2026.6.24

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EUの新たな経済安全保障ドクトリンを読み解く

EUの新たな経済安全保障ドクトリンを読み解く

経済安全保障が世界の政策形成において一層重要な優先課題となる中、欧州連合(EU)の新たなアプローチは、日本を含むアジア各国で関心を集めている。

今年2月の東京訪問の際、欧州委員会の通商・経済安全保障総局内に新設された経済安全保障局を率いるピーター・サンドラー氏は、経済産業省および外務省が共催する「第32回アジア輸出管理セミナー」に参加。同氏はその機会に、駐日EU代表部においてブリーフィングを実施し、欧州委員会が2025年12月に発表した「経済安全保障強化に向けたコミュニケーション(政策文書)」(いわゆる「経済安全保障ドクトリン」)について説明した。本稿は、その際の議論で共有された知見をもとに構成されている。

担当委員ポストを新設

欧州委員会は2024年9月17日、経済安全保障担当委員のポストを新設した。ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、マレシュ・シェフチョビチ氏を同委員に指名。同年12月1日、シェフチョビチ氏は貿易・経済安全保障担当欧州委員に正式に就任した。シェフチョビチ委員は、通商・経済安全保障総局、とりわけピーター・サンドラー氏が率いる経済安全保障局の支援を得て職務を遂行している。

また、シェフチョビッチ委員を議長とする「経済安全保障に関する欧州委員会委員プロジェクトグループ」も設置され、欧州委員会内の横断的な政策調整を担っている。

経済安全保障政策の実施においては、EU加盟国が重要な役割を果たしており、具体的には、対内投資審査や輸出管理の実施、リスク評価への情報提供などを通じて、政策の運用を支えている。

第2次フォン・デア・ライエン欧州委員会の顔ぶれ。委員長の後ろ、3列目中央が貿易・経済安全保障担当のマレシュ・シェフチョビチ委員(2024年12月11日、ブリュッセル)©European Union, 2024

EUの経済安全保障を支える三つの柱

EUの現在の経済安全保障の枠組みは、2つの主要なイニシアティブを基盤としている。2022年3月に発表した「リパワーEU行動計画」と、2025年12月に発表した「経済安全保障強化に向けたコミュニケーション(政策文書)」である。前者は、2020年の「重要原材料に関する行動計画」および2024年の「重要原材料法(CRMA)」を基盤とし、後者は、2023年6月に発表されたEU初の「経済安全保障戦略」を補完し、EUの各種政策手段をどのように運用するかを示すものである。いずれのパッケージも取り組みの加速を重視している点が特徴である。

「リパワーEU行動計画」の目標達成に向け、欧州委員会本部ビルにも設置された太陽光パネル(2023年12月6日、ブリュッセル)©European Union, 2023

「経済安全保障強化に向けたコミュニケーション」は、いくつかの重要な要素から構成されている。まず、EUが経済安全保障をどのように捉えているかを示した上で、その考え方を方向づける主要な政策方針を提示。さらに、利用可能な政策手段や重点分野に加え、それらを横断的に支える取り組みについても説明している。最後に、包括的かつ実効性のある枠組みを構築するため、既存の政策手段をどのように見直し、残された制度的な課題をどのように補っていくかについて論じている。

EUは経済安全保障を、①強固で活力があり強靭な経済の構築、②重要技術・産業・サービス分野における主導的地位の維持、③経済的手段を活用した安全保障の確保、という三つの要素を中心に捉えている。

これらの三要素は有用な枠組みを提供するものの、それだけで経済安全保障の全体像を説明できるわけではない。むしろ経済安全保障は、時代や状況に応じて変化する幅広い概念として理解されている。防衛や安全保障全般に関わる課題、例えば危機への備えや食料安全保障といった要素も重要な位置を占めている。

こうした考え方の根底にあるのは、EUおよび欧州企業が変化する国際環境の中でも自立的に行動し続ける能力を確保する、という発想である。そのためには、強靱なサプライチェーンを維持するとともに、重要技術における競争力と技術的優位性を確保し、将来的なリスクへの対応力を高めていくことが不可欠となる。

