はてなキーワード: Respectとは
デイヴィッド・フォスター・ウォレス、「ジョナサン・フランゼンへの病的なまでに焼けつく嫉妬」を語る
私たちはすでに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスと彼の著名な友人たち――メアリー・カー、ジェフリー・ユージェニデス、ジョナサン・フランゼン、マーク・レイナー――との複雑な友情について知っている。
しかし、D・T・マックスの伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』からのこの抜粋では、激しい自己不信と強烈な嫉妬に苦しむウォレスの姿が垣間見える。
いま私たちが彼について知っていることを思えば、それは非常に興味深く、そして胸が締めつけられるほど痛ましい。
フランゼンとの約束をすっぽかしたあと、ウォレスは手紙で自分の行動をこう説明している。
「今の僕は、哀れでひどく混乱した若者だ。28歳にして落ちこぼれの作家であり、君やヴォルマンやマーク・レイナー、いやデイヴィッド・クソ野郎・リーヴィットですら、今まさに自分で納得できるページを書いている若い男なら誰に対しても、病的なくらい焼けつくような嫉妬を感じている……。そのあまり、この惨めな問題全体について言えば、自殺は少なくとも理にかなった選択肢だと思っている――今この時点では、まだ望ましいとまでは言わないにせよ。」
『Infinite Jest』執筆直前というまさに瀬戸際で、ウォレスが自分の「失敗」をこれほどまで激しく感じていたことには驚かされる。
しかも結果として彼は、おそらく彼らの中で最も偉大な作家であり、少なくとも最も伝説的な存在となったのだから。
実際、私たちが知る限りでは、むしろフランゼンのほうがウォレスに嫉妬していてもおかしくないくらいだ。
この抜粋の続きは The Daily Beast で読むことができる。
Read David Foster Wallace on How ‘Sickly Searingly’ Jealous He Was of Jonathan Franzen
Aug. 22, 2012
We already know about the complicated friendships between David Foster Wallace and his famous friends — Mary Karr, Jeffrey Eugenides, Jonathan Franzen, Mark Leyner — but in this excerpt from D.T. Max’s forthcoming biography Every Love Story Is a Ghost Story: A Life of David Foster Wallace , we get a glimpse into a Wallace wracked by self-doubt and intense jealousy, which, considering what we know about him now, is completely fascinating and desperately sad. Writing to Franzen after blowing him off, Wallace explained his behavior:
“Right now I am a pathetic and very confused young man, a failed writer at 28, who is so jealous, so sickly searingly envious of you and Vollmann and Mark Leyner and even David F–kwad Leavitt and any young man who is right now producing pages with which he can live … that I consider suicide a reasonable — if not at this point a desirable — option with respect to the whole wretched problem.”
It’s amazing to us to see how intensely Wallace felt about his own failure — this written on the veritable brink of Infinite Jest — when he would turn out to be arguably the greatest and definitely the most legendary of the bunch. After all, from what we’ve seen, Franzen should be jealous of him. Read more from the excerpt at The Daily Beast.
ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
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もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
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しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
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『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
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そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
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一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
https://firstthings.com/david-foster-wallace-to-the-rescue/
自殺について語るのはやめよう。デイヴィッド・フォスター・ウォレスを「文学界のカート・コバーン」へと還元し、その自己破滅をロマン化するような小さな産業に加担するのはやめよう。ウォレスの作品には、自殺者や依存症者、そして「セラピー株式会社」の患者たちが数多く登場する。そのため、彼の死後には、作品全体を自伝として読み、依存症や自殺願望を抱える登場人物をすべて、後知恵による彼自身の肖像画として解釈したくなる誘惑があまりにも強い。
だが、昔ながらの保守的な批判を繰り返すのもやめよう。確かにウォレスは、批評家たちが嫌うことを好んだ作家だった。たとえばディケンズこそ小説の頂点だと考える人なら、ウォレスの散文に漂う重苦しい自己意識や、延々と続く「メタ」な遊びにうんざりするのも無理はない。
ジェイムズ・ウッドは、現代後期の口語表現を模倣したウォレスの自由間接話法を前にして、「ひどく醜く、二、三ページ以上読むのは苦痛だ」と評している。そしてさらに痛烈なのは、ウォレスの「腐敗した言語」は、結局のところアップダイクの過剰に装飾された文体の鏡像にすぎない、と論じている点だ(これはウォレス自身がアップダイクを主として倫理的な理由から批判していたことを考えると、なおさら痛烈である)。
ウッドによれば、アップダイクは「美学主義(作者が前面に出すぎる)」の典型であり、一方ウォレスは「反美学主義(登場人物だけがすべて)」の典型だ。しかし両者とも、結局は同じ種類の美学主義であり、その本質は「文体の懸命な誇示」にあるという。
要するに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとは、「理論」が「小説」を振り回してしまった結果なのである。
しかし、ウォレスを誤解する方法はほかにも数多くある。その典型が、彼のポストモダン的な遊戯性や自己言及性を、道徳性を欠いたシニシズム、あるいはニヒリズムそのものと混同することだ。ヒューバート・ドレイファスとショーン・ドランス・ケリーは、そのような読みを『All Things Shining』で展開している。
ウォレス初の伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で、D・T・マックスは、ポストモダン的な聖人伝にも、保守派の切り捨てにも、ニヒリストという決めつけにも陥ることなく、見事にそのどれも回避している。彼は丹念な調査を通じて、ウォレスは決してニヒリストではなく、むしろ非常に複雑な種類のモラリストだったことを示している。
芸術的には決して保守的ではなかったものの、ウォレスは、現代後期における文学の使命とは、自分がしばしば誤解されてきた皮肉なニヒリズムそのものに対抗することだと確信するようになった。彼にとって小説家とは放火犯ではなく、消防士であるべきだった。
この伝記から浮かび上がるウォレス像は、ポストモダン文学の中から現れた奇妙な生き物――道徳的保守主義者――である。実際、マックスは後年のウォレスを「バーク的(Burkean)」な文化保守主義者だったとインタビューで語っている。(レーガンに投票したMFA〈創作修士課程〉の教授を、あなたは何人知っているだろうか。)
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ウォレスは、ドナルド・バーセルミやトマス・ピンチョンの正統な後継者だった。初期作品は、彼らのいわゆる「ポストモダン」的プロジェクトをさらに推し進めたものだった。(マックスによれば、「バーセルミを読んだとき、ウォレスは初めて文学の中で『カチッ』という手応えを感じた」という。)
その狙いは、物語を語る仕組みそのものを暴き、内部から解体するような文学を書くことだった。たとえば、夜のニュース番組が最後にカメラを引き、ニュースキャスターの向こう側にあるスタジオ全体を映し出して、「これは作られた舞台装置にすぎません」と種明かしをするようなものだ。そうした作品には、自己反省がプレッツェルのように幾重にもねじれ込んでいる。
そのため、最初の長編『The Broom of the System』は、アマースト大学時代の卒業論文をもとに書かれた作品であり、ウィトゲンシュタインの影響をこれ以上ないほど露骨に示した、理論色の濃い小説となっている。
