はてなキーワード: 事情とは
挙句の果てに、
「普段から愚痴ばかりで合わないなって人がいてその人(居候先の家主)が近場にいるから引っ越したいの(居候先近くに引っ越したためだと思われる)」
「言わないでね、って言ってたのに言いふらされた。信用してた人にも裏切られた。(同性の元恋人に傷病手当金の前借りで長らく40万借りっぱなしにしてきたことを怪しく思った人が事情知ってる人に相談して最終的に離れただけ)」
「職場が厳しくて合わないから辞めた(職場は週4勤務などかなり調整に動いてた。本人が会社と音信不通にし、クビになった。)」
んで、週3〜4の派遣バイトやりつつ、絵のコミッションで依頼に大忙しのくせに脱税してるわ、金稼いでるのに借金返済の連絡なしですか。大したものですね。
フラットな気持ちで観て欲しいので「この映画が俺の一番好み!」みたいなバイアスを避けるため年代別にソートした
タバコ屋のカウンター越しに交わされる他愛のない嘘や世間話が中心。日常の機微そのものを愛おしく味わえる。
道中で出会う人々がみな親切で、それぞれが抱えるささやかな事情に触れ合いながら旅が進む。事件らしい事件は起きないが、風景と人の優しさだけで深く胸を打つ。
巨漢の男、サーカス団長、魔女など個性的な人物が次々登場するが、誰もが愛嬌に満ちており、父の語る世界には純粋な優しさと遊び心しかない。
劇的な悪人や妨害者が一切現れず、道中で出会うバイカー、トランスジェンダーの受付嬢、ネイティブ・アメリカン、中古車屋など、誰もが主人公の純粋な情熱と人柄に魅了されて自然と手を差し伸べる。
劇的なドラマや押し付けがましいメッセージはなく、淡々と美味しいご飯を供し、他愛のない会話が交わされる。
巨大なムーブメントに巻き込まれていく町の人々やヒッピーたちがみな陽気で無邪気。
主人公も周囲の人々もどこか頼りなく、強烈な正義感や悪意とは無縁。「まあ、適当に開き直って生きていこう」という脱力感と優しさが心地よく残る。
イタリアの美しい田園風景をドライブしながら、心優しい人々に出会い、かつての恋人を探すというギスギスした人間関係はなく、ただただ美しい景色と温かさに身を委ねられる。
二人がお互いを一人の人間として対等に扱い、ただ楽しく過ごす姿が痛快。
白黒のスタイリッシュな映像とともにどこかズレた主人公の友人たちを眺める。
教室に集まる世界各国の生徒たちがみな不器用で優しく、お互いを自然に応援し合う。美味しいお菓子を作り、少しずつ言葉を覚えていく過程がただひたすらに温かい。
音楽の純粋な楽しさと、関わる人々のオープンな人柄が前面に出ている。ものづくりを通じてみんなが少しずつ前を向いていく過程が爽やか。
雄大な自然と出会う人々がみな大らかで、ただ美しい映像と音楽に身を任せて「旅の解放感」に浸れる爽快な一本。
絵を描くことへの純粋な情熱と、周囲の仲間たちとの穏やかでユーモラスな関係性に焦点を当てる。
朝起きて、仕事をして、詩を書き、愛犬の散歩がてらバーで1杯だけビールを飲む。
お互いの好物をシェアしながら少しずつ打ち解けていく2人の掛け合いが愛らしい。
ロンドンの公園で行き交う愛犬家たちの他愛ないおしゃべりや、振り回されつつも犬に愛着を覚えていく。
あらすじ: 引退した大女優が取材を受け、自らの半生と、生涯追い続けた男性について語り始める。
観るべき理由: 現実、映画の役柄、記憶が境目なくつながる編集が見事。複雑そうに見えて、中心にあるのは一途で分かりやすい恋の物語。
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あらすじ: 寂れた漁港で暮らす少年が、音楽を聴くと踊り出す人魚の少女ルーと出会う。
観るべき理由: 独特な絵の動きと音楽の高揚感が抜群。人魚伝説の設定も作中ですべて説明されるため、気軽に入れる。
あらすじ: 楽器経験のない不良高校生三人が、思いつきでバンドを結成する。
観るべき理由: 極端に間の長い会話と素朴な絵が、次第に異様な熱気へ変わる。約70分と短く、アニメに詳しくない人にも見やすい。
あらすじ: 漫画を描くことが得意な藤野と、不登校ながら圧倒的な画力を持つ京本。二人は一緒に漫画を作り始める。
観るべき理由: 約58分で、創作する喜び、嫉妬、友情、喪失までを描き切る。原作漫画を読んでいなくても完全に理解できる。
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あらすじ: 転校してきた少女シオンは、実は試験運用中のAIだった。彼女は孤独な同級生を幸せにしようと歌い始める。
観るべき理由: AI映画でありながら、明るい学園ミュージカルとして楽しめる。後半の仕掛けも温かく、見終わった気分がよい。
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あらすじ: 世界一のジャズ奏者を目指す青年・大が、ピアニストと初心者ドラマーを誘い、三人でバンドを組む。
観るべき理由: 原作を知らなくても、バンド結成からライブへの挑戦まで一本の青春映画として完結。演奏シーンの熱量が圧倒的。
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あらすじ: 学校へ行けなくなった少女こころの部屋で鏡が光り、七人の中学生が集められた不思議な城へ通じる。
観るべき理由: 世界のルールや登場人物の事情が丁寧に説明される。終盤、それまでの細かな描写が一本につながる構成も見事。
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あらすじ: 経営難の蒸留所を継いだ若い女性社長が、失われた幻のウイスキーの復活に挑む。
観るべき理由: ウイスキーの知識がなくても、家業、仕事、家族の再生を描くお仕事映画として楽しめる。大人向けの日常アニメとして貴重。
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あらすじ: 映画プロデューサーのポンポさんから、新作映画の監督を突然任された青年ジーンが、作品完成にすべてを懸ける。
観るべき理由: 映画制作の知識がなくても分かりやすく、編集や演出の面白さまで体感できる。創作に関わる人には特に刺さる。
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あらすじ: 少女アマンダの想像から生まれた少年ラジャーが、想像上の友達を狙う謎の男から逃げる冒険に出る。
観るべき理由: 子ども向けの幻想冒険に見えて、忘れられることや喪失を丁寧に描く。スタジオポノック作品の予備知識も不要。
