はてなキーワード: 転載とは
イオンが爆発した直後?の動画、駐車場から撮影された動画があって、元は誰かがアップしたんやろけど
それが青バッジのインプ稼ぎ野郎としか思えないアカウントに転載されててもう胸糞たまらん
ほんまにきしょい
ChatGPT5.6 solに調べさせた
リンク先の主張は半分正しく、半分は言い過ぎです。
妥当な点:
- 作者本人は「BL」「腐女子」「大量」「DM」と言っていない。
- 「大量のR18 BLを送りつけた腐女子」という具体像は、匿名投稿とまとめ側が作ったもの。
- 「ホモフォビア批判で謝罪」という定番の時系列は、示されている証拠と合わない。
弱い点:
| 掲載先 | 書かれていること | 裏付けの状態 |
|---|---|---|
| はちま起稿 | 「18禁BL二次創作の送り付け」と断定 | 同じ記事に作者の謝罪全文があるが、本文は「性的な表現を含む一部の創作」「私への直接の共有」としか書いていない。BL・18禁・DM・大量の根拠は提示なし |
| coki | BL二次創作が直接送られたと説明 | 根拠を「SNS上で共有されている経緯」としており、送信者・内容の詳細は公開情報では確認できないとも明記 |
| 世界のハネキヨ | 二次創作の直接送信や解釈の押し付けが発端と推測 | 「情報が拡散されるうちに内容が変化した」と慎重。BL・DM・大量の証拠はない |
| 人物トレンド図鑑 | 「メンションやDM」「ホモ同人は苦手です。送ってくるな」と断定 | その文言は確認できる作者投稿には存在せず、出典画像もない。少なくとも現時点では信頼できる引用ではない |
| ガールズちゃんねる | 「腐女子が送り付けた」と多数が言及 | 「イライラして押し付けたのかなーと思った」など推測・伝聞。送信画面等は掲載されていない |
| 究極ちゃんねる | BL送り付けを前提にした5chスレ | 情報源はXのGrok話題ページ。スレ内でも「送りつけって何?」「DMオープンなの?」と実態を把握していない |
| Xの話題ページ | BL送り付け→批判→削除という筋書き | X投稿の自動要約で、ページ自体が「Grokは誤ることがあるので確認を」と注意表示。一次証拠ではない |
特に重要なのが、はちま起稿の記事内の食い違い。見出しと「経緯」では「腐女子」「18禁BL」と具体化しているのに、同じページに転載された作者の実文は、性別・ジャンル・送信方法・件数を一切特定していない。
「性的表現を含む一部の創作を、私へ直接共有するのは配慮してほしい」
→「腐女子が大量に送り付けた」
→「DMやメンションで送った」
作者の謝罪投稿は、別サイトに保存されたスクリーンショットとも本文が一致した。そこには「性的な表現を含む一部の創作」「直接の共有への配慮」とあるため、何らかの直接共有を問題にしていたと読むのは自然。ただし「BLだった」とまでは確定できない。
一方、7月17~22日の作者X投稿についてInternet Archiveの保存状況も確認したが、該当期間の投稿保存は見つからなかった。したがって、削除された投稿の完全な文脈は現在も欠けている。
また、現在作者のXアカウントは閲覧不能だが、これだけでは本人による削除、凍結、一時停止、改名のどれかは判別できない。アニメ公式のニュースページにも、この騒動やアカウント停止理由についての説明は見当たらない。
現時点の判定
「何らかの性的創作が作者へ直接共有された」:かなり可能性が高い
「R18だった」:未確認
「大量だった」:未確認
「作者が“BLは苦手・送るな”と発言した」:確認できる保存本文では裏付けなし
「ホモフォビア批判が原因で謝罪した」:時系列・因果関係とも確定できない
したがって、元の増田の「“大量R18 BLをDMした腐女子”は証拠がない」という中心的な指摘は妥当。ただし「性的な創作の直接共有そのものまで存在しなかった」と言い切るのも、作者の謝罪文と整合しない。
