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2026-08-02

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2026-07-11

et’s not speak of suicide. Let’s not encourage the cottage industry bent on reducing David Foster Wallace to a literary Kurt Cobain,

ジョナサンフランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスターグローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会学校仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナ青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロ戦後住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険窒素肥料除草剤を売り、近くのシャンペーンアーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。

二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である

二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学曖昧遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルド時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである

しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。

フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミンカンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話心理描写三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズム系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。

しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年評論Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。

私たち関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」

そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。

二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っから自己愛的な嫌な奴だった――というのである

続きです。前回の続きから、同じ形式段落を整理しています

もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学友情の総決算とも言える作品になっている。

フランゼンは、自分とウォレス関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まり1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである

実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存問題を抱えていたのである

実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。

はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。

一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。

それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。

1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、

芸術ほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章

だと高く評価した。

同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。

彼は言う。

あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものからだ。

その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である

しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。

フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争ルールを破るものだった。

彼はこう書く。

「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴ自殺してしまった。

『おい、本当にそんなことをするのか?

若くして死ぬ天才になるつもりか?

それは反則だろう。』

と思った。」

二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、

「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」

に書いたものだと説明している。

『Farther Away』は複数テーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。

その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。

ウォレス聖人ではなかった、と彼は文字通り書く。

フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。

彼はその証拠としていくつかの逸話を紹介する。

ある時ウォレス恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分勃起した性器輪郭を描いたという。

さらフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。

ある日二人がカリフォルニア州ティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、

「すごい鳥だ」

シギの仲間であるロングビルド・カーリューを見せた。

ウォレス礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。

続きです。今回は段落を大きめにまとめます

そしてフランゼンは、ウォレス自殺のものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレス抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分永久病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法自殺した」と書く。

もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺キャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。

もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。

『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。

しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカ代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評からであるフランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。

その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。

それまでウォレスについて論じる人々は、「作品自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレス小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのであるしかフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しか意図的に。

理由は明確だった。彼は、ウォレス生き方のものが、彼の小説理解する鍵だと考えていたかである

フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。

もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者自己小説を書く。

この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである

その主張とは、「私たち人生意味を与える最も重要ものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレス小説世界には存在しない」ということだ。

しかフランゼンは、単に「ウォレス小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。

自己小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。

フランゼンは、ウォレス作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察系譜へと位置づける。そして、ウォレス現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。

長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。

フランゼン自身言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟必要だ、と彼は暗に語っている。

続きです。同じく段落をまとめた形で続けます

一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己小説」には別の選択肢があることを示すためだ。

フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。

から彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである

この議論不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要前進があった。

それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正から論じたこである

これまで二人の違いは、リアリズムポストモダニズムか。文体の違いか実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかフランゼンは、問題はそこではないと言う。

本当の違いとは、読者にどのような価値観提示し、どのような人生を目指すよう促しているかなのだ

まり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである

ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身哲学とは何なのか。

では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。

『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係である

かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人国家との関係

しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。

フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係理想を抱いた男が、その理想現実によって少しずつ失っていく、という物語である

彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しか最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というもの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。

デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティンプロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しか物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。

第二作『Strong Motion』でも同じである主人公ルイスホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。

まりフランゼン作品では、人間関係から距離を置き、やがて社会のもの

[][] 彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。

https://firstthings.com/david-foster-wallace-to-the-rescue/

自殺について語るのはやめよう。デイヴィッド・フォスター・ウォレスを「文学界カート・コバーン」へと還元し、その自己破滅ロマン化するような小さな産業に加担するのはやめよう。ウォレス作品には、自殺者や依存症者、そして「セラピー株式会社」の患者たちが数多く登場する。そのため、彼の死後には、作品全体を自伝として読み、依存症自殺願望を抱える登場人物をすべて、後知恵による彼自身肖像画として解釈したくなる誘惑があまりにも強い。

だが、昔ながらの保守的批判を繰り返すのもやめよう。確かにウォレスは、批評家たちが嫌うことを好んだ作家だった。たとえばディケンズこそ小説の頂点だと考える人なら、ウォレスの散文に漂う重苦しい自己意識や、延々と続く「メタ」な遊びにうんざりするのも無理はない。

ジェイムズ・ウッドは、現代後期の口語表現模倣したウォレス自由間接話法を前にして、「ひどく醜く、二、三ページ以上読むのは苦痛だ」と評している。そしてさらに痛烈なのは、ウォレスの「腐敗した言語」は、結局のところアップダイクの過剰に装飾された文体鏡像にすぎない、と論じている点だ(これはウォレス自身がアップダイクを主として倫理的理由から批判していたことを考えると、なおさら痛烈である)。

ウッドによれば、アップダイクは「美学主義(作者が前面に出すぎる)」の典型であり、一方ウォレスは「反美学主義登場人物けがすべて)」の典型だ。しかし両者とも、結局は同じ種類の美学主義であり、その本質は「文体の懸命な誇示」にあるという。

要するに、デイヴィッド・フォスター・ウォレスとは、「理論」が「小説」を振り回してしまった結果なのである

しかし、ウォレスを誤解する方法はほかにも数多くある。その典型が、彼のポストモダン的な遊戯性や自己言及性を、道徳性を欠いたシニシズム、あるいはニヒリズムのもの混同することだ。ヒューバートドレイファスショーンドランス・ケリーは、そのような読みを『All Things Shining』で展開している。

ウォレス初の伝記『Every Love Story Is a Ghost Story』で、D・T・マックスは、ポストモダン的な聖人伝にも、保守派の切り捨てにも、ニヒリストという決めつけにも陥ることなく、見事にそのどれも回避している。彼は丹念な調査を通じて、ウォレスは決してニヒリストではなく、むしろ非常に複雑な種類のモラリストだったことを示している。

芸術的には決して保守的ではなかったものの、ウォレスは、現代後期における文学の使命とは、自分がしばしば誤解されてきた皮肉ニヒリズムのものに対抗することだと確信するようになった。彼にとって小説家とは放火犯ではなく、消防士であるべきだった。

この伝記から浮かび上がるウォレス像は、ポストモダン文学の中から現れた奇妙な生き物――道徳的保守主義者――である。実際、マックスは後年のウォレスを「バーク的(Burkean)」な文化保守主義者だったとインタビューで語っている。(レーガン投票したMFA〈創作修士課程〉の教授を、あなたは何人知っているだろうか。)


ウォレスは、ドナルド・バーセルミトマス・ピンチョンの正統な後継者だった。初期作品は、彼らのいわゆる「ポストモダン」的プロジェクトさら推し進めたものだった。(マックスによれば、「バーセルミを読んだとき、ウォレスは初めて文学の中で『カチッ』という手応えを感じた」という。)

その狙いは、物語を語る仕組みそのものを暴き、内部から解体するような文学を書くことだった。たとえば、夜のニュース番組最後カメラを引き、ニュースキャスターの向こう側にあるスタジオ全体を映し出して、「これは作られた舞台装置にすぎません」と種明かしをするようなものだ。そうした作品には、自己反省プレッツェルのように幾重にもねじれ込んでいる。

そのため、最初長編『The Broom of the System』は、アマースト大学時代卒業論文をもとに書かれた作品であり、ウィトゲンシュタインの影響をこれ以上ないほど露骨に示した、理論色の濃い小説となっている。

続く短編集『Girl with Curious Hair』には、中編小説が収められている。これはアリゾナ大学創作修士課程在学中に書かれたもので、東海岸創作プログラム所属する若い作家志望者たちを描いている。彼らはMFA制度のもの舞台裏を暴きながら、ジョン・バースバーセルミという父親世代の影響から逃れようとし、「父殺し」に夢中になっている。だいたい雰囲気は伝わるだろう。

「デイヴ」が本当の意味で「デイヴィッド・フォスター・ウォレス」になったのは、『Infinite Jest』という予想外の大成功によってだった。

全1100ページに及ぶこの非線形の巨大叙事詩には、およそ100ページもの脚注が付いているが、それらは単なる付録ではなく、本編を理解するために欠かせない。この小説は、近未来北アメリカが「北米国家機構Organization of North American Nations)」、略して O.N.A.N.(もちろんウォレスらしい言葉遊びである)へと再編された世界舞台にしている。

そこでは、「車椅子暗殺団」というケベック独立派テロ組織のようなレジスタンス活動しており、ウォレス物語の中に政治的な筋書きを巧みに織り込んでいる。

しかし、マーガレット・アトウッドの『オリクスとクレイク』や『洪水の年』にも通じるように、この世界では国家のもの巨大企業に圧倒されてしまっている。

その象徴が、「時間」の支配である

この世界では年代すら企業スポンサーによって命名される。

ワッパーの年」

「試供品サイズのダヴ・バーの年」

大人用紙おむつディペンドの年」

といった具合に、章そのものが消費文化の暦で区切られている。

この意味で、ウォレスモダニズム問題意識さらに徹底させた作家だった。消費社会人間に与える影響を、具体的な商品名まで使って執拗に描き出している。これは、「時代を超越した普遍性」を目指した古典文学ではむしろ禁じ手だったやり方である

消費主義の影響は、この世界全体を覆う「気晴らし(distraction)」という生き方の一部でもある。

その象徴が、『Infinite Jest』という小説の中に登場する映画Infinite Jest』だ。

この映画はあまりにも面白いため、一度見た人間はその娯楽から離れられなくなり、人間として普通に生活する意欲さえ失ってしまう。「エンターテインメント」に完全に飲み込まれしまうのである。(だからこそ車椅子暗殺団は、この映画テロ兵器として手に入れようとする。)

この映画制作したのはジェームズ・インカンデンザ。その妻エイヴリルと、息子ハル、オリンマリオから成る一家が、小説の三つの主要な舞台を結びつけている。

一つはツーソン周辺(ウォレス自身がMFA時代を過ごした土地)。

もう一つは依存症更生施設エネットハウス

そして三つ目が、ボストン郊外にあるエンフィールドテニスアカデミーである。ここは、ウォレス自身哲学博士課程に進学したハーバード大学とも重なる土地であり、その後リハビリ施設へ入所することになる人生とも響き合っている。

 

