はてなキーワード: Itとは
別にいらんとは思うけど、ITパスポートに関しては勉強を始めるか悩むような難易度のものじゃないから一回手つけてみても良いんじゃない
役に立たなくても一応国家資格だし
極中道(Extreme Center)という概念は欧米周りの政治的議論で時々聞くが、よく分からなかった。AIによると、極中道とは、伝統的な「革新(左派)」と「保守(右派)」のイデオロギー対立を乗り越え、市場原理や効率性を重視して実用的な改革を行おうとする政治的立場・思想を指すという。しかし、何故それを極中道という概念で括る必要があるのかがサッパリ分からなかった。
AIによると、極中道批判者が問題視するのは、市場原理重視そのものというより、「中道」が持つ政治的な排他性と非民主的な側面だという。
いや、それは当然だろ。ミクロ経済学の知見からすれば、自由貿易を推進して国際的な分業を推進すること自体は当然だろ(食料安全保障やその他の産業の安全保障は別段としても)。極中道の一体何がおかしいのか、それは中道に対する難癖ではないのか。このように思った。
極中道と呼ばれる政治構造によって、本来は政治のど真ん中で議論されるべき論点が不合理にもスルーされてしまったケースはあるのでしょうか。この具体例を提示できないと、極中道という政治概念の存在意義はないように思います。
例えば19世紀の欧州の民主主義国家にはには王政復活を真剣に主張する人達がおり、20世紀後半にも日本の社会主義化を真剣に唱える政党(旧社会党)が存在しました。これらはその後の歴史により非現実的であることが証明され、消滅しました。自民党と中道改革連合の政策論や政治思想の差は、自民党と旧社会党の差よりも圧倒的に小さいものです。しかるべき経緯による左右の差の合理的な縮小が、極中道で指摘されている左右政党の対立の消滅と指摘される所にも存在するのではないですか。
これに対してAIは納得いく答えをくれた。
極中道という政治概念が存在意義を持つ背景には、「一見すると合理的な政策合意(収斂)に見えたものの陰で、重要かつ対立すべきだった論点が『不合理』として一蹴され、後から甚大な社会的暴発を引き起こした」という欧米での明確な歴史的事例が存在します。
1. 米国のハイパー・グローバリゼーションと「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」の放置(1990〜2010年代)
1990年代以降、米国の民主党(クリントン政権)と共和党(ブッシュ政権)はともに、自由貿易協定(NAFTA)や中国のWTO加盟などの自由化を「効率性と全体の成長のための不可避な選択」として推進しました。
- スルーされた論点: 「貿易自由化によって生じる国内の勝者(IT・金融)から敗者(製造業労働者)への本格的な再分配や、国内産業基盤の維持対策」。
- 何が起きたか: 中道左派の民主党までもが「市場原理とグローバル化」を前提としたため、失職した地方の製造業労働者の懸念は「時代の変化についていけない人々の不満」として政治の中心で真剣に議論されませんでした。
- 結末: 既存の左右政党に見捨てられたと感じたラストベルトの有権者が、従来の両党政治を全否定するドナルド・トランプ(保護主義・ポピュリズム)を一気に支持する反動を生みました。
2. フランスの燃料税引き上げと「黄色いベスト(ジレ・ジョーヌ)運動」(2018年)
マクロン政権(極中道の代表格)は、環境対策と市場原理を組み合わせた「燃料税の引き上げ」を「気候変動対策としての客観的な正解」として提示しました。
- スルーされた論点: 「環境負担の公正な分配」。都市部の富裕層は公共交通機関を使える一方、地方の労働者は車が生活必需品であり、燃料税増税が実質的な弱者への逆進性課税になるという視点。
- 何が起きたか: 政府は当初これを「環境対策への不理解」として受け流しましたが、生活に追い詰められた地方住民が全国で暴動・デモを起こし(黄色いベスト運動)、フランス社会は数ヶ月にわたり大混乱に陥りました。最終的にマクロン政権は撤回を余儀なくされました。
ご指摘の「旧社会党の非現実的な政策(ソ連型社会主義など)の淘汰」は、持続不能な選択肢が消えた「合理的な縮小」です。しかし、「極中道」が問題視されるのは以下の点において質的に異なります。
A 失敗したシステム(計画経済や絶対王政など)を淘汰すること: 民主主義的な選択肢の健全な淘汰
B 「資本主義のあり方(格差の是正、産業保護、分配など)」という答えが一つではない価値判断まで、「技術的・経済的に唯一の正解がある」として議論を打ち切ってしまうこと: 市民の選択肢を奪い、不満を「既存システムそのものの破壊(過激ポピュリズム)」へと向かわせる
「極中道」の存在意義とは、まさにこのように「一見スマートで合理的な中道合意が、実は特定の人々の生活や不満をスルーし続けた結果、より巨大で過激な政治的爆発(極右・極左の台頭や暴動)を引き起こす」という構造的欠陥を説明・検証する点にあるのです。
そうか、そういうことか。米国のラスベルト問題や仏国の黄色いベスト運動は、左派知識人には極中道の構造問題と捉えられているのか。この極中道という問題意識の妥当性についてはなお疑問があるが、少なくとも彼らが何を問題視しているのかは理解できた。