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あらすじ: 明国の武装集団に追われる少年・仔太郎が、過去を抱えて刀を封じた浪人・名無しを護衛として雇う。
観るべき理由: 歴史設定を詳しく知らなくても、少年と浪人の逃避行として一直線に楽しめる。終盤の剣戟は日本アニメ屈指の完成度。
あらすじ: 人前で話すのが苦手な俳句少年と、容姿への悩みをマスクで隠す人気配信者の少女が出会う。
観るべき理由: 鮮やかな色彩と音楽で描く、爽やかなひと夏の青春映画。恋愛要素も重すぎず、見やすい。
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あらすじ: 明るく振る舞う少女ムゲは、猫に変身できる仮面を使い、好きな少年のそばへ通っていた。
観るべき理由: 猫になるという分かりやすいファンタジーを通して、家族や自分の居場所を描く。若者向けだが大人にも通じる。
視聴: Netflix。
あらすじ: 取り壊し予定の団地へ忍び込んだ小学生たちが、団地ごと大海原を漂流することになる。
観るべき理由: 団地そのものが思い出を背負うという発想が面白い。サバイバル冒険と幼なじみ同士の別れを一本で描き切る。
視聴: Netflix。
あらすじ: 水没していく街で、家を上へ上へと建て増しながら暮らす老人が、海中へ落としたパイプを拾いに潜る。
観るべき理由: 約12分、ほぼ台詞なしで人生と家族の記憶を表現する短編。アニメーション表現そのものを味わえる。
視聴: U-NEXT。
あらすじ: 幕末の東北。育ての母を殺した疑いをかけられた少年・次郎が、出生の秘密と海賊の財宝を巡る旅へ出る。
観るべき理由: 幕末、日本、アメリカを横断する大スケールの冒険活劇。古い作品だが、人物関係と目的が明快で入りやすい。
あらすじ: 山育ちの猟師の少女・浜路が江戸へ移り、人と犬の血を引く「伏」を狩る仕事に関わっていく。
観るべき理由: 『南総里見八犬伝』を知らなくても問題なく、少女と異形の青年の出会いを描く和風ファンタジーとして独立している。
あらすじ: アイドルになると決めた高校生・東ゆうが、東西南北の高校から美少女を一人ずつ集め、グループ結成を目指す。
観るべき理由: アイドル業界の知識は不要。夢を追う少女の計算高さや危うさまで描くため、単純な成功物語では終わらない。
視聴: Prime Video、Hulu、U-NEXTなど。
あらすじ: 人間の言葉を話し、原付に乗る37歳の化け猫あんずが、寺に置き去りにされた少女かりんの面倒を見ることになる。
観るべき理由: 実写映像を下敷きにした自然な動きと、ゆるい日常から異界へ踏み込む展開が独特。子ども向けに収まらない不思議な味がある。
視聴: Prime Videoなど。
あらすじ: 高校生の真琴が、時間をさかのぼる「タイムリープ」の力を偶然手に入れ、日常の失敗をやり直し始める。
観るべき理由: 原作小説や過去の映像作品を知らなくても、独立した青春SFとして完全に楽しめる。時間を戻す楽しさが、やがて切なさへ変わる。
くるまのニュース ライフ なぜ誘導時に「オーライ」と言うの? 100年前から使われる「オーライ」の意味とは なぜ誘導時に「オーライ」と言うの? 100年前から使われる「オーライ」の意味とは 2022.08.03 PeacockBlue K.K. 瓜生洋明 LINE (Twitter) Facebook Hatena : 1tags: 役立ち情報, 雑学ガソリンスタンドをはじめとして、クルマを誘導するときに用いられるが多い「オーライ」という言葉。「大丈夫」という意味の英語が日本語化したものですが、なぜクルマを誘導する際によく用いられるようになったのでしょうか。クルマの誘導と言えば「オーライ!」その歴史は100年前から? 大きな声で「オーライ!オーライ!」とクルマを誘導する様子は、ガソリンスタンドらしい光景のひとつです。 ガソリンスタンド以外でも、クルマを誘導するときの定番の掛け声である「オーライ」ですが、そもそもなぜこの言葉が使われるようになったのでしょうか。なぜクルマを誘導する際には「オーライ」というのか?なぜクルマを誘導する際には「オーライ」というのか?「オーライ」という言葉は、英語の「All Right(オールライト:大丈夫)」という言葉が日本語化したものです。 英語のAll Rightは1880年代に初めて使用された文献が見られるなど、英語のなかでは比較的新しい言葉です。 日本語では1929年に、小説家の辰野九紫によって書かれた『青バスの女』に下記のような例が見られます。 「まだ他にいろいろの事情がありまして、私は青バスに入りました。これでも英語を知らない癖に、ストップ、オーライなんて、生意気な用語を使っています」 「青バス」とは、当時東京で運行していた「東京乗合自動車」というバス会社を指します。車体が青(現代で言う深緑)であったことから、「青バス」の愛称で親しまれていました。 つまり、クルマが一般に普及していなかった昭和初期、いまからおよそ100年前の時点から、すでに「オーライ」という言葉はクルマ(バス)を誘導したり、安全の確認を伝えるのに用いられていたことがうかがえます。 一方で、「大丈夫」であることを示す言葉はほかにもあります。「大丈夫」自体はもちろん、「OK(オーケー)」や「いいよ」なども、日本語の意味としては「オーライ」と大きな違いはありません。 ただ、実際に大きな声を出してみると「オーライ」がもっとも言いやすいということに気付きます。 言語学的にいえば、「オーライ」の「オ」は「ラ」は、発音する際の舌の位置や唇の開き方が近く、口の動きの変化を最小限で済むため、繰り返し発音しても疲れにくく、また滑舌があまり良くない人でも発音しやすいという特徴があります。 また、「オ」と「ラ」はいわゆる「腹から声を出しやすい」音でもあります。 どちらも発音する時は口を大きく開ける形となることが理由ですが、エンジン音や周囲の騒音の中でも、ドライバーに対して確実に安全を伝えるためには、大きな声を出しやすい言葉の方が適していることはいうまでもありません。 前述のとおり、「オーライ」は昭和初期には用いられていたようですが、サイレンサー(消音器)が進化するまではエンジンの音が非常に大きく、ドライバーへの情報伝達は非常に大きな声が必要だったといわれています。そのため、大きな声を出しやすい言葉というのは、非常に重要な要素だったのです。 最後の「イ」は、口を大きく横に開き、さらに舌の位置も「オ」や「ラ」とは大きく異なるため、本来であれば大声で発音しにくい音です。 しかし、ガソリンスタンドなどでの実際の発音を観察すると「オーラ」や「オーラッ」となり、「イ」ははっきりと発音されていないことがわかります。 