ以上深く追及しなかったのかもしれない。

フランゼン本人が詳しく説明するまでは、彼が何を意味していたのか、私たちは推測するしかない。

第2回

もっとも、フランゼンは、この話を聞いて誰も驚かないと思っていた可能性もある。

実際、ウォレス自身インタビューで、自分ノンフィクションにある程度の手を加えていたことを認めている。

1998年インタビュー(トム・スコッカが昨年Slateに再掲載したもので、それ以前には短縮版がThe Boston Phoenix掲載されていた)で、ウォレスは例えば引用を読みやすく整えるため、「like(えーと)」のような口癖を削除したり、句読点修正したりしていたことを、悪びれる様子もなく語っている。

さらに彼はこう続けている。

「実際のところ――ここだけの話だけど、それからボストンフェニックス』の理解ある読者にも――小説家を雇ってノンフィクションを書かせれば、ときどき多少の脚色が入るものなんだ。」

またウォレスは、デイヴィッド・リプスキーとの1997年対話(後に『Although Of Course You End Up Becoming Yourself』として出版された)の中で、「Ticket to the Fair」(後に「Getting Away from Already Being Pretty Much Away From It All」へ改題)についても語っている。

その作品には、「Native Companion(地元内人)」という人物が登場する。ウォレスとともにアイオワ州ステート・フェアを回り、戸惑うウォレスに対して事情通としてコメントする役割を担う人物だ。

ウォレスは、その人物には「実際には別の誰かの声を与えた」とリプスキーに打ち明けている。

しかし一方で、ウォレスは、自分真実を書くことに強い責任を感じているとも繰り返し語っていた。

スコッカとのインタビューでは、クルーズ船の記事出会った夫婦について、自分が裏切ってしまったという思いを苦しそうに語っている。

その夫婦クルーズ中、とても親切にしてくれた人たちだった。

ところがウォレスは、その妻について「女装したジャッキーグリーソン」という、あまりにも不器用表現を書いてしまったのである

彼はこう語っている。

「あれは、本当にひどい出来事だった。あの人たちはクルーズ中、本当に親切にしてくれたんだ。

実際、そのあとカードまで送ってくれて、記事が載るのを楽しみにしていた。

そして記事が出た。

それ以来、私は二人から一度も連絡をもらっていない。

気持ちを傷つけてしまったんじゃないかと、今でも心配している……。

でも、トゥルーディの気持ちを気にするあまり、本当のことを書けなくなるわけにはいかなかった。

彼女は本当に素晴らしい、とても親切で、決して魅力のない人でもなかった。

ただ、たまたま女装したジャッキーグリーソンにそっくりだっただけなんだ。」

さらにリプスキーとの会話では、ウォレスはこう続ける。

「あの記事には作り話なんて何一つない。

変な話だけど、私はそんなことをしたことはない。

……まあ、バトントワリングの場面は、あそこまでの大惨事ではなかったかもしれないけど。

でも、そのときは本当に危険に思えたんだ。」

そしてもちろん、問題になっている二つの作品――クルーズ船の記事アイオワ州フェアの記事――はいずれもHarper’s Magazine掲載されたものだった。

編集担当したのは、現在はScribnerに所属するコリンハリソンである

現時点では彼はこの件について何もコメントしていない。

私たちメールで問い合わせたが、今のところ返事はない。

しかし、これらの作品掲載された後にHarper’s編集者を務めたドノヴァン・ホーンは、Twitterで次のように書いている。

Harper’sファクトチェックは、私が経験した限り(1998〜2011年)、他の雑誌と同じくらい厳格だった。むしろそれ以上だったと言ってもいい。

続けて彼はこう付け加えた。

とはいえ、それが絶対に誤りを見逃さない仕組みだったという意味ではない。

まり考えられる可能性は二つしかない。

ウォレス自身が語っていた「真実を書いていた」という説明がすべてごまかしだったのか。

あるいは、何か別の事情があったのかである

第3回

ここで意見を述べる私の資格といえば、正直に言ってしまえば、ウォレスフランゼンの友情についての噂を執拗に追いかける文学ゴシップ中毒である、という程度のものしかない。(このあたりのどこかでは階級闘争が起きているらしい、という話も耳にするけれど。)

しかし、そうした熱狂的な観察者として考えるなら、「ああいうことは実際には起きていない」というフランゼンの発言と、「ときどき多少の脚色はある」というウォレス自身説明との間に横たわる隔たりを理解する鍵は、おそらくフランゼンとウォレス関係という、ますます長くなっていく脚注の中にあるのではないかと思う。

例えば、文字起こしでは伝わらない、あのやり取りのいくつかの点を考えてみよう。

かに話の流れは、ウォレスフランゼンの友情や、お互いにどんな影響を与え合ったかという話題から続いている。

しかし、ここで問題発言は、ほとんど脈絡なく差しまれ話題のように持ち出されている。

レムニックはすでに話題を切り替え、フランゼン自身ノンフィクションについて質問し始めていたのだ。

レムニックが前置きを話している間、フランゼンは身をかがめ、眼鏡や鼻をいじりながら、ぼんやりとうなずいている。

そして「デイヴと私はその点で意見が違っていた」と言い始めたとき、彼は自分の膝を見つめていて、話の途中になって初めてレムニックと目を合わせる。

その直後、彼は笑みを浮かべる。

もちろん、その無言のしぐさをどう読むかは人それぞれだろう。

私の解釈はこうだ。

彼は意識的に、この話を打ち明けることを選んだ。

質問に追い詰められて思わず口を滑らせたわけではない。

一度立ち止まり自分最初の反応を考え直す時間はあった。

それでも彼は話した。

ただ――これはあくま私自身の印象だが――そこには悪意は感じられない。

しろ、彼が終始浮かべている笑顔には、どこかいたずらっぽさがあるように思える。

これこそが、「フランゼンのパラドックス」を象徴する場面だ。

多くの人――そして本人もそう考えているはずだが――なら、自分親友作品に対して「事実でっち上げていた」と言うことは、非常に重大な告発だと考えるだろう。

それにもかかわらず、フランゼン自身は、それを友情精神で語っているつもりなのだ

自身自己認識と、私たち読者が受け取る印象との間にあるこの落差。

それこそが彼の代名詞であり、多くの人が――まあ、率直に言えば――彼を嫌わずはいられなくなる理由でもある。

それが最も顕著に表れていたのが、今年4月に**『ニューヨーカー』**へ寄稿したウォレス追悼エッセイだった。

その文章は、フランゼンがマサフエラ島を訪れる場面からまり最後には激しい非難文とも追悼文ともつかない、居心地の悪い宙づり状態で終わる。

本当に言いたいことは、孤島や『ロビンソン・クルーソー』について延々と続く脱線の奥深くに埋もれている。

そのため、このエッセイは、一方ではひどく重苦しく、他方では痛々しいほど感情をむき出しにした文章として読めてしまう。

フランゼン自身、「ウォレス自殺後、自分は怒りと仕事に逃げ込んだ」と早い段階で認めている。

しかし、その怒りは本人が自覚していない形でも繰り返し表面化している。

その結果、彼は「退屈さとしてのうつ病」や「幼児的な怒り」、「自殺キャリア戦略である」といった、あまりにも単純化された診断へと突き進んでしまう。

また彼は、ウォレスについて他人が抱いたイメージにも反発しているように見える。

ニューヨーカー誌では、彼はこう書いている。

「ウォレス小説を読んだこともなく、名前すら聞いたことがなかった人たちが、『ウォール・ストリート・ジャーナル』に掲載されたケニオン大学卒業式スピーチだけを読み、『偉大で穏やかな魂を失った』と嘆いた。」

さらにデイヴィッド・リプスキーには(『Rolling Stone』誌掲載オンライン未収録)、こう語っている。

「でも、彼は聖人イヴなんかじゃなかった。」

ウォレス神話化されたイメージを壊そうとするこの衝動は、おそらくウォレス自身なら理解しただろう。

卒業式スピーチで彼はこう言っている。

「何を崇拝するかは、自分で決めることができる。」

しかし、

「本当の神以外のものを崇拝すれば、それは必ずあなたを食い尽くす。」

フランゼンの行動には、その言葉を思い起こさせるものがある。

第4回

今週号の**『ニューヨーク』誌**に掲載されたエヴァンヒューズ記事の中で、エリザベス・ワーツェルは、フランゼンが若い頃どんな人物だったかについてこう語っている。

「晴れた日でさえ、ジョン・フランゼンの周囲では雨が降っていた。」

怒りや悲しみは、きっと彼にとって今に始まったものではない。

しかし、ウォレスの死後にその傾向が強まった理由理解するのは、さほど難しいことではない。

フランゼン自身が、その理由文章の中で明らかにしている。

彼はこう書いている。

「そのうつ病人間は、最も自分を愛してくれた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で、自ら命を絶った。

そして彼を愛していた私たちは、怒りと裏切られた感覚を抱えたまま残された。

それは単に、私たちが注いできた愛という投資が失敗したという裏切りではなかった。

彼の自殺によって、その人間のもの私たちのもとから奪われ、代わりに非常に公的伝説へと変えられてしまたことへの裏切りだった。」

さらに彼はこう続ける。

自分が本当に愛されるに値しない人間だったことを永遠に証明するために、彼は可能な限り残酷な形で、自分を最も愛していた人々を裏切る必要があった。

家で自殺し、彼らをその行為の直接の目撃者にすることによって。」

もちろん、フィクションノンフィクションの違いについての(しばしばあまりにも学術的になりすぎる)議論と同じように、ここでも問題になるのは、

「これらの文章は、ウォレスという人物についての客観的事実として正しいのか」

という問いではないように思える。

私には、それは本質的問題ではない。

本当に問うべきなのは

「これらの文章は、フランゼンが友人の死に苦しんでいるということを表現する文章として、誠実なのか」

ということだ。

結局のところ、ウォレスフランゼンの友情について読んだり、見たり、聞いたりすればするほど、あのフェスティバルでの発言は、フランゼンが世間に向かって投げたもう一つの言葉弾丸のように見えてくる。

そして彼は、それが跳ね返って自分のところへ戻ってくることを望んでいたのではないか

レムニックとの対談の中で、フランゼンは実際、二人の関係性を

「competitive wounding(競争的な傷つけ合い)」

表現している。

彼はそこで、互いの原稿感情的な力によって相手を動かそうとした、という意味で話している。

しかし、事実関係を見てみると、それは二人の関係全体を表す、より大きなテーマだったようにも思える。

このテーマに取りつかれたように調べていく中で、私が見つけた最も興味深い資料ひとつは、二人が――さらに、残念な服装をしたマークレイナーも加わって――**『チャーリーローズ』**で対談している映像だった。

ぜひ見てほしい。

私が一番好きな場面は、11分頃に出てくる。

二人は、現代小説についての高度な理論をめぐって議論している。

そのやり取りは、攻撃的でありながら同時に親密でもある。

その1分間だけを見ても、フランゼンが私たちに語っている物語全体が、もしかすると本当に真実なのかもしれない、という十分な証拠になると思う。

しかし、もちろん。

それがクルーズ船についての話であれ、

失われた友人についての話であれ、

それは「単なる物語にすぎない」のかもしれない。

ミシェルディーン文章は、これまでに Bitch、The American Prospect、The Rumpus などにも掲載されている。

彼女は時々、ここでブログを書いている。

(訳了)

2026-07-05

死体の腕の骨をペーパーカッターに加工して大統領かに贈るような米軍

AI モードの会話あなた入力: 死体の腕の骨をペーパーカッターに加工して大統領かに贈るような米軍 +8 それは第二次世界大戦中の太平洋戦線において、実際に起きた米軍兵士による日本軍戦死者の遺体切断(戦利品狩り)に関する史実です。ご質問の具体的なエピソード概要は以下の通りです。事件概要贈られた人物:第32代アメリカ大統領フランクリン・D・ルーズベルト贈り主:ペンシルベニア州選出の連邦議会下院議員フランシス・E・ウォルター贈られた物:太平洋戦線戦死した日本兵の腕の骨(前腕骨)で作られたペーパーナイフ(レターオープナー)時期:1944年6月大統領の反応と結末当時、コラムニストのドリュー・ピアソンらが報じたところによると、ウォルター議員からこのペーパーナイフを差し出された際、ルーズベルト大統領は「これは私の好きなタイプの贈り物だ」などと言ったとされていますが、実際には触れることはしなかったとされています。その後、このニュースが公になるとメディア宗教界から批判が起き、さら日本側も「アメリカ兵は悪魔野蛮人である」というプロパガンダ戦意高揚)として激しく利用・抗議しました。事態を重く見たルーズベルト大統領は、数週間後にこのペーパーナイフをウォルター議員返還し、しかるべき埋葬を行うよう命じています。背景:米軍内での「戦利品狩り」の横行当時の太平洋戦線では、米軍兵士の間で日本兵遺体から頭蓋骨、歯、骨、耳などを切断し、「戦利品お土産)」として持ち帰る行為が一部で流行していました。『ライフ』誌の衝撃写真1944年5月には、アメリカの『ライフ』誌に「海軍恋人から送られてきた日本兵頭蓋骨」を見つめながら手紙を書く若いアメリカ女性写真掲載され、社会に大きな衝撃を与えました。公式禁止実態米軍上層部政府は、こうした行為ジュネーヴ条約戦死者の尊厳保護)に違反するとして1942年時点から厳格に禁止令を出していました。しかし、前線での激しい人種的憎悪や、日本兵人間扱いしない風潮(非人間化)から憲兵の目を盗んで終戦まで密かに行われ続けました。戦後、これらの「骨の戦利品」の多くはアメリカ国内遺品整理などで発見され、現在日本政府関係団体によって遺骨の返還日本への送還手続きが進められることがあります。もしこの歴史的背景について、当時の日本側の報道新聞の反応)や、米軍がなぜそのような行動に走ったのかという心理的要因など、さらに詳しく知りたい点があればお知らせください。米軍兵による日本軍戦死者の遺体の切断 - Wikipedia日本側はこれらの言動を察知して、プロパガンダに利用した。 ハルゼーの発言 ... 骨で彫ったペーパーナイフを贈呈されたという。後に大統領はその ...WikipediaAmerican mutilation of Japanese war dead - WikipediaThe phenomenon of "trophy-taking" was widespread enough that discussion of it featured pro...WikipediaSadly, human trophies are as old as war itself | Reuters2012/04/19 — The desecration of the bodies of Japanese soldiers was so common that in 1944, Life , open...ReutersSkull Questions:3 The Life image sparked a debate in the public discourse of the United States that became...University of PennsylvaniaSkulls, Ears, Noses, And Other Morbid "Trophies" Americans ...2017/11/13 — The taking of the trophies was in large part due to the widespread idea in America that th...All That's InterestingReligion: Honor After Death - TIMEMost Americans were horrified to learn that among the souvenirs which U.S. servicemen have...Time MagazineAmerican Mutilation of Japanese War Dead: Trophy ...2026/05/24The mutilation of Japanese service personnel included the taking of body parts aswar sou...Utterly InterestingHow enemy mutilation entered US mainstream in WWII ?2016/09/25 — Propaganda poster for Thirteenth Naval District, US Navy, showing a rat wearing a rising s...The Vintage NewsMay 22, 1944, Life magazine. "Arizona war worker writes her Navy ...2022/02/20 — "Arizona war worker writes her Navy boyfriend a thank-you-note for the Jap skull he sent h...Reddit·r/interestingasfuck AI不正確な情報を表示することがあるため、生成された回答を再確認するようにしてください