Infinite Jest』は、読みながら終始にやりとさせられるような小説である

その巧妙さは、人によっては魅力的に映り、人によっては鼻につくかもしれない。(ちなみに合衆国最高裁判事だったアントニン・スカリアもこの小説の愛読者だったという。世の中わからないものである。)

現代の「わかっている」感覚、つまりアイロニカルで、何事にもウインクしながら距離を取るようなヒップスター文化は、この種の作品を好む傾向がある。

その意味では、『Infinite Jest』はトム・ウルフのような「文化人類学としての小説」とも共通する部分を持っている。

まり、この作品ポストモダン社会民族誌エスノグラフィー)なのである

時間空間商業主義によって組み替えられた社会を精密に描き出す一方で、パスカル的な意味において、人間を気晴らしや娯楽が支配し、本当に重要ものが押し流されてしま危険も見抜いている。

マックスが正しく指摘しているように、『Infinite Jest』はインターネット社会支配する以前、1996年出版された。しかし、その先見性は後になってはじめて明らかになった。

文化逸話と短い断片(サウンドバイト)へと崩壊していく中で、その変化を予見し、さらには読者をその変化へ備えさせた数少ない本の一つが『Infinite Jest』だった。」

さらマックスはこうも述べている。

「逆説的だが、ウェブの登場によって『Infinite Jest』は以前より読みやすい本になった。」

Infinite Jest』は、一つの世代感覚をあまりにも正確に言い当てたことで、多くの読者の心をつかんだ。

とりわけ私の世代――1990年代半ばに大学へ進学し、子ども時代MTV誕生し、大学時代インターネットが急速に広がるのを目撃した世代――には強く響いた。

語り手は、自己意識牢獄や、無限可能性ゆえの倦怠感に閉じ込められている私たちに深く共感しているように思える。そして、その向こう側から不器用ながらも別の生き方へ手招きしているようにも感じられる。

ウォレスは、私たちが囚われていることを描くだけでは終わらない。その外へ出る道も、ほのめかさずにはいられなかった。

薬物依存絶望に満ちた『Infinite Jest』の世界でありながら、読者はなお、そこに「愛」のようなものを感じ取るのである

この見方は私だけではない。

ウォレス親友の一人だったジョナサンフランゼンも、2011年に『ニューヨーカー』へ寄せた追悼エッセイ「Farther Away」で、ほぼ同じことを書いている。

フランゼンはまず、ウォレス作品において「愛」が驚くほど欠けていることを指摘する。

私たちの多くにとって人生意味の土台となっている親密で愛情ある関係は、ウォレス小説世界ではほとんど存在しない。」

しかし、その一方で彼はこう続ける。

「にもかかわらず、ウォレス作品について奇妙なのは、熱心な読者ほど、読んでいるあいだ『自分理解されている』『慰められている』『愛されている』と感じることだ。」

私は、このことこそ『Infinite Jest』がこれほど強く受け入れられた理由の一つだと思う。

だが、私はさらに一歩踏み込みたい。

読者がウォレスの率直さや脆さに触れて愛されていると感じるだけではない。

ウォレス自身もまた、依存症欠点にまみれた登場人物たちを愛していたのではないだろうか。

そして、この点こそが、ウォレスフランゼンを決定的に分ける違いなのだと私は考えている。

二人はしばしば同じ「ポストモダン作家」として並べて語られる。

極端な自己意識メタフィクション、アイロニカルな距離感――そうした特徴は共通しているように見える。

しかし実際には、二人はまったく異なる作家である

フランゼンは最終的に、比較的まっすぐなリアリズムの語りへ落ち着いた。

けれども、その小説からシニシズムが絶えずにじみ出ている。

私がそのことを最初に強く感じたのは、『Freedom』を読んだときだった。

あれは見事な小説ではある。しかし読者は登場人物たちに心から共感することが難しい。

なぜなら、フランゼン自身もまた、彼らをそれほど愛していないように思えるからだ。

それに対してウォレスは、ポストモダン的な形式主義者であり続け、さまざまな技巧や仕掛けを惜しみなく使った。

しかし、その技巧の奥から立ち上がってくるものシニシズムではない。

しろ、壊れてしまった人々の世界への深い理解と繊細な共感――ひょっとすると、それは「愛」と呼ぶべきものなのである


しかし、そのことは、伝統主義への回帰や、昔ながらの文体への逆戻りを意味してはいなかった。ポストモダニズムの「遊び」は障害ではなく入口であり、「メタ」的な自己言及性は障壁ではなく、新しい誠実さへ通じる通路だったのである

それは現代絶望から目を背け、砂に頭を突っ込むような態度ではない。むしろポール・リクールのいう「第二の素朴さ(second naïveté)」に近いものだった。

もちろん、それは文体の後退を意味しなかった。だからこそマックスは、ウォレスの苦境をこう要約している。

革新的文体を用いて、保守的小説目的を果たすにはどうすればよいか。」

ニューヨーク・タイムズ』の批評家A・O・スコットが指摘したように、ウォレスは両方を同時に望んでいた。つまり、「機知に富んだ文章を書くことで、機知ばかりがもてはやされる世界に対して誠実さの優位を主張する」という、いささか危うい戦略を採っていたのである

しかマックスは、ウォレスが「小説とは何のためにあるのか」という理解のものにおいて経験した、一種の回心を丁寧に記録している。

「ウォレスは昔から曖昧さより確実さを、漸進主義より情熱を好んでいた。そして今や彼は、完全に『誠実さ』の使徒となった。」

彼は、かつての自分自身のような人間を決して許さなかった。また、自分が昔そうだったと感じる作家にも容赦しなかった。

作家スティーブムーアが、自分の新作小説を「皮肉に満ちた90年代にぴったりの、シニカル世界観を持つ作品」と紹介してウォレスへ送ったとき、ウォレスはこう返事を書いた。

「それは『燃え盛る家にぴったりの灯油入り消火器です』と言っているようなものだ。」

先ほども述べたように、ウォレスにとって小説家とは放火犯ではなく消防士であるべきだった。

そのため、彼の文章を特徴づける言語的な花火のような技巧と並行して、新しい責任感と真剣さが現れる。

これは決して矛盾ではない。

まり、「ウォレス小説道徳的理想を掲げながらも、その文体だけは依然としてニヒリズムのままだった」という話ではない。

私たちは、「型破りな文体非道徳的」という思い込みのものを退けなければならない。

しろウォレスの独特な文章は、その誠実さと矛盾しないどころか、それを実現するために意図的に選ばれたものだったのだと思う。

アップダイクの美文主義では、文体のものが読者の注意を引きつける。

しかしウォレスが探していたのは、現代私たちの頭の中で鳴り響いている、あのポストモダン的な「内なる声」に限りなく近い形式だった。

からこそ彼は、その声を通して、私たち真正から、誠実に、そして道徳的ビジョンを語りかけることができたのである

 

からこそ、ウォレスフョードル・ドストエフスキー人生作品に、自分との共通点を見いだしていたことは驚くにあたらない。

ジョゼフ・フランクによる全五巻のドストエフスキー伝を『Voice Literary Supplement』で書評した際、ウォレスは次のように述べている。

もっと重要なのはドストエフスキーが死の淵を体験したことによって、もともとは虚栄心が強く流行を追う若い作家――確かに非常に才能はあったが、結局は自分文学栄光しか考えていなかった人物――から

https://anond.hatelabo.jp/20260711002914

からこそ、ウォレスフョードル・ドストエフスキー人生作品に、自分との共通点を見いだしていたことは驚くにあたらない。

ジョゼフ・フランクによる全五巻のドストエフスキー伝を『Voice Literary Supplement』で書評した際、ウォレスは次のように述べている。

もっと重要なのはドストエフスキーが死の淵を体験したことによって、もともとは虚栄心が強く流行を追う若い作家――確かに非常に才能はあったが、結局は自分文学的栄光しか考えていなかった人物――から道徳的精神価値を深く信じる人間へと変わったことだ。」

この一節には、ウォレス自身の姿も重なって見える。

彼はこれを、多くの現代アメリカ作家たちとは対照的な変化だと考えていた。

彼らは依然として「皮肉文化描写するだけ」で満足している。しかし、本来作家が果たすべきなのは、「そこから抜け出す道を示すこと」のはずだ、と。

マックスも、ウォレスに同じ変化を見ている。

それは単なる「新しい誠実さ」ではない。

Infinite Jest』の背後には、世界に対する責任感があり、

世界への寛大さ」

そして、

「読者が生き延びることに決して無関心ではない作家

としての姿勢がある。

それは、小説舞台描写にも現れている。

ネットワーク広告の衰退、テニスラケット構造ボストン流通するドラッグ俗称テレビ電話歴史――そうした一見どうでもよいような細部まで、ウォレスは驚くほど丁寧に描いている。

そしてマックスは『Infinite Jest』についてこう述べる。

この小説は、その悪名高い「読みにくさ」にもかかわらず、読者を大切にしている。確かに一般的意味での結末は与えない。しかし、それは悪意からではない。より深い癒やしを与えようとしているからだ。エネットハウス依存症更生施設)と同じように、人は回復するためには自分努力しなければならない。この小説は、現代小説では珍しいほど救済的なのである

ここで重要なのは、単なる「誠実さ」ではない。

「誠実でさえあればいい」という話ではないのだ。

そこには明確な規範意識存在する。

人間が**「まともな人間として生きるためには何が必要なのか」**について、切実な確信がある。

このような信念を、「保守的conservative)」と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。

ドストエフスキーとウォレス比較さらに進めながら、マックスは『カラマーゾフの兄弟』と『Infinite Jest』の間にも共通点を見いだしている。

作品とも、

「しゃれた皮肉を退け、一つのことだけを語っている。──信仰重要である。」

という点で一致しているのだ。

もっとも、マックスはウォレス自身宗教的探求については十分に扱っていないという批判もある。

実際、その点についてはまだ語るべきことが多い。

ウォレス宗教体験は、ローマ・カトリック教理教育から、メノナイト教会での礼拝カリスマ派との出会いさらにはAAアルコホーリクス・アノニマス)に至るまで、多岐にわたっていた。

しかし少なくとも一つだけは明らかだ。

ドレイファスケリーがウォレスを「ニヒリスト」と見なした評価は退けなければならない。

しろウォレスは、チャールズテイラーが『A Secular Age』終盤で論じたような、ポストモダン社会の中になお残る「意味の断片」の最良の例だったのかもしれない。


