はてなキーワード: 堕落とは
書かなくては先に進めないような気がするし、書くことで晴れる気持ちもあると考えている。
高校入学時青チャートを何周もするぞと息巻いていたのとは対照的に大学受験へ身が入らなかったのは明らかで、結局Youtuberが広告塔をやっているような塾に入り、勧められたテキストを数冊、それも一周終わらせただけに留まってしまった。その癖して都会志向だったものだから、後悔したころには既におおかたの大学には落ちてしまっていた。中学生のころから漠然と思い浮かべていた大学生活は粉々に消し飛び、無駄に肥大化した自尊心では到底認められない大学への進学を決めたとき、親からは受験費用の無駄を指摘され、同級生から気を遣われているのを感じた。置かれた場所で咲きますと口では言ったものの、どうにかして脱出できないかという考えが頭から離れなかった。
大学編入試験の存在を知ったとき、浪人する勇気がない自分にはぴったりの選択肢だと思った。今の大学に通い続けながら、新しい可能性を開くことができる。手始めに英語でも勉強しよう、どうせ就活でも使えるんだ、と思って単語帳を買った。曲がりなりにも大学受験直後だったし、数か月で結果が出た。大学院にも入れる点数だなんて浮かれた。しかし、成果を出せるのが始めたその瞬間だけで、その後失速していくのは自分の悪い癖だ。合格体験記にあったスケジュールからどんどんずれていった。勉強しなくてはと思いながらも全く動くことができない。焦りだけが積み重なり、大学から一人暮らす家へと帰るとベッドで泣いてそのまま寝てしまうような日も多くなった。
これは発達障害だと決めつけて精神科へかかったこともあった。離婚して私の元を離れていった父の遺伝があると、幼い私を連れて母は大学病院へ向かったではないか。あの時は薬で精神をコントロールされる感覚に恐怖を覚え薬を拒絶したが、今なら役に立つかもしれない。受験費用を稼ぐためだけに始めたアルバイトから費用を捻出した。結局、「こんなところにもう来るもんじゃないよ」なんて言われて、怠惰を証明しただけだった。IQが全部基準値以上だからなんだ。何度も叱られて覚えた「遅れてすみません」みたいなこと言わなければ薬もらえたのか。母へ届いた医療費通知のせいで、IQを測定してみたかったんだよなんて嘘をつく必要が生じただけだった。
落ちた原因を挙げるなら単純に怠惰だったのだろうと思う。受験を決めてから一年半、目標としていた半分程度しか勉強を進めることができなかった。過去問も一、二週間前に焦って触った程度だ。落ちるのは目に見えていた。半分以上は解けたと自分を慰めたが、これは大学受験の時も同じだ。結局基準値に届かないような成果しか上げられないなら、最初から取り組む意味はない。まだ一校受験が控えてはいるが、完全に心が折れてしまった。既に二校落ちているのに、レベルを上げて受かるはずもない。二週間、全く勉強ができていない。今も手を伸ばせば届く距離にテキストがあるのに。受験費用を払ったものの、どうせ落ちる試験に向かうための移動費やらが無駄に見えて仕方ない。恐らく向かうことはできないのだと思う。自分で決めることなのに、確信をもって書くことさえできない。
結局残ったのは、過去私自身がこうはなりたくないと嘲った、魂を込めて取り組んだことも、恋人も友人もおらず、大学の成績もパッとしない、親の仕送りで暮らす自堕落な私立大学生である。こんなことなら、友人をもっと作ればよかった。もっとサークルにでも入っておくんだった。しかし、今更新入生の顔はできない。今の大学を肯定する記事を探すのに躍起になる自分がつくづく嫌になる。置かれた場所で咲けばよかったのだ。
自分を変える必要がある。ズルズルと引きずるのは悪い癖だ。小学生のころから音楽をやってみたかった。才能が無いことへの恐れを勉強の義務感を言い訳にして逃げてきた自分に対して、これを区切りとして決別し新しく踏み出さなくてはならない。
深い絶望。
人生はすべてむなしい。
何も起こらず、何も見ず、誰とも関わることがない。
自分には何もできない。
何かを成し遂げたことはなく、何かを成し遂げることもできず、何かを成し遂げることも永遠にできない。
他の人々がやっていることを、自分は怠けた。
恥ずべき人間。