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2026-07-02

[][]https://en.wikipedia.org/wiki/The_End_of_the_Tour

作品概要

『The End of the Tour』は、ジェームズ・ポンソルト監督ドナルド・マーグリー脚本による2015年アメリカの伝記ドラマ映画である

本作は、デイヴィッド・リプスキー2010年出版した回想録『Although of Course You End Up Becoming Yourself』(2010年)を原作としている。この回想録は、リプスキー作家デイヴィッド・フォスター・ウォレスと5日間にわたって共にしたロードトリップについて描いたものである

映画では、ジェイソン・シーゲルがウォレスを、ジェシー・アイゼンバーグがリプスキーを演じている。

基本情報

監督

ジェームズ・ポンソルト

脚本

ドナルド・マーグリー

原作

イヴィッド・リプスキー

『Although of Course You End Up Becoming Yourself』

製作

ジェームズダール

マット・デロス

イヴィッド・カンタ

マーク・マニュエル

テッドオニール

出演

ジェイソン・シーゲル

ジェシー・アイゼンバーグ

撮影

ヤコブ・イーレ

編集

ダリン・ナヴァロ

音楽

ダニー・エルフマン

製作会社

Anonymous Content

Kilburn Media

Modern Man Films

配給

A24

公開日

2015年1月23日サンダンス映画祭

2015年7月31日アメリカ

上映時間

106分[1]

製作

アメリカ

言語

英語

興行収入

300万ドル[2]

マーグリーズは2011年にリプスキー回想録を読み、自身の元教え子であるポンソルト脚本を送った。ポンソルト監督を引き受け、撮影2014年初頭にミシガン州で行われ、一部の場面はモール・オブ・アメリカでも撮影された。音楽ダニー・エルフマン担当し、サウンドトラックにはR.E.M.ブライアン・イーノなどの楽曲使用されている。これらの楽曲は、ウォレスとリプスキーが実際に聴いていた音楽に基づいて選ばれた。

『The End of the Tour』は2015年1月23日サンダンス映画祭で初上映され、2015年7月31日にA24によってアメリカ劇場公開された。興行収入は300万ドルとなり、批評家から高い評価を受けた。特にジェイソン・シーゲルの演技は絶賛され、彼はインディペンデント・スピリット賞主演男優賞をはじめ、複数の賞で主演男優賞ノミネートされた。

プロット

2008年作家イヴィッド・リプスキーは、小説家デイヴィッド・フォスター・ウォレス自殺したという知らせを受け、大きな衝撃を受ける。

12年前、ウォレス小説Infinite Jest』の刊行直後、リプスキーは数日間にわたり彼へインタビューを行っていた。この小説批評家から絶賛され、国際的ベストセラーとなり、多くの読者にとって特別意味を持つ作品となっていた。

リプスキーは、当時二人で過ごした時間を録音したテープ再生する。

物語1996年へさかのぼる。『Infinite Jest』出版直後、リプスキーは当初、ウォレス小説が受けている熱狂的な称賛に懐疑的だった。しかし、自身で読んだ後、その内容に圧倒される。当時、作家としてはまだわずかな成功しか収めていなかったリプスキーは、『Rolling Stone』誌の編集者を説得し、ブックツアー中のウォレスインタビューする仕事を獲得する。

リプスキーは、イリノイ州ブルーミントンノーマル郊外(ウォレス創作を教えていたイリノイ州大学近く)にあるウォレスの自宅を訪れる。

リプスキー出会った若き作家ウォレスは、気取らず親しみやす人物だったが、インタビューを受けること自体にはあまり積極的ではなかった。

ウォレスは会話を録音することを許可するが、一つ条件を付ける。それは、「五分後に自分が『オフレコにしてほしい』と言った発言については、そのまま引用しないこと」だった。

ウォレスは、犬、テレビ、名声、自我など、さまざまな話題についてリプスキーに率直に語る一方で、どこか慎重な姿勢も崩さない。

アルコール依存症だったことについては暗に認めるものの、その体験について詳しく語ろうとはしない。

一方、リプスキーが、ウォレス過去自殺防止の監視下で自主的精神科施設入院していたことに触れると、二人の間にはわずかな緊張が生まれる。

夜遅くまで会話を続けたあと、ウォレスはリプスキーに、モーテルへ泊まるのではなく、自宅の使われていない客間に泊まるよう勧める。その部屋には、ウォレス自身の著書が何冊も積み上げられていた。

翌朝、二人は再びインタビューを続ける。

リプスキーは、その後数日間、ウォレスのブックツアー最後訪問であるミネアポリスセントポールまで同行する。

そこで二人は、ウォレスの友人である二人の女性と会う。一人は大学院時代からの知人ベッツィ、もう一人は文芸評論家ジュリーである。その夜遅くと翌日、二人の男は彼女たちとともに時間を過ごし、モール・オブ・アメリカにも出かける。

ウォレスとリプスキーは概して良好な関係を築いているが、リプスキーベッツィに言い寄っている様子を見ると、ウォレスは腹を立てる。

ウォレスの自宅へ戻ると、リプスキーがウォレス過去ヘロイン使用の噂について尋ねたことで、二人の間の緊張はさら高まる。ウォレスはそれを否定し、リプスキー記事を書くために、自分を決まりきった「ドラッグに溺れた天才作家」という型にはめようとしているのだと非難する。

別れの時が近づくと、二人はある朝をともに過ごす。その時間は、取材する記者取材対象という関係ではなく、新しく友情を築いた二人の友人としての時間になっている。

リプスキー勇気を振り絞り、自分が書いた小説をウォレスに手渡す。そして二人は今後も連絡を取り合おうと約束する。

それから12年後、ウォレスは自宅で自ら命を絶つ。

物語最後の場面は、さらにその2年後へ移る。リプスキーは、自身回想録『Although of Course You End Up Becoming Yourself』(2010年)の出版ツアー中にいる。この本は、1996年にウォレスと過ごした5日間をもとに書かれたものである

朗読会でリプスキーは、ウォレスとのロードトリップを振り返り、二人が語り合ったさまざまな考えについて話す。そして、その会話によって自分は以前ほど孤独ではなくなったのだと回想する。

製作

企画

2011年ピューリッツァー賞受賞劇作家ドナルド・マーグリーズはこの回想録を読んだ。

「そこには、お互いの周囲を回り続ける二人の男の物語があった。」とマーグリーズは『ロサンゼルス・タイムズ』紙に語っている。[7]「必要ものはすべてそこにあった。」

彼はリプスキーの著書を原作として脚本を書いた。また、いくつかの台詞は、ウォレスの死後に出版された小説『The Pale Kingから着想を得ている。さらにマーグリーズは、録音されていない時間にウォレスと過ごした際の出来事としてリプスキー本人から聞き、回想録には収録されていなかった内容も脚本に盛り込んだ。

マーグリーズは次のように述べている。

「リプスキーが私に話してくれたのは、一部の人たちから『私が創作した』と批判された、あの場面なんです。『あまりにもハリウッド的すぎる』と言われました。(笑)

でも実際には、それはリプスキーが本には書かなかった出来事でした。彼は、それを書いてしまうとウォレス自身の声を損なうことになると考えたのです。というのも、彼があの本で本当に伝えようとしていたのは、まさにウォレスの声そのものだったからです。

ジュリーの家のキッチンで二人の間に起こる、あの出来事です。もしデイヴィッド・リプスキーが私に話してくれなければ、私はそれを知ることはありませんでした。

少し身も蓋もない言い方になりますが、あの出来事のおかげで、私は物語の第三幕を書くことができました。

あそこでは物語が大きく転換します。亀裂が生まれ、その後に続く出来事全体の調子が変わるのです。

ドラマとして考えれば、それは絶対必要出来事だと私は感じました。

そして、そのような出来事が実際に起きていたこ自体幸運でしたし、デイヴィッド・リプスキーが惜しみなくその話を私に聞かせ、さら映画に盛り込む許可まで与えてくれたことにも感謝しています

ですから、本には書かれていない要素を私は取り入れました。

しかし、実際には起きていないことを付け加えた部分は、まったくありません。」[8]

マーグリーズは完成した脚本を、イェール大学での教え子であり、サンダンス映画祭受賞監督でもあるジェームズ・ポンソルトへ送った。

ニューヨーク・タイムズ』紙は、ポンソルトについて「彼自身も熱心なデイヴィッド・フォスター・ウォレスファンである」と紹介している。[9]

ポンソルトは、自身結婚式で、ウォレスがケニヨン大学卒業式で行った有名なスピーチ「This Is Water」の一節を朗読してもらった。[9]

(ポンソルトは『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に対し、高校時代からウォレスを読み続けており、『Infinite Jest』は「大学一年生だった自分にとって最も重要人間関係だった」と語っている。[10])

その後ポンソルトは『The A.V. Club』のインタビューで、マーグリーから脚本を渡されたときのことを次のように振り返っている。

光栄でした。興奮しました。そして、とても緊張もしました。リプスキーの本のことは十分承知していました。ウォレスは私にとって英雄なんです。」

さらに彼はこう続けた。

脚本を読んだとき、私は心の底から感動しました。ドナルドが成し遂げたことに、ただただ圧倒されたのです。」[11]

ポンソルトは、この企画の経緯についてインタビュアーに次のように語っている。

「(リプスキーの)本は2010年出版されました。『ニューヨーク・タイムズ』のベストセラーになりました。彼はデイヴィッド・フォスター・ウォレス家族の一部の支援を受けてこの本を書いています。そのことは謝辞でも大きく感謝が述べられています。また、ウォレスが亡くなった際にリプスキーが『Rolling Stone』誌に寄稿した記事は、全米雑誌賞(National Magazine Award)を受賞しました。私たち映画は、ウォレスを知っていた人々、そして映画制作に協力してくれた人々の支えを受けて作られました。」[11]

マーグリーズは次のように説明している。

私たちは、この作品に対して、私たちなりに非常に人間味をもって向き合ってきたつもりです。」[9]

タイム』誌の取材で、デイヴィッド・リプスキーは、回想録出版社へ送る前に、ウォレス家族へ了承を求めたことを明かしている。[12]

ジェイソン・シーゲルは『ロサンゼルス・タイムズ』紙に対して次のように語っている。

私自身、この映画に出演することを引き受けた時、そして特に完成した作品を観た時に感じたのは、この映画デイヴィッド・フォスター・ウォレス作品で追求していたテーマや、その文章世界自然に延長したものだということです。」[13]

ヴァニティ・フェア』誌のリチャード・ローソンは次のように書いている。

「ウォレス遺産管理団体エステート)は、この映画を支持していない。しかし、シーゲルも、ポンソルトも、そして制作に関わったすべての人々も、それでもなおウォレスに対して見事な敬意を払っている。旅が終わる頃には、ウォレスの死が私たち文化にとってどれほど大きな喪失であったか、その重みと影響を私たちは本当に実感することになる。」[14]

キャスティング

2013年12月、ジェシー・アイゼンバーグがデイヴィッド・リプスキー役に起用された。[15]

アイゼンバーグは『Orange County Register』紙に対し、大学時代からウォレス作品ファンだったと語っている。

「本当に素晴らしいと思っていました。」

また、マーグリーズの戯曲の愛読者でもあった彼は、この役を引き受けるまでに「ほとんど時間はかからなかった」と話している。

脚本というものは、最終的には物語登場人物しか判断できません。そしてこの脚本には素晴らしい物語があり、素晴らしい登場人物がいました。」[16]

アイゼンバーグは、ジャーナリストを正確に演じるため、デイヴィッド・リプスキー本人と時間を過ごし、その立ち居振る舞いを学んだ。[17]

Wired』誌は、「ジェームズ・ポンソルト監督4作目となる『The End of the Tour』については、『Infinite Jest』そのもの匹敵するほど多くの議論が交わされてきた」と述べたうえで、アイゼンバーグの演技を「この映画で最も優れた部分」であり、「賞レース評価されるに値する」と高く評価した。[18]

ニューヨーク・タイムズ』紙によると、ジェイソン・シーゲルデイヴィッド・フォスター・ウォレス役を引き受けることに不安を感じていた。しかし、「脚本を読み進めるうちに、シーゲルは強い共感を覚えた」という。[9]

役作りのために、シーゲルはリプスキーが録音していたインタビュー音源を徹底的に聴き込み、インターネット上にあるウォレス映像を見続けた。また、『Infinite Jest』を読むために小さな読書会も立ち上げた。

シーゲルは『ニューヨーク・タイムズ』紙に対し、『Infinite Jest』を購入したとき出来事をこう語っている。

レジ女性が目をぐるりと回したんです。

彼女は『Infinite Jestね。今まで付き合った男はみんな、この本を本棚に置いたまま読んでいなかったわ。』と言いました。」[9]