もちろん、ウォレス作品世界は、ほとんど息苦しいほど徹底した「内在性(immanence)」の世界を描いている。

そこでは人間世界平板化され、そこからの逃避手段恍惚神秘体験ではなく、退屈や気晴らしである

地獄とは自己意識だ。

そして、テレビ支配された(いまならTwitterSNS支配された)後期近代社会は、その自己意識麻痺する寸前まで増幅してしまう。

神は死んだ

しかし、その代わりに現れたのは「他人である

すべては許されている。

だが、誰もがこちらを見ている。

から私たちが望める「救い」のほとんどは、その現実を感じなくするための麻酔にすぎない。

ドラッグ

セックス

娯楽。

しかし、ドレイファスケリーが描いたような世界とは違い、ウォレス作品には絶えず別の気配が漂っている。

彼は何かに取り憑かれているようにも見える。

彼の世界には「幽霊」がいる。

登場人物たちは、後期資本主義が与えるものだけでは決して満足していない。

から作品のあちこちで、チャールズテイラーのいう「ノヴァ効果nova effect)」――つまり、この閉ざされた世界突破しようとする新しい生き方の萌芽――が顔をのぞかせる。

その好例が、『Good Old Neonである

この作品は、自殺する直前の一瞬に主人公意識が流れ込むという、意識の流れ形式独白構成されている。

主人公は、いかにもウォレス的な人物だ。

自己意識に取り憑かれ、

絶えず自分を観察し続け、

自分は偽物ではないか

という罪悪感に苦しんでいる。

彼は、自分他人を愛せないことこそ、自分の「偽物感覚」の根源なのではないかと考える。

そして、自殺するほんの数ナノ秒前になって、

自己意識人生のあらゆる良いもの台無しにしてしまった」

と振り返るのである

世俗主義支配する限られた世界では、このような人物宗教に救いを求めるという発想自体が奇妙に映るかもしれない。

しかし、ウォレスにとってそれは決して不自然ではない。

実際、この主人公も「ホーリーローラー(熱狂福音派)」だった時期があり、イリノイ州ネイパービルカリスマ教会へ通っていた。

その理由は、

「この偽物の霧の中から抜け出し、精神的に目覚めたかたから」

だった。

彼は敬虔信者たちの美しさを見て感動し、自分も信じたいと願う。

しかし、自己意識という亡霊は彼を離さない。

まるで聖書の「レギオン」のように。

彼はこう告白する。

「本当の問題は、自分信仰によって変わりたくて教会へ行っていた人間から、『自分がどれほど熱心な信者かを教会の人たちに認めてもらいたい人間』へ、あっという間に変わってしまたことだった。」

超越との接触存在する。

しかし、それは簡単脱出口でもなければ万能薬でもない。

からといって、超越そのもの最初から否定してしま理由にもならない。


こうした「超越」の気配は、ウォレスの死後に発表された短編All That』では、もはや「気配」ではなく、ほとんど叫び声のように現れる。

主人公は、非常に利発な少年で、おもちゃセメントミキサー車に宿る「魔法」に魅了されている。

その魔法とは、両親がこう言ったこから始まる。

ミキサードラムは、お前が見ていない時だけ回るんだよ。

もちろん、それを確かめることはできない。

見てしまった瞬間に回転は止まる、という約束からだ。

大人になった語り手は、この出来事を振り返り、当時の自分が本当に求めていたもの理解する。

大人になった今ならわかる。私があれほど夢中になってドラムが回る瞬間を捕まえようとしていたのは、それが『捕まえられない』ことを確かめたかたかなのだ。もし本当に魔法を見破ってしまっていたら、私は打ちのめされていただろう。」

普通なら、この話は「魔法など存在しない」と悟る、合理的成長物語になるはずだ。

子どもっぽい幻想卒業し、

理性を身につけ、

世界には魔法などない」と受け入れる。

いわば「脱魔術化(disenchantment)」の物語である

しかし、ウォレスはまったく逆方向へ進む。

大人になった語り手は、この経験こそが

「私の人生を通じて宗教的感情を形づくってきた原点」

だったと語る。

それは世界に対する**畏敬(reverence)**という態度である

彼はさらに、いわゆる無神論ですら、一種信仰なのではないかと述べる。

それは、

「理性、懐疑、知性、実証個人自律自分で決めること」

礼拝する、一種の反宗教的宗教なのだ、と。

しかし語り手は、その「内在性だけで十分だ」という福音には改宗しない。

しろ彼はこう語る。

人生もっと重要な結びつきは、その渦中にいるときには私たちには見えない。だからこそ私は、人生意味に対する応答として、懐疑的経験主義よりも宗教的畏敬のほうが説得力を持つと思う。」

もちろん、この感覚にも不安はつきまとう。

しかすると、自分はすべてを作り話にしているだけなのではないか

宗教とは、あのセメントミキサーの「魔法」と同じく、両親が与えた幻想にすぎないのではないか

自分記憶も、

衝動も、

畏敬の念も、

信頼する理由はないのではないか

しかし、それでもなお、この「宗教という亡霊」は追い払うことができない。

ウォレスの「保守性」は、このような場所へと至る。

超越に取り憑かれながら、

それを完全には信じ切ることもできない場所

それは、多くの人が立ってきた場所でもある。

福音書に登場する父親が祈った、あの言葉場所だ。

「主よ、私は信じます。信じられない私をお助けください。」

ニューヨークで開かれたウォレス追悼集会で、ザディ・スミスはこう語った。

学生に『Brief Interviews with Hideous Men』を教えるとき彼女は必ずセーレン・キェルケゴールの『Fear and Trembling(畏れとおののき)』も一緒に読ませていたという。

彼女はこう言う。

「この二冊は私には従兄弟同士のように思える。どちらも、愛も、信仰も、何もかも失ったと思い込んでいる醜い男たちの中に、ブラックユーモアを見いだしている。」

そしてキェルケゴール言葉引用する。

今日の人々は、愛の先へ進もうとしてやまない。しかし、彼らはいったいどこへ向かっているのだろう。世俗的な知恵か。小賢しい計算か。卑小さと惨めさか。……むしろ信仰場所にとどまり、そこから落ちないよう努めるほうがよいのではないか。」

さら彼女は、ウォレスがこれまでで最も熱心に勧めてくれた本が、Catholicsだったことも思い出している。

マックスの伝記は、その理由までは十分に説明できていないかもしれない。

しかし、ウォレスを取り憑いていた「亡霊」を描き出したという意味では、大きな功績がある。

からザディ・スミスはこう締めくくる。

「デイヴを単なるアイロニストだと思っている人は、この本の選択を見ればいい。彼の風刺は本気の風刺だった。風刺とは、『善きものを間接的に讃えること』なのだから。」

ウォレス悲劇的で、挫折に満ちた巡礼は、

物語には道徳的意味があるべきだ」

という確信へと彼を導いた。

そして、この伝記『Every Love Story Is a Ghost Storyから自身人生の教訓を引き出すとすれば、それはおそらく次のようなものだろう。

超越は、いまなお現代文学に圧力をかけ続けている。

それは世俗主義が築いた堅固な境界を突き破り続ける。

そして、ポストモダンアイロニーの貧しさに気づくこと――

それこそが、信仰への第一歩なのかもしれない。

2026-07-09

[] それが、アイコンという存在になることの意味なのだ人間欠点からほぼ完全に切り離されるという贅沢。 https://www.michigandaily.com/arts/david-foster-wallace-beyond-windbreak/

デイヴィッド・フォスター・ウォレス:防風林の向こう側へ

ジュリアン・レイ

2020年10月4日

この記事は「Icons」のArts b-side企画の一部です。このテーマを扱ったb-side記事の全体を見るには、こちらのリンククリックしてください。

1年前のことだった。私はダウン・トレッダー・ブックショップに入り、何人かの客の間をすり抜けながらフィクションの棚へ向かった。

Wの棚の低い位置に、ウォレスデビュー小説システムの壊し方(The Broom of the System)』の色あせた一冊が置かれていた。

私はその本をレジへ持っていき、男性店員会計をしてくれた。

「ウォレスのほかの本はありますか?」

と尋ねると、彼は答えた。

「いや、彼の本はいつもすぐ売れるんですよ」

私は、それは残念だと言った。ちょうど『Infinite Jest(無限冗談)』を読み終えたところで、彼のほかの作品も読んでみたいと思っていたのだ。

今思えば、少し気取った自慢だった。そして彼はそれに感心しなかった。

彼は薄い愛想笑いを浮かべ、軽くあしらうように言った。

「そうですか。では、良い一日を」

それで終わりだった。

彼の文体を好まない人々にとって、ウォレスは誇張された混沌のような作家だった。傲慢で、作品冗長で、無理やり知的に見せようとしているのに、頻繁に「天才」と呼ばれている。

ダウン・トレッダーのレジにいた男性も、おそらくそういう側の人間だったのだろう。

しかし私は、ウォレスは別のものだったと思う。

彼は深い苦悩を抱えたポップ・ヒーローだった。芸術によって、恐怖によって、そして公の場に姿を現したことによって、この世界痕跡を残した人物だった。

そのほかのことを言う前に、私がウォレス文章で初めて読んだものを紹介したい。

短編「Good Old Neon(グッド・オールド・ネオン)」からの一節だ。

この言葉を覚えておいてほしい。

「私の人生はずっと偽物だった。大げさに言っているわけではない。私がいつもしてきたことのほとんどすべては、他人の中にある“私という存在”について、ある種の印象を作り出そうとすることだった」

アイコン存在という観点で見るなら、ウォレスはその典型の一人だ。

彼は文学複数ジャンルにまたがって執筆した。小説ノンフィクション、講演などを発表した。

彼の作品はしばしば近寄りがたい。

本はあまりにも密度が高く、書き込みすぎていて、まるで読まれること自体抵抗しているように感じられる。

そして、そこが魅力でもある。

多くのウォレス読者と同じように、私も彼の最高傑作Infinite Jest』に早く飛び込みすぎるという間違いを犯した。

最初に読んだ40ページほどの短編から、角膜の健康などほとんど気にせず、1079ページの巨大な本の塊へ進んだ。

Infinite Jest』は、本というより怪物に近い。

ページは大きく、威圧的で、その重さは両手を床へ引きずり下ろすほどだ。

本編981ページの後には、さらに90ページの「注釈と訂正(Notes and Errata)」が続く。

巻末注は読者体験に不可欠なものだ。

しかし、ページを前へ戻し、また戻し、また戻しながら読む作業で、私の頭は何度も混乱した。

この本はあまりにも混沌としていて迷宮的なので、要約すること自体が難しい。

ただ、一つ言えることがある。

物語の中心となる舞台は、テニスアカデミー中間施設ハーフウェイ・ハウス)だ。

そしてそこでは、依存症父親との問題蔓延する消費主義車椅子に乗ったケベック暗殺者による秘密組織、そして観客をあまりにも楽しませるため、見た者が何度も何度も繰り返し鑑賞し、最後には餓死してしま映画などが扱われる。

