はてなキーワード: 分目とは
もう近くの沢にでも連れて行って数分目を離したらいいと思う
午前7時。起床。日曜日なので朝食はフレンチトースト、紅茶、ゆで卵。
曜日ごとに朝食を固定している。これは強迫観念ではない。周期境界条件である。
ルームメイトは以前、「日曜日くらい気分で決めればいい」と言った。
気分とは、制御不能な内部自由度に意思決定を委譲することだ。却下した。
今日も one-loop p-adic string theory。
正確には、Schottky uniformization された Bruhat–Tits quotient geometry と Tate elliptic curve 上の arithmetic Green theory、それを thermal p-adic AdS/CFT の holographic dictionary とどう統合するかを考えている。
tree-level p-adic string では、非アルキメデス局所体に付随する Bruhat–Tits tree を worldsheet geometry とみなし、その graph Laplacian と boundary 側の Vladimirov-type pseudo-differential structure を対応させる。
しかし genus one では、単なる regular tree では足りない。rank-one Schottky subgroup で quotient を取り、閉じた geodesic を持つ graph geometry に移行する。
その conformal boundary に現れるのが Tate curve だ。ここから突然、string theory が arithmetic geometry に侵入する。
bulk degrees of freedom を integrate out して induced boundary action を作ると、Tate curve 上に nonlocal pseudo-differential operator が得られる。
その Green kernel が Néron–Tate local height と一致する。
つまり、one-loop p-adic string の propagator と、楕円曲線の arithmetic intersection theory で使われてきた local height が同じ対象になる。
さらに spectral side を見る。
Tate curve 上の induced operator は character decomposition によって diagonalize でき、非自明な spectral gap を持ち、高エネルギー領域では two-dimensional Laplace-type Weyl asymptotics を示す。
ここが重要だ。microscopic geometry は locally finite ultrametric tree である。
smooth Riemann surface ではない。それでも spectrum の漸近構造には二次元 worldsheet の dimensional signature が残る。
つまり continuum worldsheet geometry を捨てたはずなのに、spectral data の中から continuum-like dimensionality が戻ってくる。
finite-temperature quotient を取った non-Archimedean holographic geometry の boundary も Tate curve として理解できる。
そこで boundary primary operator の thermal two-point function を scaling dimension の特殊極限に analytic continuation し、universal divergence を renormalize すると、finite part から再び Néron–Tate local height が現れる。
しかも単に Green function の singularity structure が一致するだけではない。
arithmetic normalization に対応する additive information まで holographic correlator が保持している。
したがって現在、one-loop p-adic string worldsheet、thermal p-adic holography、Tate elliptic curve の arithmetic intersection theoryという三つの領域が、同じ local height data を共有している。
これを理解するには string perturbation theory、non-Archimedean harmonic analysis、rigid analytic geometry、elliptic uniformization、local heights、Bruhat–Tits theory を同時に扱う必要がある。
午後1時。日曜日なので昼食は同じ店の同じ席。隣人が偶然同じ店にいた。
「かわいそう」
午後2時16分。研究再開。
問題は partition function である。固定された Schottky quotient 上で one-loop determinant を計算するだけなら、かなり理解が進んでいる。
しかし quantum gravity と呼びたいなら固定 geometry では不十分だ。
modulus の異なる quotient graph、closed geodesic length の異なる worldsheet、さらにはより一般の Schottky data を持つ non-Archimedean geometry 全体に対して sum over geometries を構成する必要がある。
つまり本当の問題は、どの moduli measure が自然なのかということだ。
ad hoc な measure を導入することは簡単だ。そのあと理由を考えるのも簡単だ。
そしてそれを「第一原理」と呼ぶことすらできる。人類はそういうことを何度もしてきた。僕はしたくない。
さらに genus を上げれば Tate curve ではなく Mumford curve が自然に出てくる。
そうなると rank-one Schottky group の比較的単純な quotient graph では済まず、高 genus Schottky uniformization、skeleton geometry、Berkovich analytic space、tropical degeneration、arithmetic Green function の相互作用を理解しなければならない。
ここで one-loop の local-height correspondence が higher genus でも Arakelov-type data として残るのか。
次は bulk geometry の一般化。
standard p-adic AdS/CFT では PGL(2) の Bruhat–Tits tree を使う。
regular tree なので、vertex valency は一様で、bulk propagator は radial variable だけでかなり整理できる。