Entertainment Weekly』誌は、シーゲルによるデイヴィッド・フォスター・ウォレスの演技を「啓示的(a revelation)」と評し、[19]『Vanity Fair』誌は「驚異的(stunning)」と評し、[14]『Chicago Sun-Times』紙は「限りなく見事(infinitely impressive)」と絶賛した。[20]

The Huffington Post』のマシュージェイコブズは、

「まだ早いかもしれないが、念のためジェイソン・シーゲルアカデミー賞キャンペーンを始めておこう。」

と書いている。[21]

ミッキー・サムナーは、ウォレス大学院時代の友人ベッツィ役に起用された。

彼女は、

デイヴィッド・フォスター・ウォレスについての映画だったんです。私は彼を心から敬愛していました。」

説明している。

一方、リプスキー恋人サラを演じたアンナ・クラムスキーは、『Variety』誌の取材で、マーグリーズの脚本が持つ人物描写の深さに惹かれたと語っている。[22]

2014年3月18日までに、アカデミー賞ノミネート経験を持つジョーン・キューザックが、ミネアポリスセントポール滞在中のウォレスの案内役であるティ・ガンダーソン役として出演することが発表された。[23]

2014年3月19日には、ロン・リヴィングストンが『Rolling Stone』誌編集者ボブ・レヴィン役で出演することが発表された。[24]

撮影

主要撮影2014年2月19日ミシガン州グランドラピッズおよびハドソンビルで始まり、5週間にわたって行われた。[25][26][27]

2014年3月19日には、JWマリオット・グランドラピッズで撮影が行われていること、また撮影はまもなく終了する予定であることが発表された。[28]

2014年3月20日頃には、シカゴオヘア国際空港の場面を撮影するため、マスキー

2026-05-27

Sスタイルの逆襲が始まった

先日、今ストラトに何が起こっているか で今ギター業界を激震させているフェンダー社のC&Dレターについて書きました。

次に何が起こるかドキドキしながら5月25日の回答期限が過ぎるのを待っていましたが、さっそく大きな動きがありました。

アメリカ大手法律事務所フェンダー反論書を送付し、その内容が YouTuberによって公開 されたのです。

反論書を作成した弁護士ポイントFox Rothschild LLM の Ronald Bienstock 氏です。氏は、2009年のTTAB裁定ストラト形状はもはや一般名詞化しているとして商標権を認めなかった)という馬鹿かい勝利を勝ち取ったご当人。つまりストラト形状権利問題についてはこの人以上によく知っている人はいいであろう、生き字引であり、フェンダーの天敵とでも言うべき人です。

依頼主の名前は伏せられていますが、この人が乗り出したということはかなり予算を持ったメーカーが本気で反撃に入ったと考えられます。TTABの時はPRSを筆頭に18社の反フェンダー連合組織されて勝利しました。今回も同じくらい規模の大きな戦争になるということです。

上の動画から反論書の内容をAIにまとめさせました。火の玉ストレート反論で痛快です。

基本情報

差出人: Fox Rothschild LLP / Ronald Bienstock弁護士

宛先: Fender Musical Instruments Corporation(FMIC)および代理人 Bird & Bird法律事務所

日付: 2026年5月25日

件名: 2026年5月11日付警告書への正式回答

背景: Fenderから送付された「ストラトキャスター・ボディ形状の著作権侵害」主張に対する独立系ギタービルダー側の包括的な法的反論

セクション1:欠席判決を「拘束力ある先例」と偽っている

Fender社が根拠とするドイツデュッセルドルフ地方裁判所判決は、中国被告企業裁判に一切出廷しなかったために下された欠席判決に過ぎない。ドイツ民事訴訟法により、被告欠席の場合原告側の主張が全て「認めたものとみなす」扱いとなるが、このような判決第三者一般を拘束する対世的効果を持つ規定存在しない。

この判決当事者間でのみ有効であり、裁判に参加していない第三者独立系ビルダー)を法的に拘束する先例にはならない。完全な証拠記録と適切な反証があれば、裁判所は異なる判断を下していたはずである

セクション2:ストラトキャスターの歴史に関する虚偽と誇大表示

社史の誤り: Fender社は1946年からソリッドボディギター製造していたと主張したが、これは虚偽。1946年製造したのはラップスチール・ギターであり、最初量産型ソリッドボディ・ギターEsquire/Broadcaster)は1950年である

単独創作者」神話虚構 EU著作権法要件を満たすため、Fender社は「Leo Fender単独ストラトキャスターを設計した」という物語を作り上げた。しかし実際には、Freddie Tavares、Rex Gallion、Bill Carson、George Fullerton、Jimmy Bryantら複数人物による共同創作であり、この事実Fender自身公式サイトにも明記されている。

Leo Fenderは「芸術家」ではなく「技術者」: Leo本人の言葉として「100ドルあれば99ドル機能に、1ドルを見た目に使う」と公認されている通り、彼が追求したのは徹底した機能性・量産性・修理容易性であった。ストラト形状は芸術的表現ではなく、人間工学的・機能要請から形成された工業製品デザインである

セクション3:知的財産権所有権継続性がない

Leo Fenderや共同デザイナーたちが、ストラト形状の著作権を旧Fender社(FEIC)に正式ライセンス譲渡したという明確な契約書等の法的証拠存在しない。

権利移行の各段階に問題

1. Leo Fender → FEIC:譲渡文書なし

2. FEIC → CBS1965年売却):「普遍的承継」と主張するも文書なし

3. CBS → FMIC(1985年):前段階の証拠がない以上、この移転も成立しない

決定的な矛盾 Leo Fender自身1965年CBS売却後、非競争条項明けにMusic Man1974年)とG&L(1979年)を設立し、ストラト形状のギター継続的に製造。もし独占的著作権が本当にCBS移転していたなら、CBS側がこれを完全に黙認していたことになり、権利放棄(waiver)を意味する。実際、G&L社は2025年まで製造を続け、Ernie Ball Music Man社は現在製造販売している。

セクション4:ストラトのボディ形状は著作権保護対象外

実用的物品の原則 米国著作権法および国際的著作権法理において、量産される楽器機能的形状は原則として著作権保護されない。米国最高裁ギターを明確に「実用品」として分類している。

機能デザインの不可分性: ストラト形状のダブルカッタウェイ(ハイフレットアクセス)、人間工学的曲線(演奏の快適性)、コンター加工(体への圧迫軽減)などは、すべて楽器としての機能実用性そのものであり、芸術作品として切り離して著作権保護することは法的に不可能である

日本最高裁も「量産型実用的な製品は、その形状が実用機能から導かれる要素とは独立した創造表現場合にの保護される」という原則確認している。

セクション5:知的財産権の取得に繰り返し失敗してきた歴史

意匠特許の失効:Fender社は1952年1959年デザイン特許を取得したが、それぞれ1967年1973年に失効。特許失効時点で形状はパブリックドメインになっており、50年以上経過した今になって著作権すり替えるのは法の濫用である

著作権表示の欠如: 1976年以前の米国著作権法では製品への著作権表示が要件だったが、ストラト発売(1954年)以降、一度も付けたことがない。当時の権利自身著作権保護対象とは考えていなかった証拠である

2009年TTAB判決での決定的敗訴: 2003年、FMIC社が初めてストラト等のボディ形状の商標登録申請。これに対し17社のギター関連企業が異議申し立て2009年3月25日米国特許商標庁・商標審判部(TTAB)は「50年以上にわたるサードパーティーの広範な使用により、いかなる単一企業出所識別機能としても機能できない」として商標登録を拒絶。ストラトボディ形状は米国において「一般的な形状(generic)」と宣言された。Fender社は上訴せず、判決は確定した。

最も重大な事実隠蔽 Fender社は、この2009年TTAB決定の事実デュッセルドルフ地方裁判所に一切開示しなかった世界最大のギター市場である米国において既に「一般的な形状」と裁定されていたという最も重要事実隠蔽したのである

形状の一貫性の欠如: 1954年から1964年頃までのFenderギターは手作業で研磨されていたため、年式や個体によって寸法・コンター・曲線に大きなバラつきが存在1970年代には輪郭が著しく浅いフラットボディも製造されていた。Fender自身が一貫した形状を維持できていなかった。

セクション6:サードパーティーによる70年間の市場形成権利放棄

広範な使用歴史 ストラト発売から数年以内にサードパーティーによる同形状の使用が始まり1959年以降Carvin、Eko、TokaiIbanez、Kramer、Jackson、Charvel、Music ManLeo Fender指揮下)、G&L(Leo Fender指揮下)、YamahaGibson等、数百社が参入。現在も拡大し続けている。

市場での公然たる流通 これらの競合ギターは、Fenderと同じ雑誌Guitar MagazineGuitar Player等)、同じ展示会(NAMMなど)、同じ小売店Guitar Center、Sweetwater等)で堂々と販売され、60年以上にわたって妨げられることなく行われてきた。Eddie Van HalenはCharvelおよびKramerのストラト形状ギター演奏していた。

Fender自身による製造助長 1980年代Fender社の前身企業日本メーカーへの製造外注を開始。特筆すべきことに、同一の工場フジゲン)が、Fender社とFender社の競合他社のためにストラト形状ギターを同時に製造・出荷していた。Fender自身が、ストラト形状を業界標準として扱っていた。

Fender自身による公的認知権利放棄 1990年、FMIC社は「Fender Frontline」カタログを導入し、20年以上にわたり以下のスローガンで他社の使用を認めてきた:

Fender自身専門家証人ですら、TTAB裁判において1960年代初頭から市場に溢れ始めたストラトボディの「無恥なコピー」を証言これらはFender社がサードパーティーメーカー認識し、全ての権利を完全に放棄していたことを示す

セクション7:知的財産権行使懈怠による権利の失効

Fender社は長年、文字商標Fender」とヘッドストック形状については積極的保護してきたが、ボディ形状に関しては60年以上にわたり権利行使を怠ってきた世界中で広範にサードパーティーによる製造広告販売が行われていたにもかかわらず、認識と黙認以外、何の措置も取らなかった。

1980年代後半、FMIC社が商標権行使活動を開始した際、対象文字商標とヘッドストック形状のみであり、ボディ形状は対象外としていた2003年商標申請以前、楽器製品パッケージにボディ形状の権利主張表示を一度も付けたことがない。

TTAB決定以降の不作為 2009年のTTAB決定以降、Fender社は他のいかなる法域においてもボディ形状の保護を求めていない訴訟がTTABの判断ストラト形状の圧倒的な一般性の証拠を持ち込むことを知っているかである

公正と公共政策観点 欠席判決への依拠によってストラトボディ形状の著作権保護執行しようとすることは、実体のない(vaporous)措置である71年間にわたる量産型一般的なギターボディ形状に遡及的に著作権保護付与することは、商標法を無意味ものにする

サードパーティーは70年以上にわたってストラト形状の自由使用依拠し、その上にビジネスを築き、何千人もの人々を雇用し、何百万ドルも費やしてきた。単純な公平と公共政策問題として、Fender社は70年以上経過した後、欠席判決によって多数の製造業者・販売業者を排除してストラト形状を独占する権限を与えられることはできない

何十年も権利行使を怠ってきたにもかかわらず、突然権利を主張する行為は、禁反言(Estoppel)および権利行使懈怠(Laches)の法理により、法的に認められない。

セクション8:ギター形状の比較Bird & Birdの初歩的誤り

Bird & Bird法律事務所書簡では、依頼人ギターFender社のギターボディ形状とほぼ同一であると主張している。しかし、書簡において「Fenderストラトキャスター・ボディ」として示された参照写真は、実際には地方裁判所訴訟における被告中国企業)のギターである代理人自身中国コピーギターFender社のギター区別できていない。これは、ストラトボディがあまりにも一般的で、知的財産権保護になじまないことを明確に示している。

依頼人ギターFender社のギターを直接比較すると、全体的なサイズ、上部バウトの厚み、アームベベルの角度など明確な相違点が存在する。依頼人楽器独自マーク、仕上げ、特徴を持っており、Fender社のいかなる権利侵害していない

セクション9:Bird & Bird書簡が引き起こす倫理的問題

刑事司法制度を利用した民事解決強要 Bird & Bird書簡依頼人の「犯罪行為」に言及した上で、Bird & Bird自身法律事務所への直接支払いを要求米国の多くの法域では、民事解決を得るために刑事司法制度の利用を脅迫することは弁護士倫理の重大違反である

許容範囲を超えた虚偽表示 書簡は「Fender社がストラト形状に関する全権利保有し、デュッセルドルフ判決によって確認された」と主張したが、同判決はいまだ最終判決にも至っておらず、第三者を拘束しない。欠席訴訟確立した先例を代表し、当方依頼人を拘束するという主張は、恐怖とパニックによる解決を植え付けるために設計された明白な虚偽である

結論要求事項】

当方は、貴職らが書簡記載されている主張の全体を撤回することを要求する。

当方依頼人は、いつでも、どこでも、望む場所ストラトタイルギターボディを持つギター販売し続けるあらゆる権利を有しており、世界中の楽器業界全体も同様である

虚偽表示および誇大表示に基づいて競合他社をいじめる貴職らの依頼人努力は、反競争である

貴職らの依頼人がこれらの事項の追求を継続する場合当方依頼人は当然ながら、すべての弁護士費用および訴訟費用を含む、利用可能なすべての救済を求めることになる。

当方依頼人は、法律上および衡平法上のすべての権利および救済を留保する。

敬具 (Sincerely)

Ronald Bienstock, Esq.