しかし自害する勇気もなく、家族を殺して死刑になるのもできず、ただひたすらに苦痛が引き延ばされる。
穢らわしい罪、強姦と性犯罪だけがわたしの行いであった。すなわちAVと同人誌。
なんと穢らわしい。
穢らわしい。恥ずべき人殺し。
死んでいく人が、昼も夜も腹水や腫瘍に体を苛まれて、極度の恐怖とエゴイズムを爆発させて死んでいくように、わたしは死ぬべきだ。
穢らわしい人生。お前は、わたしは、なぜここまで堕落したのか。
特に女性に対しては、彼女らを強姦することばかり考えていた。穢らわしい。
他人を殺し犯すことばかり望み、その口からは他人を侮辱し尊厳を剥ぎ取ろうと企んでいた。
穢らわしい。
街を歩いていても、常に、他人への激しい憎悪と嫉妬と激情が心を覆っていた。
穢らわしい罪よ、お前は死ねばいい。
穢らわしい情慾よ、お前を殺す。
穢らわしい性欲よ、お前は必ず死ななければならない。
穢らわしい性的欲望よ、わたしは必ずお前を殺し、お前の十族を腰斬に処し、お前の子孫をすべて棄市に処し、お前の兄弟にお前の肉を食わせ、お前の妻をマルティナのように損壊し、お前の両親を飢餓刑に処す。
私がこの企画の問題点だと感じていることを、生成AIの力も借りつつ整理してみた。
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私は、障害者や性風俗の悲惨な現実を描くこと自体を否定しているのではないし、原作の発禁を求めているわけでもない。問題だと思うのは、認知的な困難を抱えた女性の失敗、性的搾取、周囲への迷惑、そして死を、かわいらしい絵柄との落差によって連続的な見せ場にし、その「衝撃」を商品価値としてきた作品を、さらに広い市場へ増幅するという企画判断である。社会的弱者を描く作品であることと、社会的弱者の苦痛を消費する作品であることは両立する。善意や取材、社会問題的な説明が含まれているだけでは、その問題は解消されない。
以下、いくつかの反論を想定して、再反論することで議論を深めたい。
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◯1.「すでに広く一般に流通しているマンガをアニメ化して何が悪いのか?」
これは一番自然な反論だろう。マンガとして出版が認められている以上、別媒体に展開する自由もある。アニメ化だけを特別に問題視するなら、結局は「気に入らない作品を広く見せるな」という表現規制ではないか、と。
しかし、出版可能であることと、あらゆる規模・文脈での展開が批評上妥当であることは別問題である。マンガ単行本と映像作品では、到達する観客の範囲、切り抜かれ方、キャラクター商品としての流通、声や動きを与えられたときの生々しさが違う。原作の発禁を要求することと、企業が多額の資金を投じて増幅する企画を批判することも違うだろう。
「作るな」ではなく、「なぜこれを大規模に増幅するのか。その増幅によって何が起こるかを製作側は考えているのか」ということ。
表現の自由には、表現や企画を批評されない権利までは含まれない。
◯2.「悲惨な現実を描くことまで差別と言われたら、社会問題を描けない」
これには一定の説得力があるだろう。知的障害のある女性が家族や制度から取りこぼされ、夜の街で性的・経済的に搾取されることは実際にありうる。それを「偏見を助長するから描くな」とすれば、不可視化に加担することになる。きれいで模範的な障害者だけを描くことも、別種の差別ではないか。これに関してはこう反論したい。
「問題は悲惨さを描いたことではなく、悲惨さがどんな説明装置と娯楽装置に組み込まれているかである」
本作では、漢字や空気が読めない、遅刻する、物を壊す、性的な距離感を誤るといった特徴が、DV、性暴力、近親相姦、風俗での搾取、殺害へと次々に接続されます。個々の出来事が現実にありうるとしても、それを一人の人物に集中させれば、「こういう認知特性をもつ女性は、性的に無軌道で、周囲に迷惑をかけ、最後には破滅する」という類型を強化しかねない。リアリズムは「事実としてありうるか」だけでは測れないものだ。
「なぜこの事例を選んだのか」「何を反復して見せるのか」「誰の内面には入り、誰を外側から観察するのか」「読者に同情、嫌悪、優越感、恐怖のどれを与えているのか」