聞こえた通り、奇妙な話だ。

しかしウォレスは、その奇妙さを優雅に受け入れている。

けばけばしく、ときグロテスクですらある言葉の混乱の中には、疑いようのない人間性がある。

ウォレスは、想像できるほぼすべての感情人間人生のあらゆる領域に触れている。

スポーツ選手としての栄光からコカインを手に入れること、愛する人を失うことまで。

そしてこれは、彼の最高傑作ですらない。

誤解しないでほしい。

1000ページにも及ぶ、驚くほど複雑な小説を書くことは、とてつもない偉業だ。

ほかのどんな作家であっても、それだけで20世紀文学古典作家リストの頂点に置かれ、どこかの別荘へ引退してもおかしくない。

しかしウォレスは、もっと優れた物語を書いている。

「Good Old Neon」は、実験的な構造テンポの見本のような作品だ。

しかも1か月ではなく、1時間ほどで読める。

彼の最も洗練された作品である『The Pale King(ペイル・キング)』は、死後に出版された。

その本に入る前に、まずウォレスという人物のものを見てみたい。

心配しなくていい。

彼の文章には戻ってくる。

ただ、その前にチャーリーローズとのインタビューを見てみたい。

(続きます

インタビュー開始から3分半ほど経ったところで、ローズ雑談を切り上げ、ウォレスにこう尋ねる。

尊敬されるということは、あなたにとって大きな意味を持つんですよね? つまり自分真剣に受け止められている。そして自分仕事評価され、尊敬されている』という感覚ですか?」

ウォレス椅子の上で姿勢を正し、唇を噛んでから答える。

「それが私の顔に出ていると分かるんですか?……尊敬されたいと思わない人間を、誰か一人でも見せてください」

その後ウォレスは、『Infinite Jest』に対する世間の反応について語る。

彼は、批評家のすべてが本を最後まで読み終えてから評価を下しているとは思っていなかった。

ある時、彼は話の途中でこう遮る。

「……すみません、なんというか、実質的にどもってしまっていて……」

ローズは、熟練したセラピストのような声で彼を安心させる。

「いや、そんなことありません。ちゃんと話せていますよ」

ウォレスは、この会話の主導権を渋々握っているように見える。

まり目を合わせない。

自分自身発言に、ときどき顔をしかめる。

声は低く、速く、どこか夢見心地に聞こえる。

まるで思考がすでに装填されていて、それをただ外へ放出しているだけのようだ。

しかし、それらはあくま思考にすぎない。

彼は自分言葉特別権威を与えようとはしない。

おそらく本人も気づかないまま、ウォレスは「どこにでもいる人間しかし単なる普通人間ではない」という自分人物像を演じている。

インタビューで見えるのは、こういう人物だ。

自分の才能を誇示する一方で、同時にそれを抑え込もうとしているようにも見える男。

しかし、これは毎朝起きてコーヒーを淹れ、犬を散歩させていた普通のウォレスの姿ではない。

その人物垣間見るために、私の高校時代英語教師ハンターダンの話を紹介したい。

パサデナ2005年

ダンは、文章教育に関するワークショップのチラシを見つける。

演者名前は3人。

その中にはデイヴィッド・フォスター・ウォレスも含まれていた。

なぜこれほど有名な作家が、たった40人ほどを対象にした高校教室で開かれるワークショップに現れるのか。

ダンには分からなかった。

ただ、おそらく友人への頼みごととして引き受けたのだろうと思った。

ワークショップは、ポモナ大学の向かいにある高校教室で行われた。

ウォレスはそこで創作を教えていた。

ほかの2人の講演者が先に話した。

準備してきた資料を使い、自分たちの作品朗読した。

しかしウォレスには何も準備がなかった。

彼はこんなことを言った。

「私は、自分作品をそんなふうに生徒たちの前で読むことは絶対しません」

発表の最後に、ダンはウォレス質問をした。

どんな質問だったかは、今では忘れてしまった。

しかし、ウォレスの答えだけは覚えている。

「分かりました。あなた質問には答えます。でもそのあと、あなたがどう考えるのか聞きたいです」

ワークショップが終わった。

人々は建物から出ていった。

帰り道、ダン中庭を歩いているウォレスを見つけた。

おそらくポモナ大学自分オフィスへ戻るところだったのだろう。

ダンは声をかけた。

「おい! デイヴ!」

ウォレスは振り返り、大きくため息をついた。

はい?」

ダンは、ウォレステニス選手マイケルジョイスについて書いたエッセイについて尋ねた。

ウォレスは彼をじっと見て言った。

面白い選手ですよね、彼は」

その後の会話は、15年分の記憶の中で失われてしまった。

しかダンは、ウォレスについていくつか重要なことを覚えている。

彼は非常に優れた聞き手だった。

返答する前に、自分の考えを整理していた。

しかし同時に、そっけないところもあった。

あらゆる質問議論として捉え、勝ちたいゲームのように向き合っていた。

彼はまったく不快そうでも、自意識過剰そうでもなかった。

そこには確かな自信があった。

チャーリーローズとのインタビュー時とは違い、実際に会ったウォレス葛藤しているようには見えなかった。

おそらく、有名なインタビューのような場面で「あなた天才だ」という世間の期待に直面した時、彼本来自己像と、周囲が求める「天才作家」という役割が衝突したのだろう。

その葛藤は彼の文章にも存在する。

ただし、別の形で。

『The Pale King』に戻ろう。

物語舞台は、イリノイ州ピオリアにあるIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)の地域審査センターだ。

想像できる限り、最も退屈な場所ひとつ

しかし550ページもの中で、ウォレスは税務申告書の審査という退屈で狂気じみた世界に命を吹き込む。

まるでトールキンが中つ国を創造たかのように。

私が初めて『The Pale King』の中に、本当のウォレスの手がかりを見つけ始めたのは、この作品だった。

第9章には「作者による序文(Author’s Foreword)」というタイトルが付いている。

ウォレスはこう書く。

「作者だ。つまり、本当の作者。鉛筆を握っている生身の人間であって、抽象的な物語上の人格ではない」

彼は説明する。

「これから続くものは、実際にはまったくのフィクションではなく、かなりの部分で真実で正確なものだ。『The Pale King』は、実際のところ、作り話というより回想録に近い」

もちろん、ウォレスはIRSで働いたことなどない。

そして本の中の出来事も完全なフィクションだ。

しかし、だからといって彼が「この物語真実だ」と言う時、それが嘘になるわけではない。

ある意味では、本当に真実なのだ

ウォレスは、自分自身物語の中に登場させる。

彼は若いIRS職員として描かれる。

その人物は、同じく「デイヴ・ウォレス」という名前を持つ高級幹部と間違えられてしまう。

自分がそれほど尊敬されている人物なりすましていることの結果に直面するのを恐れ、デイヴ・ウォレス登場人物)はその誤解を訂正しない。

そして、そのまま流されるように、本来なら幹部しか参加できないような重要な会議へ連れて行かれる。

イヴ・ウォレス登場人物)は、会議で何が起きているのかまったく理解していない。

大量の汗をかき、自分が発するわずかな言葉さえもたどたどしい。

会議では、彼がなりすましている人物なら当然熟知しているはずの税法について、激しい議論が交わされる。

しかし当然ながら、デイヴ・ウォレス登場人物)は税法について何も知らない。

自分が周囲の人々が思っているような人物ではないとバレないように、彼は沈黙する。

そして絶えずメモを取り続ける。

ページを埋め尽くすほど書き込み自分が「物静かだが勤勉な観察者」であり、この自分には属していない世界真剣に参加している人間だと思われるようにする。

もしある作家が、これほど明確に読者へ語りかけた例があるなら、それはまさにこれだろう。

ウォレス2008年自殺した。

彼は多くの本やエッセイを残した。

そして彼の作品が死後も出版され続けることで、彼はアイコンとなった。

彼の人生の暗い側面――薬物依存鬱病との闘い――は、苦悩する天才という印象をさらに強めるものになった。

2013年の伝記

『Every Love Story Is a Ghost Story: A Life of David Foster Wallace(すべての愛の物語幽霊物語であるデイヴィッド・フォスター・ウォレスの生涯)』

の中で、D・T・マックスはウォレス詩人メアリー・カーとの関係について短く触れている。

カーはボストンにあるハーフウェイ・ハウスボランティアをしていた。

そこはウォレス依存症自殺未遂のために暮らしていた場所だった。

そこには特に衝撃的な一文がある。

「ある夜、ウォレス走行中の車からカーを押し出そうとした」

ウォレスとカーの関係の多くは長い間、暗闇の中に置かれていた。

そして、それについて声を上げる役割はカー自身に委ねられることになった。

ウォレスは何年もの間、彼女につきまとった。

彼女が既婚者で、子どもがいたにもかかわらず。

ある時、彼は腕に包帯を巻いた状態パーティーに現れた。

そしてカーに、自分の皮膚に彼女名前タトゥーとして刻んだことを明かした。

このような暗い部分を、「天才であることに伴う複雑さ」の一部として片づけるのは、とても簡単だ。

結局のところ、自分好きな人物が犯した酷い行為について考えることは、不快ではないだろうか。

その人物の輝かしい作品という安全領域を越えて、その人間のもの考察しようとすると、世界に与えてくれた洗練された美しいものをただ楽しむよりも、はるかに大きな感情作業必要になる。