つまり極中道論者は、米国の製造業の衰退や、仏国の燃料税の引き上げによる農民や自営業者の苦境を、右派のみならず左派の政治エリートがすくい取れなかったことを問題視しているのだ。
もしも、左派と政治エリートがラストベルト問題や燃料税の負担の問題を議会で取り上げて激しく批判すれば、仮に結果として政府によって何も対策が取られなかったとしても、次の選挙で問題提起した側を選挙で選ぶという選択肢が有権者に生まれる。しかし、実際にはそうはならなかったという絶望感が非政治エリートにあり、その構造を説明する概念として極中道が注目されたということなのだ。
日本で極中道野概念の存在意義が理解されにくい理由は、ラストベルトや黄色いベスト運動のような問題が起こっていない点が大きいだろう。
さらに、日本で極中道を解説する学者が旧社会党的価値観が衰退した理由として極中道を援用してしまう点があるのだろう。例えば酒井隆史氏は、"こうした諸政治勢力の総中道化の動きのなかで形成された政治システムを、「極中道レジーム(体制)」と呼ぶならば、日本の転機の一つが、1996年の日本社会党の消滅です。"という。いや、旧ソ連を理想化した社会主義(旧ソ連に民主主義的な段階的な社会主義化、基本的人権や法治主義、三権分立を加えたもの)を目指していた旧社会党が支持を失うのは民主主義的な選択肢の健全な淘汰なのだが。
最近、会社で生成AIが正式に使えるようになった。というわけで、今さらながらバイブコーディングというやつを試している。
やってることは本当にしょぼい。たとえば、毎日使ってるグループウェアの「これ、地味に不便だな〜」ってところ。前からずっと気になってたけど、直そうにも良いアイデアが浮かばず放置してたやつ。それをAPI連携でちょこっとプログラムを組んだら、今まで3時間かかってた作業が10分で終わるようになった。
他にも社内教育用に簡単なブラウザゲームを作ってみたら、これが思いのほか好評で。ちょっとした達成感がある。
思えば、プログラミングへの憧れは子供の頃からうっすらあった。
小学生の頃、ジオシティーズでホームページを作っていた。メモ帳でHTMLを書いて、FTPでアップロードして。今思えばめちゃくちゃチャチなサイトだったけど、それが世界に公開された瞬間は、子ども心に全能感のような感情があった。
カチャカチャとコードを打つ。それがリアルタイムで画面に反映される。気に入らなければ直す。また反映される。納得いくまでその繰り返し。このトライ&エラーがとにかく面白かった。
中学生になって「C言語を勉強したい」と親にソフトをねだって買ってもらったこともある。けど、全く全歯が立たなくてあっさり挫折した。それっきり、そのソフトを開くことはなかった。
「自分には向いてなさそうだな」という漠然とした感覚があって、進路を考えるときもIT業界は選ばなかった。今はまったく違う業界でバックオフィスの仕事をしている。
とはいえ最新のIT知識を追うのは好きで、はてブに上がってくるようなプログラミング系のトピックはいつも興味津々で眺めていた。でも、それはあくまで「眺める」側の話。自分がプロダクトを作る側に回るなんて、想像もしていなかった。
それが、生成AIの登場でガラッと変わった。
「こうしたい」「ああしたい」というイメージさえあれば、実際にプログラムとして形にできる。できあがったものを見ると、じんわり感動している自分がいる。
これはたぶん、選ばなかった方のIfを、今になって少しだけ再体験できているような感覚なんだと思う。
いや、すごい時代になったもんだ。
よくよく読んでみれば加速したのは運転者なんだなw
Before he reached the intersection of Card Sound Road, McGee had activated the Vehicle's Autopilot, including the Traffic Aware Cruise Control ("TACC"), which among other things, restricts the Vehicle's speed to 45 miles per hour when the Vehicle is not operating on a highway or limited access roadway. ECF No. [325] at ¶ 3; ECF No. [351] at ¶ 117. However, McGee subsequently manually engaged the Vehicle's accelerator, increasing the Vehicle's speed to 62 miles per hour and temporarily disengaging the TACC speed restrictions while leaving certain Autopilot features operational. ECF No. [351] at ¶¶ 3, 157.