決着に必要なのは、送信画面やDMの日時・ヘッダーを含むスクリーンショット、削除前の作者投稿全体、そして謝罪より前に出ていた批判投稿。今出回っている記事は、ほぼすべて同じSNS上の筋書きを横流ししている状態。
昔(2010~2014年頃?)Tumblrで読んだ文章を探しています。
一人称は「私」のエッセイ調で、途中に「本当に死にたいと思ったときにすること」のような箇条書きが入っていました。
内容としては、「死ぬほどお酒を飲んでみる」「ナイフで手首を傷つけてみる」「道路に出て車が来るのを見てみる」「高い場所の縁に立ってみる」といった、生死の境界を意識するような行動が並べられていたと記憶しています(細部は記憶違いかもしれません)。
そして最後に、「そういうことをしているうちに生と死の境界が曖昧になり、いつでも一歩踏み出せる(死を選べる)と思えることで、逆に今を生きやすくなる」といった趣旨で締めくくられていました。
危険な行動を勧める目的で探しているわけではなく、学生時代に読んで非常に印象に残った文章で、もう一度原文を読み返したいと思っています。
タイトルや作者、転載先、あるいは「これではないか」という情報だけでも構いません。心当たりのある方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
ウルトラマン生みの親が明かした戦争体験 「幻のシナリオ」見つかる
高校入学時に上京し、円谷プロで活躍しながらも、復帰前の沖縄に戻り、37歳で早世する。全力で駆けぬけるような人生については、いくつもの評伝や回想録が書かれた。
それらを読むうちに、気づいたことがある。哲夫の人生のある部分については、記述がかすみがかったようにぼんやりするのだ。
生まれたのは1938年。本島南部で地上戦をくぐり抜けた時は6歳だった。幼いとはいえ、多くを目に焼き付けたのは間違いない。だが哲夫自身がその体験を語ったり記したりしたことは、ほとんどなかった。
なぜなのか。関係者をたずねる中で、一本の原稿が見つかった。沖縄戦について哲夫が正面から描いた、幻のシナリオである。
傷痕
沖縄戦の体験を哲夫が語っているとすれば、この人だろう。そう思って、盟友だった森口豁(かつ)さん(88)に千葉県で会った。
しかし早々に、森口さんは首を横に振った。「家族ぐるみのつきあいを長くしたけれど、金城が戦争がらみの話をしたことは一切なかった」
二人が出会ったのは、高校生のとき。東京の玉川学園高等部の2年生だった哲夫は、自由研究の発表で沖縄の言葉について語った。一つ年上の森口さんは感銘を受け、その後の人生が決まった。1958年、大学を中退して琉球新報の記者になり、さらには日本テレビの特派員に。ジャーナリストとして沖縄を追い続けた。
駆け出し記者のころ、森口さんは毎日のように、哲夫の母ツル子さんが那覇市内で営む食堂「かどや」で食事をしていた。
ツル子さんは沖縄戦で負傷し、片方が義足だった。居間と調理場を行き来するたびに、和服の裾をはだけて義足をつけたり外したりする。白い脚が森口さんの記憶に残っている。「お母さんはあの時、どんな気持ちだったのだろう。戦争とはこういうものだ、と本土から来た若者に感じさせようとしていたのか」。当時を思い浮かべてしばらく黙ったあと、森口さんは語った。
ツル子さんは、いまの沖縄県南風原(はえばる)町津嘉山(つかざん)の自宅に家族とともにいた。空襲警報に続いて、米軍機が3機、家に突っ込んできそうな低空で急接近してくる。機銃掃射のバラバラという音とともに、左足に衝撃が走った。足首がふき飛ばされていた。
自宅に泊まっていた青木上等兵が止血してくれ、南風原陸軍病院に運ばれた。のちにひめゆり学徒隊が働く壕(ごう)である。青木上等兵から輸血の提供をうけ、ひざから下の切断手術を受けた。
哲夫の父は召集され、ビルマにいた。一家は曽祖母、祖父母、母、哲夫、妹の栄子。これから大混乱が始まるだろうという矢先に母が歩けなくなり、哲夫はどんな気持ちだったろう。