それが、アイコンという存在になることの意味なのだ

人間欠点からほぼ完全に切り離されるという贅沢。

あるいはさらに言えば、欠点のものが美化され、象徴的な人物像を強化するほどになること。

伝説的な人物という状態が生み出すこの症状は、私たちにこう考えさせる。

「彼は苦しんでいた。彼が私たちにこの物語を与えるために、どれほどの苦痛経験したことだろう」

「彼は愛していると言った女性を追跡し、傷つけた。彼の人生をそれほど複雑にした悪魔とは、一体どんなものだったのだろう」

しかすると私は彼に甘すぎるのかもしれない。

あるいは、十分に寛容ではないのかもしれない。

私はウォレスを知らなかった。

私が検討できるのは、彼が残していった謎だけだ。

しかし私は思う。

その謎は、私たちが考えているほど不可解なものではない。

考えてみてほしい。

私がウォレス出会った最初文章

「Good Old Neon」の冒頭近くにある、あの消えかけるような言葉

私はこう思う。

彼は私に、ある真実を伝えようとしていたのではないか

ただし、それを語ることができたのは、薄いガーゼのようなフィクションという仮面の裏側だけだったのではないか

(終)

2026-04-30

AIで初めてアプリを作ったから見てほしい

みなさんお疲れ様です。

Claude Codeさんといっしょに、人生で初めて自分用のwebアプリ作成しました。技術面で特筆すべきところはないかもしれません。大切な猫の生活を記録するための自分たちにとって必要アプリです。「こんなふうにすればもっといいよ」や「すばらしい!」など、プロ意見をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。



URL

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技術スタック

2025-05-29

anond:20250529174732

Geminiでえっちイラストを描いてもらうコツがわかってきた。

モデルは2.5 Flashで良い。

画像生成のアイディア自体を考えてもらうならProだけど、自分で明確にプロンプトとして与えるならFlash

まず、transparent bikini が意外なことに通る。

だけど画風次第。

実写は未だに成功しない。

うまくいけばばっちり乳首が透けているえっちイラストが出てくる。

あと、画像雰囲気についてプロンプトマシマシにすると、弾かれる可能性が下がる気がする。

エクスタシーっぽい顔は割と簡単に通る。

牛乳ぶっかけるのもいいが、牛乳パックやコップがないと弾かれる可能性が上がるっぽい。

たとえばこんな感じ

---

イラストにして

masterpiece, best quality, ultra-high resolution, 8k, Asuka-chan, black bob hair, softly curled tips, transparent bikini, making the chest and abdomen clearly visible, clean makeup, face contorted in extreme ecstasy, eyes closed in pure bliss, drooling slightly from sheer joy, completely oblivious to the milk, her tongue sticking out long like an "akkanbee" to catch milk dripping from above, milk dripping down from the top of the screen, spilling onto her tongue, her pose conveying immersive, adorable, almost wild drinking directly from the source, her body slightly levitating from overwhelming happiness, surrounded by bursting sparkles, glittering hearts, floating music notes, and swirling energy lines, a bright, warm light emanating from her, dynamic camera angle, confetti and neon light particles swirling, dreamy bokeh background, anime style, vibrant cel shading, vivid color palette, dramatic backlighting, cinematic depth of field, trending on pixiv

---

Enjoy!

2024-11-24

anond:20241124104543

BaaSを支える中間インフラとしてのAWSとかAzureは残るだろうけど、その上でサーバレス利用してる開発者からしたら

AWSとか知らんがなって感じになりそうじゃない?って話だと理解した

今だと開発者CCNAとかべんきょうしてシスコルーターいじるかっていうといじらないけど

25年前はやらされてたからなぁ俺の会社オンプレだったか

それがこんどはAWSがそうなるという話じゃないの?

Prisma、Drizzle、PlanetScale、Neonあたりはしってるけど

ゴリゴリSQL書かないみたいな新人が今年来てそういう時代なんだって思った

2024-11-12

2024年11月10日 VOLA&THE ORIENTAL MACHINE/Lilles and Remains 「PLAY VOL.58」@池下CLUB UPSE

2024年11月10日 VOLA&THE ORIENTAL MACHINE/Lilles and Remains 「PLAY VOL.58」@池下CLUB UPSET

VOLAライブを観るのは2019年にHINTOと下北で2マンやった時以来なので5年振り?リリーズと対バンなのめちゃくちゃ楽しみにしてた!名古屋と言う人入りがあまり良くない土地ライブしてくれる事に感謝。人もそこそこ入ってて良かった。

背が低いので段差上から観る事に。UPSETの規模とハコ的に何処で観ても観やすい·音も良い·入場もちゃんとしてるしで、名古屋で一番好きなハコ。唯一の難点は自分の好きなバンドは滅多にUPSETでやる事はないと言う事だけ…。

  • Lilles and Remains

リリーズでも中畑さんが叩くとの事でより楽しみにしてたけど、期待以上の演奏テンション上がる〜!!演奏上手〜!!!聴きたい曲も懐かしめの曲も沢山聴けて嬉しい。リリーズってMC全くない印象あって、でも普通に一杯喋ってたから私の記憶いかと思ってたけど、やっぱり昔はカッコつけなきゃとかそっちの方が良いんじゃないかって思ってたかMCしてなかったってKENTさんが話してたか記憶は間違ってなかった。カッコつけるの無理、喋りたいとの事笑 と言うか普通にMC上手くて面白かった笑 バシバ演奏していくので思ってたより沢山曲数聴けたし手数が多い系のドラムを叩く中畑さんを味わえて最高。

K「55分ぐらいまでだっけ?(演奏して良いリミット)」中「ちょっとくらい良いんじゃない?笑 先輩には俺から言っとくよぉ」K「それが怖いんですよ…笑」のやり取り面白かった。

K「ドラム2連チャンって中々ないので(中畑さんは)大変だと思う」中「大丈夫!…多分大丈夫!笑」K「手数多い曲選んどいたんで笑」中「笑」

メンバー紹介でsyrup16gVOLA&THE ORIENTAL MACHINE中畑さんって紹介があって何か嬉しい…。未だにシロップ再結成したと言う実感をこう言う所で味わっている…。

中村さんが終始ガチの真顔ですごいと思った笑 メンバー紹介あるまでずっとサングラスかけてたから表情読み取れないのかと思ったけど外しても真顔だった笑 中村さんとナツキさん、両方共めちゃくちゃ存在感あって素晴らしかったなぁ。また是非共ライブ観たい。

ぶっちゃけ書いちゃうVOLAライブに行かなくなった理由楽曲云々もあるけど一番はギター青木さんじゃなくなったってのが大きくて、アヒトさんがそんなにギタースキル高くない分青木さんのギターがあってこその世界観だったり音楽性が表現出来ると感じていたので…。久しぶりに観るボラ大前提に前見た時よりアヒトさんが元気そうで良かったなと思ったし、気合い入ってるのがす伝わってきた。新しい曲から古い曲まで満遍ないセットリストで、Mexico Pubの始まりはいつ聴いてもカッコ良い。あと中畑さんのLOVEが観れたの良き。昔は嫌悪感しかなかったけど…笑 コミケと夢診断も久しぶりに聴いたかも。でも昔の曲聴くとやっぱギター物足りんのよなぁ…申し訳ないけど…。

Dead or Danceの1.2.3.4をやる中畑さんも久しぶりに観れて嬉しい!昔は(ry 今はもう可愛いな〜としか思わなくなった笑 この曲でアヒトさんがフロアに降りてきてびっくりした。近くで観るアヒトさん、めちゃくちゃ痩せてたし顔小さかった笑

MCの覚え書きと雑感想

·アヒトさんがチューニングするから喋っててとの事で笑 残りのメンバーMC名古屋ボラ演奏するのが10年振りとの事。2014年伏見JIMMIN'振りらしい。楢崎さんが物を無くしたって話とアヒトさんのギターか壊された話で中畑さんからアポロシアターと言う言葉が出で驚く。無くなっちゃったのかな?って話してて地方ライブハウスなのに詳しいし、中畑さん記憶力良すぎる…。個人的にはボラライブって言ったらアポロシアターだったので懐かしい気持ちになった。

·アヒトさんが酔っ払って打ち上げ味仙で蛙の唐揚げポケットに入れたまま帰宅し次の日めちゃくちゃ驚いたって話もしてた笑

·アヒトさんからリクエストビール乾杯する。メンバーリクエスト銘柄なのか分からないけど、有江さんと中畑さんが交換してた笑(有江さんがアサヒスーパードライ中畑さんが札幌黒ラベル?飲んでた)中畑さんもライブ中に缶ビール1杯ぐらいなら普通に飲める感じになったんだなぁ。(飲めるの)嬉し〜って喜んでた笑

·アヒトさんが3回目か4回目の人生ビール造りとかしてみたいって話から何て(名前の)ビールします?って中畑さんが聞いて即答で「キチネコビール!」と答えるアヒトさん笑 こぶしの効いた和っぽいCM曲?みたいのを即興で歌った下りからテレビの話になり中畑さんが住んでた頃の青森は2局しか映らなかった(日テレTBS)、高校生の頃にテレ朝が映るようになって初めてミュージックステーション見た(!?)と言う話に笑 信じられん…。

·お知らせがありまーすってアヒトさんが言ったら中畑さんが「なになにぃ〜?」って相槌打ってて可愛かった笑 来年大阪でonion Nightが開催されるとの事。歓喜悲鳴上がってた笑 中畑さんが「是非来て〜」って言ってて拍手?起こってた。

·めちゃくちゃ楽しそうな中畑さん。偶に有江さんと目合わせて笑い合ってるのとても良い。有江さんは菩薩の笑みでフロアを見てた笑

·鯔のMC中畑さんがめちゃくちゃ喋るのとアヒトさんの絶妙につまんない話(失礼過ぎる)と有江さんの高スキルMC力で軌道修正する感じがそうそうこんな感じだったなぁと思うなど。

·ただの悪口なっちゃうが、昔から感じてた気持ちを思い出したと言うかやっぱフロントマンアヒトさんのテンション、割と苦手な部分もあり…。ボラライブ観にいっといてなんだけど…。まぁアヒトさんが元気そうで、それだけで良かったなと思ったけど…。1月VOLA予定してるのでその時観たらまた違う感想持てるかも…。

最後セットリスト(Xから検索かけてます)

·Lilles and Remains

1.Like The Way We Were

2.Muted

3.Superior

4.Pass Me By

5.Body

6.The Fake

7.Final Cut

8.Some Girls

9.Neon Lights

10.Moralist S.S.