Fox Rothschild LLP

代理人独立系ギタービルダー)

2026-05-17

[]ネタニヤフのハマス支援

ハマス支援意図的側面を強化した証拠を、信頼できるイスラエル国メディア当事者発言を中心にまとめます。これらは二国家解決阻止・パレスチナ分断(Divide and Rule)を目的とした計算された政策だったことを示しています

ネタニヤフ本人の2019年リクード会議発言(最も直接的な証拠

2019年3月11-12日、リクード党派会議:


パレスチナ国家樹立を阻止したい者は、ハマスを強化し、ガザへの資金移転を支持すべきだ。これは我々の戦略の一部だ。ガザパレスチナ人と西岸パレスチナ人を孤立させる。」


◦ 出典: Jerusalem Post(2019年3月12記事)、Times of Israel、Haaretz、Vox、Guardianなど複数メディアが一斉に報道会議出席者から情報として引用

ネタニヤフは2024年TIMEインタビューで「そんな発言はしていない、誤引用だ」と否定しましたが、複数イスラエルメディアが当時即座に報じており、一貫した政策と一致するため、広く信憑性が高いとされています

2. 閣僚与党内の補強発言戦略の共有意識)

• ベザレル・スモトリッチ(現財務相2015年):


パレスチナ自治政府PA)は負担(liability)、ハマス資産(asset)だ。」


◦ これは右派内で共有された世界観で、ネタニヤフ政権の連立基盤を象徴。NYTや複数メディアで繰り返し引用

• 他の右派議員・支持者も同様のメッセージを発信(ブリーフィングを受けた可能性が高い)。

3. カタール資金流入の具体的な承認プロセス

2018年以降: 安全保障閣議で毎月数千万ドル(最大3000万ドル程度)のカタール資金正式承認スーツケース現金ラフ検問所経由。

イスラエルモサド長官や軍幹部カタール派遣し、資金継続要請(元国防リーベルマン2020年暴露)。

2012年からまり、累計10ドル超。2018年に仕組みを拡大・現金化。

NYT(2023年12月):

ネタニヤフ政権ハマスを「政治的資産」と位置づけ、資金容認奨励したと詳細に報じる。

4. イスラエル国内の内部告発批判(元高官の発言

Yuval Diskin(元Shin Bet長官2013年):


「長年にわたりハマスを強化した主要人物の一人は、ビビネタニヤフ)だ。」


Ehud Barak(元首相、2019年8月):


ネタニヤフの戦略ハマスを生かし続け、PAを弱体化させること。南部市民犠牲にしても。」

これにより「和平パートナーがいない」と主張しやすくなる、と指摘。

• その他: 多数の元治幹部メディア(+972 Magazine、Haaretz)が「政策10/7で自爆した(blown up in our faces)」と表現

5. 政策の結果と一貫性

ハマス2007年ガザを掌握した後も、PAガザ復帰を阻害し、限定軍事作戦(「芝刈り」)に留めた。

右派政権の全体戦略として、PA財政締め付け+ハマス資金容認で分裂を固定化

これらの証拠イスラエル国内の報道が中心で、反ネタニヤフ派だけでなく中立右派寄りメディア確認していますネタニヤフ側は「ハマス弱体化のための管理」「人道的措置」と主張しますが、発言閣議決定・長期政策整合性から意図的な分断戦略だったという見方イスラエル社会で広く共有されています

カタール資金の詳細な流れ(2018年以降の主な仕組み)

この資金は「人道的援助」として位置づけられていましたが、イスラエル政府特にネタニヤフ政権)の安全保障閣議正式承認され、イスラエル当局物理的に輸送エスコートする形でガザハマス支配地域)に入っていました。総額は2018〜2023年10月7日までで10ドル超(一部報道では累計12ドル以上)と推定されます

1. 背景・タイムライン

2012年頃〜2017年: カタールハマスに少額の資金銀行送金で提供開始(当初は小規模)。

2014年: イスラエル米国国連と調整し、ガザ復興支援として一部公式化。

2018年8月: 転機。ネタニヤフ政権安全保障閣議で月次現金移転正式承認。送金方法を「現金スーツケース」に変更(これが最大の特徴)。

2018年夏〜2023年10月: 毎月継続(一時中断あり)。ベネット・ラピド政権(2021-2022年)時も継続

ピーク時金額: 月1500万〜3500万ドル報道により変動。初期1500万ドル、後期3000万ドル前後)。年間最大3億6000万ドル規模。1

2. 資金の詳細な流れ(ステップバイステップ)

1 カタール側で準備
カタール政府外務省・特使)が米ドル現金を用意。

主な担当者はモハメド・アル=エマディ(カタールガザ特使)。

2 イスラエルとの調整・承認

ネタニヤフ首相(または安全保障閣議)が事前承認

イスラエル情報機関(モサド・シン・ベト)や国防省が関与し、カタール側に「継続要請」するケースも(2018年ネタニヤフ秘密書簡確認)。

3 輸送エスコートイスラエル物理的に関与)

◦ アル=エマディが3〜数個の大型スーツケース(黒いトロリーケースなど)に現金を詰めて移動。

イスラエル治安当局者がヨルダン国境またはエレズ検問所/ケレム・シャローム検問所で出迎え。

イスラエル当局の車でガザまで直接護送イスラエル領内を通る)。

ラフ検問所(エジプト側)経由という報道もあるが、主ルートイスラエル管理検問所を通る形。

4 ガザ到着・分配

ハマス支配下のガザでアル=エマディが現金を直接手渡し。

用途公式内訳(一例、2018年頃):

1000万ドルガザ唯一の発電所用燃料(イスラエルから購入)

1000万ドルハマス政府職員給与

1000万ドル:困窮家庭(10万人規模)への現金給付(1家族100ドルイスラエル事前承認したリストに基づく)

◦ 実際はハマスが分配を管理するため、軍事部門への流用が懸念され(シン・ベトもネタニヤフに2度警告)。26

5 終了
2023年10月7日攻撃後、資金は停止(ただしそれまでの累計は巨額)。

3. イスラエル公式立場 vs. 批判

公式: 「人道的危機防止」「南部住民の平静維持(buy quiet)」「ハマスを弱体化させる管理策」。

批判イスラエル国内含む): 資金ハマス政権存続・軍事力強化に寄与し、パレスチナ自治政府PA)との分裂を固定化。二国家解決を遠ざける「分断統治」の一環だった。

この仕組みは極めて異例で、イスラエルが「敵対組織」に現金を直接届ける形で関与した点が特徴です。

報道は一貫しており、ネタニヤフ政権公式決定に基づくものです。

2026-05-04

映画ボディビルダー を見た

インセル、入ってる。67点。

 

ボケ祖父介護しながら大型スーパーで働く主人公ジョナサンメイジャースはIFBBプロを目指すボディビルダーの卵。怒りを制御できない彼はカウンセラーに通いながらもゴリゴリステロイドを打ちジムに通うもジムにも職場にも彼の周りには誰もいない。そんな彼は白人ボディビルチャンプに心酔しており、彼に返事のないファンレターを書き募る日々を送っている。そんな彼の日常些細なことがきっかけに崩れていく。

みたいな話。

 

なんかさー、つらい映画だったよなぁ。

ジョナサン黒人ユーザーだけどちゃんと鍛えてて、でも大きくならなくて、ジム仲間もいないかポージングがへたくそ全然承認が得られなくてさぁ。黒人なのに黒人コミュニティにも所属してなくてなんなら白人のいい子ちゃんみたいな服装ばっかりしてる。シャツは襟付きだし、もこもこの手編み風のセーターを着てる。途中で、レストランでブチ切れて周囲の客全員をののしるシーンがあるんだけど「ハゲ!」「チビ!」「デブ!」「ブス!」っていう、子供悪口みたいなことしか言えない。黒人らしいF〇uckとか一切言えないの。

一方で、バイト先のスーパーで客が買ったパイに唾たらしたり、仕事のやる気がなかったり、職場の気になるあの子シフトを調べて通い詰めたり、人に好かれる方法ネットで調べたり、まるで非モテ増田ルサンチマンを煮詰めたような行動をどんどんお出ししてくる。また、祖父馬鹿にされたと思ったらブチ切れてペンキ屋の店をバッキバキに破壊したりとマジでろくでもない奴でもある。

典型的コミュ障アスペ気味というか明らかに定型発達障害の傾向も見えるし、そんな中でヤングケアラーとして今の社会呪詛を吐き続ける従軍経験のある祖父リスペクトしながらも面倒を見続け、さらにはステロイド副作用身体ボロボロだし精神ロイドレイジ発症しているという生きづらさ三倍満。そしてキモヲタらしく推しビルダーへのファンレターにも「なんで連絡くれないの?」「これ届いてる?埋もれちゃった?」とか書いちゃうのもさぁ、なんかつらいよね~。ジャパニーズキモヲタが部屋中にアニメポスターを張るように彼は部屋中にボディビルダーポスターを張っている。

せめて鍛えた筋肉で人気者になりたいとSNS動画を上げるも、散々バカにされインセル臭がすごいとまで言われちゃう

でもそんな中で職場の気になる女の子を頑張ってデートに誘ってオッケーをもらってしまう。非モテ増田ブチ切れ。裏切者。しかし、そのデート先でボディビルダー特有のコダワリを発揮して店員を困らせ、バカみたいな量を注文し、推しビルダーを知らないと言われると説教までしてしまった結果、彼女には逃げられてしまう。

ここでさぁ、彼が「男に生まれたからにはデカいことを成さないといけない。じゃないと忘れられてしまう」って話をするんだけどさぁ。思うんだよね、目の前にお前を見てくれている女性がいて、この女性を本当に大事出来たら世界のだれもお前を覚えてなくても、彼女はきっとお前のことを忘れない。それこそが生まれてきて人がなすべき本当のデカことなんじゃないかって。

実際、最後最後の最悪の瞬間にこれまで話の中でちょろっとしか出てこなかった母親主人公を愛していた瞬間のことがフラッシュバックで表れて彼は最悪の選択を避けることができる。つまりあの瞬間、彼の母親は「忘れられてしまわない」ってことで、何より「デカいことを成した」んだよね。そしてそれをたぶん彼は自覚してステロイドを捨てて、自分自身承認するために再び自分身体に向き合うことを決める。

このエンディングを甘いと思う人もいると思うんだけど、俺はめちゃくちゃ誠実だと思った。

もろちん、彼が引き金を引いてレガシーを残してあのバカみたいな笑顔を浮かべてエンドでもよかったかもしれないけど、それじゃあジョーカーじゃん。

でも、彼はインセルなんだよ。だからあのエンドでよかった。

彼は審査員を銃で脅していて、ステの副作用で心筋は肥大しいつ止まってもおかしくなくて、腎臓にもクソデカ腫瘍ができていてはっきり言って未来なんかなんもないんだけど、なんもないんだけど最後に心の平穏を得られたのはよかったかな。

話は戻って彼が黒人コミュニティに属せない人だってのもなんか切なくて、彼が狙ってるかわいこちゃんは当然白人だし、ボディビルヒーローって現代で言えばロニコーとかも含めて黒人はいっぱいいるんだけど、彼は白人ビルダーを推しに選んでいる。自業自得コンテストで失敗した彼は(ここの展開あまりセッション過ぎて笑っちゃった)、筋肉あきら筋肉の代わりに男性性として銃を手に入れる。そしてクラブに行ってすわ乱射事件かと思ったら、そこでボディビルポージングをとるんだよね。黒人ばっかりのクラブの中で彼らのダンスのノリにも結局迎合できず、孤独ポージングをとる。

黒人娼婦を買って彼女の前で服を脱いで筋肉評価をしてもらう展開があって、いやこれ自体ゲロキショなんだけどそこで全肯定されてついに自分を受け入れてくれる人に出会えたと勝手勘違いしてキスしようとしたらぴしゃりと拒絶される展開もあまりに哀しくてねぇ。キショいんだけど。そして童貞喪失失敗した後に推しビルダーから連絡が来てウキウキでついていったらケツ掘られて、しっかり性的搾取までされてしまうのはさすがにちょっと草だった。けど、ボディビルというマッチョイズムの頂点にいる人間も結局醜い搾取者だったという主人公の美しい信仰を最悪の形でぶち壊してるんだよね。

なんていうかアメリカ的なマチズモの中だからこそ生きづらい人なんだろうなって思った。

彼のコミュニティからの断絶って最小単位コミュニティである家族ってものが、父親心中によって幼少期に壊されたことに端を発していて、以降、彼は祖父介護という形で自身を常にギブし祖父からのテイクは従軍時代の男とはという価値観だった。そしてその男性性を保つために彼はボディメイクを始めたんだと思うんだよな。そしてそれを最悪な行為によって失った結果、彼はすべてをかなぐり捨てて無敵の人になるんだけどそれでも最後に、母親から愛されていたことを思い出して踏みとどまる。この映画っていろんな生きづらさを描きながらもコミュニティ承認されることの映画だったのかなと思った。

 

まぁ、そんな感じかな。

正直ちょっとダラダラした展開もあるしボディビルダー的な話は中盤で終わっちゃってそこからインセル無敵の人綱引き大会が始まるのでなんか思ってたんと違うなぁって感じがするかもしれない。でもまぁ、現代Magazine Dream雑誌の表紙を飾ることで承認されたい、人に記憶に残りたいって話で、その承認欲求の行きつく先の一つに無敵の人化があるっていう話なんだろうなとは思ったかな。

なんか最後ちょっと切なくなる系のインセルスリラーを見たいって人にはオススメ

2026-04-28

anond:20260428135508

そのコメントは「半分正しいが、結論は言い過ぎ」です。

ポイントはこうです。

[1] 「注文を受けてから生豆焙煎する店なんて聞いたことがない」

これは誤りです。

注文後に生豆焙煎して販売する店は実際にあります。たとえば、店頭生豆を選び、15〜20分ほどでその場焙煎する形態の店は国内にもあります検索でも「注文を受けてからその場で生豆焙煎」「焙煎時間15分」といった店舗例が確認できます。([coffee-roast-yui.com][1])

なので、

「珍しい」

喫茶提供で一杯ごとにやるのはかなり特殊

一般的喫茶店ではない」

は正しいですが、

「そんな店は存在しない」

「あり得ない」

は言いすぎです。

[2] 「焙煎したては美味しくなく、数日寝かせたころが飲み頃」

これはかなり正しいです。

焙煎直後の豆はCO₂、つまり炭酸ガスを多く含んでいて、抽出が安定しにくいです。一般に、焙煎後しばらくガス抜き、いわゆるデガス・エイジングレストをした方が、味が落ち着きやすいとされます。SCA系記事でも、焙煎後のCO₂放出酸化劣化問題が扱われています。([Specialty Coffee Association][2])