擁護的な読みでは、みいちゃんの破滅は障害そのもののせいではなく、家族が療育や診断を拒み、社会的支援から切り離したことの帰結だ、とされている。作中には、診断と福祉につながったことで別の人生を送る人物も配置されており、「障害と環境の双方を描いている」と読むことができるのだから、と。
参考:https://nlab.itmedia.co.jp/cont/articles/3667674/
これも無視できない反論だろう。作品にその構造がまったくない、と否定することはできない。
しかし、福祉への接続という主題が含まれていることと、作品全体が偏見を再生産しないことは同義ではない。
制度上の原因を説明していても、読者が長時間消費するのは、みいちゃんの失敗、性的搾取、奇矯な言動、周囲の困惑といった場面だ。説明上のメッセージが「制度の不足」でも、演出的な快楽が「危なっかしい女の観察」に置かれていれば、受容の中心は後者になりうる。「作者が何を言いたかったか」だけでなく、「作品が何を繰り返し見せ、何を商品価値にしているか」を問う必要がある。
◯4.「障害者だと明示されていない。勝手に診断する側こそ偏見では?」
作者自身は、「みいちゃんがどんな子なのかは読者の判断に委ねている」「特に障害福祉を描く目的の作品ではない」と述べている。一方で、支援学校の教員や風俗女性を支援する団体には取材したと説明している。
参考:https://nikkan-spa.jp/2092621
したがって、「知的障害者を描いた作品だ」と断定すると、「作中で診断されていない人物を、批判者が勝手に障害者扱いしている」と返される。この反論も封じておきたい。診断名の断定と、障害を想起させるコードの利用を論じることは別だ。
作品が、読み書き・計算・状況判断・衝動制御・対人距離などの困難を束ね、さらに療育や福祉制度を物語に導入している以上、障害表象として受容されることは十分予測可能である。作者が診断を留保することで、責任だけが消えるわけではない。むしろ、属性を明示せず、「ちょっと足りない」「何をやってもダメダメ」といった日常語で特徴づけることには、障害を個人の滑稽さや欠陥として消費させる危険がある。講談社の公式紹介にも、実際にこうした表現が用いられている。
参考:https://shonen-sirius.com/c/miichantoyamadasan.html
「愛くるしい」「憎めない」「健気」という語が繰り返され、山田さんが彼女に心を寄せる構造になっている。したがって、作者はみいちゃんを蔑視しておらず、読者にも共感を求めている、という反論もありうるだろう。
これに対しては、「愛情と客体化は両立する」と答えておく。
「かわいそうだけれど愛くるしい」「迷惑だが憎めない」という眼差しは、露骨な嫌悪より善意に見えるかもしれない。しかし、それは対等な主体としての理解ではなく、失敗や無知や無防備さを愛玩するパターナリズムにもなりえる。特に「かわいい絵柄」と過酷な搾取の落差自体がセールスポイントになると、みいちゃんの苦痛が、観客に衝撃と庇護欲を与えるための感情商品になってしまう。この点では、悪意の有無より「どんな鑑賞位置を観客に与えているか」が問題となる。
◯6.「悪いのは搾取する男や店や家族であって、風俗女性や障害者を批判してはいない」
物語の道徳的な悪役は、みいちゃん本人ではなく、彼女を搾取する周囲だ。したがって、むしろ性産業の搾取性や社会の無関心を告発している、という読みはありえるだろう。
だが、搾取者を悪人として描くだけでは、構造批判にはならない。異常に悪辣な彼氏、店長、家族に原因を集中させると、搾取は「悪い個人が、判断力の乏しい女性を食い物にした事件」として処理されてしまう。しかし本来問うべきなのは、「なぜセーフティーネットから漏れるのか」「なぜ性産業が福祉の代替的な受け皿になるのか」「支援者や行政はどこにいるのか」「本人の意思と搾取をどう区別するのか」「性産業内部にもどんな多様な労働経験があるのか」といった、制度や労働の問題だ。
作品がそこまで描かなければならないという義務は、当然ながらない。ただし、描かないまま「夜の世界のリアル」を標榜するなら(アニメ化においてそうした宣伝が、公式にしろ非公式にしろ行われるなら)、その「リアル」はかなり選択的だ、と批判できるだろう。