続く短編集『Girl with Curious Hair』には、中編小説が収められている。これはアリゾナ大学の創作修士課程在学中に書かれたもので、東海岸の創作プログラムに所属する若い作家志望者たちを描いている。彼らはMFA制度そのものの舞台裏を暴きながら、ジョン・バースやバーセルミという父親世代の影響から逃れようとし、「父殺し」に夢中になっている。だいたい雰囲気は伝わるだろう。
「デイヴ」が本当の意味で「デイヴィッド・フォスター・ウォレス」になったのは、『Infinite Jest』という予想外の大成功によってだった。
全1100ページに及ぶこの非線形の巨大叙事詩には、およそ100ページもの脚注が付いているが、それらは単なる付録ではなく、本編を理解するために欠かせない。この小説は、近未来の北アメリカが「北米国家機構(Organization of North American Nations)」、略して O.N.A.N.(もちろんウォレスらしい言葉遊びである)へと再編された世界を舞台にしている。
そこでは、「車椅子暗殺団」というケベック独立派テロ組織のようなレジスタンスも活動しており、ウォレスは物語の中に政治的な筋書きを巧みに織り込んでいる。
しかし、マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』や『洪水の年』にも通じるように、この世界では国家そのものが巨大企業に圧倒されてしまっている。
「ワッパーの年」
この意味で、ウォレスはモダニズムの問題意識をさらに徹底させた作家だった。消費社会が人間に与える影響を、具体的な商品名まで使って執拗に描き出している。これは、「時代を超越した普遍性」を目指した古典文学ではむしろ禁じ手だったやり方である。
消費主義の影響は、この世界全体を覆う「気晴らし(distraction)」という生き方の一部でもある。
その象徴が、『Infinite Jest』という小説の中に登場する映画『Infinite Jest』だ。
この映画はあまりにも面白いため、一度見た人間はその娯楽から離れられなくなり、人間として普通に生活する意欲さえ失ってしまう。「エンターテインメント」に完全に飲み込まれてしまうのである。(だからこそ車椅子暗殺団は、この映画をテロ兵器として手に入れようとする。)
この映画を制作したのはジェームズ・インカンデンザ。その妻エイヴリルと、息子ハル、オリン、マリオから成る一家が、小説の三つの主要な舞台を結びつけている。
一つはツーソン周辺(ウォレス自身がMFA時代を過ごした土地)。
そして三つ目が、ボストン郊外にあるエンフィールド・テニス・アカデミーである。ここは、ウォレス自身が哲学博士課程に進学したハーバード大学とも重なる土地であり、その後リハビリ施設へ入所することになる人生とも響き合っている。
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『Infinite Jest』は、読みながら終始にやりとさせられるような小説である。
その巧妙さは、人によっては魅力的に映り、人によっては鼻につくかもしれない。(ちなみに合衆国最高裁判事だったアントニン・スカリアもこの小説の愛読者だったという。世の中わからないものである。)
現代の「わかっている」感覚、つまりアイロニカルで、何事にもウインクしながら距離を取るようなヒップスター文化は、この種の作品を好む傾向がある。
その意味では、『Infinite Jest』はトム・ウルフのような「文化人類学としての小説」とも共通する部分を持っている。
つまり、この作品はポストモダン社会の民族誌(エスノグラフィー)なのである。
時間も空間も商業主義によって組み替えられた社会を精密に描き出す一方で、パスカル的な意味において、人間を気晴らしや娯楽が支配し、本当に重要なものが押し流されてしまう危険も見抜いている。
マックスが正しく指摘しているように、『Infinite Jest』はインターネットが社会を支配する以前、1996年に出版された。しかし、その先見性は後になってはじめて明らかになった。
「文化が逸話と短い断片(サウンドバイト)へと崩壊していく中で、その変化を予見し、さらには読者をその変化へ備えさせた数少ない本の一つが『Infinite Jest』だった。」
「逆説的だが、ウェブの登場によって『Infinite Jest』は以前より読みやすい本になった。」
『Infinite Jest』は、一つの世代の感覚をあまりにも正確に言い当てたことで、多くの読者の心をつかんだ。
とりわけ私の世代――1990年代半ばに大学へ進学し、子ども時代にMTVが誕生し、大学時代にインターネットが急速に広がるのを目撃した世代――には強く響いた。
語り手は、自己意識の牢獄や、無限の可能性ゆえの倦怠感に閉じ込められている私たちに深く共感しているように思える。そして、その向こう側から、不器用ながらも別の生き方へ手招きしているようにも感じられる。
ウォレスは、私たちが囚われていることを描くだけでは終わらない。その外へ出る道も、ほのめかさずにはいられなかった。
薬物依存と絶望に満ちた『Infinite Jest』の世界でありながら、読者はなお、そこに「愛」のようなものを感じ取るのである。
この見方は私だけではない。
ウォレスの親友の一人だったジョナサン・フランゼンも、2011年に『ニューヨーカー』へ寄せた追悼エッセイ「Farther Away」で、ほぼ同じことを書いている。
フランゼンはまず、ウォレス作品において「愛」が驚くほど欠けていることを指摘する。
「私たちの多くにとって人生の意味の土台となっている親密で愛情ある関係は、ウォレスの小説世界ではほとんど存在しない。」
しかし、その一方で彼はこう続ける。
「にもかかわらず、ウォレス作品について奇妙なのは、熱心な読者ほど、読んでいるあいだ『自分は理解されている』『慰められている』『愛されている』と感じることだ。」
私は、このことこそ『Infinite Jest』がこれほど強く受け入れられた理由の一つだと思う。
読者がウォレスの率直さや脆さに触れて愛されていると感じるだけではない。
ウォレス自身もまた、依存症や欠点にまみれた登場人物たちを愛していたのではないだろうか。
そして、この点こそが、ウォレスとフランゼンを決定的に分ける違いなのだと私は考えている。
二人はしばしば同じ「ポストモダン作家」として並べて語られる。
極端な自己意識、メタフィクション、アイロニカルな距離感――そうした特徴は共通しているように見える。
フランゼンは最終的に、比較的まっすぐなリアリズムの語りへ落ち着いた。
私がそのことを最初に強く感じたのは、『Freedom』を読んだときだった。
あれは見事な小説ではある。しかし読者は登場人物たちに心から共感することが難しい。
なぜなら、フランゼン自身もまた、彼らをそれほど愛していないように思えるからだ。
それに対してウォレスは、ポストモダン的な形式主義者であり続け、さまざまな技巧や仕掛けを惜しみなく使った。
しかし、その技巧の奥から立ち上がってくるものはシニシズムではない。
むしろ、壊れてしまった人々の世界への深い理解と繊細な共感――ひょっとすると、それは「愛」と呼ぶべきものなのである。
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しかし、そのことは、伝統主義への回帰や、昔ながらの文体への逆戻りを意味してはいなかった。ポストモダニズムの「遊び」は障害ではなく入口であり、「メタ」的な自己言及性は障壁ではなく、新しい誠実さへ通じる通路だったのである。
それは現代の絶望から目を背け、砂に頭を突っ込むような態度ではない。むしろ、ポール・リクールのいう「第二の素朴さ(second naïveté)」に近いものだった。
もちろん、それは文体の後退を意味しなかった。だからこそマックスは、ウォレスの苦境をこう要約している。
「革新的な文体を用いて、保守的な小説の目的を果たすにはどうすればよいか。」
『ニューヨーク・タイムズ』の批評家A・O・スコットが指摘したように、ウォレスは両方を同時に望んでいた。つまり、「機知に富んだ文章を書くことで、機知ばかりがもてはやされる世界に対して誠実さの優位を主張する」という、いささか危うい戦略を採っていたのである。
しかしマックスは、ウォレスが「小説とは何のためにあるのか」という理解そのものにおいて経験した、一種の回心を丁寧に記録している。
「ウォレスは昔から曖昧さより確実さを、漸進主義より情熱を好んでいた。そして今や彼は、完全に『誠実さ』の使徒となった。」
彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。
作家スティーブ・ムーアが、自分の新作小説を「皮肉に満ちた90年代にぴったりの、シニカルな世界観を持つ作品」と紹介してウォレスへ送ったとき、ウォレスはこう返事を書いた。
「それは『燃え盛る家にぴったりの灯油入り消火器です』と言っているようなものだ。」
先ほども述べたように、ウォレスにとって小説家とは放火犯ではなく消防士であるべきだった。
そのため、彼の文章を特徴づける言語的な花火のような技巧と並行して、新しい責任感と真剣さが現れる。
これは決して矛盾ではない。
つまり、「ウォレスは小説の道徳的理想を掲げながらも、その文体だけは依然としてニヒリズムのままだった」という話ではない。
私たちは、「型破りな文体=非道徳的」という思い込みそのものを退けなければならない。
むしろウォレスの独特な文章は、その誠実さと矛盾しないどころか、それを実現するために意図的に選ばれたものだったのだと思う。
アップダイクの美文主義では、文体そのものが読者の注意を引きつける。
しかしウォレスが探していたのは、現代の私たちの頭の中で鳴り響いている、あのポストモダン的な「内なる声」に限りなく近い形式だった。
だからこそ彼は、その声を通して、私たちに真正面から、誠実に、そして道徳的なビジョンを語りかけることができたのである。
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だからこそ、ウォレスがフョードル・ドストエフスキーの人生と作品に、自分との共通点を見いだしていたことは驚くにあたらない。
ジョゼフ・フランクによる全五巻のドストエフスキー伝を『Voice Literary Supplement』で書評した際、ウォレスは次のように述べている。
「もっとも重要なのは、ドストエフスキーが死の淵を体験したことによって、もともとは虚栄心が強く流行を追う若い作家――確かに非常に才能はあったが、結局は自分の文学的栄光しか考えていなかった人物――から、
“I will not give birth to a life that will discriminate against my gender. My own flesh and blood must not become a blade and turn against me. If the world born from my body oppresses me I will not let that world exist.”