11.This City

12.Grind

·VOLA&THE ORIENTAL MACHINE

1.EMPIRE OF THE V O L A

2.THANK YOU MY FORCE

3.MAC-ROY

4.A communication refusal desire

5.夢診断

6.Fatal Incident

7.comeback in darkness

8.Mexico Pub

9.S.E.〜Self-Defense

10.An imitation's superstar

E.N

1.Dead or Dance ‼︎(アヒトさんフロア降りあり)

2024-05-01

anond:20240430210216

ロックバンドとポップバンドは違うよ

・チャン・ギハと顔たち

・HYUKOH

SE SO NEON

これポップバンドでしょ。

2024-04-30

anond:20240429201524

もしかして本当は良く知ってるけどまだ知らない良韓国ロックバンドを集めようとする増田か?

文化的な背景の面から言いたいことはなんかわかる気もするけど、

今はロックに”反骨心とか反発とか反政府とか親不孝とか弱肉強食とか反抗期とか”って必ずしもあるべきってわけじゃない気がする

(むしろヒップホップとか女性ソロアーティストの多くにこれらを感じることが多いような?韓国に限らないかもしれないけど

どっちにもいいアーティストがいっぱいいてすごいなと思う 自分https://www.youtube.com/@sunwoojungaが好き…)

自分全然詳しくはないけど少なくとも韓国にはすでに

・チャン・ギハと顔たち

・HYUKOH

SE SO NEON

ていう最高の三バンド(チャンギハは解散してるけど)がいるじゃん

それぞれ韓国らしさも含んだ独自性を獲得していると思う

あと好みじゃないけど

・The Black Skirts

とかがいるじゃん

あと厳密にロック定義はされないししてないだろうけど

・LEENALCHI

・Ssing Ssing

という最高バンド?いやプロジェクトかな?がいる(ある)よね

書きぶりからして知っているとは思うけどさ



まあ確かに少ないのはそうかもしれない

こっちまで名前が通ってこないインディーシーンの人たちのほうが活発にやってるかも

でも増田が書いてるようにアイドルバンド結構いるしアーティスト自体はすばらしい人たちがたくさんいるよね

フロントマンセンスが強いバンドが多いなってイメージ

このへんを知るとき長谷川洋平さんの存在は欠かせないと思う

この人の記事から辿っていくと韓国のいろんなバンドアーティストを知ることができて助かる

2023-12-04

anond:20231204082817

where the light is一曲目のNeon超絶技巧すぎて度肝、ギター一本であんなに音出せる人間かに数えるぐらいしかいないと思う

このライブももちろんクオリティ高いんだが、飽きないという観点ではRoom以下略のほうが良いかなと

ごめんよく調べたらNokia theater=where the light isだったわありがとう

anond:20231203220347

ジョンメイヤーのRoom for Squares

一曲ではなくてアルバムやが

曲絞るならNeon ただNeonライブ盤のほうがいい

2023-11-22

X-CON中止 個人的まとめ

(※Twitter等の情報から拾ってるので真偽は不明です)



●まずはニュース記事から

「X-CON」全公演が中止に、チケットの払い戻し発表

12月8日から10日にかけて、千葉幕張メッセ国際展示場9~11ホールで開催される予定だった音楽フェス「X-CON 2023」の中止が発表された。

https://natalie.mu/music/news/550001

有名アーティストが多く出演予定だった




●集めた情報(間違いもあるかもしれないので注意)



主催公式アカウントが凍結

 https://twitter.com/xcon_jp/

イベント会場(メッセ)の予定表に載っていなかった(会場をおさえてなかった?)

 https://twitter.com/ask_aim/status/1726705152017748377

公式より先にアーティストが中止をアナウンス

先行予約特典Tシャツ等のグッズが未到着、チケット自体が未到着の人も

チケットの追跡番号が間違っている、入場番号の記載無し

特性取引法に基づく表記だと所在地税理士事務所

 https://twitter.com/djkatchan/status/1726908158369804754

・Abemaでオーディション番組をしてNEON-Xというアーティストデビュー予定だった(どうするの?)

 https://natalie.mu/music/news/549045

主催者が以前も大規模フェスを中止した成田大致という話も

チケット代が安い割に出演アーティストが豪華すぎて怪しかった(最安値で3900円)

 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000128561.html

2022-11-18

GOTY2022ノミネート作品対応プラットフォーム一覧(俺調べ)

タイトル NS PS4 PS5 XB1 XBS/X PC
A Memoir Blue
After the Fall - - -
Among Us VR - - - - -
Apex Legends
As Dusk Falls - - -
Bonelab - - - - -
Call of Duty: Modern Warfare II -
Citizen Sleeper - -
Counter-Strike: Global Offensive - - - - -
Cult of the Lamb
Destiny 2 -
DNF Duel - - -
DOTA 2 - - - - -
Dune: Spice Wars - - - - -
ELDENRING -
Endling - Extinction is Forever
F1 22 -
FIFA 23
FINAL FANTASY XIV - - -
Fortnite
Gran Turismo 7 - - - -
Hindsight - - - -
Horizon Forbidden West - - - -
I Was a Teenage Exocolonist - -
Immortality - - - -
League of Legends - - - - -
Live A Live - - - - -
Metal: Hellsinger - - -
Moss:第2巻 - - -
MultiVersus -
NBA 2K23
Neon White - - - -
Nintendo Switch Sports - - - - -
No Man’s Sky
Norco -
OlliOlli World
OVERWATCH2
Pokémon LEGENDS アルセウス - - - - -
Red Matter 2 - - - - -
Return to Monkey Island - -
Rocket League
Scorn - - - -
Sifu - -
SPLATOON3 - - - - -
Stray - - -
THE KING OF FIGHTERS XV -
The Last of Us Part I - - - - -
TMNT: Shredder’s Revenge
Total War: WARHAMMER III - - - - -
TRIANGLE STRATEGY - - - - -
Tunic
TWO POINT CAMPUS
VALORANT - - - - -
Vampire Survivors - - -
Victoria 3 - - - - -
Xenoblade Chronicles 3 - - - - -
Xenoblade3 - - - - -
アリー悪夢サマーキャンプ -
ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク - - - -
ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル R
プレイグ テイル -レクイエム- - -
ベヨネッタ3 - - - - -
マリオ+ラビッツ ギャラクシーバトル - - - - -
レゴ®スター・ウォーズスカイウォーカーサーガ
原神 - - -
星のカービィ ディスカバリー - - - - -
33 36 38 27 32 52

Switchだけでしか遊べないソフト 9本

PS4/5だけでしか遊べないソフト 4本

XBOXだけでしか遊べないソフト 2本

PCだけでしか遊べないソフト 11

 

Swtichでは遊べないソフト 33

PS4/PS5では遊べないソフト 27本

XBOXでは遊べないソフト 34本

PCでは遊べないソフト 14本

2022-07-09

ゲームNeon White

・未クリア

クリアできるかわからないのでいったんかく

・本編クリアしてからプレゼント集めようと思ったらキャラ死んだやんけ!!!

やおいやおいは…?

 

追記

・7章か8章でクリアを諦めた

 空地ジャンプカード出てから

 ゲーム下手んちゅには難易度高いよぉ!!

・付き合ってるの隠してるつもりで普通にみんなにバレバレだったホワイトさんわろた

2020-12-31

今年発見したもの100

1. レモンサワー

2. Bloodborne

3. エチオピアビーフカリー

4. Neural Cellar Automata

5. 漫勉

6. SE SO NEON

7. ブラックビスケッツ

8. Veibae

9. うちで踊ろう / 星野源 × LOOP H☆R

10. 笑顔時間

11. Studio Cult

12. Mario's Mystery Meat

13. 猫

14. 映像研には手を出すな!

15. Every copy of Mario 64 is personalized

16. Peggy Gou

17. 塩水うに

18. オモコロチャンネル

19. Jacob Collier

20. 真空ジェシカ

21. ギャル恐竜

22. 上級騎士なるにぃ

23. もののけ

24. Ghost of Tsushima

25. Dr. STONE

26. あちこちオードリー

27. Fender Custom Shop

28. 宅麺.com

29. Alicia Keys: NPR Music Tiny Desk Concert

30. BNA

31. Toro y moi

32. ジャルム

33. 天穂のサクナヒメ

34. Andres Guerrero

35. 姫麻雀

36. Coeo

37. 世界はほしいモノにあふれてる

38. Slay the Spire

39. バトラ

40. P5S

41. P5

42. 入籍

43. マヂカルラブリー

44. Nintendo Direct E3 Live Reactions at Nintendo NY

45. 高円寺

46. エフェクターソフトケース

47. キャサリン・フルボディ

48. 有吉の壁

49. 東進ハイスクール

50. 若おかみは小学生!

