2026.4.30
Q & A
欧州連合(EU)とEU加盟国の大阪・関西万博の「レガシー」をシリーズで紹介する第2回は、再利用率80%以上を実現し、博覧会国際事務局(Bureau International des Expositions: BIE)から「サステナビリティ賞」を受賞したルクセンブルクパビリオン。循環経済の理念をデザイン段階から解体・再利用まで一貫して具現化したこのプロジェクトについて、ルクセンブルク貿易投資事務所(Luxembourg Trade and Investment Office: LTIO)東京の松野百合子エグゼクティブ・ディレクターに話を聞いた。
ルクセンブルクパビリオンは循環経済をコンセプトとして掲げていました。パビリオンのデザインコンペの段階から循環性の達成度を評価基準とするなど、全ての部材の再利用の可能性を追求してきました。着工の際も、欧州から資材を輸送するときの二酸化炭素排出量を抑えるため、日本国内での調達を優先しました。日本の法令や商習慣などに対応しながら、最終的には、重量ベースで80%以上の資材再利用率を達成できました。
中でも私たちが注力したのは、「膜屋根」「基礎コンクリートブロック」「外装パネル」「鉄骨構造」のパビリオン躯体を構成する4つの主要部材の再利用です。実は、全ての再利用先が決まって、契約を交わしたのは万博の閉幕直前でした。
<ルクセンブルクパビリオンの躯体を構成する4つの主要部材の再利用>

一番難航したのが基礎コンクリートブロックでした。日本で建物の基礎をつくる場合、枠を作ってコンクリートを流し込む工法が一般的です。しかし、私たちは1つ約2トンの巨大なブロックを敷き詰めて、その上に鉄骨を建て、解体後にブロックを再利用することを目指しました。施工会社からは「再利用前提だとコストがかかる」と何度も指摘されました。また、会場の夢洲は埋立地で地盤が不安定なところがあり、ブロックを平らに敷き詰めて基礎にするには、精密な施工管理が求められました。しかし、ルクセンブルク本国は、「これは循環経済のパイロットプロジェクトである」という方針を堅持しました。
しかし、再利用先の確保は容易ではありませんでした。港湾工事などへの転用も検討しましたが、運搬費や工事中の仮置き場にかかる費用が障壁となり、複数の企業から受け入れを断られました。
建築は専門外だった私たちですが、粘り強く企業や組織へのアプローチを続けました。最終的に株式会社ネスタリゾート神戸が226個のブロックを受け入れてくれることになりました。園内の環境整備に活用し、単なる資材としてではなく「万博のレガシー」として来場者に伝える価値を見出していただいたことが決め手となりました。

屋根の白い膜素材を活用し、バッグやメガネケースなどの製品にアップサイクルしました。
パビリオンの施工会社の方から、廃タイヤやビニール傘のアップサイクルを手がけている企業があり、膜屋根の再利用にも適しているのではないかとの提案があり、その企業として紹介されたのが東京・表参道の「モンドデザイン」です。そこで、膜屋根の素材のサンプルを持参して同社を訪ねたところ、社長が「万博のレガシーだと分かるタグ」を付けた試作品を作ってくれました。タグのアイデアはルクセンブルク側としても大賛成でしたので、デザインをお任せしました。万博会場で試作品を展示したほか、インターネット上でも予約注文を受けたところ、非常に好評で、結果として膜屋根の素材は全て同社が活用することになりました。
私自身もメガネケースを予約しました。パビリオンの一部を日常生活の中で使い続けられるのが魅力です。
外装パネルも鉄骨構造も多くの方の協力で、すべて再利用先が決まりました。


はい。欧州と日本では法令や規制が違うため、欧州の事例をそのまま日本にあてはめることができません。例えば、日本の建築基準法では再利用資材を想定していないので、建築確認申請が難しいのです。日本はリサイクル技術は世界トップレベルにあり、関連法も整備されていますが、再利用については前例が乏しく、非常に苦労しました。
多くの関係者に相談しながらプロジェクトを進める中で、ルクセンブルクの取り組みに関心を示す大手ゼネコンも現れました。2025年7月にパビリオンで開催したサーキュラーエコノミーカンファレンスには、直接パビリオンの建設に携わっていない企業の方にもご協力いただきました。万博は人と人が出会う場所であることを改めて実感しました。
今後は、建築物の解体後に生じる資材の再利用が、商業的にも成り立つ仕組みとして広がっていくことを期待しています。
大きく二つあります。第一に、ルクセンブルク側の理念に対する強いこだわりです。「どれだけハードルが高くても循環経済を追求する。これは重要なパイロットプロジェクトである」というアンドレ・ハンゼン・ルクセンブルクパビリオンコミッショナーの姿勢は、最後まで一切揺らぐことはありませんでした。プロジェクト立ち上げに関わったピエール・フェリング前駐日大使のリーダーシップも大きく、2010年の上海万博に携わった経験を踏まえ、「早めの準備が重要である」ことや「開催国での調達を優先すべきである」ことなど、的確な助言をくれました。
第二に、日本側関係者の誠実な取り組みです。施工会社をはじめとする関係者が、それぞれの立場から再利用の方法を真剣に検討してくださいました。こうした多くの方々の協力により、プロジェクトは予算内に収めることができました。

ルクセンブルクにとって初めての受賞であり、大変うれしく思っています。BIEの会員ではない国が受賞するのは異例だとも聞いています。
パビリオンは全て解体され、それぞれの再利用先に送られました。更地になった様子を見ると一抹の寂しさもありますが、部材が各地で新たな役割を担っていると考えると、これは決して「終わりではない」と感じています。
関連記事:「EUと加盟国の関西・大阪万博のレガシーを訪ねて(1)ポーランドパビリオンの木組みモニュメント(岐阜県恵那市)」(2026年4月13日)
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