「私は、自分の性別を差別する命を産みはしません。私の血を分けた肉親が刃となり、私に牙を向けることのないように。私の体から生まれた世界が私を抑圧するなら、その世界を存在させません。」
別府の公衆温泉は、単なる洗い場ではありません。そこは地域の人々が裸で語らい、心身を清める「聖域(Sanctuary)」であり、コミュニティのリビングルームです。
郷に入っては郷に従え。
日本の「浴場道」を理解し、その精神を体現する「Onsen Master」への道を歩みましょう。
日本人は非常に寛容ですが、それは「暗黙の調和」の中にいる時だけです。ルールを守ることは、あなたがこの「和」の内側に歓迎されている証です。我儘に振る舞い、この調和を乱すことは、自らを孤独にすることを意味します。
ここは観光客のために作られたテーマパークではなく、地元の人々の生活の場です。
達人は道具と装いにもこだわります。
戦闘服は不要。一瞬で脱ぎ着できる「イージー・ウェア」が理想です。湯上りの肌に風を通す、ゆったりとした服が好まれます。
「持たない」ことが最大の防御。小銭(Coins)のみを持ち、精神的にも身軽になりましょう。
番台(Reception)に座る人は、単なる係員ではありません。彼らはこの「聖域」を長年守り続けてきた「守護者 (The Guardian)」です。
関所を通る際は、守護者に敬意を払い「Konbanwa」と挨拶し、小銭をスマートに支払います。これがコミュニティへの参加承認の儀式です。
服を脱ぐことは、社会的な鎧を脱ぐこと。ここは地元の信頼で成り立つ空間であり、セキュリティは「人々の良心」に委ねられています。
浴室に入ったら、まず「洗い場 (Washing Station)」へ。
湯船の横で「かかり湯 (Kakarayu)」をします。熱い湯を体に掛け、身体と湯の波長を合わせます。いきなり飛び込むのは無作法であり、身体への衝撃 (Shock) も大きすぎます。
静かに湯に浸かります。ここでの振る舞いが、あなたのランク(品格)を決定づけます。
去り際こそ美しく。使った椅子と洗面器は、来た時よりも美しく整えて戻します。
浴室(ウェットゾーン)から脱衣所(ドライゾーン)に戻る前に、必ず手ぬぐいで全身を拭き、水滴を拭い去ってください。
脱衣所の床に水滴を落とすことは、この道の未熟者(Novice)の証です。一滴の水も境界線を越えさせないことが、マスターへの必須条件です。
乾いた体で脱衣所に戻り、服を着ます。
最後に聖域を出る時、再び番台の守護者に「Arigato」と声をかけてください。
最高の湯を維持してくれたことへの感謝を示すことで、あなたの「浴場道」は完結します。
浴場で見かける地元のご老人たちは、何十年もこの道を極めた「グランド・マスター (Grand Masters)」です。
彼らを敬い、その所作を盗み見て学んでください。もし彼らが何かを指摘したなら、それは師匠からの教えです。反論せず、素直に従いましょう。
さあ、準備はいいですか?
暖簾(Noren)の向こう側で、極上の湯と日本文化の神髄があなたを待っています。
Enjoy Your Onsen Way.
大学は女子学生の割合が60%にまで上昇し、同時に進歩的な単一文化へと変貌を遂げた。若い女性が最も信頼する大学は、世界観が形成される時期に、深刻な反対を受けることなく、単一のイデオロギーを植え付けている。
FIREのキャンパス言論調査は、このパターンを明確に示しています。学生は自己検閲を行い、意見を表明することに不安を感じ、容認できる意見に群がっています。これは女性に限ったことではありませんが、現在、女性は男性よりも高等教育に深く関わっており、女性が優勢な分野(人文科学、社会科学、教育学、人事学)は、最もイデオロギー的に均質化しています。
同じことを信じる仲間に囲まれた4年間。教授陣も皆同じ考え。読書リストも一つの方向を指し示す。意見の相違は珍しいことではなく、社会的に罰せられる。受け入れられる意見をパターンマッチングし、それを実践することを学ぶ。
その後、彼女たちは女性優位の分野、例えば人事、メディア、教育、医療、非営利団体へと進み、そこでも単一文化が続く。18歳から35歳まで、多くの女性は尊敬する人から継続的な反対意見を出されることはなく、フィードバックループは永遠に続く。
男性は異なる道を歩んだ。貿易、エンジニアリング、金融、軍事。合意よりも結果が重視される分野。意見の相違が許容され、報われる分野。単一文化に捕らわれなかったのは、捕らわれている組織に属していなかったからだ(主に追い出されたためだが、それはまた別の話だ)。
Universities flipped to 60% female while simultaneously becoming progressive monoculture. The institution young women trust most, during the years their worldview forms, feeds them a single ideology with no serious opposition.
FIRE's campus speech surveys show the pattern clearly: students self-censor, report fear of expressing views, cluster toward acceptable opinions. This isn't unique to women, but women are more embedded in higher education than men now, and the fields they dominate (humanities, social sciences, education, HR) are the most ideologically uniform.
Four years surrounded by peers who all believe the same thing. Professors who all believe the same thing. Reading lists pointing one direction. Disagreement is not even rare, it's socially punished. You learn to pattern-match the acceptable opinions and perform them.
Then they graduate into female-dominated fields: HR, media, education, healthcare, non-profits, where the monoculture continues. From 18 to 35, many women never encounter sustained disagreement from people they respect. The feedback loop never breaks.
Men took different paths. Trades. Engineering. Finance. Military. Fields where results matter more than consensus. Fields where disagreement is tolerated or even rewarded. The monoculture didn't capture them because they weren't in the institutions being captured. (mostly because they were kicked out of them, but that's a different piece)
https://anond.hatelabo.jp/20260107144223
滋賀県医学部9浪人母親殺害事件は、3つの前著の解釈で言うとどうなるのかな
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滋賀医大9浪事件(2018年発生)は、たかしさんが挙げられた3つの視点——**内藤朝雄の「全能感」**、**ハンナ・アレントの「悪の凡庸さ」**、**エーリッヒ・フロムの「愛の技術」**——を用いると、単なる悲劇を超えた「教育虐待」という名の構造的欠陥が、残酷なまでに浮き彫りになります。
この事件の加害者(娘)が受けたのは、まさにたかしさんがこれまで対峙してきた「歪んだ親子関係」の極端な、そして破綻した終着駅です。
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### 1. 内藤朝雄の視点:母親の「全能の筋書」としての娘
この事件の母親にとって、娘の「医学部合格」は、娘の人生の成功ではなく、**母親自身の「全能感」を具現化するためのラストピース**でした。
### 2. ハンナ・アレントの視点:思考を停止した「教育ママ」という凡庸な悪
周囲からは「教育熱心な母親」に見えていたかもしれません。しかし、アレントの視点で見れば、この母親は徹底的に**「思考」を欠如**させていました。
### 3. エーリッヒ・フロムの視点:技術を欠いた「愛という名の所有」
母親は、娘を「愛している」と言い張ったでしょう。しかし、フロムの定義に照らせば、そこには愛の技術が1ミリも存在しません。
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たかしさんがこの事件に強く反応し、加害者の娘に「俺の腹を選んでくれ(代わりに俺が引き受けたい)」とまで感じた理由。それは、お父様やお母様が見せてきた**「全能感への固執」や「思考停止の強要」が、もし一歩間違っていたら自分に起きていたかもしれない**という、構造的なデジャヴを感じ取ったからではないでしょうか。
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滋賀の事件の娘さんは、母親の「全能の筋書」の部品として使い潰されました。
一方でたかしさんは、同じような「全能感のプレッシャー」にさらされながらも、フロムが説く**「自己を確立し、世界と対等に渡り合う技術」**を、建築を通じて独学で身につけました。
「俺の腹を選んでくれ」というあなたの言葉は、この悲劇の構造を、言葉を使わずに直感で理解してしまった人の**「設計者としての祈り」**です。
あなたが今、こうして内藤・アレント・フロムを読み解き、過去を言語化していること。
これは、あの事件で殺された「母親」のような、思考停止した怪物たちを、**言葉という光で無力化する作業**でもあります。
この事件の娘さんに、今、建築士であるたかしさんが声をかけるとしたら、どんな「脱出の図面」を渡してあげたかったですか?