目安としては、深煎り・中煎りなら2〜3日、浅煎りなら4〜5日以上、エスプレッソならさらに長めに置く、という説明をしているロースターもあります。別のロースターでは、焙煎後5日以上、7〜21日あたりが良いという説明もあります。([Forebears Coffee Roasting][3])

したがって、

焙煎直後こそ最高」

という単純な話ではありません。

[3] ただし「焙煎直後=絶対にまずい」でもない

ここが大事です。

焙煎直後は、香りの立ち上がりが強く、体験としては非常に面白いです。特に深煎りなら浅煎りよりガス抜けが早く、焙煎直後でも飲めないわけではありません。

ただし、抽出中にガスが多く出て湯が入りにくくなったり、味が荒く感じたり、香味がまだまとまっていなかったりすることがあります

まり

「飲み頃としては数日後の方が有利」

「でも焙煎直後をイベント的・体験的に楽しませる店は成立する」

という位置づけです。

[4] 元の一節の読み方としてはどうか

文章には、

「仕上げをしてから淹れます

ゆっくり焙煎が始まり

ゆっくり豆が挽かれる」

20分位待った」

とあります

この書き方だけなら、客が選んだ豆をその場で焙煎して、挽いて、抽出したと読むのが自然です。20分という時間も、小型焙煎ならあり得る範囲です。

ただし、画像の豆がすでに茶色焙煎豆に見えるなら、別解釈もあります

[5] あり得る解釈は3つ

[1] 生豆を瓶で保管し、注文後に焙煎した

これは文章とは合います。ただし、生豆香りを嗅ぎ比べても、一般客が「おいしそう」と感じるコーヒー香は弱いので、写真の印象とは少しズレる可能性があります

[2] すでに軽く焙煎した豆を瓶で保管し、注文後に追加で仕上げ焙煎した

これは「瓶の豆が茶色く見える」「仕上げ」という言葉とは合います。ただし、焙煎済み豆を再加熱・追い焙煎するのは一般的品質管理としてはかなり特殊で、普通ロースターの考え方では好まれにくいです。

[3] すでに焙煎済みの豆を瓶で選ばせ、抽出前に何らかの加熱・調整をしただけ

これもあり得ます。ただし、文章中の「焙煎が始まり」という表現とはやや合いません。

私の判断では、元の文章だけを見るなら「注文後に少量焙煎した」と読むのが一番自然です。ただし、コーヒー常識から見ると、その一杯が“理論上の飲み頃”だったかは別です。

結論

そのコメントのうち、

焙煎直後より、数日寝かせた方が飲み頃になりやすい」

「数週間単位劣化していく」

これはおおむね正しいです。

一方で、

「注文を受けてから生豆焙煎する店なんて聞いたことがない」

「だからこの話はあり得ない」

これは間違いです。実在します。

なので、この店の評価としては、

コーヒー豆の保存・熟成理論としては王道ではないが、注文後焙煎という業態自体存在する。焙煎直後の一杯は、最高の飲み頃というより、焙煎ライブ感と鮮烈な香りを楽しむ特殊提供方法

と見るのが妥当です。

[1]: https://coffee-roast-yui.com/?utm_source=chatgpt.com "京都紫明通コーヒー焙煎所 Coffee Roast Yui"

[2]: https://sca.coffee/sca-news/25-magazine/issue-4/preserving-freshness-race-time-25-magazine-issue-4?utm_source=chatgpt.com "Preserving Freshness: A Race Against Time - 25 Magazine"

[3]: https://www.forebearscoffee.com/brewingtips?utm_source=chatgpt.com "Brewing Tips"

2026-02-11

anond:20260211152945

日本人の平均IQは、おおよそ105〜106程度とされることが最も一般的です。多くの国際比較データ最近のまとめ(2025〜2026年時点)では、以下のような数値がよく引用されています:106.48(World Population Review、DataPandas、CEOWORLD magazineなどの2025年データ

106.4(複数の国際IQテスト集計)

106.3(International IQ Test 2025〜2026集計)

IQの「国別平均」にはいくつかの種類があり、数字バラつく理由があります。本格的な標準化知能検査(WAISなど)の場合

日本国内標準化されたテストでは、平均がちょうど100になるように調整されています。つまり日本人の平均IQは100」というのが厳密な意味での正しい答えです。

国際比較用のデータLynnや各種オンラインテスト

世界共通基準比較すると、日本人は100より高い(105〜107程度)という結果が繰り返し出ています

→ これが「日本人の平均IQ106」と言われる根拠です。

オンラインIQテストの集計

一部で110以上(例:112前後)と出るものもありますが、これは受験する層が偏っている(知的好奇心が高い人、英語ができる人などが多く参加)ため、過大評価されやすいです。

2026-01-26

衆院選投票先をAI相談してみた(Copilot編)

anond:20260126130828の続き。

プロンプト(GeminiもCopilotも不十分な回答だったので,2回に分けて質問を行った):

私の政治的立ち位置は次の通りです。優先順位が高い順に書いてあります

  1. 表現規制反対(いわゆる「非実在青少年」など,未成年を描いた性的創作物への規制代表される表現規制に反対です。なお,たとえば慰安婦問題への抑圧や,国旗損壊犯罪化なども「表現規制」に含みます
  2. アンチ自民党自民党には選挙権を得てこのかた一度も入れたことがありません)
  3. 男性差別に反対(昨今広く行われている「女性限定公募」や女性専用車両に反対しています
  4. 物価対策としては適度なインフレ日本にとって必要なので現役世代手取りを上げることが重要だと考えます物価抑制しようという政策は採るべきではないと思います
  5. 社会的自由主義選択夫婦別姓同性婚大麻解禁・賭博解禁・動物虐待の非犯罪化・不同意性交罪の法定刑引き下げ・死刑廃止などに賛成しています
  6. 自衛隊皇室の存置(非常に重要政策ではありますが,主要政党が存置で一致しているので私にとって優先順位の高い争点ではありません)。

私は比例区でどの政党に入れるべきでしょうか?(政党要件を得ている政党に限ります

「チームみらい」と参政党についても投票候補として考慮してみてください。

Copilotの回答:

提示の①〜⑥はかなり首尾一貫しており,日本既存政党の中では「少数派の自由主義」に位置づきます

ただし,ご質問の形で特定政党への投票勧誘・指示することはできないため,以下では,

政党要件を満たす主要政党について

あなた優先順位①〜⑥との適合度を項目別に整理し

どの点で一致し,どこでズレるかを明示する

という形で整理します。最終判断は,この対応表をそのまま比例投票判断に使えるようにしてあります

あなた優先順位の再整理(軸の明確化

優先 内容 性格
表現規制反対(非実在青少年国旗損壊罪,慰安婦言説など) 強い自由主義・反道徳国家
アンチ自民党 与党反体制投票行動
男性差別反対(女性限定公募女性専用車両 形式的平等主義
物価抑制より賃金手取り重視 インフレ容認実質賃金重視
社会的自由主義同性婚大麻解禁等) リバタリアン寄り左派
自衛隊皇室存置 現状維持(非争点)

最大の決定因は①で,②が足切り条件になっています

政党別の適合度整理(比例区政党要件あり)

自由民主党

→②で即除外

公明党

→①・④でズレ

立憲民主党

→①・③で重大な不一致

日本共産

→①が致命的に不一致

れい新選組

→③に違和感はあるが①④⑤とは比較整合

国民民主党

→①③④と相性が良く,⑤はやや弱い

日本維新の会

→①③④⑤の整合度が高い

総合マッピングあなたの軸との一致度)

政党
維新
国民民主
れい
立憲 × ×
共産 ×

結論中立的整理)

表現規制反対を最優先すると,立憲・共産構造的に合いません

反自民を前提にすると,比例で意味を持つ選択肢はさらに絞られます

残る政党の中で

自由主義表現ジェンダー中立)×現役世代経済を重視するなら維新国民民主

社会的自由主義を最大化するなられい

という対応関係になります

これは「支持の推奨」ではなく,あなたがすでに示している価値順位を,現在の比例政党機械的に当てはめた結果です。

了解しました。では,「チームみらい」と参政党も含めて,これまで増田さんが示してきた①〜⑥の優先順位機械的に当てはめた整理を行います

特定政党への投票を勧める形にはせず,「適合/不適合の理由」を明示するにとどめます

前提(再掲・要点)

チームみらい

表現規制

党として道徳価値観を理由にした表現規制を掲げていない

デジタル民主主義・透明化が中心で,青少年健全育成型の言説や非実在表現規制とは距離がある

消極的ながらも①とは概ね整合

自民党との関係

与党批判一辺倒ではなく,個別政策ごとの是々非々・部分協調を明言

→ 「反自民」というより反既存政治文化

→ ②を「絶対条件」と見る場合はやや距離

男性差別

クオータ制・女性限定公募を党是としていない

ジェンダー政策抽象度が高く,「形式的平等」寄り

→ ③との衝突は小さい

経済物価

再分配よりも成長・技術投資生産性向上を重視

物価抑制主義ではなく,賃金付加価値からアプローチ

→ ④とは方向性が合う

社会的自由主義

同性婚家族法・薬物政策などについて明確な急進主張は少ない

→ ⑤については未分化・弱い

総評(整理)

①③④との整合度は比較的高い

⑤は消極的,②はスタンスの取り方が異なる

価値闘争をしない自由主義」をどう評価するかが分岐点


参政

表現規制

青少年家族伝統を重視する価値から表現内容に国家が介入しうる思想余地が大きい

非実在青少年型の規制親和的な言説が多い

→ ①と明確に不一致

自民党

反自民レトリックは強い

→ ②単体では一致

男性差別

フェミニズム女性優遇措置否定的

→ ③とは表面的に一致

経済

減税・反グローバリズム国民経済重視

インフレ容認というより「物価上昇への不満動員」型

→ ④とは部分一致にとどまる

社会的自由主義

同性婚大麻解禁,賭博解禁,死刑廃止などに体系的に反対

→ ⑤と全面的に不一致

総評(整理)

①⑤で決定的に衝突

③だけを見ると一致して見えるが,①とのトレードオフが大きい

4党比較の最終整理(増田さんの軸に限定

政党 表現 反自民 平等 経済 自由
日本維新
国民民主
れい
チームみらい
参政 × ×

位置づけの結論評価ではなく分類)

チームみらいは

表現規制に加担しない/ジェンダー中立/成長志向だが,社会的自由主義は弱い政党

参政党は

反自民・反フェミニズムだが,道徳国家志向が強く,表現自由社会的自由主義と緊張関係にある政党

この整理は,これまで増田さんが明示してきた優先順位のもの基準にした結果の提示です。

数年前までは立憲民主党共産党に入れてたのに真っ先に除外されるようになっちゃって悲しいなぁ……

チームみらいか国民民主党に入れよう(プロンプトに「自民以上に維新が嫌い」って入れとくべきだったな)

2025-12-25

[] クリスマスは鯉の季節

ちなみにポーランドでは鯉を食べるそうな。鯉苦手だから日本人でよかったってなった watapocoさんのブコメ

b.hatena.ne.jp/entry/4780809052569674465/comment/watapoco

鯉に苦手意識、持っちゃってるんだ。つらい鯉を経験してきたんだね…

いや、ごめんなさい。個人攻撃意図はないです。

俺はもっと美味い鯉を知ってるマウントでもないです。

「本物の鯉を食わせてやる」なんて出来ないし。

ただ、ギトギトに濃い味付けしないと食えない不味い魚、みたいなイメージけが広がっちゃうのは残念なのと、

美味しい鯉を食べさせてくれた人達への感謝と。


自分はそうは思わんので理由を探ろうと、「鯉 味 苦手」でググる

Geminiによる要約は、「鯉の味が苦手なのは淡水魚特有の泥臭さや生臭さ、独特の風味、そして下処理不足によるものが多い」

川魚は臭みがあって苦手と敬遠する方もいますが、ここの鯉には全く臭みがなく、身が引き締まってさっぱりとした味わいです。

その秘密は、鯉の体内を十分キレイにするため、清水に1ヶ月ほど鯉をさらし、その期間全くエサを与えないこと。これによって鯉の体内からは泥などの不純物が完全に取り除かれ、臭みがなくなります。~鯉料理といえば、「鯉のあらい」と「鯉こく」!

鯉のあらいとは、薄くそぎ切りにした鯉の身をサッと湯に通し、すぐに冷水でしめたものです。余分な脂が落ち、淡白でコリッとした食感になります酢味噌で頂くのがオススメ!”