その状況でもオートパイロットは作動していることはどちらも認めている
The Parties do not dispute that the Vehicle's "Autopilot remains engaged even when the accelerator pedal is depressed by 20%" or that "McGee did not depress the accelerator by more than 20% prior to the accident." ECF No. [351] at ¶¶ 123-24; ECF No. [379] at ¶¶ 123-24. Therefore, there is no dispute that the Autopilot was still engaged, to some degree, as the Vehicle approached the intersection. There is also no dispute that McGee accelerated the vehicle to 62 miles per hour. Compare, ECF No. [325] at ¶ 3 with ECF No. [351] at ¶ 3. Therefore, there is no material dispute that McGee temporarily overrode the TACC's 45 mph speed restriction in the 30 seconds leading up to the collision. The only dispute is whether accelerating the Vehicle past the TACC max speed temporarily disabled the Autopilot's longitudinal control function and the automatic emergency brake function.
そのうえで衝突警告も自動ブレーキも無かったことがテスラの過失になってる
The Court agrees with Plaintiffs that the basis for Moore's opinion regarding Autopilot's failure to timely warn or deploy the brakes is reliable. In reaching his conclusion, Moore relied on the Vehicle's log data as well as the Vehicle's augmented video to show that notwithstanding the detection of obstacles in the roadway, there was no Automatic Emergency Braking or Forward Collision Warning issued by the Vehicle prior to the collision. No additional evidence is needed to reasonably infer that the triggering of either of these systems following the detection of the obstacles would have made it more likely than not that the collision would never have occurred.
それなりのクラスのエンジニアとして、いくつかのスタートアップを渡り歩いてきた。
基本的には開発側の人間だが、事業責任者を兼務したこともあるので、開発組織だけでなく事業側から会社を見る機会もそれなりにあった。
いきなり身も蓋もない言い方をしたが、正確には、
という問題だ。
ITスタートアップの創業は、だいたい「事業をやりたい人」と「作れる人」の組み合わせから始まる。