性風俗で働く女性を「かわいそうな被害者」とだけ捉えることは、本人の職業選択や労働者としての主体性を否定する。作品批判の側が、性産業を自動的に堕落や破滅と結びつけていないか、という指摘にも、一理はある。
私は風俗一般を否定しようとは思わない。問題なのは、性産業を描いたことではなく、性産業にいる女性を「搾取される無知な女性」と「事情を理解して立ち回れる女性」に分け、前者の破滅を見世物化することではないか。性風俗を労働として描くなら、技術、交渉、同僚関係、安全管理、報酬、職業上の葛藤なども存在するはず。それがほとんど捨象され、暴力・性被害・転落の舞台としてのみ利用されるなら、結果的に性産業への偏見を補強するだろう。
「風俗=悪」と描いたことより、「風俗を社会的弱者が破壊されるスペクタクルとして消費していること」が、今作においては問題なのだ。
◯8.「実在のモデルと取材に基づいているのだから、偏見ではなくリアルだ」
作者は、みいちゃんに昔の知人というモデルがいること、支援学校教員や支援団体などに取材したことを明かしている(先述したインタビューを参照)。
これに対しては、「モデルや取材の存在は、正確性や倫理性の証明にはならない」と反論しておきたい。一人の実在人物を参照していることは、むしろ「その一例をどこまで集団の典型として読ませるのか」という問題を発生させる。また、取材によって個々の描写が事実らしくなればなるほど、その事実をどう選択・配置したかという編集上の責任は重くなる。
「本当にこういう人がいた」は、フィクション批評における万能の免責符ではない。現実には、どんな極端な人物も出来事も存在しうる。問題は、それを代表的なイメージとして大衆に流通させる際のフレーミングだ。
◯9.「受け手が差別的に使うことまで作者やアニメに責任を負わせられない」
作品名やキャラクター名が蔑称化(「あの人、『みいちゃん』っぽいよね」)しても、それは悪意あるユーザーの責任であり、作品の責任ではない。どんな作品でも切り抜きや誤読は起こる。こうした反論も、アニメ化を容認する立場からは想定できる。これは原則として正しい部分はある。読者のあらゆる反応を作者に帰責するのは無理だ。
だが、個々の悪用を作者の故意とみなすことはできないが、予見可能になった受容を、以後の企画判断から切り離すこともできない。すでに作品が差別的なミーム、呼称として使われているなら、アニメ化する企業はその受容環境を知ったうえで、宣伝コピー、描写、放送枠、注意書き、監修、広報展開を設計する責任があるだろう。
とりわけ公式宣伝まで「ちょっと足りない」「ダメダメ」「愛くるしい」という語彙を踏襲するなら、差別的受容はまったくの作品外部だ、と言い切るのは難しいのではないか。
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……以上である。
しかし、すでに差別的なミーム化を伴い、弱者の破滅が話題性と商品性に直結している作品を、いまさらに大規模展開するという判断には強い疑問がある。なのでこの文章を書いた。
・宣伝で「衝撃」「かわいそう」「ちょっと足りない」を消費しないか
……こうした点を製作側が考慮するかどうかを、注意深く見守りたい。
おそらく一番重要な批判は、「あなたは『当事者が傷つく可能性』を理由に、障害のある女性を善良で理性的な被害者としてしか描くなと言っていないか。迷惑をかけ、性に奔放で、支援を拒み、ときに他人まで傷つける障害者も存在する。そのような人物をフィクションから排除するほうが、人間性を奪っているのではないか」という論点だ。
最後に念を押しておきたいが、そのような障害者を描いてはいけないのではない。だが、従来から偏見の対象になってきた特徴を一人のキャラクターに凝縮し、その失敗と破滅を連続的な見せ場にし、「愛くるしさ」と「衝撃」の落差で販売するとき、単に「人間の、世界の複雑さを描いてみせた」というだけの説明では済まない。
原ファシズムの第8点
「敵は同時に強大でありながら、弱くもある」
(The enemies are at the same time too strong and too weak.)