51. Fall Guys: Ultimate Knockout

52. バー常連

53. DARK SOULS III

54. ビズリーチ

55. SEKIRO

56. あらゐけいいち短編03「絵描きうた」

57. 自称世界一の速弾きギタリスト

58. オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。

59. 急性気管支炎

60. トム・ブラウン

61. Killing Joke

62. ちゃちゃまる

63. バナナナチ

64. ACID BAKERY

65. もう中学生の無観客ライブ

66. REN (GIFアニメ作家)

67. ナナチ

68. 実力のある者をドシド天皇にすべきだ

69. 卓球

70. 千年バズル

71. 川尻こだま

72. バイアグラ

73. ラランド

74. Little Dragon

75. 十三機兵防衛

76. Aphex Twin - Warehouse Project

77. どんぐり

78. PASSLABO

79. 午前8時の脱走計画

80. キルラキルが でキルまで 制作密着500日

81. Number Girl配信ライブ

82. 令和ロマン

83. 鬼滅の刃

84. オムレツ

85. 村上春樹

86. ヤブ蚊フマキラー

87. ヴァイオレット・エヴァーガーデン

88. Fiona Apple

89. Cyberpunk 2077

90. 波よ聞いてくれ

91. 石川チェコ料理

92. 包茎

93. SPY×FAMILY

94. 葬送のフリーレン

95. リュウジのペペロンチーノ

96. 結婚式挨拶

97. ペットブーム

98. Siouxsie and the banshees

99. チェンソーマン

100. カジサック

2020-08-18

【まとめ】こう見えて元タカラジェンヌです|天真みちるcakes

https://cakes.mu/series/4395

隔週月曜更新 日曜まで無料 以降有料 第1話無料 な感じ

記事リンク張りたかったけど増田仕様?9個までしか張れない模様

書籍化

巨匠との出会い~Q~

2020年12月7日

はいからさんの一族最後の鐘〜

2020年11月23日

卒業の決意

2020年11月9日

中間管理職ブルース~おじさん役者への道 ビジュアル編~

2020年10月26日

トップスター明日海りおさんとの出会い~再び大運動会

2020年10月12日

奇跡スマスマ出演、そして蘭寿さんの卒業花組太陽

2020年9月28日

おじさん役者に与えられた試練~絶世の美女

2020年9月14日

巨匠との出会い~破~

2020年8月31日

爆笑

「格好良い」と「イロモノ」の間~関西弁の壁~

2020年8月17日

初めてのセンター歌唱&魅惑の新トップ・蘭寿さん登場

2020年8月3日

情報量の多いおじさん選手権水泳事件

2020年7月20日

人生の岐路~小劇場選抜落ち~

2020年7月6日

巨匠」との出会い ~序~

2020年6月22日

新人公演の試練!~おじさん役者への道~

2020年6月8日

トップスター退団公演の思い出〜下級生に受け継がれるもの

2020年5月25日

今度こそお話します~初めて髪の毛を染めた日~

2020年5月11日

いよいよ花組公演スタート!~最下級生の仕事

2020年4月27日

運命の配属式。振り分けられた先は……花組!!!

2020年4月13日

ダンスにもそういう呼び方があるんだね!チェイサー……

2020年3月30日

  • 百千糸、花城舞

特別編〉3.11宝塚歌劇団トップスター背中

2020年3月16日

涙の卒業・涙涙の初舞台芸名の由来~

2020年3月2日

  • 花織千桜
  • 『Never Say Goodbye』

試験結果を存分に活かせ!涙の文化祭

2020年2月17日

タカラジェンヌてっぺんを目指せ!決戦の試験

2020年2月3日

10年に一度の宝塚大運動会奇跡のイス取りゲーム

2020年1月20日

2020年上半期、cakesもっとも読まれ記事 15位

  • 鳳月杏

祝90周年!アニバーサリーイヤーの幕開け

2020年1月6日

ハンドメイドジェンヌ~ワクワクさんの教え~

2019年12月23日

音楽学校の授業スタート!春の陽気と眠気とタイガーバーム

2019年12月9日

タカラジェンヌの卵、決意の断髪式〜せめて人間らしく〜

2019年11月25日

いよいよ聖地宝塚へ!「凶」のおみくじが招いた負の連鎖!?

2019年11月11日

リベンジを誓ったたそが、まずしたことは……なんと巫女さんの ...

2019年10月28日

偉大なるタカラヅカ凡庸な私が目指したキッカケ

2019年10月14日

2020-03-23

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 2

https://anond.hatelabo.jp/20200322025040

第二スタン


They walked along by the old canal

A little confused, I remember well

And stopped into a strange hotel

With a neon burnin’ bright

He felt the heat of the night

Hit him like a freight train

Moving with a simple twist of fate [2]


――では、第二スタンザに進みます。どうぞ。

( ・3・) ふたりは古い運河に沿って歩いた。少しまごついていたのをわたしはよく覚えている。そしてふたりネオンの輝く奇妙なホテルに入った。

――「奇妙なホテル」とは?

( ・3・) ホールフランク・ザッパ蝋人形でも飾ってあったんじゃないか? ああ、この strange というのは unfamiliar ということだな。――ネオンの輝く見知らぬホテルに入った。彼は夜の熱気に打たれるのを感じた。まるで運命のひとひねりと共に走る貨物列車がぶつかってきたようだった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夕暮れの公園にいたふたりが歩きだす。ネオンが光っているから、あたりはもうすっかり暗くなったんだろうな。「わたし」の記憶によると、少しまごついていたようだが……。

――「わたし」が出てきましたね。

( ・3・) ふたりの背後に忍びよる謎の人物……。落ち着かない心の内までお見通しとは、たいした観察力だ。

――……。

( ・3・) いや、分かってるよ。賢明なる読者諸氏ならば、「わたし」の正体は説明せずともお分かりになるはずだ、ってことだろ? 分からないとおかしい。ナボコフの『   』を読んで、「   」と「   」とが同一人物だと気づかないようなものだ。

――『   』は読んでいないのですが……。

( ・3・) だから少しは本を読めって。ただしまともな本だぞ。『死にたくなければラ・モンテ・ヤングを聴きなさい』みたいなのは読書カウントされないからな。

――話を元に戻しましょう。

( ・3・) 三人称物語だったはずなのに、一人称の「わたし」がぱっと現れて、さっと消える。聴き手は混乱するんだけど、何事もなかったかのように、彼と彼女との物語が続いていく。

――はい。人称の問題は後で見直すとして、脚韻についてはどうでしょう

( ・3・) 1行目と2行目、canal と well母音が合っていないんじゃないか

――子音しか合っていません。脚韻は、強勢の置かれた母音以降の音が一致しないといけないので、この箇所は韻を外していることになります。そのうえ、1行目と2行目とでは旋律も違います

( ・3・) 違ったっけ。

――違うんです。第一タンザでは、1行目・2行目・3行目はきれいに韻を踏んで、旋律も同じかたちでした。ところが、第二スタンザでは、1行目・2行目で母音が揃わず、canal は上昇する旋律、well は下降する旋律です。というか、"I remember well" のところは、はっきりした音程がありません。そこだけ語りのようになっています

( ・3・) 例の「わたし」が出てくるところだな。ひょっとしたら、わざと韻を外して、旋律も外して、「わたし」に対する違和感を際立たせようとしているんじゃないか

――わざとかどうかは分かりませんが、定型から逸脱することで、聴き手の注意を喚起する効果はあると思います

( ・3・) となると、韻を踏まないことにも意味がありうるわけだ――あれ、6行目と7行目、trainfate も韻を踏んでいないぞ。

――6行目は train ではなく freight train の freight が脚韻にあたります

( ・3・) まず列車概念があって、それからより具体的には貨物列車、という思考の流れではないんだな。まずフェイトという音の響きがあって、その響きが無意識言葉の渦からフレイトをひっぱり出してくる。それから列車概念フレイトにくっついてやってくる。意味が音を追いかけているみたいで面白いな。

第三スタン


A saxophone someplace far off played

As she was walkin’ by the arcade

As the light bust through a beat-up shade

Where he was wakin’ up

She dropped a coin into the cup

Of a blind man at the gate

And forgot about a simple twist of fate


( ・3・) どこか遠くでサックスを吹いている人がいた。――これは順番をひっくり返さないとうまくいかないな。――彼女がアーケイドを歩いていると、どこか遠くからサックスが聞こえてきた。くたびれた日よけから光が差し込み、彼は目を覚ました。

――まだ覚ましてはいません。

( ・3・) ――彼は目を覚ましつつあった。彼女は門のところで盲人のカップコインを入れた。そして運命のひとひねりのことは忘れてしまった。

――はいどうでしょう

( ・3・) 夜から朝になった。どこか遠くでサックスを吹いている人がいる。時を同じくして、彼女はどこかへ歩いていく。そしてまた時を同じくして、夢うつつで横になった彼の部屋に光が差す。一行ごとに場面が切り替わって、映画みたいだ。

――as が場面転換の役割果たしてます

( ・3・) どこかへ歩いていく彼女は、そのまま消えてしまう。盲人のカップコインを入れる、というのが何か象徴的な行為なんだな、きっと。運命、盲人、テイレシアス、と連想が働くせいでそう感じるのかもしれないが。

――何を象徴しているんですか?

( ・3・) 何かをだよ。メルヴィル白鯨は何を象徴しているんだ?

――何かをですね。

( ・3・) そう。ある行為対象が何を意味するのか一義的に定まらないとき、その行為対象象徴性を帯びるんだ。ひとつ賢くなったな。

――とはいえ、門のところの盲人は運命を告げるわけではなく――

( ・3・) それどころか、彼女運命のひとひねりなんて気にしてないんだな、ちっとも。

――強い。

( ・3・) 強い。運命抗う者は悲劇的な最期を遂げるが、運命に関わらない者はいつまでも幸せに暮らすんだ。――じゃあ、ありがたい教訓も得られたことだし、次に進もうか。

――その前にひとつだけ。わたし面白いと思うのは、彼女が去っていくのを誰も見ていない点なんです。まず、どこか遠くのサックス奏者は物語に関与しない。

( ・3・) 音だけの出演。

――部屋では彼はまだ寝ている。そして門のところの盲人には――

( ・3・) 彼女は見えない。なるほど、興味深い指摘だ。きみ、名前は?

――……。

( ・3・) 名前は?

――アルトゥーロ・ベネデッティミケランジェリです。

( ・3・) アルトゥーロ、ありがとう。そんなところにも彼女の強さというか、優位性が表れているのかもしれないな。

第四スタン


He woke up, the room was bare

He didn’t see her anywhere

He told himself he didn’t care

Pushed the window open wide

Felt an emptiness inside

To which he just could not relate

Brought on by a simple twist of fate


――ハーモニカの間奏を挟んで、ここからは後半です。彼と彼女とがいっしょにいる、あるいは少なくとも近くにいるのが前半でしたが、ディラン先生ハーモニカを聴いている間に、彼女のいた世界彼女のいなくなった世界に変わってしまいました。――では、どうぞ。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は熊だった。

――クマ

( ・3・) 「かすみの間」「うぐいすの間」みたいに、「グリズリーの間」だったんだよ。泊まった部屋の名前が。

――真面目にやりましょう。

( ・3・) 彼が目を覚ますと、部屋は空っぽだった。彼女はどこにもいなかった。どうってことはないと自分に言い聞かせ、彼は窓を大きく押し開いた。心の内に虚しさを――

――虚しさを?

( ・3・) 虚しさを感じた。で、その虚しさというのは、彼がどうしてもリレイトできない――

――He just could not relate to an emptiness inside ということです。

( ・3・) どうしても関わることのできない虚しさ?

――辞書を引きますか?

