2026.7.6
EU-JAPAN
ロシアによるウクライナ侵略の長期化や米国政治の変化により国際秩序が大きく揺らぐなか、欧州連合(EU)はどのような役割を果たそうとしているのか。2026年6月1、2日の両日、東京都内で開催されたアジア太平洋EU学会(EUSAAP)2026年東京大会では、「激動の時代におけるEU:危機、そしてその先へ」をテーマに、EUが直面する課題と将来像、そしてアジア太平洋地域との協力の可能性について活発な議論が交わされた。
会議は、一般公開パネルディスカッションと分科会セッションで構成された。本稿では、大会初日に開催された前者での議論を紹介する。
一般公開パネルディスカッションのプログラム <敬称略>
| セッション | 登壇者 | |
|---|---|---|
| 第1部 | 司会 | 木村ひとみ(大妻女子大学准教授) |
| 登壇者 | 中西優美子(一橋大学大学院教授、日本EU学会理事長、アジア太平洋EU学会理事長) 小林一郎(一橋大学大学院教授、一橋大学グローバルリーガルイノベーション教育研究センター長) マーティン・ホランド(ニュージーランド・カンタベリー大学教授) 小久保康之(東洋英和女学院大学名誉教授) | |
| 第2部 | モデレーター | 細谷雄一(慶應義塾大学教授) |
| パネリスト | ジャン=エリック・パケ(駐日EU大使) トーマス・クリスティアンセン(イタリア・ルイス大学教授) 鈴木一人(東京大学大学院教授) 伊藤さゆり(ニッセイ基礎研究所常務理事) |
第一部の冒頭では、アジア太平洋EU学会理事長の中西優美子・一橋大学大学院教授が開会の挨拶を行った。中西氏は、今回の大会には過去最多となる約170人が参加し、日本国内に加え、アジア、欧州、アフリカなど世界各地から研究者が集まったことを紹介。「ぜひ他の研究者と交流し、ネットワークを築いてほしい」と呼びかけ、国境を越えた学術交流の意義を強調した。

続いて、本大会を共催した一橋大学グローバルリーガルイノベーション(GLI)教育研究センターのセンター長である小林一郎・一橋大学大学院教授が登壇し、急速なデジタル変革の時代における法教育と国際連携の重要性について講演した。「気候変動、AI、経済安全保障、国際紛争といった課題は一国だけでは解決できない。私たちはグローバルな視点で課題に対処する必要がある」と強調し、同センターが急速なイノベーションの進展に伴う社会の変化を研究の中心に据えていることを紹介した。
また、小林氏は次世代人材の育成の重要性にも言及。「これからの学生たちは、人々がさまざまな形でAIを活用する社会で暮らし、働くことになる。情報の作成、共有、活用の方法が変化する中で、私たちはデジタル変革によって訪れる新しい時代に適応できる人材を育てなければならない」と述べ、不確実性が高まる現代において、教育とグローバルネットワークが果たす役割の重要性を訴えた。

EUSAAPの創設メンバーの一人であるニュージーランド・カンタベリー大学のマーティン・ホランド教授は、学会の歩みを振り返り、その特徴として「学際性」を挙げた。「EUは、政治、法、歴史など一つの分野だけでは理解できない。そのため、EUSAAPでは設立当初から意識的に学際的なアプローチを採用してきた」と述べ、分野横断的な研究の重要性を強調した。
また、EUSAAPは1999年の設立当初から外交・政策との連携も重視し、アジア太平洋地域のEU代表部に対する政策提言や情報提供などを通じて、学術と政策を結ぶ役割を果たしてきたことを紹介した。

第一部の最後には、日本のEU研究を牽引し、2025年に逝去した故・田中俊郎慶應義塾大学名誉教授を追悼するセッションが設けられた。田中教授の最初の教え子であり、半世紀近くにわたり研究活動を共にした東洋英和女学院大学の小久保康之名誉教授が、その功績を振り返った。

小久保氏は、「田中教授は学術的キャリアを通じて日本におけるEU研究の第一人者となり、国際的にも重要な役割を果たした」と指摘、対話や交流、人と人とのつながりを何よりも重視した田中教授の姿勢を紹介。「EUSAAPが今後もその役割を果たし、アジア太平洋地域の平和と連携に貢献することを願っている」と語った。
また、EUSAAP創設以来、長年にわたり交流を続けてきたホランド教授も、「田中教授は一流の学者であり、優れたメンターであり、EUSAAPの生き字引のような存在だった」とその功績をたたえ、深い哀悼の意を表した。

第二部のパネルディスカッションでは、慶應義塾大学の細谷雄一教授をモデレーターに迎え、力による政治が復活する地政学的リスクの中、EUの「開かれた戦略的自律性」や日・EU関係の将来について議論が交わされた。