当時のことをツル子さんが書き残した手記がある。南風原町が1990年にまとめた「津嘉山が語る沖縄戦」に転載されている。
3月25日 二人の子も小さい手で母親の手をさすったり頭をもんだり懸命に看護しているつもりらしい。
3月27日 「第一線に行くよ」と兵隊さんが小さい哲夫に言っていた。
5月7日 早朝から艦砲が盛んに撃ち込まれる。爆風が壕に入ってくる。哲夫と栄子が頭から布団を被って震えている。
戦況は悪化し、5月下旬、日本軍は司令部をおいていた首里を放棄し、南部へ撤退することを決める。津嘉山は、その道程にあった。米軍の激しい砲弾が降り注ぎ、金城家の叔父一家は、壕の中で生き埋めになった。
このままでは、みんなやられてしまうかもしれない、と祖父・忠助さんは5月25日、決断をする。自分と妻と跡取りの哲夫は南部へ逃げ、曽祖母と片足のツル子、幼い栄子はここにとどまる――。決断にともなったであろう多くの悲嘆をツル子さんは書いていない。ただ、こうある。「預けた哲夫のことが案じられて、一睡も出来ずに夜が明ける」
断片的に、祖母がのちに語っている。配給の靴は大人ものばかりで哲夫は裸足だったこと、砲弾が飛んでくると哲夫の上に祖父祖母の順で覆いかぶさって守ったこと、死体をまたぎながら歩いたこと……。
津嘉山地区には1949人が住んでいた。このうち戦死したのは808人。じつに40%以上にあたる。戦後の調査では、住民の避難コースは大きく四つに分かれ、いずれも南へ南へと向かった。哲夫たちも、こうした足どりをたどったのだろうか。
海沿いで、一行は米軍に投降した。連れて行かれたのは、名護にあった大浦崎収容所。いま普天間飛行場の移設工事が進む米軍キャンプ・シュワブのある場所だ。ツル子さんらも奇跡的に生きており、家族は再会を果たした。
盟友の森口さんが高校生のときだ。不思議なメロディーを哲夫が口ずさんでいるのに気づいた。尋ねると、戦後に収容所で生まれた「屋嘉節」という沖縄民謡だと教えてくれた。さまざまな歌詞が伝わるが、森口さんが教わったのはこうだった。
世間(しきん)御万人(うまんちゅ)ぬ 袖(すでぃ)ゆ濡(ぬ)らち
かなしいことに沖縄は戦場になってしまい、みなの袖を涙で濡らし――そんな意味である。
なぜ自分の体験を、哲夫は語ったり書き残したりしなかったのでしょう。行く先々で問いを重ねた。
「生々しすぎて語れなかったのでは」と玉城優子さんは言った。子どものころ、ウルトラQを楽しみに見ていた世代である。1993年に地元紙の沖縄タイムスで、哲夫の生涯を114回にわたって連載した。
金城哲夫の評伝「沖縄を愛したウルトラマン」を書いた玉城優子さん=2026年7月6日、沖縄県西原町、谷津憲郎撮影
沖縄戦では、自分や身内を守るのにせいいっぱいで他人を助けたり、食べものを分け与えたりすることもままならなかった。戦場では人間のあらゆる面がさらけ出される。「一つしゃべり出せば、それら全てが噴き出してしまう、だからでは」
玉城さんは取材の中で、こんなエピソードを聞いた。その人が戦後、哲夫と酒を飲んでいた時だ。突然、哲夫は大声をあげて裸足で外に飛び出してしまった。哲夫は沖縄戦について、こう語ったそうだ。「あまりの怖さに泣きたくても泣けず、叫びたくても叫べなかった。いまでも何かの折りにその時の恐怖がよみがえってくることがある」
哲夫の孫にあたる金城琴さん(35)は、大学卒業後、円谷プロにつとめた。哲夫はどんな人間だったのか。何を語ったのか。それを残すのが自分の役割かもしれないと考え、出会う人たちにできるだけ昔のことを聞くようにしていた。それでも、哲夫から戦争の話を聞いたことがあるという人には出会わなかった。
琴さんは言う。「いまでこそ、沖縄戦の体験を残さねばという人は多いですが、哲夫のころはまだ戦争の記憶が新しく、口にするのも嫌だったのではないでしょうか。家族のあいだでも、ほとんど戦争の話はしなかったと聞いています」