事後対応型から予防型へ

EUは、より予防的でリスクベースのアプローチへと移行している。その際、将来のリスクを予測すること、EUが持つ経済的・制度的な影響力を戦略的に活用すること、そして利用可能な政策手段を連携して運用することに重点が置かれている。また、対話や自由貿易協定(FTA)、EU拡大政策、国際標準に基づく取り組みなどを通じた、日本をはじめとする信頼できるパートナーとの協力がこのアプローチの中核をなしている。

一方で、貿易防衛措置(反補助金措置アンチダンピング措置セーフガード措置)、外国補助金規則対内直接投資(Foreign Direct Investment)審査といった既存の政策手段は、多くの場合、問題発生後に発動される事後対応型の仕組みである。そのためにEUは、第三国による投資動向を継続的に把握し、特定の国や企業への過度な依存を未然に防ぐため、より強固なリスク評価や早期警戒の仕組みの構築が不可欠だと考えている。

また、トンネル掘削機器のような特定分野や供給網におけるボトルネックから得られた教訓を、他の産業や技術分野にも広く応用することで、EU全体の強靭性向上のため、より幅広い分野に応用していくべきだとしている。

経済安全保障強化のための政策ツール

EUは経済安全保障を強化するために、さまざまな政策ツールを活用している。その多くは既存の制度だが、一部は近年強化・更新されたものである。現在の重点は、こうした制度を迅速かつ効果的に活用することにある。これらの政策手段には、投資や技術開発を後押しする支援策、資金提供の仕組み、規制措置や保護措置も含まれる。また、可能な限り信頼できるパートナーとの協力を前提としている。

通商・
競争政策
反補助金措置、アンチダンピング措置、セーフガード措置、外国補助金規則、税関手続きおよび税関管理、自由貿易協定、国際標準に基づく通商イニシアチブなどが含まれる。これらの措置は、EUが特定の国や企業への過度な依存によって生じるリスクを減らし、経済安全保障上の目標が損なわれないようにすることを目的としている。
レジリエンスと
サイバーセキュリティ
域内市場緊急・レジリエンス法(Internal Market Emergency and Resilience Act)、輸出規制、備蓄戦略、重要事業体レジリエンス指令 (Critical Entities Resilience Directive)、サイバーレジリエンス法(Cyber Resilience Act)、NIS2指令5Gツールボックス、サイバー連帯法(Cyber Solidarity Act)、公共調達指令が含まれる。これらのツールは、緊急事態への備えと対応能力の強化を図るとともに、サイバー攻撃を含む外部からの脅威に対する脆弱性を低減することを目的としている。
安全保障と公共の秩序対内直接投資審査デュアルユース品目の輸出管理対外投資モニタリング研究セキュリティに関する勧告などが含まれる。これらは、重要技術や機密性の高い知識の流出を防ぎ、社会や経済の安定した機能を守ることを目的としている。
経済的威圧への対抗措置と制限措置反威圧措置(Anti-Coercion Instrument)、制裁措置、制限措置、ブロッキング規則(Blocking Statute)などが含まれる。ブロッキング規則は、第三国の法律が域外で適用されることによる影響、特に米国の経済制裁による影響からEU企業を保護するための制度である。これらの措置は、第三国による経済的な圧力や威圧を抑止し、EUや欧州企業を守ることを目的としている。
資金支援グローバル・ゲートウェイ 、ホライズン・ヨーロッパデジタル・ヨーロッパコネクティング・ヨーロッパ・ファシリティ 、次期EU予算(2028年以降)における経済安全保障関連措置、高リスク供給者に対する制限措置、競争力政策調整ツール財務規則第136条(不正行為や安全保障上の懸念がある事業者をEU資金の対象から除外するための規定)などが含まれる。EUは、公的資金を戦略的に活用することで経済安全保障の強化を図っている。また、少なくともEUの安全保障上の利益を損なう活動や事業に資金が流れないようにすることも重視している。
分野別の戦略的イニシアチブリソースEU(RESourceEU)、半導体法2.0 、量子戦略産業加速法 データユニオン戦略 重要原材料法および重要原材料センター 、スタートアップ・スケールアップ戦略 、欧州イノベーション法 、EU港湾戦略ドローン戦略2.0などが含まれる。これらのイニシアティブは、半導体、量子技術、重要原材料、データ、イノベーションといった戦略的分野において、EU自身の生産能力や技術力、競争力を強化することを目的とし、EUの戦略的能力を構築する。