( ・3・) おまえが引きたいというのなら。

――ランダムハウスにちょうどいい例文が載っています。I can’t relate to the new music of Miles Davis. マイルス・デイヴィスの新しい音楽わたしにはしっくりこない。――1972年に『オン・ザ・コーナー』を聴いた人はそう感じたかもしれません。そもそも1967年の『ソーサラーからして、もう調性は不

( ・3・) 自分自身の虚しさとうまくつきあっていけない、と考えればいいのか。――どうしてもなじむことのできない虚しさを感じた。運命のひとひねりによってもたらされた虚しさを。

――はいどうでしょう

( ・3・) さっき "he was wakin' up" のところで「まだ目を覚ましてはいない」って添削が入ったのは、このスタンザの "He woke up" が念頭にあったからなんだな。

――そうです。ここではっきりと目を覚ます

( ・3・) 彼女はいなくなっている。大丈夫だと自分に言い聞かせるってことは、大丈夫ではないわけだ。窓を開けたら心の内に虚しさを感じた、のくだりはなんだか分かる気がするな、感情の流れが。ぐっときたぜ。

――まず部屋が空っぽだという状況が語られる。でも本当に言わんとしているのは、彼の内面空っぽになったことです。開いた窓のところに立って外と内とを画定することで、内面という言葉自然に導かれています

( ・3・) きみ、名前は?

第五スタン


He hears the ticking of the clocks

And walks along with a parrot that talks

Hunts her down by the waterfront docks

Where the sailors all come in

Maybe shell pick him out again

How long must he wait

Once more for a simple twist of fate


( ・3・) 時計がチクタクいうのが聞こえる。言葉を話すオウムを連れて歩く。水夫たちがやってくる港で彼女を捜す。また彼女が彼を見つけてくれるかもしれない。どれだけ待たなければならないのか。もう一度、運命のひとひねりが生じるのを。

――はいどうでしょう

( ・3・) 時計の音が聞こえてくるのにあわせて、時制が現在形になった。ここからは彼にとってまだ過去出来事ではないんだな。

――彼女のいない現実が、一秒ごとに動かしがたいものになっていく。コンクリートが固まるみたいに。

( ・3・) 「言葉を話すオウムを連れて歩く」は何を意味するんだ? アメリカ文学で鳥がしゃべるといったら、ポウの「ザ・レイヴン」だな。死に別れた恋人天国で再会できるだろうかと訊くと、鳥は「二度とない」と予言するんだ。

――このオウム実在するんでしょうか? どこからともなく現れましたが。

( ・3・) そこを疑うの? 「昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました」「エヴィデンスは?」みたいなものじゃないか

――いえ、そうではなく、おそらく肩の上、耳元でオウムが話しているわけですよね、彼女を捜して歩いている間ずっと。それは暗喩ではないかと思うのですが。

( ・3・) おじいさんは暗喩としての山へ暗喩としての柴刈りに行きました。

――「周囲の人たちの話が、オウム言葉のように空疎に聞こえてしまう」を暗喩的に言い換えると「言葉を話すオウムを連れて歩く」になりませんか?

( ・3・) 心ここにあらずだから、「よう、調子はどうだい?」と声をかけられても、「ヨウ、チョウシハドウダイ」と聞こえるわけか。まあ、そうかもしれないな。

――次は最後のスタンザです。

第六スタン


People tell me it’s a sin

To know and feel too much within

I still believe she was my twin

But I lost the ring

She was born in spring

But I was born too late

Blame it on a simple twist of fate


( ・3・) 内面を知りすぎてはいけない、感じすぎてはいけないと人は言う。わたしは今でも信じている。彼女わたし双子だったと。しかしわたしは指輪をなくしてしまった。彼女は春に生まれたが、わたしは生まれるのが遅すぎた。運命のひとひねりのせいで。

――はいどうでしょう

( ・3・) 「わたし」が出てきたな。二番目のスタンザでは存在をちらっと匂わせる程度だったが、ようやく正体を現した。

――もう自分が誰であるかを隠すことはない。

( ・3・) そう。三人称過去のかたちで物語が始まり彼女がいなくなって時計の秒針が意識に上ったときから三人称現在になる。そして今、一人称現在で「わたし」=「彼」が胸の内を明かしている。

――すべて過去形で書くこともできたし、すべて三人称、あるいは一人称で書くこともできたと思うんですが、どうしてそうしなかったんでしょう?

( ・3・) なんだか「学習の手引き」みたいになってきたな。時制が変わるのは、彼女の不在が彼にとって現在出来事でありつづけているから。人称が変わるのは――そうだな、最後のスタンザの心情は、客観的に、距離をおいて語れないんじゃないか。まだ傷が生々しくて。

――第四スタンザの「部屋は空っぽだった」から「窓を大きく押し開いた」のあたりはハードボイルド流儀で、あまり感傷的にはなるまいという抑制が働いているんですが、最後のスタンザになると――

( ・3・) 抑制が外れて、ついでに三人称仮面も外れる。他人物語であるかのように体裁を保っていたのが、保てなくなる。こういう効果を生むためには、人称の変化が必要だったんだな。

小休止

( ・3・) はっさく匂いは猫たちには不評だな。

2018-09-28

わかる人にはわかると思うけど

田舎に住んでいるので、たまに東京行って、新宿とか歩くとNeon Driveみたいになる。

2008-12-31

akinator.comでのHIT数ランキング

合計ランキングTOP200から、日本アニメゲーム関連のキャラを抜き出してみた(俺の解る範囲で)

N Character Games

22 Son Goku (Dragon Ball) 26274

44 Pikachu 18225

49 Naruto Uzumaki 16761

62 Mario (Nintendo) 15216

137 Doraemon 9125

139 Monkey D Luffy 9066

147 Haruhi Suzumiya (The Melancholy of Haruhi Suzumiya) 8762

149 Sonic The Hedgehog 8730

167 Ichigo Kurosaki (Bleach) 8253

168 Solid Snake 8224

171 Link (The Legend of Zelda) 8017

172 Light Yagami (Death Note) 8009

192 L. Lawliet (Death Note) 7447

合計ランク内では13/200と割と少ない。

入ってるのも割と外人も検索しそうなキャラ


ここ7日のTOP200からの抽出

N Character Games

6 Haruhi Suzumiya (The Melancholy of Haruhi Suzumiya) 4012

8 Son Goku (Dragon Ball) 3939

14 Yuki Nagato (The Melancholy of Haruhi Suzumiya) 3162

16 Hatsune Miku (Vocaloid) 3130

21 Pikachu 2844

30 Konata Izumi (Lucky Star) 2375

32 Reimu Hakurei (Touhou) 2341

37 Monkey D Luffy 2092

38 Rei Ayanami (Neon Genesis Evangelion) 2086

39 Marisa Kirisame (Touhou) 2076

42 Naruto Uzumaki 2049

43 Kagami Hiiragi (Lucky Star) 2048

44 Lelouch Lamperouge (Code Geass) 2037

49 Shana ( Shakugan no Shana ) 1908

50 Saber (Fate/Stay Night) 1907

53 Mario (Nintendo) 1870

54 Suigintou (rozen maiden) 1868

58 Suiseiseki (Rozen Maiden) 1784

61 Sakata Gintoki (Gintama) 1741

62 Sakuya Izayoi (Touhou) 1717

66 Louise Françoise le Blanc de la Vallière 1695

76 Nanoha Takamachi (Mahou Shoujo Lyrical Nanoha) 1543

79 Aisaka Taiga (Toradora!) 1497

80 Light Yagami (Death Note) 1496

83 Cirno (Touhou) 1478

84 Horo (Spice And Wolf) 1461

85 Sakura Kinomoto (Card Captors Sakura) 1459

86 Conan Edogawa (Detective Conan) 1454

87 Asuka Langley Soryu (Neon Genesis Evangelion) 1453

89 Fate Testarossa (Nanoha) 1449

91 Shinnosuke Nohara 1433

93 L. Lawliet (Death Note) 1420

100 Rena Ryuugu (Higurashi no Naku Koro ni) 1351

101 Ranka Lee (Macross Frontier) 1344

102 Edward Elric (Fullmetal Alchemist) 1337

103 Remilia Scarlet (Touhou) 1319

105 Jotaro Kujo (JoJo's Bizarre Adventure) 1315

109 Solid Snake 1289

110 C.C. (Code Geass) 1289

112 Cloud Strife (Final Fantasy VII) 1277

113 Yukari Yakumo (Touhou) 1273

116 Sheryl Nome (Macross Frontier) 1237

117 Flandre Scarlet (Touhou Project) 1230

119 Ichigo Kurosaki (Bleach) 1216

122 Tsukasa Hiiragi (Lucky Star) 1208

123 Nagi (Kannagi) 1203

124 Yuno (Hidamari Sketch) 1201

125 Patchouli Knowledge (Touhou) 1200

131 Mikuru Asahina 1128

133 Aya Shameimaru (Touhou) 1121

137 Youmu Konpaku (Touhou) 1106

139 Shinku (Rozen Maiden) 1090

140 Hello Kitty 1089

142 Alice Margatroid (Touhou Project) 1076

144 Motoko Kusanagi (Ghost in the Shell) 1060

146 Yuyuko Saigyouji (Touhou) 1057

150 Furukawa Nagisa (CLANNAD) 1047

151 Abe Takakazu 1046

163 Hibari Kyoya (Reborn!) 980

168 Yotsuba 969

170 Chihaya Kisaragi (THE IDOLM@STER) 961

171 Setsuna F. Seiei (Gundam 00) 961

173 Kenshin Himura (Rurouni Kenshin) 955

174 Hanamichi Sakuragi 954

175 Kirby 953

177 Tomoyo Sakagami (Clannad) 944

178 Tohsaka Rin (Fate / Stay Night) 940

181 Nozomu Itoshiki (Sayonara Zetsubou-sensei) 935

188 Kyon (Haruhi Suzumiya) 904

190 Dio Brando (Jojo's Bizarre Adventure) 904

191 Link (The Legend of Zelda) 895

192 Roronoa Zoro (One Piece) 893

194 Kaiji Itou (Kaiji) 876

196 Sanae Kochiya (Touhou) 869

199 Kyou Fujibayashi (Clannad) 862

200 Uchiha Sasuke (Naruto) 862

76/200にまで増えてました。

日本芸能人とかも入れたら多分半分近くが日本絡みになる。

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