そこで SU(3) に由来する biregular Bruhat–Tits geometry を考える。
unramified quadratic extension に付随する building では、二種類の vertex が交互に現れ、bulk は semihomogeneous tree になる。
これにより scalar propagation は単純な radial eigenmode problem ではなくなり、vertex type、parity sector、local branching data が propagator に入る。
さらに boundary three-point function には、三本の geodesic が合流する branching vertex の homogeneity class が残る。
つまり boundary OPE data が bulk sublattice information を完全には忘れない。
これは holography 的にはかなり重要だ。
通常の AdS/CFT では bulk locality が boundary conformal data にどう符号化されるかを議論する。
non-Archimedean holography では、それに加えて local-field arithmetic と building combinatorics が boundary operator algebra にどう埋め込まれるかを問える。
そして OPE structure の中に local zeta data まで出てくる。
ここまで来ると「p-adic AdS/CFT は toy model」という表現はかなり乱暴だ。
toy model にしては、reductive groups over local fields、Bruhat–Tits buildings、representation-theoretic harmonic analysis、local zeta functions、rigid analytic spaces、tensor-network reconstruction、arithmetic geometry が一つの部屋に集まりすぎている。
p-adic CFT の correlator structure は Bruhat–Tits tree 上の tensor network によって再構成できる。
さらに CFT fixed point を deformation すると、tensor data から emergent edge geometry を読み取り、その consistency condition から graph Einstein dynamics に相当する方程式が現れる。
ここが今日の核心。僕が知りたいのは、Schottky quotient sector に現れる arithmetic Green data、Tate/Mumford curve の local height structure、tensor-network sector に現れる emergent graph gravity、biregular building で現れるnonuniform bulk geometryを、一つの non-Archimedean quantum geometry として記述できるかどうかだ。
言い換えれば、現在バラバラに見えるp-adic string perturbation theory、arithmetic intersection theory、discrete holography、tensor-network gravity、Bruhat–Tits building geometryが、実は同一の categorical あるいは spectral-arithmetic structure の異なる realization なのではないか。
ここから先は論文を検索しても答えは出てこない。検索結果が終わるところから研究が始まる。
午後6時12分。隣人が部屋に来た。
モニターを見て言った。
「また木?」
「これは biregular Bruhat–Tits building の rank-one skeleton だ」
「木でしょ」
「君は人体を肉と呼ぶのか?」
「呼ぶことあるよ」
議論を打ち切った。
午後7時。友人Aが来た。
「その p進弦理論って、宇宙がシミュレーションだって証明できる?」
できない。なぜ工学系の人間は高度な数理物理を渡すと、最終的にシミュレーション宇宙かタイムマシンか兵器の三択に収束するのだろう。
友人Bは Mumford curve と Tate curve の違いを聞いてきた。まともな質問だったので23分説明した。18分目から目が死んでいた。
宇宙船がワームホールに入った直後、登場人物が「量子情報だから時空の制約を受けない」と発言。
停止。
ノートを開く。no-signalling、entanglement entropy、causal structure の三点から誤りを整理する。
再生。
今度はブラックホールの event horizon 内部からリアルタイム通信を始めた。
再停止。
ここ数年、ワインにハマっている。まあハマっていると言っても金額は最大5,000円くらい、普段は3,000円前後のモノだが。
良さそうだなと思ったものを買って、アイリスオーヤマの安いワインセラーに入れておき、ここ数日のスケジュールを思い返して飲む日を決めて、その日まで体調に留意しつつ酒肴を準備する。
当日は夕食は腹6~7分目に抑え、入念に体を洗い風呂にはいってサッパリし、持ってるパジャマで一番新しいものを着て、テーブルに普段使わないランチョンマットとか敷いたりして、ホムセンで買ったワイングラスを出して飲む。
体調次第で味が結構変わるって当たり前のことを実感してからの習慣だが、酒の味を楽しむというよりはそこに至る過程を楽しんでいる部分が、ある。
テキトーな酒肴で安ワインを、雑にコップに注いで暑い日はクラッシュアイスでも入れて飲むのもソレはソレで気楽でいいものだけど、肩ひじ張って仰々しく儀式めいてやるのはまた違った良さがある。
ちゃんとやってる人には噴飯モノな見様見真似の猿真似、靴屋を真似て靴を作ろうとし革を台無しにしてしまう無能行為ではあるのだが、楽しいのは楽しいのである。
大人のお風呂な風俗に行く準備でアレコレやってることに興奮していたことに似ている気がしている。
予約を取って、床屋に行き、小奇麗な衣服を見繕い必要なら買いに行く。銭湯で体を入念に磨き、サウナで汗をたっぷり出して肌ケアをし、手足指先には普段より入念にクリームを擦り込む。
当日は臭いの強い食事は避け、出発前にシャワーを浴びて汗を流し、入念に歯磨き。時間前には香り付きのボディシートで体を拭い、ブレスケア。
書いてたら久しぶりにいきたくなったな、でも今はお出かけしたくないって気持ちの方が勝るかな、暑いし。
https://anond.hatelabo.jp/20260522173533
その日も虫かごをのぞいてみたら、いつも通りひっくり返ってコロツムリしてた。が、おや?なんかちょっといつもと違う。
カタツムリの体は、殻に収まっているときもちょっと中身がはみ出がちだ。コップに目一杯水を張ったときに起きる表面張力的な感じで、プックリしている。ちょっぴりデブツムリ。それが普段の姿だ。
でも、今はコップの水をひと口、ふた口ほど飲まれた感じで、8分目くらいまで殻に隙間ができている。
とりあえず洗面所に持って行って虫かごから取り出してみる。ちょうどそろそろ捨てようと思ってたコンタクトケースがあったので右目側に水を入れてカタツムリを突っ込んでみた。じゃぶ。
はっ、動き出した!生きとった!