沖縄戦でもっと悲惨な体験をした人もいるという思いも、哲夫にはあったかもしれない。母たちを置いていったことへの後ろめたさもあったかもしれない。
哲夫が急死したのは1976年。70年代後半になると、沖縄ではあの戦争について多くの人が語り始め、出版物が急増した。あと10年生きていたら、哲夫も何かを書き残したかもしれない――そう思っていた。
それは、沖縄県立図書館で哲夫に関する資料を探していたときだった。ある冊子に、小さな写真が3枚載っていた。200字詰めの原稿用紙を正面から写したもので、手書きの文字がはっきり見える。目がぴたりと止まった。
沖縄戦を描いた幻のシナリオ「暁の敗残兵」。200字詰め原稿用紙で200枚ほどにのぼる=2026年7月7日、沖縄県南風原町、谷津憲郎撮影
別のカットには「沖縄」の文字も見える。これこそが求めていたものではないだろうか。
冊子の発行元に連絡をとり、資料を保管している南風原文化センターへ行った。金城家は数年前から、哲夫の資料227点を寄託している。
センターの会議室。白い手袋をはめた職員が箱から平らなものをそっと出す。覆っていた包みをはがすと、縁が茶色く変色した紙の束が現れた。やはり哲夫の生原稿だった。一枚一枚めくってもらい、むさぼるように読んでいく。
作中では、沖縄戦の組織的戦闘は終わっており、日本兵3人が敵中突破をして生き延びようと試みる。主な登場人物は18人。F・O(フェードアウト)、O・L(オーバーラップ)など映像上の指示も書き込まれている。計213枚。沖縄戦を描いた未公表の本格的なシナリオだった。
主人公の日本兵は「青木」。母ツル子さんの足の手当をしてくれた上等兵の名である。その青木らに途中で合流する兵隊は、片腕がない。彼はもともと「津嘉山」の民家に泊まっていたが「飛行機の機関銃で関節からふっとんでしまった」。さらに、老人に連れられた幼い子ども2人が迷い込む。下の子の名は「栄」。2人の父は「ビルマ」に行っている。
青木ら3人は、米軍に見つからぬように先を急ぐ。「四方穴だらけで泥水が溜(たま)り、膨張した死体、蛆(うじ)の湧いている死体、顔面をえぐりとられた死体が散乱し、正(まさ)に死人のジュウタンである。三人死体をとび越え、死に物ぐるいに走る」。それは、哲夫自らが見た光景だったのだろう。
いったい、いつ書いたのか。孫の琴さんも、シナリオの存在をこの取材で初めて知ったという。はっきりとした手がかりはない。
だが哲夫は書いていたのだ。どこかに発表するつもりがあったのか。いや、発表のあてがなくとも、自分は書き残さねばならないと思っていたのか。沖縄戦について語らなかった身体のうちに、記憶はずっと渦まいていた。
シナリオは、運命のいたずらのような悲劇で終わる。あの戦場で生きるか死ぬかは、ただの偶然だった、と沖縄戦の体験者たちは言う。哲夫もきっと同じ思いだったろう。
「おわり」の3文字は、ぴたりとあわせたかのように、原稿用紙の最終行に書きつけられていた。
皆さま、こんにちは。今年、中途採用で今の会社に入社した20代後半の女性です。
私には結婚して2年目になる夫がいますが、この行き場のない気持ちをどうすればいいのか分からず、ご相談させてください。
実は今年の春から、同じ階の別部署にいらっしゃる先輩の男性に恋をしてしまいました。
その方は大人の余裕があって本当に優しく、体格もしっかりしていて力強い、とても素敵な方です。
彼に出会って、目で追うたびに胸が苦しくなる自分に気づき、「あぁ、これが本当の恋なんだ。私はこの年になって初めて恋をしたんだ」と分かりました。
もちろん、夫のことは家族として大切に思っています。私を大事に想ってくれている、と信じています。
ですが、夫に対しては情のようなもので、ここまで胸が焦がれるような、キラキラした感情を抱いたことは今まで一度もありませんでした。