つまり、事実上「オーライ」は「オ」と「ラ」で構成されており、音の要素が少ないという特徴があります。「オーライ」を毎日繰り返し発声するガソリンスタンドのスタッフたちにとっては、これは大きなメリットとなります。 こうした視点で見ると、「大丈夫」はそもそも音の要素が多すぎますし、「OK(オーケー)」は、「オ」から「ケ」に移る際の唇や下の動きが負担になりやすいことがわかります。「いいよ」も、最初の「い」が大きく口を横に開く必要があるため負担になりやすいことに加え、「い」の形では大きな声を出しづらく、無理に声を大きくするとのどを痛めてしまいやすいというデメリットがあります。 このように考えると、やはり「オーライ」の右に出るものはなさそうです。「オーライ」が日本で用いられ始めてからおよそ100年が経過しており、その間に文化やクルマそのものは大きな変化を遂げました。 しかし、人間の身体の構造は100年程度では大きく変わることはありません。 そのため、単なる慣習的なもので用いられているわけではなく、多くの人にとって最も声を出しやすく、負担の少ない「オーライ」が、いまも昔もクルマの誘導に最適なのだと考えられます。 やで。
あらすじ: 恋人に振られた会社員が、探偵の友人に誘われ、一人の女性と食事をする。同じ一夜が複数の人物の視点から描かれる。
観るべき理由: 視点が切り替わるたび、それまで見ていた場面の意味が変わる。驚きと笑いを両立した、気持ちのよい伏線回収。
あらすじ: 不倫相手を殺害した容疑をかけられた実業家が、敏腕弁護人とともに密室事件の証言を組み立て直す。
観るべき理由: 証言が修正されるたび、真相も何度も姿を変える。終盤の畳みかけと最後の一手が鮮やか。
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あらすじ: 未解決の一家惨殺事件を追う記者が、被害者夫婦の知人たちに取材を重ねていく。
観るべき理由: 証言によって理想的な被害者像が崩れ、語り手たち自身の醜さも浮かび上がる。最後に題名の意味が重く響く。
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あらすじ: 大学進学で仙台へ来た青年が、隣人から「広辞苑を盗むために本屋を襲おう」と誘われる。
観るべき理由: 過去と現在の描き方に巧妙な仕掛けがある。真相を知ると、奇妙な青春映画が切ない物語へ一変する。
あらすじ: 認知症を抱えるアウシュヴィッツ生存者が、友人の手紙を頼りに、家族を殺した元ナチス兵を捜す旅に出る。
観るべき理由: 主人公の不確かな記憶に観客も依存させられる構成。結末は驚きだけでなく、強烈な皮肉と重さを残す。
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あらすじ: 緊急通報指令室で働く警察官が、誘拐されたという女性からの電話を受け、音声だけを頼りに救出を試みる。
観るべき理由: 観客の頭の中に作られた事件現場そのものが、ある事実によって崩される。デンマーク製のオリジナル版。
視聴先: Prime Video、Hulu、U-NEXTなど。
あらすじ: 1980年代の静岡。奥手な大学生が歯科助手の女性と恋に落ちるが、就職による遠距離生活で関係が変化していく。
観るべき理由: 最後の短い場面で、それまで見ていた恋愛映画の構造が丸ごと変わる。小道具や会話の伏線も細かい。
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あらすじ: 二人の詐欺師が、事情を抱えた若者たちと共同生活を始め、過去に因縁のある相手へ大勝負を仕掛ける。
観るべき理由: 詐欺計画の成否だけで終わらず、物語全体にもう一段階仕掛けがある。温かい後味も魅力。
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あらすじ: 都内のマンションで気楽な共同生活を送る若者たちのもとに、男娼を名乗る少年が転がり込む。
観るべき理由: 仲のよい同居人に見えた五人の関係が、終盤で恐ろしく無機質なものに見えてくる。派手さのない心理的反転。
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あらすじ: 結婚を控えた記者が、盲目の女性が死亡した火災事件と、容疑をかけられた写真家を取材する。
観るべき理由: 誰が誰を利用していたのかが段階的に反転する。恋愛、復讐、取材という要素の組み合わせが巧い。
視聴先: Netflix、U-NEXT見放題、Amazon・Apple TV・FODレンタル。
あらすじ: パリ、ローマ、ニューヨークで展開する、事情を抱えた男女三組の物語が並行して描かれる。
観るべき理由: 三つの物語の不可解な矛盾が、終盤である人物を軸につながる。見終わってから構成を考え直したくなる作品。
視聴先: Prime Video、Hulu、U-NEXT、FODなど。
あらすじ: 殺人事件への関与を疑われた天才ハッカーが警察へ出頭し、自分が所属していたハッカー集団について語り始める。
観るべき理由: 語られている内容をどこまで信じてよいのか分からない。最後まで観客の先入観を利用し続ける。
視聴先: Prime Video、Hulu、U-NEXTなど。
あらすじ: 誘拐された兄が、19日間の記憶を失った状態で帰宅する。弟は、以前とは違う兄の言動を疑い始める。
観るべき理由: 兄の正体だけでなく、家族、時代、主人公自身の認識まで段階的に覆る。中盤からの展開速度も圧倒的。
視聴先: Netflix。
あらすじ: 娘のけがで病院を訪れた男性。検査へ向かった妻と娘が姿を消し、病院側は二人など最初からいなかったと主張する。
観るべき理由: 病院の陰謀なのか、主人公の認識がおかしいのかを最後まで競わせる。結末の映像がそれまでの出来事を反転させる。
視聴先: Netflix。
あらすじ: 母を亡くした四人きょうだいが、離れ離れにされないよう死を隠し、森の屋敷でひっそりと暮らす。
観るべき理由: 屋敷の怪異と家族が守る秘密が、悲しい形で一つにつながる。二度目は人物の視線や配置がまったく違って見える。
視聴先: U-NEXT見放題、Amazon・DMM TVなどでレンタル。
あらすじ: 銃規制法案を成立させるため、天才的な女性ロビイストが巨大な銃擁護団体との政治戦に挑む。
観るべき理由: どんでん返し専門の映画ではないが、終盤で明かされる計画の全体像が鮮やか。主人公がどこまで先を読んでいたのかに驚かされる。
視聴先: U-NEXT、Hulu見放題、Amazon・DMM TVレンタル。