エーコはこう説明します:敵(外部の脅威や「内部の裏切り者」)は、強大で狡猾・富裕で陰謀を巡らせ、われわれを脅かす存在として描かれる。これにより、支持者たちに屈辱感や被害者意識、危機感を植え付ける。
しかし同時に、その敵は腐敗し、堕落し、弱体化しており、われわれの決起によって容易に打倒できる愚かな存在としても描かれる。これにより、勝利の確信と英雄的陶酔を与える。
この矛盾した二重描写を絶え間なく切り替えるレトリックが、ファシズム的な運動の心理操作として機能する。
そりゃあ、そのコミュニティで頑張ってる人への、侮辱だと思わないのかね。
自分ではなにも成し遂げず、その言い訳が『このコミュニティはダメだから』という人になってないかね。
時代が悪い、学校が悪い、親ガチャ失敗、努力できる人は運が良いだけ、と努力する事を拒否する言い訳になってないかね。
自分のうだつの上がらない人生を、社会のせいするために『この国がダメだ』と言ってないかね。
『この国がダメだ』と言った後、『だから自分が何とかしてやる』というなら大したもんよ。また、そこまで言わなくても『だから他所へ行って頑張る』というのなら、それもそれで自立した立派な人生と言える。
家に引きこもったまま『家が悪い』というのは、愛憎とかなんとかじゃなくて、単に自堕落でみっともない怠け者に見える。
そういう人に身内扱いされる方が迷惑だ。
ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
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もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
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しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
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『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
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そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
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一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
ジョナサン・フランゼンとデイヴィッド・フォスター・ウォレス――その時代を代表する二人のアメリカ人作家――はいずれもアメリカ中西部で育った。フランゼンは、ミズーリ州ウェブスター・グローブズで過ごした子ども時代について、「まさに真ん中の中の真ん中。そこには家族と家と近所と教会と学校と仕事しかなかった」と振り返っている。一方、両親とも大学教授だったウォレスは、イリノイ州アーバナで青春時代を過ごした。そこは「穀物サイロと戦後型住宅が並ぶ小さな町で、住民たちは農業保険や窒素肥料や除草剤を売り、近くのシャンペーン=アーバナ大学に勤める若い研究者たちから固定資産税を徴収するくらいしかしていなかった」土地だった。
二人は、セオドア・ドライサー、アーネスト・ヘミングウェイ、ハロルド・ブロドキーらに連なる系譜に属している。地方的で中西部的な背景ゆえに近代社会の衝撃に備えられていなかった作家たち、あるいは逆に、その地方性ゆえに芸術家特有の斜めからの鋭い感受性を身につけ、その衝撃に向き合うことができた作家たちの系譜である。
二人の年齢差は三年にも満たず、扱う題材もよく似ていた。テクノロジー、読者との関係、そしてポストモダニズム文学の曖昧な遺産について、それぞれ独自に格闘していた。そして両者は共通して、小説は依然として人生の「切実な問い」に語りかけるべきだと信じていた。そうするなら、小説は大量娯楽とマクドナルドの時代にあってもなお生命力を保てる、と考えていたのである。
しかし、その一方で二人は驚くほど異なる作家でもあった。同時代に似たテーマを扱った作家同士とは思えないほど、本質的に違っていた。一般には、その違いは文体の違いや、「リアリズム」に対する姿勢の違いとして説明されてきた。