当然、起業家なら誰でも優秀という話ではないが、少なくとも一定規模まで成長しているスタートアップなら、資金を集め、人を集め、顧客を獲得し、会社を前に進めてきた何らかの能力がある。
ただ、実際にはそんなきれいなケースばかりではない。
「前職が一緒だった」
そういう理由で参加していることも珍しくない。
創業当時の市場価値で言えば、普通のメンバークラスだったり、良くてEMくらいだったりする。
海のものとも山のものとも知れない会社に初期から参加して、給料も環境も不安定な中でプロダクトを作った。
それは立派なリスクテイクだと思う。
そのリスクに対して、ストックオプションでも株式でも、十分に報われるべきだとも思う。
ただし。
ここがなぜか混同される。
会社が10人、20人の頃は、CTOと名乗っていても実態は「一番偉いエンジニア」で成立する。
コードを書く。
インフラを見る。
技術選定をする。
障害が起きれば飛び込む。
それでいい。
数年後を見越したアーキテクチャを考える。
つまり、
元々ただのエンジニアだった人間が、会社の成長とともに肩書きだけCTOになり、気がついたら数十人、数百人の開発組織を背負っている。
本人に悪気はない。
ただ、できない。
マネージャーを育てられない。
それでも権限だけは持っている。
能力が足りないなら誰かを採ればいいのだが、なぜか採らない。
開発組織長を採らない。
VP of Engineeringを採らない。
CPOを採らない。
全部自分で見る。
そして全部中途半端になる。
それは経歴である。
自分より組織マネジメントが得意な人間が来ても権限を渡さない。
自分より技術戦略に強い人間が来ても「うちの事情を知らない」で退ける。
結果、優秀な人ほど辞めていく。
そして最後には、
「マネージャーが育たない」
「自律的に動ける人がいない」
と言い始める。
違う。
責任だけ渡して意思決定権を渡さない会社で、まともな管理職が定着するわけがない。
そういう人たちは何が違うか。
技術には強いが組織マネジメントは弱いなら、強いVPoEを採る。
プロダクト戦略が不得意なら、強いCPOやプロダクト責任者を置く。
数百人組織のマネジメントが向いていないなら、別のCTOを採用する。
本人はCTOという肩書きを外してフェローや技術顧問になることもある。
あるいはCTOのままでも、開発組織長に大きく権限委譲して、自分はCTO室のような形でR&Dや技術探索に集中する。
これができる人は強い。
なぜなら、
逆に、それができない創業CTOは、会社への貢献者だったはずなのに、ある時点から会社の成長阻害要因になる。
この話をすると、
という反論が来る。
知らんがな、と思う。
むしろ逆だ。
株を持ってもいい。
経済的に報われてもいい。
しかし、
という話にはならない。
営業1号が会社を救ったからといって、1000人企業のCROを自動的に任せるだろうか。
経理1号が創業時の請求書を全部処理していたからといって、上場企業のCFOにするだろうか。
しないだろう。
なぜエンジニアだけそれが許されるのか。
「創業CTO」という肩書きが、一種の聖域になっている会社が多すぎる。
これは当たり前の話だ。
自分が30人の会社には向いていたが300人の会社には向いていない可能性を考えなければならない。
それが経営だと思う。
今あなたが持っている役割は、本当にあなたが一番うまくできる仕事なのか。
プロダクト。
採用。
経営。
本当に全部できるのか。
できないなら、それは別に恥ではない。
問題は、
「自分に何ができて、何ができないのか」を正しく判断し、必要な人材を採り、必要な権限を渡し、自分自身の役割まで再設計できる。
そこまでやって初めて、会社の成長に責任を持つCTOなのではないか。
それとも、単に誰も降ろせないだけなのか。
人生において映画って全然見てこなくて、年間5本見れば多いほうくらいだったんだけど、
ある日「映画って、よくね??見たくね?」ってなって、2年前に「古い順に映画を見ようプロジェクト」を始めた。
(1920年とかから始めて、今1972年まできた。見る基準は、ある程度有名or評価が高いor個人的に興味を持ったやつ)
気づいたら1000本見てたから、記憶整理したくて特に好きな映画をリストにした!