普段は「いつ死んでもおかしくないなー」って思ってるのに、死んだかも!?現象に毎回ビビるのは何故なのだろう。
我が家のカタツムリは、カーテンの開き具合によってはバリバリ西陽が当たる場所で生きてるので、太陽光で干からびかけたのだろうか。
心なしか、殻の先っちょもいつもよりボロボロだ。ウスカワマイマイという名前だけに殻も大分薄いそうだけど、こんなに薄いのかとビックリする。
いつもよりちょっとだけ丁寧に虫かごを洗って、ミニココットに張ってる水も気持ち多めに入れてやった。
洗い終わって虫かごを定位置に戻すと、カタツムリはすぐさま水を張ったココットに向かい自ら入水してた。やっぱり水分が足りてなかった様子。
体も殻も完全に浸水して息ができなさそうだけど、平気そうに水の中でうようよ動いてたのでほっといた。前に同じことをしてたときも、恐らく自らの希望だったのだろう。
カタツムリはいつも殻を垂らすようなかたちで天井にくっついているが、鍾乳洞からピチョンと落ちる水みたいに殻の中央に水分が溜まっているときがある。あれはもしかするとひと泳ぎしたあとだったのかもしれないな。
しばらくしたら自ら水から出てきて、体も従来の面積程度に戻ってるっぽかった。ちゃんとぷりっとしている。よかったよかった。っていうか水分すご。私の肌も水につけたらプリっとしてほしいわ。
余談だが、私はいつも虫かごを洗うときにウタマロを使っている。「ウタマロの洗剤カス残ってるときもありそうやな…まあいいかこれまで死んでないし」とうっすらと常に思っていたけれど、もしかしたら今回、ウタマロ成分の残留が多くて水が吸収できなかったのかもしれないな。メンゴメンゴ。
絵師は絵師同士でしか仲良くしない、なんて事がよく言われている。
もどかしい気持ちはとてもわかる。自分だって大学入るまでROM専で、感想言っても絵師に多分目にかけてすら貰えずだったため。
絵を描き始めるとちょっと理由がわかった。創作以外の趣味だとだいたいが熱量が10のうちの2か3って人は多いと思う。私も他の趣味に関してはそうだ。ただ、SNSをやるような絵師は熱量が7や8や9付近になる。調べ物に時間を食われ、ハウツー漁りにも時間を食われ、構図決めにも時間を食われる。
絵を描く以外のタスクが結構多い。そうなると、話すネタになるようなこともないし人と話す機会も減りやすいため人との接し方を忘れるレベルにもなる。
絵師同士だとまあとりあえず絵の話すれば何とかなるか……位で会話が成り立つし絵を見たら一目で同じようなタイプだと分かりやすいため結局絵師同士の相互だらけになってしまう所はあると感じる。
与太話だが、私の場合絵師コミュニティだけでは認知は広がらないと感じてるため、一応相互率100%のサブ垢を作ってる。(本垢は凍結が怖いので絵師同士にしてるすまん……)
時間を守ることは権利者への屈伏という考え方のため。30分の会議で10分遅刻の上、29分目に突然長々と話し出したり、延々と終わらない質問攻めを始めるコンピテンシーが必要
辺野古ボート事故のように、事故を起こしても謝罪しないのは「革命に必要な犠牲の1つ」に過ぎないからであるが、批判にいちいち対応していると心身を痛めてしまうのでら雲隠れしてやり過ごし、時が過ぎるのを待つ
革命達成のためには一切の異論がない組織が必要。従って異論を吐く人は革命を妨害する反逆者である
人間ではない輩の意見を聞くことは愚かである。だから総理大臣をゴリラに見立てたり楽器のヘッドに見立てて叩いても何の問題もない
自分達の意見が唯一の正解なのだから、ハラスメントに気を使いながら他人を諭すような緩い主張をする意味がない。自分達に従うのが唯一解となるよう、強い言葉で主張しなければならない
自分達は正しい事を言っているのだから、伝わらなかった、理解できなかった…というのは聞き手の問題である。我々に同意出来ないのも聞き手が間違ってるからだ
自分達が正しいのであり他人が間違っているためである。正しい我々は何をやっても良いが、間違ってる他人には生存権すらないのだ
インターネットによってつながっている時代なんてせいぜいここ20-30年くらいの薄い時代なんで、そんなもの無くても大丈夫です。