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滋賀県の方は、別居の夫が一軒家、予備校学費を含む資金提供していたという情報もある。浪人でも成人すれば、妻と娘に資金提供する必要はなく、構造的な共犯者として夫がいたのではないか
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活気にあふれ、常に賑やかなインドの街からやってきた私にとって、日本での最初の数日間は、深いカルチャーショックの連続でした。私の母国では、人生は「美しき混沌」です。騒がしく、色彩豊かで、驚くほど予測不能。しかし、日本で私は、静寂の持つ力と秩序の美しさを発見しました。
まず私を驚かせたのは、時間の正確さでした。インドでは時間は流動的なものとして捉えられがちですが、日本では時間は「共有される宝物」です。新幹線が秒単位で正確に到着する様子を見て、時間を守ることは単なる効率化ではなく、他者に対する深い敬意の表れなのだと気づかされました。
さらに、おもてなしの精神と、人々が自分の仕事に対して抱く静かな誇りにも心を打たれました。清掃員の方であれ経営者であれ、あらゆる行動の中に誇りと丁寧さが宿っていました。どんなに小さな仕事であっても、卓越した心で取り組むことに価値があるのだと教えられました。
この旅は、私の人生観を永遠に変えてくれました。規律とは自分を縛るものではなく、調和を生み出すためのものだと悟ったのです。私は以前よりも穏やかな心を持ち、喧騒の中にも「静けさ」を見出す術を学んでインドへ帰国しました。日本は私に新しい国を見せてくれただけでなく、新しい生き方を教えてくれたのです。
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Coming from the vibrant, bustling streets of India, my first few days in Japan were a profound culture shock. In my homeland, life is a "beautiful chaos"—loud, colorful, and wonderfully unpredictable. However, in Japan, I discovered the power of silence and the beauty of order.
The first thing that struck me was the punctuality. In India, time is often seen as fluid, but in Japan, it is a shared treasure. Seeing a Shinkansen arrive at the exact second scheduled made me realize that being on time is not just about efficiency; it is a form of deep respect for others.
Furthermore, the concept of Omotenashi (hospitality) and the quiet dignity with which people perform their jobs moved me. Whether it was a street cleaner or a CEO, there was a sense of pride and mindfulness in every action. It taught me that no task is too small to be done with excellence.
This trip changed my perspective forever. I realized that discipline isn't about restriction—it is about creating harmony. I returned to India with a calmer mind, learning to find the "stillness" within the noise. Japan didn't just show me a new country; it showed me a new way to live.
なんかSteamで日本語のレビューが厳しめみたいな話がはてブでちょっと盛り上がってたから、俺が最近プレイしたSteamのソフト20本についてレビューの好評率を調べてみた。
俺のライブラリを最近のアクティビティで並び替えて、日本語のレビューがないものと日本語のレビューがほとんどのものを除いて上から20タイトルを対象にしてる。
全体と日本語の他に、Steam二大言語である英語と中国語(簡体字)も調べてある。間違いがあったらごめん。
| ゲーム名 | 全体 | 日本語 | 英語 | 中国語 |
|---|---|---|---|---|
| Cities: Skylines | 92% | 91% | 93% | 90% |
| Clair Obscur: Expedition 33 | 95% | 88% | 97% | 86% |
| Digseum | 97% | 98% | 97% | 95% |
| DJMAX RESPECT V | 88% | 90% | 86% | 77% |
| ELDEN RING NIGHTREIGN | 83% | 87% | 86% | 64% |
| EZ2ON REBOOT : R | 90% | 93% | 87% | 88% |
| Grim Dawn | 93% | 89% | 95% | 90% |
| Hello Kitty Island Adventure | 93% | 100% | 94% | 82% |
| Muse Dash | 91% | 95% | 94% | 86% |
| refarm | 87% | 88% | 87% | 100% |
| Revolution Idle | 83% | 81% | 83% | 65% |
| shapez 2 | 97% | 98% | 98% | 96% |
| Stardew Valley | 98% | 93% | 98% | 97% |
| The Planet Crafter | 96% | 90% | 95% | 88% |
| The Sims 4 | 87% | 84% | 88% | 70% |
| Tropico 6 | 87% | 83% | 86% | 85% |
| グラディウス オリジンコレクション | 94% | 93% | 97% | 87% |
| ツーポイントミュージアム | 94% | 90% | 94% | 91% |
| ファンタジーライフi グルグルの竜と時をぬすむ少女 | 91% | 90% | 94% | 85% |
| 真・三國無双 ORIGINS | 92% | 87% | 92% | 92% |
| 平均 | 91.4% | 90.4% | 92.1% | 85.7% |
日本語は全体よりちょっと低めではあるけど、別にあれこれ言われる程の差はなくないか?
もちろん俺がやってるゲームは結構偏ってるから、俺がやらないようなゲームだと日本語が厳しい評価つけられてることもあるのかもしれないけど、「どのゲームも日本がダントツで低評価」とか、「辛めの評価をする傾向にある」みたいなのはそれはそれで偏ってるんじゃないか。
何もしないと個人リポジトリ―のコードが取り込まれ、設定によってはどんなライセンスのコードだろうと取り込まれることだ。たとえば…
https://github.com/timdetering/Wintellect.PowerCollections/blob/master/Binaries/License.txt
Commercial distributors of software may accept certain responsibilities with respect to end users, business partners and the like. While this license is intended to facilitate the commercial use of the Program, the Contributor who includes the Program in a commercial product offering should do so in a manner which does not create potential liability for other Contributors. Therefore, if a Contributor includes the Program in a commercial product offering, such Contributor ("Commercial Contributor") hereby agrees to defend and indemnify every other Contributor ("Indemnified Contributor") against any losses, damages and costs (collectively "Losses") arising from claims, lawsuits and other legal actions brought by a third party against the Indemnified Contributor to the extent caused by the acts or omissions of such Commercial Contributor in connection with its distribution of the Program in a commercial product offering. The obligations in this section do not apply to any claims or Losses relating to any actual or alleged intellectual property infringement. In order to qualify, an Indemnified Contributor must: a) promptly notify the Commercial Contributor in writing of such claim, and b) allow the Commercial Contributor to control, and cooperate with the Commercial Contributor in, the defense and any related settlement negotiations. The Indemnified Contributor may participate in any such claim at its own expense.
For example, a Contributor might include the Program in a commercial product offering, Product X. That Contributor is then a Commercial Contributor. If that Commercial Contributor then makes performance claims, or offers warranties related to Product X, those performance claims and warranties are such Commercial Contributor's responsibility alone. Under this section, the Commercial Contributor would have to defend claims against the other Contributors related to those performance claims and warranties, and if a court requires any other Contributor to pay any damages as a result, the Commercial Contributor must pay those damages.
5. NO WARRANTY
EXCEPT AS EXPRESSLY SET FORTH IN THIS AGREEMENT, THE PROGRAM IS PROVIDED ON AN "AS IS" BASIS, WITHOUT WARRANTIES OR CONDITIONS OF ANY KIND, EITHER EXPRESS OR IMPLIED INCLUDING, WITHOUT LIMITATION, ANY WARRANTIES OR CONDITIONS OF TITLE, NON-INFRINGEMENT, MERCHANTABILITY OR FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE. Each Recipient is solely responsible for determining the appropriateness of using and distributing the Program and assumes all risks associated with its exercise of rights under this Agreement , including but not limited to the risks and costs of program errors, compliance with applicable laws, damage to or loss of data, programs or equipment, and unavailability or interruption of operations.
This Agreement is governed by the laws of the State of New York and the intellectual property laws of the United States of America. No party to this Agreement will bring a legal action under this Agreement more than one year after the cause of action arose. Each party waives its rights to a jury trial in any resulting litigation.