フランゼンは初期にはポストモダン的な構成を試みたものの、現在では伝統的リアリズム作家とみなされている。批評家ベンジャミン・カンケルの言う「永続する小説」の代表格であり、対話、心理描写、三人称語りを「いまや古典的に思える均衡」で組み合わせる作家だ。一方ウォレスは、ゼイディ・スミスによって「リアリズムに挑戦する前衛作家」の一人に数えられている。入り組んだ脱線、渦を巻くような物語構造、脚注の中の脚注――そうした特徴によって、彼はモダニズムあるいはポストモダニズムの系譜に置かれてきた。批評家ジェームズ・ウッドも、あるヨーロッパ実験文学作家の書評で、ウォレスを「単なる文法的リアリズム――現実を整然とした単位に切り分けるリアリズム――とは相容れない作家」の一人として挙げている。
しかし、こうした区別だけでは満足できなかったのか、あるいは「単なる文法的リアリズム」という見方への違和感があったのか、フランゼン自身は何度もウォレスとの違いについて語ってきた。その代表例が2002年の評論「Mr. Difficult」であり、さらに翌年には『The Paris Review』のインタビューでもこう語っている。
「私たちの関係には、一方が芸術のための芸術を追求し、もう一方が現実社会の中で生きようとする作家である、という競争関係が取り憑いていた。」
そして2011年4月18日の『The New Yorker』に掲載された、大きな注目を集めたエッセイ「Farther Away」で、フランゼンはさらに新しい区別を提示する。しかもそれは、それまでで最も単純な区別だった。
二人の本当の違いとは、フランゼンは他人を気にかける人間であり、ウォレスは根っからの自己愛的な嫌な奴だった――というのである。
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もちろん、この要約だけを聞けば極端すぎると思えるだろう。そして実際、ある意味では誇張でもある。しかし同時に、『Farther Away』を読んで誇張した物言いに誘われたのは、私だけではない。このエッセイは、二十年以上に及んだ二人の文学的友情の総決算とも言える作品になっている。
フランゼンは、自分とウォレスの関係を「比較し、対照し、そして兄弟のように競い合う関係」と表現している。その始まりは1988年夏だった。ウォレスが、フランゼンのデビュー長編『The Twenty-Seventh City』を読んで感銘を受け、ファンレターを送ったのである。
実際に二人が会ったのは1990年だった。その間が空いた理由についてフランゼンは、「後になって理由が分かった」と書いている。つまり当時のウォレスは薬物依存の問題を抱えていたのである。
実際に会ってみると、手紙のやり取りほど親密ではなかった。フランゼンは振り返る。
私はいつも、自分が十分に面白く、十分に頭がいい人間だと証明しようともがいていた。
一方ウォレスは、数マイル先の一点を見つめ続け、その視線のせいで私は、自分が何一つ相手を納得させられていないような気分になった。
それでも二人は手紙を書き続け、お互いを称賛し合った。
1996年には、ウォレスが公の場でフランゼンを擁護している。当時フランゼンが『Harper’s』誌に発表した長大な評論「Perchance to Dream」は賛否両論を呼んでいたが、ウォレスはこの文章を、
「芸術をほとんど評価しない文化の中で、本気の芸術を作ろうとすることがどんな気持ちなのかを、これほど率直で親密に描いた文章」
だと高く評価した。
同じ年、フランゼンはウォレスから送られてきた『Infinite Jest』の草稿を読んで衝撃を受ける。
彼は言う。
あの原稿は私を仕事へ向かわせた。競争相手がいると、人は仕事をするものだからだ。
その結果生まれたのが、出世作となる『The Corrections』である。
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しかしウォレスは、『Infinite Jest』以降、長編小説をもう一冊も完成させることはなかった。短編集やルポルタージュを書き続け、未完の原稿は死後『The Pale King』として出版される。そして2008年9月、自宅裏庭で首を吊って自殺した。
フランゼンは後に、この自殺をどうしても「反則」のように感じてしまったと告白している。それは二人の作家同士の競争のルールを破るものだった。
彼はこう書く。
「ようやくまた仕事に集中しようとしていた矢先に、デイヴが自殺してしまった。
『おい、本当にそんなことをするのか?