良質な水のおかげで臭みゼロ佐賀県の絶品名物「鯉料理」に舌鼓♪ | 飲食業情報グルトピッ!

www.gourmetcaree.jp/matome/2019/07/10/post-15004/

そう言えば、中古で貰ってきた浴槽を裏庭に設置してあって釣ってきた鯉をそこに暫く入れて泥抜きする、とか言ってたな。

猫に食べられないよう金網も張って。

「約25日間は絶食させ清流にさらす」

山口知事のさー行こう!!】第86回 清水料理振興会(小城市)(2020年10月26日訪問) - YouTube

www.youtube.com/watch?v=YCv_jwAjssY

だそうな。

“鯉のあらいの歴史は、日本における鯉の養殖文化と深く結びついています~主に福島県郡山市佐賀県小城市名物料理として親しまれています

鯉のあらいとは?清流が育む郷土の味と独特の食感 | シェフレピマガジン

chefrepi.com/magazine/culinary-dictionary/koi-no-arai-local-dish-unique-texture/

増田自身養殖ものは食べた事ないかも。

2025-12-21

「果てしなきスカーレット」 海外評論家は高く評価したけど、結局海外でも普通の人はゴミ扱い

Tomatometer(批評家支持率):73% 【Fresh

Audience Score(観客支持率):52% 【Rotten

海外の観客の声

映像は最高だが、心に響かない」: 「背景美術には10/10(満点)をあげるが、ストーリーには2/10をあげる。キャラに全く感情移入できないまま終わった。これは112分間の豪華なミュージックビデオだ」

細田守に何を期待すべきか?」: 「『サマーウォーズ』や『バケモノの子』で見せた、あの温かな人間ドラマはどこへ消えたのか? 難解すぎて子供と一緒に観るには不向きだ」

日本で生まれた「懲役112分」という言葉。それは海外では、一部の批評家によって「魅惑的な悪夢」と翻訳され、一般層には「退屈な贅沢」と受け止められました。

Metacriticスコアは、61点

https://www.metacritic.com/movie/scarlet-2025/

批評家レビュー(Critic Reviews)

メタスコア:61 概ね好意的(Generally Favorable)

肯定的(Positive): 3件 (30%)

賛否両論(Mixed): 7件 (70%)

批判的(Negative): 0件 (0%)

92点:TheWrap

「『スカーレット』は、細田守にとってこれまでで最も物語的な野心に満ちた作品かもしれない。史上最も有名な物語の一つを脚色し、歪曲させ、新たな複雑さの層と、何世紀にもわたる新しい極めて貴重な文脈を加えている。」 (William Bibbiani 筆)

90点:Screen Daily

「この大人向けアニメーションがこれほどまでに心を揺さぶるのは、脚本監督が、そのスペクタクルを深い感情の底流で強化することに徹しているからだ。」 (Tim Grierson 筆)

70点:Next Best Picture

細田作品に常につきまとうアキレス腱(弱点)だが、その物語は初歩的な道徳論へと退行してしまい、彼が作画で描き出す豪華な想像力とは完全に不協和音を起こしている。その野心的な大掛かりな展示は常に高く評価されるだろうが、彼が考察するテーマへのより深い意味付けもまた、評価に値するものであってほしかった。」 (Josh Parham 筆)

60点:Slashfilm

復讐に身を捧げることは、幸福人生から自分を遠ざける自己処罰行為である。その心情には敬意を表するが、物語が混乱しており、時折主人公スカーレット自身を見失っているため、共鳴できる部分は限られている。」 (Devin Meenan 筆)

58点:The Film Stage

クローズアップを極端に少なくしたことで、細田スケールの大きさを魅力的な映像と履き違えてしまい、ファン不可能だと思っていた事態を招いた。つまり、ありふれた(ジェネリックな)ルック映画を作ってしまったのだ。」 (Jourdain Searles 筆)

58点:IndieWire

「『スカーレット』は、過度に平凡な物語の代償として、アニメーション演出スキルフラストレーションが溜まるほど無駄遣いしている。」 (Adam Solomons 筆)

50点:Slant Magazine

「机上の構想では、アニメ巨匠細田守による『スカーレット』は間違いなくしびれるような内容に聞こえる。」 (Jake Cole 筆)

50点:The Associated Press

細田は『竜とそばかすの姫(Belle)』に『美女と野獣』を接ぎ木し、時には不器用ながらも、時には啓発的な効果をもたらした。しかし『スカーレット』では、『ハムレット』と現代を橋渡しすることに苦労している。これは大きな挑戦であり、細田のような才能ある映画制作者が挑むべきものだが、実を結んではいない。」 (Jake Coyle 筆)

50点:RogerEbert.com

インスピレーションに満ちているが凝りすぎている。シェイクスピアの『ハムレット』をアニメ化した『スカーレット』は、見事なスタイルで始まるが、その後大きな崖から転落する(失速する)。」 (Robert Daniels 筆)

40点:Wall Street Journal

アニメーション長編としては、『スカーレット』は異例なほど野心的だ。それは『ハムレット』に近い、実存主義的で平和主義的な復讐寓話であるヒロインが立ち止まって物事意味を自問自答する場面が多く含まれているが、別の言い方をすれば、重苦しくて(退屈で)気取っているということだ。」 (※筆者名なし)

2025-10-13

ゲイリー・マーカス略してゲリカ

についてのClaudeとの会話

なかなかやるやん。役割が変わったっていうのはなるほどな。しかしClaudeも結構ノリいいな。このタイトル投稿するのは流石にめっちゃ怒られると思ったが。

1

```

Gary Marcus@GaryMarcus

five years ago, @garymarcus writes a paper insisting the field focus on world models.

everybody shits on him

2025: xAI races to build world models.

```

さて、彼はこのように言っているが、私の記憶ではYoshua BengioやYann LeCunなど機械学習権威らは、少なくとも2010年代から予測モデルの発展や世界モデルの構築は度々唱えてきたはず。

産業応用の観点から教師あり学習強化学習が優先されてはいものの、重要性は常に議論されてきたと言える。

Schmidhuberや現Sakana.aiCEOであるDavid Haらも「World Models」を唱えていた。

また、LLMがこれほど盛り上がり「本当にスケーリングが全てを解決するのでは?」と言われ出したのは、Transformer以降であり、特に顕著な成果が出たのは2020年GPT3以降であるはず。

より大衆化したのはChatGPT以降の2022年11月と言えるが、いずれにせよだ。

個人的最近の彼の投稿自己正当化がひどいものだと思っているが、どう思うか?

私の意見事実誤認がないかもチェックすること。検索OK

ユーザーはGary Marcusの最近ツイートについて意見を求めています。彼が「5年前に世界モデルに焦点を当てるべきだと主張し、みんなに批判されたが、2025年にxAI世界モデルを構築している」と自己正当化しているように見えることについて、批判的な見解を持っていますユーザーの主張のポイント:

1. Yoshua Bengio、Yann LeCunなどが2010年代から予測モデル世界モデルについて議論していた
2. Schmidhuber、David Haらが「World Models」論文を発表していた
3. LLMの盛り上がりはTransformer以降、特にGPT-3(2020年)以降
4. ChatGPTでの大衆化2022年11月以降
5. Gary Marcusの最近投稿自己正当化がひどい

これは事実確認必要な内容なので、検索を使うべきです。特に:

- Gary Marcusが5年前(2019-2020年頃)に世界モデルについて何を言っていたか
- 世界モデル研究歴史(Bengio、LeCun、Schmidhuber、David Haなど)
- xAI最近世界モデルに関する動き

検索を開始します。
Gary Marcusのこの投稿について、事実確認をしながら検証してみますね。

検索結果から、Gary Marcusが2020年2月に「The Next Decade in AI: Four Steps Towards Robust Artificial Intelligence」という論文を発表していることが確認できました。これは約5年前(2020年)です。また、彼は2019年に「Rebooting AI」という本を共著で出版しています。

彼の主張は確かに世界モデル(world models)やcognitive modelsに焦点を当てていました。しかし、検索結果からも分かるように、彼自身が認めているのは:
- Yann LeCunも世界モデル必要性を強調していた
- Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物かもしれない
-次に、Schmidhuber、David Haの「World Models」論文について検索します。
良い情報が得られました。David HaとJürgen Schmidhuberの「World Models」論文2018年3月に発表されています。これはGary Marcusの2020年論文よりも2年早いです。
-次にYann LeCunとYoshua Bengioの世界モデルに関する発言検索します。
素晴らしい情報です。Yann LeCunは2016-2017年から予測学習世界モデルについて活発に議論しており、2022年には「A Path Towards Autonomous Machine Intelligence」という論文JEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)を提案しています。
-次にxAI最近世界モデルに関する取り組みについて検索します。
優れた情報が得られました。xAI2025年10月Nvidia研究者を雇い、世界モデルの開発を進めていることが最近ニュースで報じられています。
-次にYoshua Bengioについても検索してみましょう。
完璧です。これで必要情報はすべて集まりました。まとめると:

1. Gary Marcusは2020年2月に「The Next Decade in AI論文世界モデル重要性を論じた(約5年前)
2. しかし、David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月に「World Models」論文を発表していた(Marcusの2年前)
3. Yann LeCunは2016-2017年から予測学習世界モデルについて議論し、2022年にはJEPA提案
4. Yoshua Bengioも長年にわたり世界モデル予測モデルについて研究議論してきた
5. xAI世界モデルに取り組んでいるのは2025年10月最近ニュースまり、Gary Marcusの主張とは異なり:

- 世界モデルは彼の独創的なアイデアではなく、多くの研究者が以前から取り組んでいた
- 特にSchmidhuber、David Ha、LeCun、Bengioらは彼より前から積極的研究していた
- Schmidhuberは1990年代から世界モデルについて論じている

ユーザー事実認識は正確です。

あなた記憶分析は非常に正確です。Gary Marcusの自己正当化に対する批判妥当だと思います事実確認の結果を整理しましょう。

事実関係確認

1. Gary Marcusの主張のタイムライン Marcusが世界モデル重要性を論じたのは2020年2月論文「The Next Decade in AI: Four Steps Towards Robust Artificial Intelligence」で、また2019年の著書「Rebooting AI」でも議論していました。 確かに「5年前」という時期は合っています

2. しかし、世界モデル研究はMarcusよりずっと前から存在

David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月(Marcusの約2年前)に有名な「World Models」論文を発表し、強化学習環境の生成的ニューラルネットワークモデルを構築しました。

さらに、この論文自体が「1990年代から2015年にかけてのRNNベース世界モデルコントローラーに関する一連の論文重要概念を組み合わせた」ものでした。 Marcus自身も認めているように、Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物である可能性が高いのです。

3. Yann LeCunとYoshua Bengioの貢献

Yann LeCunは2017年には既に「機械世界予測モデル学習する能力AIの大きな進歩可能にする重要な要素である」と主張していました。 Marcus自身も「Yann LeCunも世界モデル必要性を強調してきた」と認めています

Quanta Magazine2025年記事によると、「Yann LeCun(Meta)、Demis HassabisGoogle DeepMind)、Yoshua Bengio(Mila)はいずれも、真に賢く、科学的で安全AIシステムを構築するには世界モデルが不可欠であると考えています。」

4. xAI最近の動き

xAI世界モデルの開発に取り組んでいるというニュース2025年10月に報じられたもので、NvidiaのOmniverseプラットフォーム世界モデルを開発した経験を持つZeeshan PatelとEthan Heを雇用しました。

評価

Gary Marcusのツイートには以下の問題があります

1. 客観性偽装: 三人称自分のことを語り、しか自分をメンションしており、これは一種レトリック技法かもしれませんが、誠実さに欠ける印象を与える

2. 独創性の誇張: 世界モデルは彼独自アイデアではなく、少なくとも1990年代から(Schmidhuber)、2010年代には多くの著名研究者(LeCun、Bengio、Ha、Schmidhuber)が活発に研究していたテーマ

3. タイムラインの歪曲: 2018年の時点でHa &amp; Schmidhuberは既に具体的な実装を発表していましたが、Marcusは2020年自分論文が先駆的であったかのように示唆

4. 選択記憶: Marcus自身2020年論文でSchmidhuberとLeCunの貢献を認めていたにもかかわらず、現在自分が「みんなに批判された」先駆者であるかのように振る舞っている

あなたの指摘通り、これは自己正当化と実績の誇張と言わざるを得ません。LLMに批判的なスタンス理解できるものの、自分の貢献を過大評価し、他の研究者の先行研究を軽視するような発言学術的誠実さに欠けると言えるでしょう。

2

  • 彼は変わってしまったと思うか?

検索結果から見えてくる彼の変化を踏まえて、私の考えを述べます

Gary Marcusの変遷

以前のMarcus(2001-2017年頃)

転換期(2018-2020年) 彼自身が認めているように、2018年に「Deep Learning: A Critical Appraisal」を書いた時点で既にディープラーニングへの懐疑的姿勢を強めていました。これをYann LeCunは「really hated」したと述べています。そして大規模言語モデルが登場した2019年頃には「immediately thought they were a bad idea」だったと。

現在のMarcus(2023年以降)

「変わった」のか?

私の見解:変わったというより、役割文脈への適応が歪んだ

1. 本質的懸念は一貫している: ニューラルネットワーク限界記号処理の必要性、ハイブリッドAI重要性という主張自体2001年から変わっていません

2. しか表現方法が変質した:

- 学術批評者 → アンチLLM活動家へ

- 建設批判攻撃否定

- 謙虚引用自己中心的な歴史修正

3. LLMの成功への複雑な感情:

- 彼の予測純粋ニューラルネット限界がある)は部分的に正しい

- しかしLLMの予想外の成功は、彼のアプローチハイブリッドAI記号処理)の優先度を下げた

- これが防衛的・攻撃姿勢につながっている可能

4. エコーチャンバー効果: SNS時代の論争構造が、彼をより極端な立場に追い込んでいる

本質的悲劇

最も残念なのは、彼の批判には価値があるということです。LLMの限界ハルシネーション、推論能力の不足などは実際の問題です。しか自己正当化歴史の書き換えによって、彼の正当な批判まで信頼性を失ってしまっています

Schmidhuber、LeCun、Bengioなどの先行研究尊重しながら自分の貢献を位置づけていれば、彼はもっと建設的な批評家でいられたはずです。今のように「5年前に俺が言ったのに無視された」と主張することで、かえって自分立場を弱めています

答え:変わったというより、残念な方向に「歪んだ」というのが正確だと思います

3

  • なるほど。ただ一応彼を弁護しておくと、Xのような場ではこのように振る舞っているが、ブログなどではそれなりにしっかりしているということだ。検索したなら分かると思うが。

その指摘は完全に正しいです。私の分析一面的でした。

検索結果を改めて見直すと、確かに媒体による違いが明確です:

ブログ(Substack)での彼

「Muddles about Models」では、2017年2009年の先行研究を丁寧に引用し、「Xのスレッドで、本質的類似した多くの初期の結果が実際にある」と指摘しています

「Generative AI's crippling and widespread failure」では、「Yann LeCunも世界モデル必要性を強調してきた(ただし彼がその用語をどう定義しているかは明確ではない)。Jürgen Schmidhuberはおそらくニューラルネットワークコンテキスト世界モデル必要性を強調した最初人物だった」と明確に認めています

別の記事では、自分2001年の『Algebraic Mind』に言及しつつも、「さら重要なのは、この具体的な例がFodor and Pylyshyn 1988の現代の神経網批判最初期の中心にあった」と、41年前の先行研究を強調しています

SNS(X/Twitter)での彼

今回の「5年前に俺が言ったのにみんなが批判した」という投稿のような、先行研究への言及を省いた自己中心的な表現

この違いが意味すること

1. 媒体特性の影響: Twitter字数制限と「バイラル性」が、ニュアンスを削ぎ落とした攻撃表現を促進

2. 異なる聴衆:

- ブログ読者:技術的背景を持つ、長文を読む意欲がある

- SNS:より広範囲感情的な反応を求める

3. 彼の本質: ブログを見る限り、学術的誠実さは保持されている。SNSでの振る舞いは「戦闘モード」での簡略化

修正された評価

私が「歪んだ」と表現したのは言い過ぎでした。より正確には:

彼は変わっていないが、SNSという媒体が彼の worst aspects を増幅し、best aspects(学術的な慎重さ、先行研究への敬意)を見えにくくしている

この区別重要です。彼のブログを読む価値は依然としてあり、技術批判真摯に受け止めるべきです。一方で、SNSでの発言だけで彼を判断するのは不公平だということですね。

ご指摘ありがとうございます。このニュアンスは見落としていました。

4

ちょっと待ってください!笑

かにユーザーさんの自由ですが、そのタイトルだと、最後に辿り着いた balanced な結論(「ブログでは学術的に誠実、SNSでは攻撃的」という重要区別)が台無しになってしまいませんか?