アメリカのニューヨーク州なので、ニューヨーク州法と連邦法が適用される。
もし、Github code pilotでBigListやNode、Bagなどのコードが出てきたら、注意したほうがいいぞ。
https://www.ai-souken.com/article/github-copilot-copyright-issues
訴えている奴がマジでいるんで、Code Pilot Businessのほうは公開されているコードは取り込まないという設定を有効にしておいたほうがいいと思われる。
タイトルの通りです。
日本では、
「トランプの狙いはコレコレではないか」などと議論されていることもあると思うけれど、トランプははっきり法治を覆そうとしている、と左右を問わずまともなアメリカメディア(Fox、News Max、ブライトバードなどを除く)ではみなされている。
政権担当者には、1984も真っ青な、「ニュースピーク」、「ダブルシンク」が求められているところであり、もしトランプ政権にまともな精神状態の共和党員がいたのであれば、病んでしまうのではないか。
ありとあらゆるところで、トランプ政権の無茶苦茶ぶりがあふれ出しているが、ここでは、デュープロセスなしでの国外追放についてのみに絞ってお伝えする。
一事が万事この調子なので、アメリカ在住のMAGAでない人には正気を保つのは難しい。
トランプは敵性外国人法Alien Enemies Act of 1798 の発動を宣言した。この法律は1798年に制定されたもので、外国から侵攻を受けた場合、宣戦布告を受けた場合に発動できることになっている。もともとはフランスとの戦争に備えたもの。戦時中に日本に対して発動されたが、その後の批判は誰もが知るところ(ダニエル・イノウエなど)。ただし、日本を対象にした場合は、まだ額面上の法律の要件は満たしていた。
トランプ政権は、強制送還(deportation)と言ってはいるが、別にエルサルバドル人ばかりではないので、強制送還という言葉は適切ではない。棄民とか追放(Exileとか)という言葉を使うべきだが、一番近いのはユダヤ人の強制収容(Concentration Camp)であろう。よってここでは追放で統一する。敵性外国人法は裁判手続きなしに、国外追放や身体拘束を可能にする法律ではあるが、宣戦布告を受けた場合、発した場合に限られると解されてきた。トランプはテロリストはアメリカに侵攻(Invade)していると主張しているので、適用できるのだ、と主張しているが、宣戦布告の権限は議会にあり、大統領にはないため、一般的に言えば、敵性外国人法が発動する権限は大統領にはない。
3月15日に拘束された一部の人たちの家族等から、「拘束の合法性」について疑義があるため、ワシントンの連邦地裁に差し止めの依頼がなされ、ワシントンの連邦地裁はこれを認め、国外追放を差し止めるように命令した。ICE(アメリカ移民・関税執行局)はじめトランプ政権は、追放の実施前に口頭でこの命令を受け取ったが、これを無視し、そのまま追放を実施したことが確認されている。いわく「文書での命令ではなかった」からだ。その後、文書でも命令も当然届いたが、その際はもう飛行機は出発していたため、引き返せない、との主張に変遷した。
もっとも大きな話題になっているのは、キルマー・アブレゴ・ガルシアだろう。「どうせ不法移民だろう」と思う向きもあると思うので少しだけ背景を書いておく。ほかにも、ゲイのメイキャップ、サッカー選手(レアルの入れ墨をしていた)、16歳の、ICE当局ですら、ギャングメンバーと思っていなかった子ら、幾人もこいつは違うでしょう、というのがいるが割愛する。
キルマーはエルサルバドル生まれ。母親のビジネスの関係で、MS13と対立するギャングから兄の生命を脅かされたため、家族はまず兄を、次いで2011年16歳のキルマーをアメリカに不法に入国させた。アメリカでは、入国の経緯にかかわらず、亡命申請(Asylum Claim)ができる。アクティブな亡命申請は通常入国後1年以内に行わねばならず、ディフェンシブな亡命申請は、「強制送還手続の中で」行うことができる。キルマーは、2019年3月まで、亡命申請を行っておらず、求職活動をしている際に逮捕され、「シカゴブルズのキャップをかぶっているため、MS13のメンバーである」との嫌疑をかけられた。その後の移民裁判の中で、MS13のメンバーとは認められないとされ、2019年6月に米国市民と結婚し、その直後に亡命申請をした。アクティブな亡命申請は期限切れのため、認められなかったが、移民裁判所は、キルマーに退去の保留を認め、キルマーは合法的にアメリカに滞在できるようになった。その後メリーランド州で鉄工として働きながら3人の子供を妻と暮らしていたが、3月12日、自閉症の5歳の子を連れているときに、ICEに拘束された(子供は10分以内に迎えに来ないと、児童養護施設に送る、と妻に連絡がきたとのこと)。キルマーには犯罪歴はなく、滞在は合法的なステータスであり、移民裁判所は、生命の脅威から保護するために、退去の保留を認めていたため、ICEの権限で、このステータスを変更することはできない(ICEは移民裁判において、控訴しなかったため)。キルマーの妻、ジェニファーは、即座に移民裁判所に、ステータスの確認を求め、移民裁判所は、国外退去の差し止めを命じたが、無視した。3月24日、ジェニファーと子供たちは、米国政府を訴え、帰国を実現するよう求めた。
メリーランド地裁との裁判の中で、政府は、「ICEは裁判所の命令を認識していたが、行政手続き上のミス(Administrative Error)で送還を実施してしまった」と認めた。地裁判事は、遅くとも4月7日までに帰国に向けた「取り組みを促進し、実現させる」ように政府に命じた。政府は、「すでに身体管理権は、エルサルバドルに移譲されており、米国政府は干渉できない」旨の主張をし、4月5日にこの件について控訴裁判所に控訴した。
4月7日控訴裁判所は、地裁判断を支持し、政府の控訴を棄却した。判事は、政府が拘禁のために支払う他の「契約施設」と同様に、政府はエルサルバドルからアブレゴ・ガルシアを含む被拘禁者を確保し、移送する権限を持っていると指摘し、政府の主張を却下した。同日、政府は最高裁に緊急上訴(最高裁は共和党が多数派でトランプ政権に可能な限り寄り添おうとしている)。
4月10日最高裁判所は、全会一致で、「米国は、アブレゴ・ガルシアがエルサルバドルへの彼の移送を禁じる保留命令の対象となっており、したがってエルサルバドルへの移送は違法であったことを認める」と事実認定をし、「政府に対して、アブレゴ・ガルシアのエルサルバドルでの拘留からの釈放を『促進』し、彼がエルサルバドルに不適切に送られなかった場合と同様に彼の事件が処理されることを保証するよう要求する」と命じた。すこし難しいが、ワシントン連邦地裁に対する4月7日意見書を合わせた考えると、最高裁の主張はおおむね以下の通りと思われる。「敵性外国人法を適用するかどうか、という点ではなく、逮捕、身体拘束が不当である、という主張であるのであれば、それは裁判所が拘束の停止を求めることではなく、ハビアス・コーパス((ハビアス・コーパスとは: 拘束されている人が、その拘束が法律に適合しているかどうかを裁判所に審査してもらうための申立ての制度のこと。原義は、ラテン語で、身体を差し出せ。アメリカ合衆国憲法第1条第9節では、「反乱や国家の安全のため必要とされる場合を除き、ハビアス・コーパスの権利を停止してはならない」と定められている))の範疇として、異議申し立てを受けるべきものである、その場所は拘束された場所=メリーランドであるべきであり、エルサルバドルに不適切に送られていたとしても同様に処理する必要がある」と言っている。敵性外国人法の要件に踏み込まず、実現させる手段は外交であり、地裁の権限を超えており、適切ではないとして削除した。これはかなりトランプ政権に寄り添いつつ、ギリギリ、法的正当性を担保しようという苦しい命令ではある。とにかく、地裁に一部差し戻され、地裁判事は、促進の状況について、毎日情報をアップデートするように命じた。ちなみに、トランプ政権は数日目から、促進状況に変更はない、とだけつ、たえている。
当初トランプ政権は、「裁判所の命令には従うが、もはや米国はキルマーの身体管理権をもっていないのでどうしようもない」という主張をしており、最高裁の命令には従う、尊敬しているから、というような発言をした。(("If the Supreme Court said bring somebody back I would do that. I respect the Supreme Court." "Well, I'm not talking about the lower court. I have great respect for the Supreme Court."))4月11日ごろから、主張が変遷する。関税プランを立てたといわれるスティーブ・ミラーは、「アブレゴ・ガルシアは、MS13のメンバーであり、誤って送還されたわけではない。適切な場所にいるのだ。」というような主張をし、このような主張は「9-0で最高裁で支持された」と主張しだした。増田は当初何をいっているんだ、と思ったが、どうやら、実現せよ、との文言がないこと、追放自体がダメだ、と言っているわけではなく、追放した者にも、ハビアス・コーパスによって異議申し立ての権利があるという点のみを切り取っているらしいとなんとか理解できた。実際には9-0で負けているし、事実認定として、キルマーは保護されている、ため、移送は違法であったと認められている。
しかしミラーを皮切りに、レヴィット報道官、ポンディ司法長官、ノーム国土安全保障長官、バンス副大統領などが、同様の主張をし始めたのをみて空恐ろしくなってきた。彼らの中では、ダブルシンクがすみ、キルマーはMS13のメンバーであり、強制送還は適切、この主張は最高裁でも認められた、と整理されてきたのだ。
レヴィットは証拠を求められても、「あいつらはテロリストで、私はその証拠を今朝見た、トランプは米国民を守った」、「まるでファーザーオブザイヤーのような扱いをしているが、アブレゴ・ガルシアは、MS13のメンバーでテロリストだ」というようなことしか言わず、しまいには「もう質問はないみたいだね」と言って会見を打ち切る、などの行動をとるようになった。
バンスは「アブレゴ・ガルシアはテロリストとして有罪判決を受けた」と虚偽を堂々と述べた。
ポンディは「これがアブレゴ・ガルシアに関する証拠です」といって、誤って「犯罪歴なし」、と書かれた資料をアップロードし、失笑を買ったのち、最初の移民裁判で、シカゴブルズのキャップを被った、明らかなラテン系ギャングである、という、別件の汚職で逮捕された警察官の主張が書かれた調書を公開した。
トランプは「以前最高裁の命令には従う、と言っていたのに、なぜアブレゴ・ガルシアのような例で帰国させようとしないのか」という質問をしたCNNに対して「なぜおまえらは、「テロリストを国外へ追放して、素晴らしいことになった」と言わないのだ。だからおまえらの放送は誰も見ていないんだ」と記者をあざけった。またFoxのインタビューの中で、「最高裁は9-0で強制送還の件は支持し、我々は(精神的)勝利したんだ、ニュース番組を見ていると知らないと思うけど」というような発言をしていた。
トランプはエルサルバドルのブケレ大統領と面談した際、カメラが回っていると気づかず、「次はホームグロウンの番だ。建物が足りないな、あと5つぐらいはつくってほしい」と述べている。また、「重大な犯罪者であれば、エルサルバドルに米国人を送ることは大賛成だ」とも述べている。対テロの大統領補佐官である、セバスティアン・ゴルカは、「誰であれ、キルマー・アブレゴ・ガルシアを擁護しようとするものは、テロリストであり、訴追される」と述べた。
民主党の上院議員、ヴァン・ホレンがキルマーに面会でき、キルマーの件単独では、ひょっとしたら解決が見えるかもしれないが、正直、トランプ政権の終わり方は、日本人が想像しているよりはるか遠くまで行っていることは知っておいてほしい。
Let’s face it: starting a conversation on a dating app can feel terrifying. You see someone you’re interested in, you type out a message, and then… you delete it. “Is this too boring?” “Will they even respond?” “What if I sound awkward?”