それは反則だろう。』
と思った。」
二年後、『Freedom』を書き終えたフランゼンは、『Farther Away』を書き始める。彼自身、この文章は、
「私が愛していた人の、おぞましい自殺と向き合うため」
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『Farther Away』は複数のテーマを一本に束ねた奇妙なエッセイである。『ロビンソン・クルーソー』の読解。小説史の概説。インターネット論。そして、ウォレスの遺灰を撒くために南太平洋のマサフエラ島を訪れ、珍しい鳥を探す旅。
その中でも最も物議を醸した部分で、フランゼンは、ウォレスの死後形成された「礼賛一色の物語」に異議を唱える。
フランゼンによれば、ウォレスは信頼できない友人であり、競争心が強く、意地悪でもあった。
ある時ウォレスは恋人に非常にひどいことを言った。また別の日には、サインを頼まれた自著のタイトルページに、自分の勃起した性器の輪郭を描いたという。
さらにフランゼンは、ウォレスは極端な自己没入型の人間であり、周囲の世界から喜びを感じ取る能力に乏しかったとも書く。
ある日二人がカリフォルニア州スティンソン・ビーチ近くを車で走っていた時、フランゼンは望遠鏡をウォレスに渡し、
「すごい鳥だ」
ウォレスは礼儀として軽くうなずいただけで、あからさまに退屈そうな様子で視線を逸らした。
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そしてフランゼンは、ウォレスの自殺そのものについても、世間があまり触れたがらない側面をあえて強調する。ウォレスは抗うつ薬をやめたが、その理由は「自分が永久に病人であると認めたくないという自己愛的な拒否反応」だった、とフランゼンは述べる。さらにウォレスは少なくとも四種類もの自殺方法を考えており、最終的には「自分を最も愛してくれていた人々に最大限の苦痛を与えるような方法で自殺した」と書く。
もちろんフランゼンは、ウォレスが重いうつ病に苦しみ、耐え難い痛みの中にいたことは認めている。しかし、それだけでは終わらない。彼はさらに、自分にはどうしても拭えない疑念があると言う。ウォレスは「自殺をキャリア上の一手として考えた可能性がある」のではないか、と。
もちろん、それはウォレス自身が最も嫌悪していた計算高さでもあった。フランゼンはこう書く。もし誰かがその可能性をウォレス本人に突きつければ、最初は否定しただろう。しかし、「いや、でも君にもそういう面はあるだろう」と言われ続ければ、最後には「ああ……そうだな。確かに自分にはそういうことを考える能力はある」と認めたはずだ、と。
『Farther Away』は当然ながら激しい反発を招いた。「死者への冒涜」「墓荒らし」という批判が浴びせられ、翌年にはすでに「悪名高い失敗作」と当然のように呼ばれるようになっていた。こうした反応は理解できる。実際、この文章には弁護しがたい箇所も少なくない。多くの人は、自分が友人と呼んだ人物について、あのようなことを活字にはしないだろう。
しかし著者は、「それでも、この文章は単なる悪口ではない」と論じる。なぜなら、これは現代アメリカを代表する小説家が、愛したもう一人の小説家を、文学的にも個人的にも理解しようとして書いた、極めて珍しい批評だからである。フランゼン自身、『The Discomfort Zone』『How to Be Alone』といった回想録を書いた人物であり、自分の文章がどのような受け止められ方をするかは十分承知していたはずだ。それでも彼は出版した。なぜなのか。彼は何を伝えようとしたのか。
その答えは、『Farther Away』の中心にある文学論にある。
それまでウォレスについて論じる人々は、「作品と自殺を結びつけてはいけない」という暗黙のルールを守っていた。つまり、ウォレスの小説を論じる際に、「なぜ彼は死を望んだのか」という問題には踏み込まないようにしていたのである。しかしフランゼンは、この禁忌をあえて破る。しかも意図的に。
理由は明確だった。彼は、ウォレスの生き方そのものが、彼の小説を理解する鍵だと考えていたからである。
フランゼンは『Farther Away』の中で、小説には大きく二種類あると論じる。それは、二種類の人間から生まれる。一人目の男――仮に「ジョン」としよう――は、世界を見て、他人を見る。もう一人――仮に「デイヴ」としよう――は、世界を見ても、結局は自分しか見ていない。
もし二人とも小説家なら、前者は社会小説を書く。後者は自己の小説を書く。
この観点から見ると、『Farther Away』で語られる数々の私的エピソードも、単なる暴露ではない。少なくとも批評的には、それらは一つの文学的主張を支える証拠なのである。