あらすじ: 人間嫌いの美術鑑定士が、決して姿を見せない女性から、屋敷に残された美術品の鑑定を依頼される。
観るべき理由: 美術品、隠し部屋、機械人形、恋愛という要素が、最後に冷酷な形で結びつく。美しい映像との落差も強烈。
視聴先: U-NEXT、WOWOWオンデマンド見放題、Amazonレンタル。
あらすじ: 古い電話を通じ、同じ家に20年の時を隔てて暮らす二人の女性がつながる。過去の行動が現在を変え始める。
観るべき理由: 時間改変の主導権が何度も入れ替わり、状況が加速度的に悪化する。エンドクレジット途中まで油断できない。
視聴先: Netflix。国内配信上の正式タイトルは『ザ・コール』。
あらすじ: 最新鋭旅客機の墜落事故を調査する音声分析官が、ブラックボックスに記録された音の中に不自然な点を発見する。
観るべき理由: 音だけを手掛かりに巨大な事件を組み立てていく過程が緊張感抜群。真相と主人公の置かれた状況が終盤で一気につながる。
あらすじ: 新居へ引っ越した夫婦の前に、夫の旧友を名乗る男が現れ、奇妙な贈り物を届けるようになる。
観るべき理由: 危険人物が誰なのかという印象が徐々に変わっていく。最後に残される“贈り物”は、事実が確定しないからこそ後味が悪い。
視聴先: Prime Video。
チャッピーに聞きました。
事情はあるんだろうけど、たまに外に出た方が良いよ
焼きそばうどんは実際強いのだが、米プラスおかずに比べると量を用意しづらい。でかいホットプレート買うかーと思っているがうちのコンセント事情と洗い物周りの使いづらそうさで二の足を踏んでいる
千葉豪雨の政府対応が遅いって話だけど、別に今に始まった話じゃない。
千葉県民からすると、2019年の令和元年房総半島台風のときの方がよほどひどかった、という記憶がある。
あの台風は9月9日の早朝に千葉市付近に上陸した。千葉市で最大瞬間風速57.5m/sを記録して、最終的に全壊391棟、半壊・一部損壊7万6483棟。首都圏で最大約93万4900戸が停電した。千葉では停電が長期化して、携帯電話、防災無線、断水まで連鎖した。単に「電気が止まった」という災害じゃなくて、行政自身が被害情報を集める通信手段まで失うタイプの災害だった。
政府も上陸前の9月6日には警戒態勢を取っていたし、上陸翌日の10日には関係省庁災害対策会議を開いている。だから本当に何もしていなかったわけではない。ただ、国の応援職員が被災自治体に本格的に入り始めるのは13日以降で、対口支援による大量の応援職員派遣はさらに17日以降。プッシュ型支援のための約13.2億円の予備費使用が閣議決定されたのも17日だった。巨大停電が発生してから支援体制が厚くなるまで、かなり時間がかかっている。
しかも2019年は国だけの問題でもなかった。千葉県側の情報収集や市町村支援の遅れも大きな問題になった。停電と通信障害で「市町村から報告が上がってこない→県が被害を把握できない→国にも十分伝わらない」という、地方災害で一番まずいパターンに陥った。房総で屋根が飛んで、停電と断水が続いているのに、東京から見ると災害の全貌がなかなか見えない状態が続いた。政府・県・東電の対応については、後から自治体側の不満も出ている。
それと比べると、今回の令和8年8月千葉豪雨は少し事情が違う。
今回は8月13日19時30分の段階で、千葉市だけじゃなく市川、船橋、松戸、佐倉、習志野、柏、八千代、鎌ケ谷といった、東京に隣接・近接する県北西部から北総の人口密集地まで大雨特別警報の対象になった。その後、印西、東金、八街、茂原、大網白里あたりにも対象が広がっている。
災害救助法の適用も、市川、船橋、松戸、柏、八千代、我孫子、鎌ケ谷、印西、白井などを含む20市4町と千葉市に広がった。蘇我駅周辺では約4000人の帰宅困難者が出て、県有施設だけで2315人を受け入れている。要するに今回は「房総のどこかが被災した」という絵じゃなくて、東京のベッドタウンと首都圏交通網そのものが被災した。
だから政府の反応が早かった、とまで因果関係を断定することはできない。ただ、今回ほど市川、船橋、松戸、柏、千葉市といった人口の多い東京通勤圏に被害が出ていなかったら、ここまで連日全国ニュースで扱われて、政治案件として可視化されていたか、という疑問は残る。
実際、今回も政府の実務機構は初日から動いている。13日21時50分に官邸連絡室を改組して、22時には関係省庁災害対策会議を開催している。官僚機構はその日のうちに動いた。ところが、総理出席の「千葉豪雨に関する関係閣僚会議」が開かれたのは18日。雨のピークから見ると数日後だ。だから「政府が5日間放置した」は間違いなんだけど、大災害として政治のトップレベルで扱われるまで妙に時間がかかる、という感覚にはそれなりの根拠がある。
浦安、市川、船橋、柏あたりまで被災すると、突然「首都圏の災害」になる。でも館山、南房総、鋸南、大網白里、茂原あたりで同じことが起きると、「千葉県で大きな被害が出ています」のまま数日進む。
2019年に房総半島で暮らしていた人ほど、今回の対応を見て「遅い」と怒るというより、むしろ「これでも前よりずっと早いな」と感じているんじゃないかと思う。
で、嫌な言い方をすると、今回だって県北西部と北総まで巻き込まれていなかったらどうだったんだろうね、とは思う。
頒布物を購入してくれた方のスケッチブックに、サークル側がイラストを描くこと。
自分が絵を描き、即売会にも出る人間なので頼まれることも多い。
最近、頒布物ではなくスケブ自体が目的の一般参加者が増えた気がする。
スケッチブックを何冊も持ち込み、複数の作家にどんどん依頼をしていく一般参加者が多い。
頒布物は購入してくれるが、そちらがついでのように感じる。
「スケブを受け付けてくれるのなら、あなたのスペースに行く」「スケブ受付可能リストにあなたのことが載っていたからスペースに来た」と言われたこともある。リストはそういった仲間内で作っているものらしい。
もちろん自分のファンでいてくれて、スケブ依頼をしてくださる方は嬉しく、ぜひ描かせてもらいたい。
=LOVEというグループを知った時、この言葉がすごく好きだった。
アイドルが一方的に憧れられる存在ではなく、ファンと同じ目線で愛を返し合う存在。
ライブへ通い、CDを買い、歌番組へリクエストを送り、少しでもグループの力になれたらと思って応援してきた。
だからこそ、大きな会場が埋まっていく景色は、自分のことのように嬉しかった。
好きだったのは、完璧なアイドルではなく、誠実なアイドルだった。
「イコールな関係」を信じていたからこそ、その言葉に恥じない人たちなんだと思いたかった。
「きっと事情がある」
「きっと理由がある」
そうやって、信じる理由を探し続けていた。