全部書くつもりが書ききれなかったから、続きも今度書く。
100年近く前とは思えない先進的なセットと衣装。とにかく壮大。
チャップリンは作品によって合う・合わないがあるんだけど、これ大好き。花売り娘とのシーンがとても心に残る、素朴で真心にあふれた作品。
サイレント映画の時代からまだ間もないのに、口笛のメロディーをモチーフとして使う音の演出がすごい。ピーター・ローレがとにかく怖くて不気味。
驚くほどシンプルで無駄がなく、奇妙な展開が楽しい。女性が演じる103歳のおじいさんまで登場する怪作。
シンクロナイズドスイミングのように大人数が一つの模様を作り出す群舞が圧巻。その壮大なスケールにただただ驚く。
テンポのいい掛け合いがとにかく笑えて、二人の関係が最高。かわいい。
騒々しくてテンポのいい掛け合いが最高に笑える。特に姉妹のやり取りが面白い。
老いることの残酷さと、それでも失われない美しさを静かに描いた作品。
色彩が本当に魔法みたいに美しい!この時代は白黒映画ばっかりだから余計に感動した。
何この設定!?まさかBabyがヒョウとは誰も思わんわな。面白すぎた。
西部劇はあまり得意じゃないけど、これは「完璧な映画」のお手本みたい。無駄がない。
初見ではピンとこなかったけど、再鑑賞で面白さがわかった。富裕層と使用人の対比と、すべてが薄っぺらく見えるのが良い。
目にも耳にもとにかく楽しい!色彩も音楽も華やかで、みんな楽しめると思う。
原作も大好きだけど、映画も大好き。息が詰まるような屋敷の空気と、周囲の人々からじわじわ伝わる敵意がたまらない。
とにかくキャストが豪華すぎる!この3人を揃えて面白くならないわけがない。
有名すぎて何も言うことがない。でも、やっぱりすごい。
ベタさも感じるけど、人々の暮らしと感情を一つ一つ丁寧に描いていて、大好き。
白雪姫パロディ。バーバラ・スタンウィックの圧倒的な存在感と、テンポのいい笑いが最高。
何これ!? としか言いようがない。奇天烈で意味不明で、そこがいい。
戦時中にこの題材でここまで笑わせにくる度胸がすごい。
どこか今の恋愛映画を観ているような、不思議なくらい現代的なストーリー。ベティ・デイヴィスの変身が息を呑むほど美しい。
有名すぎて言うこともないけど、やっぱりいい。君の瞳に乾杯。
重く、残酷で、後を引く。一度見るとしばらく引きずる。
タイトルからどんな映画かまったく予想できなかったけど、壮大で奇妙で最高!
死んだ絶世の美女の肖像画に男が取り憑かれていく話。ミステリーとして普通に先が気になって面白い。
短い怪談がコンパクトにまとまっていて、それでもしっかり怖い。
変な設定のホラー。不気味だけどなんか笑える。こういうのが一番好きかも。
宗教や魔女裁判には馴染みがないけど、映画の題材としてはやっぱり面白い。
バーバラ・スタンウィックの存在感がとにかく圧倒的!!息つく暇もない怒涛の展開。
高かった期待値を軽々超えてきた!ケイリー・グラントも、かわいい殺人犯おばあちゃんたちも最高。
細かいストーリーは忘れてしまったけど、ジョーン・クロフォードが圧倒的だったことだけは覚えてる。
フラットな気持ちで観て欲しいので「この映画が俺の一番好み!」みたいなバイアスを避けるため年代別にソートした
タバコ屋のカウンター越しに交わされる他愛のない嘘や世間話が中心。日常の機微そのものを愛おしく味わえる。
道中で出会う人々がみな親切で、それぞれが抱えるささやかな事情に触れ合いながら旅が進む。事件らしい事件は起きないが、風景と人の優しさだけで深く胸を打つ。
巨漢の男、サーカス団長、魔女など個性的な人物が次々登場するが、誰もが愛嬌に満ちており、父の語る世界には純粋な優しさと遊び心しかない。
劇的な悪人や妨害者が一切現れず、道中で出会うバイカー、トランスジェンダーの受付嬢、ネイティブ・アメリカン、中古車屋など、誰もが主人公の純粋な情熱と人柄に魅了されて自然と手を差し伸べる。
劇的なドラマや押し付けがましいメッセージはなく、淡々と美味しいご飯を供し、他愛のない会話が交わされる。
巨大なムーブメントに巻き込まれていく町の人々やヒッピーたちがみな陽気で無邪気。
主人公も周囲の人々もどこか頼りなく、強烈な正義感や悪意とは無縁。「まあ、適当に開き直って生きていこう」という脱力感と優しさが心地よく残る。
イタリアの美しい田園風景をドライブしながら、心優しい人々に出会い、かつての恋人を探すというギスギスした人間関係はなく、ただただ美しい景色と温かさに身を委ねられる。
二人がお互いを一人の人間として対等に扱い、ただ楽しく過ごす姿が痛快。
白黒のスタイリッシュな映像とともにどこかズレた主人公の友人たちを眺める。
教室に集まる世界各国の生徒たちがみな不器用で優しく、お互いを自然に応援し合う。美味しいお菓子を作り、少しずつ言葉を覚えていく過程がただひたすらに温かい。