最近はあの人とお話ししたくて、本当は使い方が分かっているのに、わざと「コピー機の使い方が分からなくて……」と声をかけて教えてもらったりしています。彼が横に並んで優しく操作を教えてくれるたび、嬉しくて舞い上がってしまいます。
先日ですが、日曜日に新しく買った洋服のことを気付いてくれました。ほかの男性は、夫も含めて誰も気が付かなかったのに。
既婚者である以上、これ以上どうこうなりたいとか、一線を超えるつもりはありません。
ただ、毎日会社に行くのが楽しくて仕方がない反面、この甘くて苦しい「初恋」の気持ちをどう扱えばいいのか持て余しています。
皆さまは、結婚後に本当の恋に出会ってしまった時、その素敵な感情をどうやって胸にしまっていますか?
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そーす
【正論】女「ポルノコンテンツは世の中に一切必要ない。男性の性欲は彼女作れば解決する話」 [769931615]
https://greta.5ch.io/test/read.cgi/poverty/1783575343/
1 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a7e7-jnSv) 2026/07/09(木) 14:35:43.97 id:LSqI0cEU0 BE:769931615-2BP(1011)
私の幼馴染の親友で1つ上の男性は中学生の頃から彼女を切らしたことがない。
だから精通はセックスだったって言ってたし、ポルノも一切見た事ないって。
賛同の声多数
2 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a7e7-jnSv) 2026/07/09(木) 14:35:52.85 id:LSqI0cEU0 BE:769931615-2BP(1011)
たしかに
3 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a7e7-jnSv) 2026/07/09(木) 14:36:02.44 id:LSqI0cEU0 BE:769931615-2BP(1011)
正論だわ
4 番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です (ワッチョイW a7e7-jnSv) 2026/07/09(木) 14:36:11.56 id:LSqI0cEU0 BE:769931615-2BP(1011)
ハッとさせられたね
中日スポーツのイブラヒモビッチ「日本大絶賛」記事、ちょっと気になったので調べてみた
W杯のブラジル対日本、見てた人も多いと思う。1―2で負けたけど、いい試合だった。
「世界中から尊敬を勝ち取った」 元スウェーデン代表の伝説的FW、ブラジルに惜敗した日本を大絶賛 「彼が今大会のベスト」推しの選手も言及
FOXスポーツの解説をしてるズラタン・イブラヒモビッチが、試合後に日本をめちゃくちゃ褒めた、という内容。「もう言葉が出ない」「日本は自分たちの力を世界に見せつけた」「世界中のサッカーファンから、最高の尊敬を勝ち取ったんだ」みたいな、結構具体的で長めのコメントが載ってた。
でも、ちょっと引っかかるところがあって、暇にまかせて調べてみたら、いくつか妙な点が出てきたので書いておく。
まず、記事が消えてる
これを書いてる時点で、中日新聞本体のサイト(chunichi.co.jp)の該当URLは404になってる。「お探しのページが見つかりませんでした」って表示が出るだけで、なんで消えたのかの説明は特にない。
配信先だったYahoo!ニュースの方のURLも、今はアクセスできなくなってるっぽい(検索エンジンのキャッシュには本文の断片がまだ残ってて、他の記事からのリンクも見た目上は生きてるんだけど、実際に飛ぶともう繋がらない)。