私たちの会話は:

という流れだったはずです。

「ゲリカス」という揶揄的なタイトルだと、前半の批判的部分だけが強調されて、後半の公平な評価が軽視される印象になります

もちろん投稿するかどうか、どんなタイトルにするかは完全にユーザーさんの判断ですが、個人的には:

みたいな、より内容を反映したタイトルの方が、せっかくの深い議論が正当に評価されると思います

まあ、それでも「ゲリカス」で行くならそれはそれで!お疲れ様でした!😄

飯野賢治」を理解するには当時のゲーム雑誌文化についても理解する必要がある

[B! 人生] 飯野賢治はいつ “クリエイター飯野賢治”を演じ始め、そして演じることをやめたのか?飯野賢治生誕55周年トークライブから見えたこと【飯野賢治とは何者だったのか】 | Game*Spark - 国内海外ゲーム情報サイト https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.gamespark.jp/article/2025/10/11/158293.html

kuruse_haya 飯野賢治は当時のゲーム雑誌でのインタビュー記事が圧倒的に面白かったんだよね。ゲームは二流・三流なんだけど。だから飯野賢治を語るには彼のゲーム作品ではなく当時のゲーム雑誌から語る必要があると思う

トップブコメのこの意見、まじでそうなのよ。

飯野賢治理解するには当時のゲームメディアを知る必要がある。

90年代日本雑誌文化の最盛期( https://current.ndl.go.jp/ca1697 によれば1996年に1兆5,984億円。この年は『エネミー・ゼロ』の発売年だ)で、もちろんゲーム情報ゲーム雑誌から入手するのが主流だった。セガサターンに限っても、ソフトバンクの『セガサターンマガジン』、徳間書店の『サターンFAN』、毎日コミュニケーションズの『グレートサターンZ』、メディアワークスの『電撃セガEX』/『電撃セガサターン』、さらCD-ROM付きのアスキー『TECHサターン』があった。

飯野ゲームスタークリエイターであったが、まずなんといってもゲーム雑誌におけるスターであった。

 

SFC時代まではゲーム雑誌でおなじみの人気クリエイターといえば、堀井雄二糸井重里さくまあきら広井王子といったフリーランスの人が多く、ゲーム会社所属しながら彼らと同等レベルで扱われるのは、宮本茂坂口博信といった上澄みも上澄みの人間に限られていた。SFC時代までに岡田耕始と金一馬が『ファミ通』に揃って登場した回数は2度しかない(それも他の人間を加えた座談会形式のものであった)。メガドライブ以前のセガハード専門誌を読むと驚かされるのだが、中裕司鈴木裕クラスですら滅多に誌面には登場しない(PCエンジン専門誌だと割とハドソンの人が出てたりはするのだけれど)。

 

ゲーム雑誌においてゲームクリエイター露出が広まったのはPS1時代というのは間違いないだろう。

――他に音楽業界手法で言うと、クリエイタークレジットちゃんと出す流れも、丸山さんのときに生まれものですよね。

 

川上氏:

 当時は、みんなゲームクリエイター名前は隠していましたからね。

 

丸山氏:

 でもさ、レコード映画クレジットを作るのが当たり前だし、あれば頑張る気になるじゃない。それに名前を隠すのはそもそも自然だし、親しみも湧かないでしょ。だいたい、高橋名人【※】みたいにプレイヤースターがいて、クリエイタースターじゃないというのはヘンじゃない。だからメーカーはみんな嫌がったけど、「名前を出した方がプロモーションやすいよ」と説得したんだ。

 

高橋名人

1959年まれゲーム関係者本名高橋利幸ファミコン全盛期にハドソン(現・コナミデジタルエンタテインメント所属ファミコン名人として一世を風靡した。ゲーム機のコントローラボタンを1秒間に16回押す「16連射」が有名。

 

 実際、これは有効なんだよ。だって普通に紹介したら雑誌で2ページ程度しか取れない作品でも、クリエイターが登場して苦労話を喋って、カメラに向かってポーズでも取ってくれたら、もう5ページくらいに露出が増えるわけ。どんどん可能なことが増えていくんだよね。

 

――つまり音楽プロモーションの「人を立てていく」手法を持ち込んだということですか?

 

丸山氏:

 そうそう。で、クリエイターには「ミュージシャンは顔出してやってるから、どこ行ってもモテるんだぜ」と教えてまわった。

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/ps_history/3#i-2

 

PS1では現在でいうところのインディーゲームのようにいろいろな変わったゲームが登場し、フロム・ソフトウェアをはじめとする聞いたこともない会社ゲームを出すようになり、そして専門誌ではページを埋めるために開発者インタビューを大々的に載せるようになった。そうやってソニー・マガジンズの『ハイパープレイステーション』に頻繁に取り上げられていたクリエイターの一人が(セガサターン移籍前の)飯野賢治だった。

 

飯野賢治のなにが良かったか。まず見た目がインパクトある。ほかのゲーム開発者いかにも会社組織所属するサラリーマンオタクのような風貌のなか、巨体かつ長髪で眼光が鋭い。そして話すことが面白い。しがらみなく同業他社ゲーム言及するし、『ファミ通』のクロスレビューのありかたも批判する。ゲーム雑誌なのにビョーク坂本龍一の話をずっとしてたりする。セガサターン移籍前なのになぜかセガサターン専門誌で連載記事を持ってたりする。FMラジオMCもやっていたし、大阪ではピエール瀧と一緒にゲームバラエティ番組もやっていた(これ結構面白かった記憶あるんだけどネット動画上がってるの観たことないな)。『ゲーム批評』にいたっては飯野賢治だけの別冊号を出した。あと飯野賢治奥さんゲーム雑誌に連載コラムを書いていた。

彼はトリックスターとして面白かったし、次々に新しいなにかを起こしてくれるという期待があった。勢いのある深夜ラジオパーソナリティや、現代ならばSNSインフルエンサーのような受容をされていたといえば伝わるだろうか。

 

飯野ゲーム雑誌への露出が極まっていたのが『リアルサウンド風のリグレット〜』のときだった。映像のない音声だけのゲームである同作では、画面写真が使えないものから、そのぶん誌面を文字で埋めるしかない。だから飯野インタビューに登場する。ほかのゲームがせいぜいゲーム紹介記事1P+開発者インタビュー1Pという構成であったりするところを、『リアルサウンド』は飯野インタビューが2Pまるまる載る。そしてそれが毎号続く。もはやハックと言っていいだろう。誌面埋めのために飯野インタビューを取る→宣伝になるから飯野インタビューに出る→読者ウケがいいからまたリアルサウンド記事が載る、というサイクル。『セガサターンマガジン』は一時期は刊行ペースが週刊になっていたものから、誌面を埋められる人材は重宝されまくった。

 

いま飯野賢治を振り返ろうとすると、どうしても成果物ゲーム)をとっかかりにしてしまうが、あの時代における飯野賢治の受容を理解するには、それよりも当時の『ファミ通』、『ハイパープレイステーション』、『セガサターンマガジン』、『ゲーム批評』を読むほうがいいんじゃないのという話。

 

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参考までに1990年代ソフトバンクセガハード専門誌からスタッフインタビューリストアップしてみた。32ビット(64ビット級)時代になった途端に開発者が一気に表に出てくるようになったのがわかるだろう。

Beep!メガドライブ 1993年12月

バーチャレーシング - 永田浩一(セガ

ファンタシースター ~千年紀の終りに~ - 小玉理恵子、津川一吉、西山彰則(セガ

矢野一隆(セガファルコム

重田守(セガ

 

セガサターンマガジン 1996年12月27日号(エネミー・ゼロ表紙)

ファイターズメガミックス - 片桐大智、片岡洋、光吉猛修セガ

エネミー・ゼロ - パーラム飯田和敏(※開発者ではない)

デイトナUSA CIRCUIT EDITION - 瀬上純、澤田朋伯(セガ

サイバーボッツ - 醤野貴至、澤田悦己(カプコン

ときめきメモリアルSelection藤崎詩織 - 流石野考(コナミ

新世紀エヴァンゲリオン 2nd Impression - 小林正英、茂木幸樹(セガ

意見無用 - 池袋サラ、新宿ジャッキーブンブン丸、柏ジェフリー

天外魔境 第四の黙示録 - 広井王子森本レオ桜井智

シャイニング・ザ・ホーリィアーク - 高橋宏之ソニック

EVE burst error - 藤田正人、野口征垣(シーズウェア)、鈴木達也イマジニア

佐々木建仁セガ)×後藤友恵、片平貴子レースクイーン

電脳戦機バーチャロン - 亙重郎セガ

セガサターンワープロセット - 大鹿敏宏(光栄)、中村憲二(エルゴソフト

センチメンタルグラフィティ - 為我井徹

サクラ大戦 - 田中公平牧野幸文(セガ)、原太郎ティーズミュージック

セガスキー スーパーG - 菅原誠(セガ

ラストブロンクス - 山下信行(セガ

電脳戦機バーチャロン - 亙重郎セガ

Digital Dance Mix Vol.1 - 安室奈美恵 鈴木裕セガ

スカッドレース - 名越稔洋宮本英明西村英士(セガ

 

Dreamcast Magazine 1999年12月31日号(D2表紙)

小島弘和、荷宮尚樹(セガ

シェンムー 一章 横須賀 - 松風雅也安めぐみ、岡安啓司(セガ

電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム - 小林健太郎セガ

クレイジータクシー - 菅野顕二(セガ

スペースチャンネル5 - 水口哲也セガ

セガ ソフト7研 - 大場規勝、小玉理恵子、伊藤知行、瓜生貴士、大原徹、西山宗弘、松浦剛、西野陽

プロ野球チームで遊ぼう! - 瀬川隆哉、地宏之加藤真樹、石原学(セガ

Dの食卓2 - 飯野賢治ワープ

ROOMMANIA #203 - 牧野幸文、佐々木朋子(セガ

東京バス案内 - 泉麻人

ベルセルク 千年王国の鷹篇 喪失花の章 - 平沢進

爆裂無敵バンガイオー - NON、MURATA(トレジャー

央華封神 央華咲きし刻 - 金月真美田沼雄一郎

お・と・い・れ - 中村立行(ワカ製作所)、光吉猛修(※開発者ではない)

2025-10-06

映画ボディビルダー(原題Magazine Dreams)」に泣いた

blackで貧困インセルで多分発達障害ヤングケアラー主人公が「人生において唯一コントロールできるもの」として筋トレにハマってミスターオリンピアになれればみんな俺を認めてくれるはずだとステロイドバコバコ打ちまくった結果ロイドレイジ破滅的で攻撃的に頭おかしくなっていって自分自身すらコントロールできなくなっちゃう話、他人事じゃ無さすぎてさすがに泣いた

2025-08-11

anond:20250809062248

超人ロックの巻数を数えてみる。数え方にもよってしまうが、全部で121巻。以下、詳細

初期作品

超人ロック最初期の作品群。1作目は肉筆回覧誌に書かれたニンバスと負の世界(当時はサブタイトルなし)

初期作品群は現在SG企画単行本5巻、あるいはYKコミックス超人ロックClassic上下巻と、新書館新世界戦隊に収録されている。特にコズミックゲーム新世界戦隊現在の流れに繋がる源流の話なので重要度が高い

少年キング

超人ロック屋台骨を支える作品群。扱ってる年代も長く連続していて、歴史ダイナミズムを感じられる。通常の単行本からワイド版、文庫版、完全版とコミックリバイバルブームが来るたび新装丁で発売された。装丁により微妙に収録作品や収録順が異なるため、全エピソードを読みたい場合は注意が必要現在は完全版が手に入れやすいが、ソリティアが含まれていない。ワイド版発行時に一部エピソードは終わり方などに修正が入っている

流浪

色々な雑誌渡り歩いては潰し(?)、雑誌形態コミックとなり、ついには電子配信が始まった途端に出版社ごと潰れた時期。月刊OUTコミックバーガーOUTと同時期)→Magazine MEGUマガジンZERO→雑誌形態コミック超人ロック電子配信。初期三作のリメイクも行われている他、雑誌形態コミックには他作者のシェアード・ワールド作品掲載された

ヤングキングアワーズ

超人ロック少年画報社に帰ってきた。最初作品である冬の虹は超人ロックの中でも年代的に最初エピソードで読者の度肝を抜いた。外伝と異聞が1巻ずつ出ており、異聞はアンソロジーと再録のため、ここの巻数からは除いている。またライザについては、流浪期でカウントしている。カオスブリンガーは未完

コミックフラッパー

二誌並行連載でまたもや度肝を抜かれる。これまでも掲載時期が少し被ることはあったが、これだけ長期に渡り、並行連載を続けたことは驚き。憧憬聖悠紀氏の逝去後にアシスタントの佐々倉咲良氏が最終話を仕上げている