違和感は一つだけではなかった。
でも、その一つ一つだけを切り取れば、それだけで応援をやめる理由にはならなかった。
中には正直ショックを受けた出来事もあったし、アイドルとしてどうなんだろうと思ったこともある。
でも、過去のことでその人の全てが決まるわけじゃない。
事情は本人にしか分からないし、無理をしてほしいわけでもなかった。
飲み込み、信じ続ける方を選んできた。
その時は、それだけで「応援をやめる理由にはならない」と思っていた。
ただ、本当に苦しかったのは別のところだった。
何かが起きても曖昧なまま終わること。
あの頃の私は、そうした違和感を打ち消すように、信じられる理由を探していた。
けれど気づけば、そうやって自分を納得させ続けることにも、少しずつ限界が近づいていたのだと思う。
最初に思ったのは、「どうしてこのタイミングだったんだろう」ということだった。
グループの勢いが増し、夢だった大きなステージが現実になろうとしていた。
恋愛をしてほしくないとも言わない。
ただ、ファンに胸を張って向き合えるアイドルでいてほしい。そんな思いだけだった。
「心配をかけてごめんね」
その一言だけで、受け止め方は違ったと思う。
私はその言葉を待っていた。
そして本当は、どこかで何かが変わることも期待していたんだと思う。
けれどその期待に応えてくれるものは見つけられないまま、時間は過ぎていった。
応援したい気持ちはまだあったけど、もう以前のようには信じられなかった。
そんな相反する二つの気持ちの間で、私は立ち止まってしまった。
運営も。
メンバーも。
そして周囲の空気も。
SNSを開けば、
「いつまで言ってるの」
そんな言葉ばかりが目に入った。
そういう考え方をする人がいることは分かる。
でも、だからといって、傷ついたファンの気持ちまで否定されるものではないと思っている。
もちろん、前へ進むことは悪いことじゃない。
でも私は、その流れについていけなかった。
まるで、あの日の出来事なんて最初からなかったかのように、周りだけが先へ進んでいく。
その様子を見ていると、自分だけが取り残されているようだった。
そして、そんな中で、もう一つ引っかかることがあった。
他のアイドルには厳しい言葉を向けていた人たちが、「誹謗中傷はよくない」と言うのを目にすることも増えた。
もちろん、誹謗中傷はよくない。
でも、自分たちが批判される側になった時だけ、その言葉が出てくることに、私は違和感を覚えた。
そして少しずつ、その空気についていけなくなっていった。
そんな思いを抱えたまま迎えたのが、国立競技場だった。
あの景色も、一生忘れないと思う。
「いつかドームへ」
そう願ってきた。
それなのに、自分でも驚くくらい素直に喜べなかった。
もちろん、その一言だけで何かを決めつけたいわけじゃない。
私が受け取りすぎただけなのかもしれない。
それでも私は、ここまで来られたのは、本当にたくさんの人の積み重ねがあったからだと思っている。
CDを買い続けた人。
SNSで広めようとした人。
そうした一つ一つの積み重ねが、間違いなく今の景色につながっていたと思う。
今はもう、あの頃のように「自分もこの景色を作る一人なんだ」と思うことはなくなった。
だからこそ、これまで積み重ねてきた時間は何だったんだろう、と少しだけ思ってしまった。
本当なら何よりも嬉しいはずの発表だった。
それでも私は、夢が現実になろうとしているその瞬間に、何のわだかまりもなく「おめでとう」と言うことができなかった。
だからここまで来てもなお、私は「信じたい」と思っていた。
何かが起きても曖昧なまま終わること。
理解や寛容さばかりが求められているように感じること。
その一つ一つが、「信じたい」と思う気持ちを削っていった。
そうしたことが、少しずつ積み重なっていた。
もし、「信じたい」と思った時に、その気持ちを支えてくれる姿があったなら。
東京ドームを、何の曇りもなく祝えていたんだろうか。
でも気づけば、私を苦しめていたのはそれだけではなくなっていた。
何も語られないまま前へ進んでいく運営。
何事もなかったように流れていく時間。
その流れを受け入れ、前を向くファン。
そして、その中で歩き続けるグループ。
全部ひっくるめて、私は少しずつ置いていかれたんだと思う。
だから今さら、何か一つでこの気持ちが晴れるとも思っていない。
本当はここまで来る前に何かが変わってほしかった。
たぶん、もう時すでに遅しなんだと思う。
それでも。
私は嫌いだから、こんなことを書いているわけじゃない。
好きだったからだ。
だからこそ、一生に一度かもしれない東京ドームを何のわだかまりもなく、「おめでとう」と言いたかった。
ただ、それだけだった。
もしかしたら、私が勝手に理想を重ねすぎていただけなのかもしれない。
でも私は、アイドルとファンが本当の意味で対等だなんて、一度も思ったことはない。
それでも、お互いを大切に思おうとする気持ちだけは、きっとイコールであってほしかった。
私が信じていた「イコールな関係」って、いったいなんだったんだろう。
※身バレ防止のため、記事の作成には一部生成AIを使用しています。
※某アイドルの報道をきっかけに以前から抱えていた気持ちが再燃したため、下書きに残していた文章を整理して投稿しています。
ASDに由来するものか個人差で片付けられるレベルなのかはよくわからないけど、環境の変化にめちゃくちゃ弱い自覚があるから、就活する上でも少なくとも仕事という新生活に慣れるまでは、知らない土地で一人暮らしという環境の変化が重ならないように実家から通えるところがいいなと思ってる。
でも大学の同期にも先生にもこういう事情を言ってないから、勤務地選り好みしてたらなかなか良い仕事ないよねという話になるたびに気まずい。アスペのこととか公言して助けを求めれば先生が職場紹介してくれたりするのかなあ。でもそうすると自動的にクローズ就労は不可能になるから絶対無理だな。仕事自体はいくらでもあるんだからマイペースに不安になりすぎずに就活しよう。
なんかもう、人を好きになること自体が悪なんだなって思わされる出来事があった。
モデリングの技術も高くて感心したし、声がすごく好みだったから勇気を出してDMで告白した。会ったことはないけど、本気だった。
もちろん最初は断られた。でも、会ったこともないのに断られても納得できなかったから理由を聞くと、「好きじゃないから付き合えません」って言われたんだ。
俺は「それなら一度くらい会って話してみませんか」って言ってただけ。相手のことを知りたいし、自分のことも知ってほしかった。
もちろん会って話した結果断るなら受け入れるつもりでいた。ただ、俺のことを何も知らないまま好きではないと決めつけられるのは納得いかなかった。それってそんなにおかしいことか?