そもそも、SNSで人々が自分の日常を発信するようになったのがせいぜい20年くらい。
その前は家族のホームページを作っている奇特な人が少数いたり、日常をブログにする学生さんがいたりしたけど。
その前は研究者が自分の研究内容を公開するものだったと言えばいいのか、趣味人が集まって文字をかき集めていたパソコン通信だったと言えばいいのか。
そんなSNSが無かった頃のロールモデルは身近な人で、親や親戚、先生、先輩、友達だったりしたものだったな。
しかし、あくまでも参考にする程度でなりきろうとまではしたんだろうかとは思う。
いくら誰かをロールモデルにしているからといって、その人の当日の服までまねしたらむしろ失礼に当たるってみんな分かってるからね。
もちろん、ドレスコードに従ったら必然的にかぶることがあり得るような場合は除くけれど。
そして、変なまねの仕方をしたらものまねをして侮辱していると捉えられても仕方が無いから、そういうまねの仕方はしなかった。
なんかインターネット上の人まねをする人は多分目の前にその人がいないからかロールモデルと言いながらもかつては失礼とされたことをやってるって思うね。
...いや、なりきり君はリアルにもいるけれど、その場合は本人に尊敬しているしあなたみたいになりたいみたいなことを言って、相手も周囲も受け入れているから成り立つのか。
やっぱり、勝手にやったらだめでしょってはなしだな。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
魚を獲るスキルもなく食うに困ってもそれがあなたの選んだ道じゃんってなるのが本来の自由だったはず
例えば信教の自由があるとしてわざわざ信仰カルト宗教に帰依したとして
偏見以前に社会に実害を与えてきた組織に与することを指弾されるのは当然自由の代償だったはず
例えば着たい服を流行に染まらずに着続ける自由、無免許でも地方に住む自由、タトゥー入れたりピアス付けたりする自由などは、明らかにその自由を行使することで一切のペナルティを負うべきではないというニュアンスが強い。自由というよりは無制限の承認に近い。おそらく令和を境に自由の意味は大きく変わる。人権もだいぶ変節した意味が通用するようになってきたが、自由もまた同じ道を歩むだろう。
その一方で、自由とされるものを承認しない言動も目立ってきた。
例えば婚活するにあたり良い条件の人を選ぶのは幸福追求であり自由だが、これを認めないかのような言動は随分目立つ。何なら婚活を運営する側もその自由を愚かであるかのように言うケースすらある。本来は自由とされてきたものが不自由になる。昔から大学歴は偏差値で選ぶのが当然とされてきており、研究室で選ぶのは異端かのような空気があったが、それに近いだろうか。
痩せるにあたってデブではない人の意見を聞きたい。たぶんだけど食事の感覚と食生活を普通の人に合わせるだけで痩せられるんじゃないかと思っている。
こないだ夫婦げんかの流れでマンションを借りて半別居し始めた。
それまでの状態は、お互いずっと一緒にいるとストレスになるって話だった。
妻は夫の言動に、自分は妻の言動に。言えないとか、思い込んじゃうとか、誤解したり気を遣ったり、お互いいろんなもんがぐちゃぐちゃになってた。
大体1日目の夜~翌朝にかけて言い合いになるが、その流れでお互い言いたいこと言った。
自分はHSP的な気質もあって物音も気になるから、そのこと(もう少し静かにしてほしい)も話したけど「それは無理」って言われた。
お互いにとっての「無意識」を変えるって困難。「普通の感覚」も違ってたりする。
ただ、妻が「洗濯機の蓋静かに閉めてみたりしてる」って言ってて、その時初めて知った。考えてくれて、行動を変えてくれたことに気づけないって罪。
「物音気にしないで」って言われてもそれは無理なのだが。
でもお互いの事は嫌いではないんだ。
気持ちの問題と言われることがあるけど、個人の感覚を変えることって、どちらかというと「汗かかないで」「かゆくならないで」とかって言われてるのに近いと最近思う。そこがこじれるとお互いに嫌いなような気がしてくる不思議。
「部屋借りたら?」と妻が言った。
自分も、妻にこれ以上ストレス溜めるのは嫌だから職場の近くに部屋借りるっていったら、妻もホッとした感じになってたので、そのまま契約した。