最初に発言した駐日EU代表部のジャン=エリック・パケ大使は、「力による政治が間違いなく復活しつつある」と述べ、ロシアによるウクライナ侵略を「国連のルールを露骨に違反している究極の例」と位置付けた。その上で、「世界の経済や社会に多大な影響を及ぼしており、大半の国々は、人類が直面する課題に対処するためのルールを切望している」と語り、ルールに基づく国際秩序を堅持する重要性を強調した。
また、EUには各国とのパートナーシップを通じてルールに基づく国際秩序を擁護する責任があるとし、そのための鍵となる概念として「開かれた戦略的自律性」を挙げた。
「EUが一定の影響力を行使できる立場になければ、『開かれた戦略的自律性』は機能しない。新しい地政学の世界では、力も必要になる。『開かれた戦略的自律性』とは、孤立することではなく、自らの強みを生かして主体的に行動できることを意味する。だからこそ、全てのEU加盟国で防衛分野への大規模な投資が進められている」
こうした考え方の下、EUは「Readiness 2030」を打ち出し、加盟国による防衛支出を後押しするため、2030年までに最大8,000億ユーロ規模の資金を動員する方針である。
さらにパケ大使は、エネルギー安全保障や経済安全保障の重要性にも言及し、2019年に発効した日・EU経済連携協定(EPA)について、両者を合わせた5億5,000万人以上の市場を結び、サプライチェーンの強靭化や投資の促進を支える重要な基盤であると評価した。その上で、同EPAを基盤として日・EUの経済関係は今後さらに発展していくとの見方を示した。

続いて登壇したイタリア・ルイス大学のトーマス・クリスティアンセン教授は、パケ大使の認識に同意しつつ、中国の人気SF小説『三体』を引き合いに出しながら、現在の国際秩序が直面する地政学的リスクについて論じた。
「『三体』の物語のように、国際秩序を脅かしているのは中国やロシアだけではない。米国も同様である。国そのものというより、プーチン大統領、習近平国家主席、トランプ大統領といった個々の指導者に問題があると言ってもよい。米国、中国、ロシアの間には一定の歩み寄りが見られるが、これはミドルパワー(中堅国)にとって極めて大きな脅威である」
安全保障面では、欧州も日本も依然として米国への依存から完全には脱却できていない現状を指摘した。「欧州にとって米国抜きで安全保障を構築することは現時点ではほぼ不可能であり、日本や韓国も同様である」と述べる一方で、米国が欧州の政治的価値観と必ずしも完全には一致しておらず、潜在的なリスク要因となり得るとの認識を示した。その上で、大国への依存が続く中でミドルパワー同士の連携は依然として十分とは言えないとし、EUや日本など価値を共有する国々による協力強化の必要性を強調した。

鈴木一人・東京大学大学院教授は、普遍的な国際ルールが機能不全に陥りつつある現状を踏まえ、今後の国際秩序のあり方について問題提起した。
世界貿易機関(WTO)の枠組みについて「もはや効果的ではなくなっている」と述べ、ルールに基づく国際秩序が転換点にあるとの認識を示した。鈴木氏も、今後は普遍的な枠組みではなく、「ミドルパワー同盟」のようにルールに基づく秩序を重視する国々による新たな枠組みが重要になる可能性を指摘した。
また、EUが外部からの圧力に対応する中で域内産業の保護を強めている点に懸念を示しつつ、日欧が防衛サプライチェーンで連携を深める必要性を強調した。「戦闘を続けるにはサプライチェーンが極めて重要である」と述べ、ウクライナ戦争を通じて防衛分野における供給網の重要性が改めて明らかになったと指摘した。その上で、現代の防衛は一国やEU単独では成立せず、民間貿易に加え政府間でのサプライチェーン協力が不可欠であるとの認識を示した。

ニッセイ基礎研究所の伊藤さゆり常務理事は、国際経済・金融の専門家としての見地から、EUが「開かれた戦略的自律性」を実現するための経済政策の方向性について言及した。
「鍵の一つは、EUが競争力強化のために進めている貯蓄・投資同盟(SIU)である」と述べ、SIUとは、欧州域内の貯蓄を域内投資につなげることで資本市場の統合を進める構想であると説明した。金融市場の統合を深め、投資家の信頼を高めることが重要であると指摘し、「方向性は正しいが、米中競争によって変化する世界経済を好機とするためには、今後さらに踏み込んだ改革が必要になる」との認識を示した。
こうした改革を通じてEUが多極化する国際経済秩序の中で影響力を維持するためには、金融・資本市場改革の加速が不可欠であるとの見方も示した。

モデレーターの細谷教授は、今回の議論を総括し、安全保障上の課題、国際的なサプライチェーンの維持、貿易における連携の枠組みといった論点が浮き彫りになったと指摘した。「EUと日本は共に、こうした国際秩序を維持することのメリットを示すことができる。また、安全保障分野においても、従来の同盟関係にとどまらず、経済分野を含めた連携を通じて、レジリエンス強化のためのプラットフォームを提供できる」と述べ、日・EU協力の将来的な可能性を示した。

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