でも向こうは俺のことを知ろうともせずブロック。
このまま終わるのは納得いかなかったから別アカで連絡したけど、それも結局ブロック。
好きではないというのは結論であって理由ではない。なぜ好きではないと決めつけるのか、論理的に説明するべきだと言っても一切返事することなくブロック。
まずはお互いのことを知るべきだと自己紹介しつつ、「僕だけが一方的に情報を開示して、あなたは何も話さないというのは対等な関係ではない」と言ったにも関わらず返信が来ることはなかった。
でも、作品が評価されることと、自分自身が恋愛相手として魅力的かどうかは別の話だと思う。
周囲にちやほやされる環境だったから、女性としての魅力も高いのだと勘違いして調子に乗ってしまって、「自分は選ぶ立場だから自分に好意を寄せてくれる人を一方的に拒絶しても構わない」と思っているんじゃないかと思う。
しかし、これまでの自分に対する一方的に遮断するような対応を見るに、まともに異性との関係を築いてきた人には思えない。恐らく男性から積極的に好意を向けられた経験はほとんどないはずだ。
だからそのあたり履き違えない方がいい、冷静になった方がいいとも伝えた。
正直、そこまでされるようなことをした覚えはない。
「それは大人として誠実な対応と言えるのか」「頑固で人の話を聞かないところは多くの男性が負担に感じ離れていく」など正論とはいえ、確かに説教臭く相手にとって耳の痛いことも言った。だがそれは相手を思ってのことだ。
当然脅したわけでも暴力を振るったわけでもない。もちろん「それでも自分だけは欠点も受け入れて真剣に付き合える」「結婚も考えている」ということも伝えたし、ただ本気で向き合おうとしただけなのに、完全に犯罪者みたいな扱いだった。
結局、その人は最後まで取るべき責任も果たさずアカウントを消して逃亡した。
そういえば、俺と関係ない過去のストーカー被害の話まで持ち出して、「しつこくされると怖い」とか言ってたこともあった。
もちろんストーカーの話が出た時俺は「そんなやつは許せない」と言った。なのに俺まで同じような犯罪者扱いするのかと腹が立った。
なんというか、「私は被害者」みたいな空気を残して去っていった感じがして腑に落ちない。
もちろん本人にも事情はあるんだろうけど、俺からすると、俺だけが全部悪者にされたまま物語が終わった印象しかない。
好きになった側は何を言っても加害者扱い。
断った側は何をしても被害者。
そんな構図になってしまったら、もう何も言えないよ。
俺だって傷ついたし、本気だったのに。
これだけ誠実に向き合おうとしたのに拒絶され、やっぱり女は真面目で誠実な男が嫌いなんだな、俺のような生き方は損をするんだなと再認識した。
お盆明けは、休みから仕事モードに戻るだけでも負荷がかかりますよね。
そういう時に、つい同僚や上司の悪口、ユダヤ教でいうラション・ハラ(לשון הרע/悪い言葉)が出そうになるなら、かなり実践的な教えがあります。
まず大事なのは、ラション・ハラは「嘘」だけではない、という点です。
たとえ事実でも、相手を不必要に傷つけたり評判を落としたりする話は問題になり得ます。
イライラした瞬間に「この話は本当に必要か?」と一度だけ自問するのが有効です。
仕事上の問題を解決するために責任者へ報告するなら、必要な発言かもしれません。
しかし、ただ共感を得るために「あの人ほんと使えないよね」と言うなら、かなりラション・ハラに近づきます。
タルムードにも、「沈黙は知恵を守る柵である」という思想があります(アヴォート3:13など)。
つまり、怒っている時に完璧な言葉を探すより、まず余計な一言を言わないこと自体が立派な修行です。
3つ目で引っかかったら、その場では黙るのがおすすめです。
そしてもう一つ、ユダヤ教は単に「悪口を我慢しなさい」で終わりません。
レビ記19:18には「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」とあります。
だから、頭の中で相手を「ムカつく人」と固定する代わりに、「この人にも休み明けの疲れや事情があるかもしれない」と、ほんの少しだけ相手を好意的に解釈する方向へ寄せてみる。
これは相手を甘やかすことではありません。問題があれば問題として扱いつつ、人格攻撃にしないということです。
と思うんだけど…
でもさ、返金してもらうのも大変なんだよね
それで現金書留で受け取って(わざわざ家にいないとダメ)、それで160円とかだよ?
それなら泣き寝入りするよね…
自販機でぬるいのはやめてほしい!
「頭がいい人」とは何だろう。
IQが高い人、仕事ができる人、研究で新しい問題を解ける人、試験に強い人、説明がうまい人、何年も計画を継続できる人。
日常語では全部まとめて「頭がいい」と呼ばれるが、心理学的にはかなり違う能力である。
そこで、頭の良さをもっと実用的に、「ある目的を与えられたとき、それを達成する能力」と考えてみよう。
この定義を採用すると、「頭の良さは遺伝か努力か」という問い自体が少しおかしいことが分かる。
目的によって必要な能力が違い、その能力ごとに遺伝・環境・訓練の重要性が違うからだ。
まず、「遺伝率」を誤解してはいけない。知能にはかなり強い遺伝的影響がある。
双生児研究では一般知能の遺伝率は幼少期より成人期で高くなる傾向があり、成人では70%前後、研究によってはさらに高い推定も出ている。
認知能力に遺伝的要因が相当関与すること自体は、現在ではかなり堅い結果である。
ただし、ここで人間はすぐ「ではIQの70%は遺伝子で決まっている」と変な算数を始める。
そういう意味ではない。
遺伝率70%とは、その研究対象となった集団・環境における個人差の70%程度が遺伝的差異と統計的に関連しているという意味である。
個人の知能の70%がDNA製、残り30%が教育製という話ではない。
しかも遺伝率が高いことと、環境によって変化しないことは別問題である。
実際、42データセット、60万人以上を扱った準実験研究のメタ分析では、教育期間が1年長くなることによって、知能検査成績がおおむね1~5 IQポイント高くなる効果が推定された。
つまり、「遺伝する」と「環境で変わる」は普通に両立する。ここを二者択一にすると話がおかしくなる。
たとえば、「初めて見る数学問題を解く」「未知のプログラムの構造を理解する」「複雑な規則性を発見する」「限られた情報から推論する」といった目的では、一般知能、流動性知能、作業記憶、実行機能などの影響が大きくなる。
一般認知能力は職業訓練や仕事の成績とも関連し、現在の産業・組織心理学でも重要な予測変数である。
ただし昔の研究では職務遂行能力との関連がやや過大評価されていたという再検討もあり、「IQですべて決まる」というほど単純ではない。
このタイプの能力については、ざっくり言えば、遺伝:大、環境:中、訓練:小~中となる。
ワーキングメモリ訓練を大量に行えば、その訓練課題や似た課題は上達する。
しかし87論文、145比較をまとめたメタ分析では、知能、読解、算数など遠く離れた能力への安定した「遠隔転移」は確認できなかった。