子どもの習い事の送り迎えが仕事場の近くなので、お迎えに行く日は子どもと帰宅。週の半分は自宅・半分はマンション暮らしって感じ。
こないだ妻の手料理を何日かぶりに食べた。美味かった。「やっぱり手料理がいいなぁ」って話をした。
喋りながらご飯が食べられるのもいい。ひとりだと買って食べることが多いし、だんだん体が受け付けなくなってくる。
プチ一人暮らしでお料理できるようになれば、自宅にも還元できるかも。
マンションのシャワーは水圧もそこそこ(バルブで流量調節はできるが)で、決して広くはないし、浸かったとしてもウッディ人形が折りたたまれて箱に入ってるみたいで窮屈だからリラックスできない。
で、意外な発見だったんだがパパがいなくなってからママがダラダラ手抜きしてるって子どもが言うんだ。
「手抜きしてるの?」って妻に聞いたら
ニコニコしながら夕食とかの手抜き具合を教えてくれた。
なんでも、パパが帰宅すると思うと「帰ってくるからやらなくちゃ」って思うらしい。
それを聞いてなんかホッとした。
一度たりとも「俺の飯は?」とか言ったことないんだが、考えればそれはそれでプレッシャーだったのかも。
文句ばかり言う夫なら妻だって「なんだコノヤロー」って言えるけど、文句も言わずに仕事して帰ってくるんだから、ちゃんとしないとなって思ってたのかな。
聞き分けがいいようでいて、それが逆に相手に逃げ場を与えないことにもつながるのかも。
「お父さん帰ってくるから」
自分は中高生くらいになると「別にいいじゃん、なんでそんな気にするの」って言ってたけどそういうわけにもいかないのかな。
うちのオトンも真面目に働いて文句も言わない人だと思う。
あと、数日ぶりに帰って家にいたら、息子がスポーツから帰宅して「パパー!パパー!」って汗だくのまま抱っこにやってきた。
息子曰く「パパがいないと違う」らしい。かわいいやつ。
いっぽう、古いワンルームのマンション暮らしは結構楽しくて、自宅では叶わない生活環境を余すところなく実行していこうと思ってる。
まず部屋の天井に照明はついていない。昼間は明るいから電気はいらないし、夜はダイソーのコンセントライトと勉強用の電気スタンドがあれば足りる。自宅だとお風呂暗くして入ってても、子どもが入ってきたら「暗い!」って電気つけられる。
朝陽は好きだが、夜まぶしいのは苦手なんだ。
好きなフレグランスのスティックを置いて、足音が気にならないよう洋室をカーペット敷きにしてやった。
ハンガーは一度使ってみたかった滑り止めつきのやつで統一してみたが、自宅に帰った時にプラスチックのハンガーがついてくるのでなんとか白1色に統一している。
キッチン戸棚は常に解放しており、ワンアクションでコップやコーヒーに手が届く。
まともなひとり暮らしってしたことなかったから、自分の生活環境をほとんどコントロールできて、自由に配置できるってすごく心地よい。
若いころ一度だけ社宅として借りてもらったマンションで数か月住んだが、仕事が合ってなかったのと、急な一時出張みたいな感じでその時はストレスしかなかった。
コストコで買った50個入りのロールパンが流し台下の四角い冷蔵庫に退去の日まで45個くらい入ってた。
100円ローソンのカルボナーラの空き容器が溜まっていってた。
その部屋は堅いフローリングだったから、部屋に帰っても居場所が座布団の上くらいしかなく、
ベッドは備え付けの電動ベッドだったが、なんか、思い返すだけでもすごく嫌だ。
子どもたちの学校が始まったので、妻がこのまま持つのかは不明だ。
でも、お互いにストレスから解放されて週半分は会う生活もよい。
結婚生活ってお互いの全てを受け入れるとか、片目をつぶるとか、いろいろ言われるが、物理的に離れるのって分かりやすくて良い。
妻が言ってたのよ
「居たら色々頼みたいけど、疲れてるかな?とか勉強したいかな?とか気にしないといけない」
夫も言ったのよ
「居たら、家の事しなきゃなって思うけど、勉強したり他の事したい時もある」
これ、お互いにいなかったら解決。
いや会話しろよって思うかもしれない。
そこがね、もうね。ぐっちゃぐちゃになってくるとね、ままらないのよ。