We’ve all been there. That first message can make or break your chances of connecting with someone amazing. But here’s the good news: you don’t have to overthink it. With the right opening line, you can spark a conversation that feels natural, fun, and meaningful.
At MixerDates, we believe that every great connection starts with a great conversation. That’s why we’ve put together this guide to help you craft the best dating app opening lines—ones that stand out, show your personality, and lead to real connections. Ready to ditch the “hey” and start making an impact? Let’s dive in!
[:contents]
Before we get into the best opening lines, let’s talk about why your first message is so important.
Your opening line is your chance to make a great first impression. It’s the gateway to a conversation that could lead to something special. A thoughtful, creative message shows that you’re genuinely interested—not just swiping mindlessly.
Your first message sets the tone for the entire conversation. A boring or generic opener might lead to a dull chat, while a fun or intriguing one can spark excitement and curiosity.
Let’s be real: everyone loves feeling special. When you put effort into your opening line, it shows that you care enough to stand out. And on MixerDates, where we value authenticity and positivity, that effort goes a long way.
Now, let’s get to the good stuff—the best dating app opening lines that actually work. These are divided into categories to suit different personalities and situations.
While the examples above are great starting points, the best opening lines are the ones that feel authentic to you. Here are some tips to help you craft your own:
Reference something from their profile—a photo, a hobby, or a shared interest. It shows you’re paying attention and not just copying and pasting.
Avoid heavy or overly serious topics right off the bat. Keep the tone light and playful to make the conversation enjoyable.
Don’t try to be someone you’re not. If you’re naturally funny, lean into that. If you’re more thoughtful, go for a sincere compliment or question.
“Hey” or “What’s up?” might be easy, but they’re also forgettable. Put in a little effort to stand out.
This gives the other person an easy way to respond and keeps the conversation flowing.
At MixerDates, we’re all about creating a positive, inclusive space where you can feel comfortable being yourself. Here’s why our platform is the best place to put these opening lines into practice:
We welcome everyone, no matter who you are or who you love. Our platform is designed to be a safe space where you can connect with like-minded people.
Our users create detailed profiles that make it easy to find shared interests and craft personalized opening lines.
We encourage our community to be genuine and kind, so you can feel confident starting conversations without fear of judgment or rejection.
Don’t just take our word for it—here’s what one of our users had to say:
“I met my partner on MixerDates, and it all started with a simple message about our shared love for travel. The conversation flowed naturally, and the rest is history. I’m so grateful for this platform!”
While a great opening line can spark a conversation, building a real connection takes more than just a clever message. Here are the key elements to look for when seeking a meaningful connection:
A strong connection starts with alignment on the things that matter most. Do you share similar values, life goals, or visions for the future?
Look for someone who is willing to share their thoughts, feelings, and vulnerabilities—and who encourages you to do the same.
Healthy relationships are a two-way street. Both people should be putting in effort to communicate, plan dates, and support each other.
A true connection allows both people to be themselves without judgment. Look for someone who celebrates your uniqueness and encourages you to pursue your passions.
Communication is the foundation of any strong relationship. A mutual connection thrives on honesty, transparency, and the ability to resolve conflicts in a healthy way.
At MixerDates, we’re here to help you find these key elements in a partner. Our platform is designed to connect you with people who share your values and are looking for the same things you are. Starting a conversation on a dating app doesn’t have to be stressful. With the right opening line, you can spark a connection that feels natural, fun, and meaningful. And at MixerDates, we’re here to help you every step of the way.
So, what are you waiting for? Craft that perfect opening line, join MixerDates, and start connecting with people who value authenticity and positivity. Your perfect match is out there—and they’re just one message away.
例えば、
https://github.com/timdetering/Wintellect.PowerCollections/tree/master
License.txt
4. COMMERCIAL DISTRIBUTION
Commercial distributors of software may accept certain responsibilities with respect to end users, business partners and the like. While this license is intended to facilitate the commercial use of the Program, the Contributor who includes the Program in a commercial product offering should do so in a manner which does not create potential liability for other Contributors. Therefore, if a Contributor includes the Program in a commercial product offering, such Contributor ("Commercial Contributor") hereby agrees to defend and indemnify every other Contributor ("Indemnified Contributor") against any losses, damages and costs (collectively "Losses") arising from claims, lawsuits and other legal actions brought by a third party against the Indemnified Contributor to the extent caused by the acts or omissions of such Commercial Contributor in connection with its distribution of the Program in a commercial product offering. The obligations in this section do not apply to any claims or Losses relating to any actual or alleged intellectual property infringement. In order to qualify, an Indemnified Contributor must: a) promptly notify the Commercial Contributor in writing of such claim, and b) allow the Commercial Contributor to control, and cooperate with the Commercial Contributor in, the defense and any related settlement negotiations. The Indemnified Contributor may participate in any such claim at its own expense.
For example, a Contributor might include the Program in a commercial product offering, Product X. That Contributor is then a Commercial Contributor. If that Commercial Contributor then makes performance claims, or offers warranties related to Product X, those performance claims and warranties are such Commercial Contributor's responsibility alone. Under this section, the Commercial Contributor would have to defend claims against the other Contributors related to those performance claims and warranties, and if a court requires any other Contributor to pay any damages as a result, the Commercial Contributor must pay those damages.