その主張とは、「私たちの人生に意味を与える最も重要なものの一つである、親密で愛情ある人間関係は、ウォレスの小説世界には存在しない」ということだ。
しかしフランゼンは、単に「ウォレスの小説には親密な人間関係がない」と指摘するだけでは終わらない。彼はさらに一歩踏み込んで、価値判断を下す。
「自己の小説」は、結局のところ自己賛美の小説でもある。その題材は「どこまでも興味深い自己」であり、最終的に到達する場所もまた「自己」でしかない、と彼は言う。
フランゼンは、ウォレスの作品に漂う自己愛的な視線や語り口を、実験的モダニズム作家――たとえばフランツ・カフカやセーレン・キェルケゴール――に見られる極端な自己省察の系譜へと位置づける。そして、ウォレスが現実でも見せていた反社会的な振る舞いと、その文学的傾向を結びつける。
長年にわたるうつ病との闘い。そして最後には凄惨な自殺。これらはすべて、「極端に個人主義的な魂」が最後にたどり着く場所を示す証拠であるかのように提示される。
フランゼン自身の言葉を借りれば、自己という島は、おぞましい場所である。そして、ウォレスはその島に住んでいた。読者もまた、その島へ近づくなら覚悟が必要だ、と彼は暗に語っている。
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一方で『Farther Away』には、文学史を振り返る長い議論も織り込まれている。その目的は明快である。「自己の小説」には別の選択肢があることを示すためだ。
フランゼンによれば、社会小説家たちは、「どこまでも興味深い自己」ではなく、「終わることなく興味深い、人間関係という危険」を書いてきた。小説という形式を生み出したサミュエル・リチャードソン以来、優れた社会小説家たちは、人間関係こそが「自己という島から脱出する唯一の方法」だと理解してきた。
だから彼らの小説では、孤独だった人物が、誰かを愛することによって変化していく。そして読者もまた、「愛によって孤独を乗り越えた人々の心の中へ入っていける」のである。
この議論は不快だと思う人もいるだろう。しかし、単に「趣味が悪い」と切り捨てられるものではない、と著者は述べる。『Farther Away』には粗さもある。配慮を欠く部分もある。それでも、このエッセイには一つ重要な前進があった。
それは、フランゼンとウォレスの違いを、初めて文学観・人生観の違いとして真正面から論じたことである。
これまで二人の違いは、リアリズムかポストモダニズムか。文体の違いか。実験性か。そうした形式論ばかりで語られてきた。しかしフランゼンは、問題はそこではないと言う。
本当の違いとは、読者にどのような価値観を提示し、どのような人生を目指すよう促しているか、なのだ。
つまり、二人の違いは、文学技法ではなく哲学の違いなのである。
ここで著者は次の問いへ進む。では、フランゼン自身の哲学とは何なのか。
では、フランゼンの小説を支えている哲学とは何だろうか。彼の小説には、「よく生きる」とは何かについてのビジョンがあるのだろうか。
『Farther Away』の議論だけを読めば、その答えはすぐに見つかるように思える。それは、「親密で愛情ある人間関係」である。
確かにフランゼンの小説は、人間関係について書かれている。夫婦。親子。恋人。そして個人と国家との関係。
しかし意外なことに、彼の登場人物たちにとって、その「人間関係という危険」は、ほとんど乗り越えられないものとして描かれている。
フランゼンが繰り返し語る物語は、人間関係に理想を抱いた男が、その理想を現実によって少しずつ失っていく、という物語である。
彼の登場人物たちは、仲間や成功を求めて社会へ踏み出す。しかし最後には、苦味と失望、そして運が良ければ、人間というものの偽善について少しだけ賢くなる、という結末にたどり着く。
デビュー作『The Twenty-Seventh City』では、主人公マーティン・プロブストは、家庭にも仕事にも満足した幸福な男として登場する。しかし物語の終わりでは、彼は家族を失い、一人でセントルイスを離れて高速道路を走る。そのとき彼は、「自分は、実は好きでもなかった世界に生きていたことを、今になってようやく知った」と悟る。
第二作『Strong Motion』でも同じである。主人公ルイス・ホランドは、愛よりも憎しみによって孤独を深めていく。物語は一応希望を残して終わるが、彼は最後まで、「豚のような欲深さと愚かさと不正義が、日に日に勢力を広げていくアメリカ」に対する疎外感を消すことができない。
つまりフランゼン作品では、人間関係から距離を置き、やがて社会そのものから退いていくことこそが、最も典型的な運動なのである。