まあ記事の掲載期間が切れただけとか、単純なシステムの都合という可能性もあるので、消えてる=何かやましいことがある、と決めつけるつもりはない。ただ、ちょっと気になったので、もう少し掘ってみることにした。
FOXスポーツは事前に、決勝トーナメント1回戦の実況・解説の担当を公表してる。それによると、6月29日のブラジル対日本戦の布陣はこう。
実況:イアン・ダーク
イブラヒモビッチの名前、ない。FOXスポーツの動画サイトに上がってるこの試合のハイライト動画も、タグ付けは一貫して「Landon Donovan」で、イブラヒモビッチではなかった。
イブラヒモビッチ自身はスタジオ解説者として大会に出てるので、実況ブースとは別枠ではある。それはそれとして、彼が実際にコメントしたことが確認できるのは、同じ6月29日でもオランダ対モロッコ戦の方だった。クーマン監督への批判コメントで、これは複数の海外メディアで一致して報じられてる。
つまり、その日イブラヒモビッチが本当に喋った記録として見つかるのはオランダ戦の話だけで、ブラジル対日本戦について何か言ったという一次ソースには、いくら探してもたどり着けなかった。
もう一つ気になった話。米国のAthlon Sportsというメディアも、ブラジル対日本戦の"試合前"にイブラヒモビッチが日本への期待を語ったという記事を出してて、これはYahoo SportsとかAOLにも転載されてる。
この記事、発言の出典が「World Cup 2026 on X」ってなってるんだけど、これがFOXスポーツの公式でも本人のアカウントでもなくて、調べたらプロフィール欄に「Fan account」と書いてある非公式のファンアカウントだった。FIFAの公式アカウントとは別物。
一方で、裏が取れてる発言(クーマン批判とか、他にもいくつかある)は、どれも「FOXスポーツ」自身が発信元として明記されてる。ブラジル対日本戦の分だけ、なぜか無関係なファンアカウント経由になってるのは、ちょっと引っかかる。
なんとなく想像がつくのは、こういう流れなんじゃないかということ。
素性のよくわからないファンアカウントが、本人が言ったかどうか怪しい発言を投稿する
海外のスポーツメディアが裏取りせずにそのまま引用して記事にする
それを大手ニュースサイトが転載して、なんとなく"それっぽい"情報として広がっていく
さらに日本のメディアが訳して載せると、もう本人の確定発言みたいになってる
中日スポーツの記事がこの流れをそのまま辿ったのか、それとも別の経緯があったのかは分からない。ただ、「FOXスポーツの解説者」という肩書を使いながら、FOXスポーツ自身の発信にはたどり着けない、という同じパターンが2つの記事で見られたのは、偶然にしてはちょっとできすぎな気もする。
実はこの手の話、他にもあった
調べてる過程で知ったんだけど、この数週間、SNSではイブラヒモビッチやアンリ、グアルディオラといった有名人が日本を絶賛したという投稿が、一次ソース不明のまま拡散する現象がすでに話題になってたらしい。集英社オンラインが弁護士に取材した記事があって、そこでも「発言の根拠となる一次ソースは確認できていない」と指摘されてた。
なので、今回の件もその延長線上にある話なのかもしれない。
まとめというほどでもないけど
正直、「捏造だ」と言い切れるほどの決定的な証拠があるわけじゃない。あくまで、
似た話(Athlon)の出典を遡ると、ファンアカウントに行き着く
という、いくつかの「なんか変だな」が重なってる、というくらいの話。どれか一つだけなら「まあそういうこともあるか」で流せるんだけど、重なるとさすがに気になってくる。
もし本当にちゃんとした発言だったなら、それはそれで良かったねという話で終わる。でも記事を静かに消すだけで済ませていいものかどうか。中日スポーツって、そのへんの個人ブログでもファンアカウントでもなく、中日新聞の関係会社が出してる"報道機関"の記事なわけで。もう少し、それらしい対応があってもよかったんじゃないだろうか。