音楽の純粋な楽しさと、関わる人々のオープンな人柄が前面に出ている。ものづくりを通じてみんなが少しずつ前を向いていく過程が爽やか。
雄大な自然と出会う人々がみな大らかで、ただ美しい映像と音楽に身を任せて「旅の解放感」に浸れる爽快な一本。
絵を描くことへの純粋な情熱と、周囲の仲間たちとの穏やかでユーモラスな関係性に焦点を当てる。
朝起きて、仕事をして、詩を書き、愛犬の散歩がてらバーで1杯だけビールを飲む。
お互いの好物をシェアしながら少しずつ打ち解けていく2人の掛け合いが愛らしい。
ロンドンの公園で行き交う愛犬家たちの他愛ないおしゃべりや、振り回されつつも犬に愛着を覚えていく。
素晴らしい喫茶店。素晴らしいとても素晴らしくて素晴らしかった。
出張後泊明けに余裕があり、同僚となんの気無しにモーニングをとりに入ったお店。まず店構えがええ感じ。珈琲美学という四文字熟語なストレートな店名もストレートで良いと思う。
店内に入ると店構えと店名でちょっと上がっていたテンションがさらに1段階グーンッと上がる。大人なので平静を保っていたがテンションがグーンッと1段階上がった。なんとも暖色系のリラックスできる照明。いい具合で雑然と整然が溶け合っているアンティークな感じの店内装飾。自分たちの仕事を気に入ってそうな若手からベテランまでの店員さんたち。力のある地方都市の平日の朝に似つかわしい八割がた客席の埋まっている活気のある店内。セルフビルドという聞き慣れない方式の大変コスパの良いバラエティに富むメニュー構成。
こんなに何から何まで僕好みのこんな喫茶店、素晴らしい素晴らしいやん。なんなん?フラッと寄ったらこんなに当たりの喫茶店。こんなことある?と静かに内心興奮しながら案内されたやや狭い席でメニューを吟味していると、ベテランぽい年長の店員さん(ベテランぽい人のベテランぽいユニフォームも大変よい)から「ここよりもう少し広い席が空きましたが移られますか」とご親切な案内をいただいた。目配り心配りのある接客も大変素晴らしい。
同僚が頼んだカフェオレだったかな?カフェオレはテーブルで店員さんが注いでくれる。水谷豊とかインド人とかがやる高いところから注いで空気に触れさせてなんか美味しくなるらしいあれだ。それで本当に美味しくなるのかどうかは私のようなものにはわからないが気は心だ。プレゼンテーション最高だ。ここで今まで平気な顔をして平静を保っていた私の心の声が漏れてしまい、若い店員さんに少し笑われてしまった。笑われてしまったと書いたが、心が通ったとも言える。これも素晴らしい。
前述のセルフビルドという、自分でバラエティに富む単品メニュー(コスパ良い)を組み合わせて自分好みのモーニングにする注文方式で好きなものを頼んだ。コーヒーも香り高く、野菜も瑞々しく、バゲットもソーセージもプレーンオムレツも大変美味しかった。
うちの妻は大の喫茶店好きなので、妻と一緒でなかったのが残念だ。日常的であるはずの朝にカフェオレをテーブルで高いところから注いでくれるという非日常なプレゼンテーションをサービスしてくれる喫茶店で、服に珈琲が跳ねないかを気にする(もちろん跳ねない)ややナーバスな同僚とではなく、今度は妻と是非また来ようと思った。
しかし松本はガンダーラのように遠い。妻と来なかったこととまた来るにはあまりに遠いことは残念だ。they say it was in matsumotoだ。
物事は素晴らしすぎると素晴らしすぎるゆえに残念も副産物として生じさせてしまう。そんな哲学的命題にも思い至った珈琲美学アベでの朝だった。
Different in many ways
As so were those
In World War II
Combat soldier was twenty-six
N-n-n-n-nineteen
The heaviest fighting
Miles northwest of Saigon
N-n-n-n-nineteen, nineteen
N-nineteen, nineteen
In Vietnam, the combat soldier
Typically served a twelve month tour of duty
But was exposed to hostile fire almost everyday
N-n-n-n-nineteen
N-n-n-n-nineteen
In Saigon, a US miltary spokesman
Said today, more than 720 troops
Were killed last week in
2,689 soldiers
All those who remember the war