つまり、N-backを1万回やれば森羅万象に賢くなる、という便利な裏技は今のところ見つかっていない。
人類には残念なお知らせだが、特定課題の練習は主として特定課題をうまくする。
一方、「英語を習得する」「Pythonを覚える」「医学部の試験に受かる」「法律に詳しくなる」といった目的は事情が違う。
もちろん一般知能は学習速度に関係する。しかし最終成績には、知識量、教育、学習時間、学習方法、勤勉性などが大量に入り込む。
学業成績についてのメタ分析では、Big Fiveの中でも特に誠実性(Conscientiousness)が安定した予測因子であり、認知能力を統制した後にも成績を予測する。
この種の目的では、遺伝:中~大、環境:大、訓練:大くらいに考えるのが妥当だろう。
「理解する速さ」には生得的個人差がかなり存在する。しかし「最終的に何を知っているか」は、当然ながら何を学んできたかに強く左右される。
流動性知能と専門知識を同じ「頭の良さ」に押し込むと、この違いが見えなくなる。
将棋、チェス、楽器、スポーツ、ゲームなどでは、さらに訓練の比重が増える。
ただし、有名な「1万時間練習すれば誰でも一流になれる」という考え方は、研究から見ると強すぎる。
意図的練習と成績との関係を調べたメタ分析では、練習によって説明される個人差は、ゲーム26%、音楽21%、スポーツ18%、教育4%、職業では1%未満だった。
むしろ逆で、練習は非常に重要だが、練習だけでは個人差を全部説明できないということである。
出発時点の能力、身体的条件、認知能力、開始年齢、指導環境、動機、利用可能な時間なども残る。
したがって専門技能では、遺伝:中、環境:中~大、訓練:大となる場合が多い。
「会社を作って10年間経営する」「博士論文を書き上げる」「毎日勉強する」「巨大なソフトウェアを完成させる」となると、別の能力が顔を出す。
必要なのは瞬間最大風速的なIQだけではない。計画性、自己統制、誘惑への耐性、習慣形成、責任感などである。
人格特性についての行動遺伝学メタ分析では、平均すると個人差のおよそ40%が遺伝的差異と関連すると推定されている。一方で残りには環境要因が関係する。
誠実性は職務遂行や目標指向行動と幅広く関連している。92のメタ分析、延べ110万人超を統合したレビューでも、持続性、自己統制、目標遂行などとの関係が確認されている。
さらに人格は完全固定でもない。心理的介入による人格特性の変化をまとめたメタ分析では、平均24週間程度の介入によって中程度の変化が観察されている。
ただし、ここでは「人格そのものを鍛える」より、締切を設定する、通知を切る、作業を自動化する、誘惑を物理的に遠ざける、作業を習慣化する、といった環境設計によって目的達成率を上げるほうが現実的な場合も多い。
頭を改造するより机を改造したほうが早いことがある。
営業、交渉、政治、経営、マネジメントなどでは、さらに構成要素が変わる。
ここでは認知能力だけでなく、外向性、情緒安定性、対人技能、相手についての知識などが効いてくる。
外向性について多数のメタ分析を統合した研究では、職場における対人関係や成果との関連が確認されており、特に人との相互作用を要求する仕事では意味を持つ。
人格特性自体には中程度の遺伝的影響があるが、対人技能は訓練対象にもできる。職場の対人技能訓練をまとめたレビューでは、訓練による改善効果も報告されている。
数学者として恐ろしく優秀な人間が営業部長としても恐ろしく優秀とは限らないのは、このためである。
「頭の良さ」という一語が雑すぎる。
研究、発明、芸術、企画などの創造的目的になると、さらに面倒になる。
創造的成果には知能だけでなく、経験への開放性、発散的思考、専門知識、活動量など複数の因子が関係する。知能と実世界での創造的成果との関連は存在するものの、それだけで決まるほど強くないことがメタ分析でも示されている。
つまり天才的研究者を、「IQ × 研究時間」だけで生成することはできない。
探索する性格、問題を選ぶ能力、専門知識、粘り強さ、研究環境、偶然の発見まで混ざってくる。
この場合は、遺伝:中~大、環境:大、訓練:大だが、三者の相互作用も大きい。
結局、「何のための頭なのか」を先に聞かなければならない
以上を非常に乱暴にまとめると、次のようになる。
| 目的 | 遺伝的個人差 | 環境 | 意図的訓練 |
| 未知の抽象問題を解く | 大 | 中 | 小~中 |
| 学問・資格・専門知識を得る | 中~大 | 大 | 大 |
| 音楽・ゲーム・スポーツなどを極める | 中 | 中~大 | 大 |
| 長期計画を遂行する | 中 | 大 | 中 |
| 交渉・営業・マネジメント | 中 | 大 | 中~大 |
| 研究・創作・発明 | 中~大 | 大 | 大 |
これは研究から直接算出された割合表ではなく、各分野の研究結果を比較した相対的な整理である。現実には遺伝、環境、訓練は独立していない。
読書が得意な子供が本を読む。本を読んでさらに能力が伸びる。能力が高いため高度な授業を選ぶ。すると教育環境がさらに変わる。
行動遺伝学では、こうした遺伝と環境の相関そのものが重要な研究対象になっている。
だから「遺伝50%、環境30%、努力20%」のような万能配合表を作ることはできない。
「数学の未知問題を解きたい」なら推論能力と数学知識が必要になる。
「プログラマーとして強くなりたい」なら一般認知能力に加えて大量の領域知識と実践経験が必要になる。
「研究を10年続けたい」なら、それに自己統制と環境設計が加わる。
「会社を経営したい」なら対人能力、意思決定、専門知識がさらに必要になる。
つまり、目的 → 必要能力 → ボトルネック → 訓練可能部分、という順番で考えたほうがいい。
心理学研究から見ても、「万能な頭の良さ」という一つのパラメータを上げようとするより、目的を分解して、そこで不足している能力や知識を直接改善するほうが理にかなっている。
遺伝的制約は存在する。環境効果も存在する。訓練効果も存在する。
そして最も重要なのは、その三者の重要度が何を達成しようとしているかによって変わることである。
「頭の良さは生まれつきか、努力か」という問いへの答えは、結局こうなる。
いや、それならなおさら「幼稚」という言葉を選んだ時点で、その言葉が持っている意味からは逃げられないんじゃないですかね。
「鉛筆を転がして選んだ」
「たまたま『幼稚』になった」
というのは、発言者の意図の話であって、文章の意味の話ではないですよ。
例えば、
と書いておいて、
「いや、頭が悪いという評価をしたかったわけじゃない。疑問文を作るために、たまたま『頭が悪い』を選んだだけ」
と言われても、
「いや、その言葉を選んだ以上、そういう評価として読まれるよね」
としかならない。
日本語って、書き手の脳内にある「本当は何も考えてません」というメタ情報まで自動的に文章に付加してくれる便利なシステムじゃないんですよ。
そもそも今回の話って、
「自衛隊と言う」
↓
「警察と言う」
↓
「父・母をお父さん・お母さんと言う」
↓
ですよね。
これ、「幼稚」という語を適当に置いた結果、たまたま意味が成立したんですか?