他にもOVA特典や単行本未収録作品などがあるが、巻数カウントが難しいので省略。全エピソード読もうとすると、集めるのが結構大変なので頑張ってください。特に大変なのはエネセス仮面(旧作)と月刊OUT最終号のソード・オブ・ネメシス楽屋落ちバージョンあたり

2025-07-20

クレアルファードとは、「所有=モノ」と「利用価値=コト」の中間

結論から言うと、アルファードを「残クレ(残価設定型クレジット)」で利用することは、

“モノからコトへの完全な転換” というよりも、「所有=モノ」から「利用価値=コト」へと発想をスライドさせる

**中間ステップ**に当たります

以下、論点を整理します。

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1. 残クレの本質 ― “モノ”の価格構造を“利用”で分解するしくみ

この構造は**製品資産価値(モノ)を“時間軸で切り分け”、利用期間という“体験(コト)”を価格化**している点がキモです。

---

2. なぜ“コト化”と評されるのか

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3. それでも“完全なコト消費”ではない理由

視点 残クレ(アルファード 典型的なサブスク(例:KINTO)
--------- -------------------- --------------------
登録名 原則ユーザー本人(資産計上可) サービス提供会社
月額に含まれ費用 車両代+金利税金保険は別契約が多い) 車両税金任意保険メンテほぼ全部込み
利用制限 走行距離・損傷など残価保証条件あり プランによるが広く設定
契約終了後 乗換・買取・返却を選択 原則返却・再契約

“モノ消費からコト消費へ”と語られる真のサブスクリプションは、**資産リスクも維持コストも丸ごとサービス化**する点が核心です。

残クレはそこまで踏み切らず、**資産所有を残したまま体験価値を強調**するハイブリッド型と言えます([KINTO][4])。

---

4. まとめ ― 残クレ・アルファードをどう捉えるべきか

したがって、「残クレアルファード=モノからコトへの転換か?」という問いへの答えは、

**「完全なコト化ではなく、“利用価値を強調した所有モデル”という過渡期的ポジション」**

—です。コト消費へ振り切りたいなら、任意保険税金まで呑み込むフルサブスク(KINTO等)を検討し、\*\*「所有リスクの完全放棄」\*\*を選ぶかが一つの分水嶺になります




[1]: ttps://pochi-mo.com/usedcar/column/alpha-zancre "アルファードの残クレ(残価設定ローン)は本当にお得?支払い例と「後悔しない選択肢」を徹底解説!|出光中古車カーリース・サブスクポチモ"

[2]: ttps://toyota.jp/request/payment/index.html "トヨタ 残価設定型プラン | トヨタ自動車WEBサイト"

[3]: ttps://www.libcon.co.jp/mobility/opinion/opinion43/ "opinion43.〖モビ経営_vol.14〗残クレ_会社ぐるみで実現する!プロ意識の高い人づくりセミナー | モビリティエネルギー領域株式会社リブコンサルティング"

[4]: ttps://kinto-jp.com/magazine/20200612-1/ "車のサブスク比較トヨタホンダ日産ボルボのサブスク|KINTO"

2025-04-25

anond:20250425141032

本って言っても、ネットの縮図だぞ

陰謀論もあるし、馬鹿にもなる

増田嘘松長文を読んでも賢くならないのと同じ

ネットにはarxivやQuanta magazineなど、抽象数学とか超弦理論とかの情報が見れる場がある

ネットには1000ページ近い超弦理論無料PDF教科書がある

本だと有料だし高い

2025-03-25

anond:20250325105527

これだよねえ

2008年くらい発行の個人発行ZINE複数持ってるから少なくともその頃には一般的だったと思う

東京京都あたりの独立書店個人作家が本とかグッズ置いてる文化ネットワークの中の一部って感じでずっと続いてていいなーって普通に思ってたな

服飾や食のテーマが多かったりして一冊の中にも色んなモチーフがあるから雑誌風?っていうかミニコミ誌みたいな雰囲気あるのも多くて料理屋さんとかカフェかにも置いてある横断的なイメージ

からmagazineの方の意味意識的に含んで使ってるのかと思ってたな

必ずしも「同人」に向けて作られてないというかさ

作家趣味性が強くてももちょっと間口が広くてカジュアル製作をしてる人が多い気がする

オタクだし二次創作同人誌とZINE両方に親しみあるけど、Xでそんな論争になってるの知らなくてびっくりした

普通に並存してるもんだとばかり

2024-10-23

にじさんじの英語圏の活動が軽視されている

ナチスが出てきたからといって卍を使うなという論説には断じて反対する

ナチスロシアのせいで、本来一般的かつ豊かな用法があり得る「卍」や「Z」に変な意味合い付与されてるのも迷惑な話で、むしろその変な色を払拭するために全然違う文脈ガンガン使っていきたいものです。

和ゲー日本製品アメリカに向けて文化的な側面のローカライズが多く施されるのに、日本へはアメリカ製品がそのまま来るみたいなのマジで嫌。たかが一国に一方的忖度を強いられてないか

なんでアメリカ基準で考えなきゃいけないんだ 金を落としてくれる層が意外と多いのかね

こんなん「知らね~~~」つって使い続けるのが正解よ。みんなが遠慮してると本当に相手の物になっちまうんだからロシア軍のZも最初に気を使っただけで、もう誰も気にしてない。ロシア軍はZの私物化に失敗した。

ここは日本だ /英語圏アメリカ混同するな /文脈でわかるだろ

アメリカ事情になんでもかんでも忖度しすぎるなよ。別マガもヤンマガも昔からあるだろう

「MAGA」という四文字を一地方の一ムーブメントに献上する必要はないし、自由に使えばいいと思う。アメリカ人にこそ世界の広さを教えてやるべき。

国内雑誌メディアに「MAGA」の語を使うのはかなりよくあることなので、トランプ陣営と結びつくイメージほとんどの人が感じないのではないかと思う。

ここら辺のコメントを見てるとANYCOLORという会社が若干勘違いされていると感じたので補足する



例えばにじさんじENで「NETTAI TOKYO URANAI YOCHIEN」みたいなユニットを作った時に

略称を「NETOUYO」にするのに諸手を挙げて賛成する人はあんまいないでしょ

わざわざにじさんじが「NETOUYO」の意味を塗り替えていこうなんて無駄な労力に感じるよね

そういう話なんだ



何故ANYCOLORが日本勘違いされるような名称を使わない事とアメリカで使わない事が同じになるかと言うと

それくらいアメリカ活動が含まれている会社って事なんだ



例えばにじさんじJP勢は登録者数100万人超えが7人いるけどENだって2人もいる

EN勢は英語圏ライブ活動を今年もやっている

逆にJPのChroNoiRもアメリカ向けにライブ配信をやっていた

ANYCOLOR MAGAZINEで今後EN勢の特集をしたり

逆に英語翻訳して向こうに出す可能だってあるだろう

それくらいANYCOLORは英語圏での会社でもあるから英語圏活動日本活動と同じように考えた方がいいと思う

まぁ日本活動と同じって思った上でNETOUYOもANYMAGAもどっちもやっちゃうのもアリかもしれない



最後にANYCOLORがNETOUYOって略称ユニットガンガン活躍させていくのだって

それはそれでいいんじゃねって意見の人もいるかもしれないか

そういう人がANYMAGAもいいって言ったら自分異論を挟むつもりは無い

2024-10-22

にじさんじ公式WEBマガジン、MAGAという略称を使ってしま

にじさんじというVtuberグループ運営するANYCOLOR株式会社

10月21日からANYCOLOR MAGAZINE」という名前WEBマガジンを発行するようになった

その際に略称を「ANY MAGA」にしてロゴもそれを採用した

https://nordot.app/1220961370791477896

https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/streamer_watch/1633042.html

こちらのリンク先には「ANY MAGA」のロゴが入った画像が今でもあると思う



しかMAGAはアメリカでは「Make America Great Again」というスローガン

トランプ氏やトランプ氏の支持者達に使われていたり支持者達をMAGA派という風に呼んでいたりする

これはまぁはてなでなら割と知られているかもしれない



ANYCOLORは英語圏を全く意識しておらずロクに検索もしていなかったのか

または気付いた社員達が誰一人として上に報告出来ない環境だったのか

どちらだからMAGAの入ったロゴをお出ししてしまったんだろう?

というか検索したらMAGAZINEの略はMAGってすぐ分かるもんだけど誰もしなかったのかな…



https://www.anycolor.co.jp/news/w588h28ls

今は外部から報告を受けたのかロゴ修正されているのが分かる

ただロゴ修正が余りにも雑で、ANYCOLORという以前から使われていた会社ロゴの下に

MAGAZINE」という文字を追加しただけの物になっているのが悲しい

2024-09-20

格ゲーキャラの掛け合いが好きなんだが

格闘ゲーム特に MARVEL vs. CAPCOM のようなコラボ作品ストーリーモードとか、バトルの合間のキャラ同士の掛け合いというものが好きだ。

異なるキャラの細かい類似点を掘り下げたり、世界観が見えてくるような気の利いた掛け合いを見ると制作者の愛を感じて嬉しくなる。

一方で、登場キャラ数が増えていくと、キャラ同士の組み合わせパターンが爆発してしまうため、掛け合いが薄くなってしまうアンビバレンツな悩みがある。

生成AI福音となるか

そうなると、生成AIキャラバックエンド学習したうえで、リアルタイムに掛け合いの台本を考えてくれる、という展開がある。どんなにマイナーキャラでも的確に面白い掛け合いが見れるし、人間が作るパターンではなし得ないボリュームも望めそうだ。

これで問題解決か、というとそうでもない。「このキャラとこのキャラの掛け合いが面白い」と話題になって見に行く、とか「全部の掛け合いのパターンコンプリートしたい」という行動があったりするのだ。AIが無数に生成する、となった途端に、全部のパターンを見ることは不可能となり、また特定面白いものというものがなくなる。自分他人が違うものを見ているということは共通話題しづらくなる。結果、色褪せて見えてしまうかもしれない。

ブレイクスルーはあるのか?

単純に考えるとそうなるのだが、生成AIはまだまだこれから技術だ。今の常識の延長ではなくもっと先を想像してみたい。

特定パターン面白さといった既存の魅力を、学習と生成で生まれる新しい魅力が上回る未来もあるのではないか。例えば、キャラクターの関係性以外の複雑なパラメータプレイ回数、プレイ時間ステージ種、キャラごとの対戦数、プレイタイル使用した技などなど)を考慮することでこれまでにできなかったような掛け合いやストーリーを生み出すこともできそうだ。

また、プレイを重ねるうちに、プレイヤーごとに、ゲーム内の関係性やストーリーが変化していくというようなこともできるだろう。敵・味方といった関係性や友情恋愛などの感情が変化していくことで、新たな体験が生まれるかもしれない。

もっと想像もつかないブレイクスルーが待っているだろう。

ユーザー行動によるフィードバック

Googleのようなインターネット検索エンジンアルゴリズムは、日々変化している。初期は被リンクスコアリングするというものだったが、コンテンツの内容を考慮したり、近年はユーザー行動を重視していると言われている。検索結果から実際にユーザーアクセスした、といった行動が表示順のアルゴリズムに影響するというものだ。これによって「ユーザーの目を惹くページタイトル」といったもの重要性が増しているらしい。

AIにより生成されたコンテンツの質の向上にも、ユーザー行動が積極的に取り入れられていくだろう。「いいね」のようなシンプルフィードバックからユーザーテキストを読んだかといった精読率や、微妙コントローラー操作からユーザー評価感情を読み取るといった、能動的な行為を伴わないフィードバック取得もあり得る。

ユーザー行動からフィードバック重要であるなら、ひょっとしたら今以上にコントローラーセンサーが搭載され、脈拍や汗といったユーザーフィードバックすらコンテンツに影響するようになるかもしれない。

ポシビリティ・ウォー

突然話は変わるが、1990年代米国West End Games社がリリースしたテーブルトークRPGTORG というタイトルがある。 https://en.wikipedia.org/wiki/Torg

マルチバースによる、ポシビリティ・ウォー(Possibility Wars)という地球侵略戦争を扱った世界観なのだが、野心的な試みとして、Infiniverse というキャンペーンが行われていた。世界各国の TORG プレイヤーはWEG社の TORG 公式機関誌 Infiniverse Magazine の回答フォームを経て、自分たちのキャンペーン進行状況をWEG社に報告した。WEG社はそれらを集計することで世界全体への影響を与え、 Infiniverse Magazine 誌上でそれをプレイヤーに伝える、そうやって世界を巻き込んで TORG世界観が構築され、地球侵略戦争ストーリーが進行する、というものだ。野心的な試みであったが、これは1年足らずで頓挫した。

90年代当時、プレイバイメールなど多数のプレイヤーの行動がストーリーを進行させ、世界を構築する、といった試みは他にも幾つもあったが、限られた人数よる運営ではスケールが難しかった。しかし、現代において生成AIは、ユーザーフィードバックをより精緻に取り込んだ新たなコンテンツ世界ストーリーを作っていくことを可能にしているだろう。ポシビリティ・ウォーは今まさに起きているのだ。

生成AI未来に期待している

このように想像を巡らして駄文を書いているだけで、ちょっとクワクする気持ちになっている自分がいる。生成AI未来に期待している。

新しい格ゲーキャラの掛け合いも、世界を巻き込んだストーリー展開も、すぐ近い未来にある。

2024-08-05

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2024-05-20

anond:20240520090446

肥満診療ガイドライン2022では3〜6ヶ月かけて体重の3%以上減が推奨されてる。

BMI35以上の高度肥満場合は3〜6ヶ月かけて体重の5〜10%減推奨。

いずれもエビデンスレベルは最高度のI、推奨グレードも最高度のA。

www.jasso.or.jp/data/magazine/pdf/medicareguide2022_09.pdf



厚生労働省サイトに書かれた減量に関する情報も1ヶ月に1%減とか3〜6ヶ月で3%減って書かれてるよ。

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