They won't forget what they've seen
Destruction of men in their prime
Whose average age was nineteen
D-d-d-d-d-destruction
D-d-d-d-d-destruction
According to a Veteran's Administration study
Half of the Vietnam combat veterans suffer
From what psychiatrists call
Post-traumatic stress disorder
Many vets complain of alienation, rage, or guilt
Some succumb to suicidal thoughts
Eight to ten years after coming home
Almost eight-hundred-thousand men
Are still fighting the Vietnam War
None of them received
A hero's welcome
S-s-s-s-s-Saigon
Nineteen, s-s-s-s-Saigon
N-n-n-n-n-nineteen
日本で「働き方改革」が叫ばれてから数年が経った。法改正や企業の取り組み、テレワークの普及など、外側から見れば確かに変化は起きている。しかし、通勤ラッシュが完全になくなったわけでもないし、残業ゼロが当たり前になったわけでもない。では、私たちは本当に「働き方」を変えられたのだろうか。制度の改定だけで人の暮らしや価値観まで変わるのか、それとも見せかけの改善に過ぎないのか。今回は現場の実感と統計の狭間にある「実態」を掘り下げ、読者の皆さんと議論したい。
まず、制度面の変化を整理する。法的には時間外労働の上限規制、有給取得の義務化、同一労働同一賃金の導入などが進んだ。これらは確かに企業の運用に影響を与え、労働時間の管理や休暇取得の仕組みを整えるきっかけになった。一方で、運用の差は大きい。大企業やIT系スタートアップでは比較的スムーズに制度を取り入れ、柔軟な勤務形態を導入した例が多い。だが中小企業やサービス業、製造現場では「人手不足」「業務の属人化」「顧客対応の都合」などで制度が形骸化しているケースも少なくない。
次に、意識の変化について考える。テレワークの普及は通勤時間を削り、育児や介護と仕事の両立を可能にした面がある。だが同時に「常時接続」「成果の見える化プレッシャー」「家庭と職場の境界の曖昧化」といった新たなストレスも生んだ。働く側の価値観も多様化している。若い世代は「時間」より「裁量」や「やりがい」を重視する傾向があるが、安定志向や年功序列を重んじる価値観も根強い。制度だけでは価値観は一朝一夕に変わらない。
さらに、経済的な側面を無視できない。企業がコスト削減や生産性向上を求める中で、短時間労働や副業解禁が進む一方、非正規雇用の拡大や賃金停滞が問題として残る。働き方の柔軟化が「雇用の流動化」を促すなら、それは良い面も悪い面も併せ持つ。柔軟な働き方ができる人は恩恵を受けるが、保護が薄い立場の人は不安定さにさらされる。
これらは制度と文化のズレを示している。制度は外形を変えるが、職場文化や評価基準、リーダーシップのあり方が変わらなければ、実効性は限定的だ。では、どうすれば「本当に」働き方を変えられるのか。私なりの提案を三つ挙げる。
成果だけでなく、協働や知識共有、後進育成といったプロセスも評価に組み込む。可視化できない貢献を評価する仕組みが必要だ。
管理職が「時間で管理する」発想から脱却し、目標設定と支援に注力すること。権限委譲が進めば現場の裁量が増え、柔軟な働き方が実現しやすくなる。
非正規やフリーランスが増える流れに対して、最低限の生活保障や再教育支援を整備する。働き方の多様化は支援制度とセットで考えるべきだ。
最後に、個人的な観察を一つ。「働き方改革」は終わりではなく始まりだ。制度が整備される段階は通過点であり、次に問われるのは「どう生きるか」「何を大切にするか」という価値観の再定義だ。働く時間を減らすことが目的化してしまうと、仕事の意味や社会的なつながりが希薄になる危険もある。逆に、働くことの意味を問い直すことで、より豊かな生活設計が可能になるはずだ。
ここまで読んでくれた方へ。あなたの職場や生活で起きた変化、成功例、失敗例、上司や同僚とのやり取り、評価制度の実態、テレワークのメリット・デメリット、あるいは「こんな制度があればいいのに」というアイデアをぜひ教えてほしい。具体的なエピソードほど議論が深まる。率直な体験談や反論、補足、辛辣な意見も歓迎する。