だとしたら、それはそれで面白いですよ。
「自衛隊と言うのは、言葉の運用が幼稚ってことになるのかね?」
という文章を書いた人が、
と言い出したら、じゃあ何のためにその単語を置いたんですか、という話になる。
「赤い」「高い」「珍しい」「幼稚」など、どんな形容詞でもいいというなら、
でも
「自衛隊と言うのは言葉の運用が珍しいってことになるのかね?」
でも同じだったはずですよね。
でも実際にはそうじゃない。
「幼稚」という言葉を選んだからこそ、読み手はそこから意味を受け取る。
ただ、その説明は「だから読み手も意味を受け取るな」という話にはならないんですよ。
むしろ「言葉に意味はない」という主張のほうが、かなり危険だと思うんですよね。
で全部逃げられるじゃないですか。
「こいつは無能だ」
↓
「こいつは卑怯だ」
↓
「こいつは幼稚だ」
↓
「いや、鉛筆転がして決めただけ」
いや、それはもう日本語によるコミュニケーションを成立させる気がない人の理屈なんですよ。
もちろん「自分は評価するつもりで書いていなかった」という主観は尊重します。
でも、
そして「~なのは~だからなのかね?」という表現自体に評価の意図が必須ではない、という点も別に否定してません。
問題はそこじゃない。
その疑問文の中に「幼稚」という評価語をわざわざ入れた以上、読み手がそこを評価として受け取るのは自然ですよね、というだけです。
「鉛筆を転がして決めたので意味はありません」というのは、書き手側の事情としては理解しました。
でも、それなら結論は、
「なるほど、あなたは特に意味もなく『幼稚』という言葉を使ったんですね」
で終わるんですよ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただ、その結果として、
よく言われるのは、「AIによって仕事がなくなる」「ホワイトカラーの仕事が減る」「だからリスキリングが必要になる」という話だ。
つまり、AIによって仕事そのものを失う「ジョブロス(Job Loss)」の問題だ。
でも、日本では少し違う形で問題が出てくるんじゃないかと思っている。
仕事そのものを失うジョブロスに対して、仕事や雇用は維持されているのに、それまで積み上げてきた専門性や職業人生を失う状態がある。
ここでは、それを「キャリアロス(Career Loss)」と呼ぶことにする。
ジョブロスでは仕事を失う。一方、キャリアロスでは仕事は失わない。でも、それまで歩いてきたキャリアを失う。
こうしたことについて考えるようになったきっかけは、自分自身がこれまでやってきた仕事とはかなり離れた領域に移ることになったことだった。
詳しく書くと身バレしそうなのでぼかすが、自分はある分野の技術職として働いてきた。それなりに経験も積んできたし、今後もその経験を土台にキャリアを作っていくものだと思っていた。
ところが、ある日、それまでとはかなり違う仕事に移ることになった。
一時的な応援というわけでもなく、いつ元の仕事に戻るのかが決まっているわけでもない。
新しい仕事そのものが悪いわけではない。むしろ世間的には成長分野だと思う。
ただ、選ばれた側の立場として「なんで自分なんだろう」とは思った。
なぜ自分が選ばれたのか。
この先どういうキャリアを想定しているのか。
本人がその方向を望んでいるのか。
そういう話が十分にないまま、人事だけが進んでいく。
でも本人からすると、配置が変わるだけではない。それまで積み上げてきたキャリアから外れて、別のキャリアを始めることになる。
会社への所属と給与は守られるが、半強制的に異業種に挑戦させられたような気持ちだ。
そんなことを考えていたときに、先日、RIZAPの人材配置転換のニュースを見た。
AIなどによって既存事業の生産性を高め、そこで生まれた人員を、人手不足の建設分野へ最大500人規模で移していくという話だった。
個人的にはかなり衝撃を受けた。
建設業が悪いという意味ではない。むしろ建設には建設の専門性がある。
だからこそ、これまで別の仕事をしてきた人を、会社の判断でそこまで違う職種へ移すということの重さが気になった。
雇用も維持する。
これは「人材の再配置」とか「成長領域への人材シフト」とか「リスキリング」と呼ばれる。
本人が希望して別の道へ進むなら、それは普通のキャリアチェンジだと思う。
一方で、会社の事情によって、それまで積み上げてきた専門性とはかなり違う職種へ移され、そのまま新しいキャリアを歩くことになる。
仕事は失っていない。
給料も出る。
でも、それまで積み上げてきた専門職としてのキャリアは、そこで事実上途切れるかもしれない。
これが、ここでいうキャリアロスだ。
そして、この問題は日本国内では特に見えにくい形で起きるんじゃないかと思う。
米系企業などの外資系企業では、事業や職務の必要人数が減ったとき、レイオフという形で雇用調整が表に出ることがある。
ただ、会社都合で人員を減らす場面では、配置転換などによって雇用を維持できないかということが問題になる。
そうすると、同じようにAIである仕事の必要人数が減ったとしても、
ではなく、
という形で調整されることが増えるかもしれない。
会社を離れる。
失業する。
後者はそうではない。
むしろ「AIで生産性を高め、リスキリングによって成長領域へ人材を再配置した」という成功事例として語られるかもしれない。
でも、その人が何年もかけて積み上げてきた専門性や職業人生がそこで途切れたとしても、それはほとんど数字には出てこない。
AIによる雇用問題をジョブロスだけで見ていると、日本ではこういう損失を見落とすんじゃないかと思う。
ビジネスを取り巻く事業の環境は変わるし、人を動かす必要もある。
新しい仕事に移った結果、本人にとって良いキャリアになることもあるだろう。
ただ、本人のキャリアを大きく変えるような異動なら、少なくともその意思決定に本人がもう少し参加できてもいいと思う。
なぜその職種なのか。
他に選択肢はなかったのか。
本人はその方向を望んでいるのか。
少なくとも、このくらいは説明されてもいい。
人手不足の産業に人が移ることも、社会全体では必要なのかもしれない。
でも、その調整コストとして、誰かが何年も積み上げてきたキャリアを本人の意思とは関係なく失うのであれば、それを単に「リスキリング」や「人材の再配置」と呼んで終わって良いのだろうか。
AIによる失業というと、会社を辞める人のことばかり想像する。
給料も出ている。
仕事もある。
セッティング内容としては下記
裸同士で抱き合うの気持ちいいし、ち◯こ人に触ってもらってずっと鳥肌立ちっぱなし。
本番や口はないけど、その分性病リスクは下がるし、罪悪感も薄い。
何より、ずっとセックスレスで性欲のやり場がないことに悩んでいたのが、少し光明が見えたというか、悩めばここに来れば良いんだという安心感。
難なく妻に固執してたけど、ヌイてくれさえすれば別に妻じゃなくても良いのは発見だった。
金銭的には厳しいけど、年に数回行っておけばめちゃくちゃ人生の満足度あがる。
なんでライフハック系Youtuberはこれを教えてくれないの?