一部の措置は保護主義的に見える場合もあるが、その目的はEUを閉鎖的な経済圏にすることではない。むしろ、これらの保護的な要素は戦略的に用いられており、特定国を名指しするのではなく、リスクや行為を基準とした一般的な制度として適用するようにしている。

また、産業加速法、サイバーセキュリティ関連措置、半導体法2.0などでは、経済や社会のレジリエンス(強靱性)を高める視点が組み込まれている。

さらに、EUは世界貿易機関(WTO)はじめ、国際的なルールとの整合性を引き続き重視している。この点は、鉄鋼分野の貿易措置やインドとの通商関係、EU・メルコスール自由貿易協定交渉における農業支援農業支援の扱いなど、さまざまな国際交渉の場面にも表れている。

発展途上国のインフラ整備や社会開発を支援するEUの「グローバル・ゲートウェイ」戦略の一環で整備されたカンボジア電力公社の変電所(2025年8月5日、プノンペン)©European Union, 2025

分野横断的な取り組み

EUは経済安全保障戦略の実施を支えるため、ガバナンス、情報収集・分析、企業との連携といった分野横断的な取り組みを強化するとともに、EU内部の連携強化も進めている。

ガバナンスの強化欧州委員会とEU加盟国の間で調整や情報共有を強化するため、「経済安全保障ネットワーク(Economic Security Network)」を設置。また、加盟国には、リスク評価やリスク軽減策の調整を担う上級レベルの「国家経済安全保障アドバイザー(National Economic Security Adviser)」の任命を奨励している。さらに、機密情報を安全に共有するための情報システムの整備も進められている。
情報収集・
分析の強化
「経済安全保障情報ハブ(Economic Security Information Hub)」を設置し、公的機関と民間部門の双方から得られる情報を集約するとともに、データ収集能力の向上を図る。また、EUの資金提供に関する判断に活用するため、高リスクと判断された企業や組織に関する情報を一元管理するほか、「EU重要技術観測所(EU Observatory of Critical Technologies)」の対象を新興技術分野にも拡大する。
企業との連携強化域内市場緊急・レジリエンス法を通じて、サプライチェーンの状況をより的確に把握するため、企業レベルの供給網データを収集・活用できる体制の整備を進める。また、「貿易レジリエンス情報ポータル(Trade Resilience Information Portal)」を設置し、第三国による輸出入制限などに関する情報を提供するとともに、信頼できる専門家グループが企業によるリスク軽減の取り組みを支援する。

包括的な政策枠組みの構築へ

EUは経済安全保障の観点を政策全体により体系的に組み込むため、既存の政策ツールを調整するとともに、不足している分野への対応を進めている。経済安全保障の強化につながるプロジェクトへの資金提供を通じてインセンティブを付与する一方で、高リスクとされる主体による資金へのアクセスを制限することもその一例である。

通商・投資管理の分野では、戦略分野における対内直接投資審査の一貫性向上や、2026年に予定されるデュアルユース品目の輸出管理制度の評価に重点が置かれている。また、公平な競争環境の確保に向けたツールの強化も進められており、貿易防衛措置を通じて経済安全保障上のリスクにより体系的に対応するとともに、外国補助金規則によって市場の歪曲を防止する取り組みが進められている。

さらに、既存制度では十分に対応できていない分野への取り組みも進められている。例えば、新興企業の動向把握に向けた実証事業や、ハイリスク分野におけるポートフォリオ投資の監視強化、ブロッキング規則の見直しなどが検討されている。また、サプライチェーンの多様化を促進する方策や、対内直接投資審査の影響を受ける企業への財政支援の可能性についても議論が行われている。

このように、EUは既存の政策ツールの運用を見直し、新たな手段の導入を進めることで、経済安全保障の観点を政策全体に組み込もうとしている。しかし、こうした取り組みはまだ出発点に過ぎない。今後は、欧州委員会、EU加盟国、欧州議会の間での合意形成を進めるとともに、EU全体としてより協調的かつ一貫性のある経済安全保障政策を構築していくことが重要な課題となる。

「EU輸出管理フォーラム(Export Control Forum)」で演説するシェフチョビチ欧州委員(2025年11月14日、ブリュッセル)©European Union, 2025

関連記事:「EUの経済安全保障とは何か」(2026年2月)

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