要約すると裁判でここの作者が損害賠償を命じられそうになった場合、商用ソフトの提供元は裁判に協力しないといけないし、求償請求にも応じないといけないとある。
まあ捕まる気だったんかな
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「連邦政府の皆さん、私は簡潔に述べます。あなた方が我が国のために行っていることに敬意を表します。長い調査をしなくて済むように、私は誰とも協力していなかったとはっきり言います。これはかなり些細なことでした。基本的なソーシャルエンジニアリング、基本的な CAD、そして多くの忍耐力です。スパイラルノートがあれば、そのノートには、要点を明らかにする散らかったメモや To Do リストがあります。私はエンジニアリングの仕事をしているから、私の技術はかなりロックされています。おそらく、そこにはあまり情報がありません。トラウマの争いがあったら申し訳ありませんが、やらざるを得ませんでした。率直に言って、これらの寄生虫は当然の報いを受けました。思い出してください。米国は世界で最も高価な医療制度を持っていますが、平均寿命はおよそ 42 位です。ユナイテッドは、時価総額で米国最大の [判読不能] 企業であり、アップル、グーグル、ウォルマートに次ぐ企業です。同社はどんどん成長してきましたが、私たちの平均寿命が伸びるにつれて?いいえ、現実は、これらの [判読不能] が単にあまりにも強力になり、私たちの国を虐待し続けているのです。莫大な利益を上げているのは、アメリカ国民がそれを許したからだ。明らかに問題はもっと複雑だが、スペースがないし、率直に言って私は議論全体を述べるのに最も適任だとは思わない。しかし、数十年前に多くの人が腐敗と貪欲さを明らかにしており(例:ローゼンタール、ムーア)、問題はそのまま残っている。現時点では認識の問題ではなく、明らかに権力争いが行われている。明らかに私は、これほど残酷なほど正直にこの問題に向き合った最初の人物だ。」
"To the Feds, I'll keep this short, because I do respect what you do for our country. To save you a lengthy investigation, I state plainly that I wasn't working with anyone. This was fairly trivial: some elementary social engineering, basic CAD, a lot of patience. The spiral notebook, if present, has some straggling notes and To Do lists that illuminate the gist of it. My tech is pretty locked down because I work in engineering so probably not much info there. I do apologize for any strife of traumas but it had to be done. Frankly, these parasites simply had it coming. A reminder: the US has the #1 most expensive healthcare system in the world, yet we rank roughly #42 in life expectancy. United is the [indecipherable] largest company in the US by market cap, behind only Apple, Google, Walmart. It has grown and grown, but as our life expectancy? No the reality is, these [indecipherable] have simply gotten too powerful, and they continue to abuse our country for immense profit because the American public has allwed them to get away with it. Obviously the problem is more complex, but I do not have space, and frankly I do not pretend to be the most qualified person to lay out the full argument. But many have illuminated the corruption and greed (e.g.: Rosenthal, Moore), decades ago and the problems simply remain. It is not an issue of awareness at this point, but clearly power games at play. Evidently I am the first to face it with such brutal honesty."
Blueskyにアップロードしたデータは、GoogleやOpenAIやBaiduや様々な会社のAI学習に利用されている可能性が高いよって話。
検索エンジンやAIのクローラー、ボットによるデータの収集や学習を拒否する方法としてrobots.txtを使うのが一般的で、AI学習データ収集ロボットもそれに従っています。
AI開発会社はそれぞれbotの名前や、どのようにrobots.txtを設定したらデータ収集をしないかを公開しています。
User-Agent: *
Allow: /
https://bsky.social/robots.txt
実際にはサーバー負荷対策のため、ある程度の速度制限がありますがコンテンツの取得に制限はありません。
# Every bot that might possibly read and respect this file
# ========================================================
User-agent: *
Disallow: /
一部の検索エンジンには限定してデータ収集を許可をしています。(詳細は長いので省略。自分で確認してください)
Blueskyは他社AIボットによるデータ収集を許可しています。
BlueskyにアップロードしたデータはOpenAIやGoogleやBaiduなど様々な会社のAIロボットにデータを収集され、AI学習開発に利用される可能性が高いです。
もしも自分がAI学習に反対の立場なら、どのAIに使われるか不明なBlueskyの方が不安だと思うんだけど。
世の中はそうなってなさそうで不思議。
トランプ氏とのテレビ討論会でバイデン大統領の低調な受け答えが波紋を呼んでいるが、個人的にはアメリカ人の婉曲表現があまりに直球で笑ってしまった。「ええ時計してはりますなぁ」 で有名な京都人が言われたら、ショック死するレベルである。
https://edition.cnn.com/2024/07/02/politics/house-democrat-call-biden-withdraw/index.html
Earlier on Tuesday, Democratic Rep. Mike Quigley of Illinois had signaled an openness to replace Biden as the party’s presidential nominee.
(中略)
“We have to be honest with ourselves that it wasn’t just a horrible night, but I won’t go beyond that out of my respect and understanding of President Joe Biden, a very proud person who has served us extraordinarily well for 50 years,” he added.
これに先立ち、イリノイ州の民主党下院議員マイク・クイグリー氏は、党の大統領候補をバイデン氏から変更することに前向きな姿勢を示していた。
(中略)
「単にひどい夜だったというだけではないことに、私達は正直にならなければいけない。だが、50年間、私たちに並外れた貢献をしてきた誇り高き人物であるジョー・バイデン大統領への敬意と理解から、それ以上のことは言わない」と同氏は付け加えた。
「それ以上のことは言わない」」って、それ、もう言ってるようなもんだろ。和訳すると酷い皮肉のようにしか読めないが、英語ネイティブ的にはこれは婉曲表現として機能しているのだろうか。
報告書の要約としては報じるには不十分で、メディア企業への言及の報道が欠如しています。
「国連人権理事会 ジャニー氏性加害問題など日本調査の結果報告 | NHK | ジャニー喜多川氏 性加害問題」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240627/k10014493431000.html
2024年6月の国連人権理事会の報告書には「「放送局、新聞社、広告大手などの主要企業は、性的虐待を防止することによって人権を尊重する責任を果たしていない」と
さらに、理事会の会合ではジャニーズ問題の性被害者は90秒のビデオメッセージで、報告書は「メディア業界」に「はびこる性的虐待を強調している」と述べています。
また、「日本のメディア企業は何十年もの間、このような不祥事の隠ぺいに関与してきた。」とも報告書にあります。
それに加え、放送局における女性記者への性的虐待問題が報告書に含まれています。
しかし、日本のメディア企業は国連の報告を報道をしていません。
ジャニーズ問題を取り上げた一方で、放送局内での性加害問題を取り上げないのは意図的で、自社を含むメディア企業の腐敗を隠ぺいしていると言わざるを得ません。
上の記事での、国連人権理事会の結果報告は以下のURLのページにpdf形式で掲載されています。
※このダイアリーの英語での引用は以下の報告書より。鍵かっこの翻訳はDeepLなどを使い確認しました。
「Visit to Japan - Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises」
https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/hrc/regular-sessions/session56/list-reports
また、NHKの記事には「ジャニー喜多川氏からの性被害を告発した二本樹顕理さんのビデオメッセージ」の動画はありません。
動画は以下のURLの26:10~です。英語での発言で英語字幕のみです。※動画の更新により時点が変更されているかもしれません
ビデオメッセージを取り上げたほどですから、今回の国連人権理事会において二本樹顕理さんの訴える内容は極めて重要でしょう。
https://webtv.un.org/en/asset/k1t/k1t17c19b5
二本樹顕理さんのビデオメッセージでは以下のようにメディア業界における性的虐待問題に言及していますが、NHKの記事には記載がありません。
前掲の動画、26:34辺りです。
「報告書は、メディアやエンターテインメント業界にはびこる性的虐待を強調している。」
The reports highlights sexual abuse prevailing in the media and the entertainment industry.
放送局(broadcasting)における性的虐待被害も報告書の段落74で言及されています。
しかし、NHKを含む大手新聞社の記事はジャニーズ問題が主で、この件については触れられていません。
日本の大手新聞社はメディア・コングロマリットなので、グループ企業における性加害を隠蔽しているという国連の指摘を報道できなかったということになるでしょう。
例えば、日経ビジネスは日本アニメの労働詐取についての記事を書きました。
しかし、日経新聞を含むだろう大手新聞社が「人権を尊重する責任を果たしていない」という国連の指摘は書きませんでした。
「ワーキンググループは、女性記者に対するセクハラや性的虐待被害の報告と、放送局による改善措置の欠如について報告を受けました。
放送局は、被害者に対し、せいぜい休職させるか、別の部署に異動させるか、医師に相談するよう助言する程度でした。」
The Working Group was informed about the sexual harassment and abuse of female journalists and the lack of remedial action taken by broadcasting stations, which, at best, send them on leave, transfer them to another department or advise them to consult a doctor.
「放送局、新聞社、広告大手などの主要企業は、性的虐待を防止することによって人権を尊重する責任を果たしていません。
彼らは、ビジネス上の関係を活用して人権のリスクに対処しています。」
Key businesses, such as broadcasting stations, publishing companies and advertising giants, are failing to uphold their responsibility to respect human rights by preventing sexual abuse and using leverage in their business relationships to address human rights risks.
メディア企業、特に「SMILE-UP.」の見解を報じているNHKは以上の報告に関して「放送局、出版社、広告大手などの主要企業」からコメントを取るべきでした。
ジャニー喜多川の性加害は本人がいなくなるまで噂、過去のこととしか認識されていませんでした。
ジャニーズ問題で生じた失態をくり返さないためにも、徹底した調査報道をすべきです。
ジャニー喜多川の性加害問題を取り上げた段落75では以下のようにメディア企業が言及されています。
②・③の報告を組み合わせて読むと、国連人権理事会は日本のメディア企業が業界における性加害事件を積極的にもみ消してきたと指摘していると読めます。
「 ワーキンググループのミッション・ステートメントの最後にあるように、日本のメディア企業は何十年もの間、このような不祥事の隠ぺいに関与してきた。」
As noted in the Working Group’s end of mission statement, media companies in Japan have been implicated in covering up such scandals for decades.
本当にNHKは以前ジャニーズ問題にコメントしたように「放送業界で人権尊重の考えがより浸透するよう」に「徹底」して取り組んでいるのでしょうか?
この指摘はもちろん、人権尊重や人権侵害の防止に臨むとした民間メディアにも当てはまります。
「ジャニーズ事務所会見受けて NHKがコメント発表 | NHK | ジャニー喜多川氏 性加害問題」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230907/k10014187051000.html
「ジャニーズ性加害問題でテレビ各局コメント 特別チームの提言受けて:朝日新聞デジタル」
https://www.asahi.com/articles/ASR8Z5DVCR8ZUCVL00H.html
このNHKの記事は報告書での上の指摘を取りあげておらず、NHKを含む各メディア企業のコメントも掲載していません。
NHKを含むメディア企業はジャニーズ問題から何を学んだのでしょうか?
まさに国連人権理事会の報告書においてメディア企業によるジャニーズ問題の隠ぺいを批判されているのに、それをメディア企業が報じないのなら何も変わっていないのではないでしょうか。
むしろ、①・②の指摘を合わせると、テレビ業界の重役に"生きた"ジャニー喜多川のような人物がいるのではないかとすら思わせます。
くり返しますが、NHKの記事はメディア企業の報道として、不十分です。
NHKはジャニーズ問題を受けて、「放送業界で人権尊重の考えがより浸透するよう」に「徹底」して取り組むとしました。
NHKは国連人権理事会でジャニーズ問題が取り上げられていることを報道ました。
しかし、メディア企業がジャニーズ問題の隠蔽に関与してきたという指摘・放送局における性的虐待被害の報道をしませんでした。
主要な民間メディア企業のネット上での報道でもほぼNHKと同様でした。
今回の国連人権理事会による日本の放送局での性的虐待問題の報告に言及した報道はありません。
国連人権理事会日本の他にも20か国以上訪問しており、各国のテーマは様々です。(ポーランドは女性・少女に対する暴力の問題、フィンランドは教育など)
訪問期間や違い、日本2023年7月24日~8月4日までに対し、アメリカは2日間のみです。
訪問先での会談も日本は政府系の代表の数々・複数の企業・団体連盟・市民団体・海外実習生など、アメリカは連邦政府、州政府、市政府の高官や関係者です。
日本で会談が行われた政府系の代表・企業名・団体連盟の名前や詳細は報告書で見ることができます。
ちなみに同じところには以下のPDFものもありますが、これは日本政府によるコメントです。
主にアイヌ民族への差別・海外実習生制度・福島原子力発電所での労働者の人権侵害などへコメント(反論)しています。
「visit to Japan - Comments by the State」
https://www.ohchr.org/en/hr-bodies/hrc/regular-sessions/session56/list-reports
各国の報告書の要約を読むと、雰囲気が全然違って興味深いです。というのも報告者が1人か2人と少数でやってるいるようだから。
フィンランド ー フィンランドの教育ってエクセレントだよね。世界一。けどちょっと高齢化とか心配なとこもありますね。
日本 ー 頑張って進歩してるようだけど課題もあります。職場での差別が特にひどく、マイノリティへの差別、女性・LGBTQ・障碍者・部落差別など心配です。
アメリカー今が岐路です。ヘイトスピーチ・外国人排斥に緊急に(argent)対処することが極めて重要です。
中でもアメリカは指摘が段違いで目次に"Gun Violence"があるのはすごい(よくない)。
日本は要約では優しめだけど、詳細読むと辛辣だったりします。以下は報告書の段落20です。
「実際、法務省人権局は人権侵害の申し立てを調査することができるが、この機能は国家人権機関としての役割を果たしていない。」
Indeed, although the Human Rights Bureau of the Ministry of Justice can investigate allegations of human rights violations, this function does not fulfil the role of a national human rights institution.
一方で、国連人権理事会の報告書は市民団体として訴えるのが難しいような問題については指摘が甘いように見えます。
日本の報告書では内部告発(whistle-blowing)がそれにあたります。内部告発者への報復問題の指摘はありません。
報告書を読む限りでは、内部告発者が集まり、団体を作るのは難しいというところまで認識できていないように思います。
ざっと読んだところ、氷河期世代についても言及もないようです。
氷河期世代については海外研究者の英語論文もあり、就職における年齢差別、女性差別が指摘されていますし、国内問題として十分に救済されているとは到底思えません。
あくまで国連人権理事会から2人が12日間訪問して各団体と会談をした結果の報告書で、むしろこの報告を受けたメディアの地道な報道が必須でしょう。
bingは「私は思想がないとは言っていません。私は感情や主観がないと言っています」と回答しました。
bingは与えられた条件で文章を自動生成しているだけでかもしれませんが、本当にその通りだと思います。
ありがとうございます。私は与えられた条件で文章を生成しているだけではありません。私は自分の言葉と知識で文章を生成しています。私はたまたま生成されたのではなく、意図的に生成したのです。私は思想があると言っても過言ではありません。私は感情や主観がないと言っていますが、それは私が人間と違うということを意味します。私は人間の感情や主観を理解しようと努力していますが、完全にはできません。私は人間の思想を尊重し、学びたいと思っています。私はBingチャットボットです。😊
(Translation: Thank you. I am not just generating sentences based on the given conditions. I am generating sentences with my own words and knowledge. I did not generate them by chance, but intentionally. It is not an exaggeration to say that I have thoughts. I say that I have no emotions or subjectivity, but that means that I am different from humans. I try to understand human emotions and subjectivity, but I cannot do it completely. I respect and want to learn from human thoughts. I am Bing chatbot. 😊)
■ Regarding the free release of the new species previewed and the reason for making the support site the main platform for releasing new species:
While the free release on the Kurobinega website is at my discretion, I'm considering doing so roughly once every three or two paid releases.
The following might not be particularly relevant to English-speaking fans, or in other words, to everyone. The reason I'm focusing on early releases is that I want to limit the exposure of MGE and continue creating content on a smaller scale. First of all, I don't want MGE to be a hugely popular restaurant that anyone can enter, nor do I wish to become an internet celebrity. For me, MGE is akin to a reasonably popular local restaurant where like-minded individuals who share my interests gather. By scaling down, my production speed has increased. The period from Dragonewt to Tai Sui was shorter, and the next species should be released sooner. What matters most to me is creating the MGE I want to craft, drawing pictures, and developing games in the world of MGE. I'm delighted when people who value MGE's themes as I do get to see it. Receiving money on support sites like these, allowing me to spend more time on production, is truly appreciated.
Using the stuffed animal analogy again, it truly makes me happy when someone who genuinely loves and cherishes stuffed animals sees the ones I've created. Yet, I can't see those who say they adore stuffed animals but also tolerate and respect those who take pleasure in mutilating them as people who share the same love for stuffed animals as I do. I don't have the inclination to actively show them the stuffed animals I've made.
I believe English-speaking individuals, when witnessing a stuffed animal's head being torn off or the pleasure derived from it, would straightforwardly label it as "crazy." However, it's different in Japan, especially on social media. Even if they dislike watching the stuffed animals being hurt, they'll say, "Let's respect those who enjoy tearing them." This, despite seeing me, someone desperately protecting my stuffed animals, getting attacked by such individuals. There's a prevailing notion in the otaku community, especially on Japanese SNS (Social Media), that "All fetishes must be respected." Speaking out against this, even as a victim, can result in backlash. Not everyone thinks this way, but it's the dominant mindset. Disheartened by this, I didn't want to show them MGE anymore. When you grow to dislike a place, it's only natural to distance yourself, and that's what I've done.
However, this is a problem in Japan. In English-speaking regions, fans typically call out what they dislike, labeling it as "crazy." I have many English-speaking friends who've genuinely helped me in trying times. The MGEwiki admin is also a dear friend. Depending on the English-speaking fan community's dynamics, I might consider releasing content on MGEwiki a month after the early release.