問いかけ
議論を深めるために、できれば**職種・業界・年齢層(例:IT 30代)**を添えてコメントしてほしい。匿名でも構わない。多様な視点を集めて、現場の「リアル」を可視化したい。
deep_one
deep_one 「あーー!!ブランケット返せよ!!!!!」それは分かる(笑)
yukimi1977
yukimi1977 いらない細々としたのものは送り返されたが、1万円の日本酒とか、飲みかけでも価値が出るウイスキーは荷物に含まれてなかったことならある。徹底的にクズだなと思ったな。
tienoti
tienoti なろう、カクヨムのデイリー上位は政略の婚約者の貴族女性側が幼馴染や義妹より蔑まれてからの逆転ザマァが多いなあと思ってたところで、それの話みたい
2026/08/19 リンク
splitaces
splitaces 通常、彼女に他の女を仄めかすとトラブルになるのだから、わざと幼馴染の話をしているね。とはいえブランケット返さないのはくず。
2026/08/19 リンク
hecaton55
hecaton55 流石に分かれる時には所有物等の清算はするべきだろと思うなど 増田 恋愛 男女
gonai
2026/08/19 リンク
entryno001
entryno001 いい歌詞になりそう
2026/08/19 リンク
ayumun
zaikabou
zaikabou さわやかエピソード
2026/08/19 リンク
inazuma2073
inazuma2073 1年後にはどうでもよくなってるかもね。
2026/08/19 リンク
circled
2026/08/19 リンク
pikopikopan
pikopikopan メルカリで買ってプレゼントしたい増田
2026/08/19 リンク
tsumanne30
tsumanne30 身内の80歳にならんとする爺婆でも同じような問題が起こって大ゲンカしてたので、男女の機微とは根深いものだと思いました。
byaa0001
byaa0001 なんでこんなにピュアなんだ……こんな人がこういうクソ(浮気相手にして捨てただけ)な男とくっつくことが俺のスティグマを深める。この人、ちいかわ返されてたら男のこと許してたのかと思うと悲しくなる。
2026/08/19 リンク
xll
xll “ 馬鹿たれ確かに友人は大切だが、彼女に幼なじみのプレゼント選ばせたり、普通に二人でお泊まりしたり、デートの予定なのに幼なじみに誘われたから!っていなくなられていい気持ちなわけないだろ異性なら!!”
2026/08/19 リンク
Alceste
Alceste (別れた彼女の家に置いてた服一式、チャーチの靴とマルジェラアーティザナルニット、ヨウジのレア物バッグ、フルオーダーシャツ数枚…価値がわからなくて全部捨てたみたいでせめてブランディア等に売れよと…)
2026/08/19 リンク
potnips
potnips 物の価値は人によって違うということがわからないヤツはダメ
2026/08/19 リンク
domimimisoso
2026/08/19 リンク
hanenone
hanenone 逆パターンで突然同棲解消して、部屋の敷金折半だったけど受け取らずに連絡できなくなったことがある。まぁ退去手続きもしたし退去費用でなんなら赤字だったけど。
2026/08/19 リンク 2 clicks
anonymighty
anonymighty 男女逆のパターンならよく見るけど、こういうパターンもあるんだなあ。 社会
2026/08/19 リンク
KM202201
2026/08/19 リンク yellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellow
honeybe
honeybe 金でも物でも貸し借りは精算しろよなぁとは思う
take-it メルカリで買い直したいような、しかし元彼を思い出すから買い直したくないような。
2026/08/19 リンク yellowyellowyellowyellowyellowyellow
bokmal
bokmal “あーー!!ブランケット返せよ!!!!!” カステラ「ビデオ買ってよ」の令和版といった趣き。「くそ 返せよそれは それは返せよ」がサビ
2026/08/19 リンク
TriQ
TriQ 住所くらい分からんのかね?内容証明とか送ってみてほしいw
2026/08/19 リンク
inks
inks かわいそうだが、「ナガノの限定ブランケット」って物凄く高級メーカーだと思いきや...。そうなのか。そうなんだ。
2026/08/19 リンク
alivekanade
alivekanade わかる。いるよなぁ。モノ返してくれない彼氏。お金とかのがすっきり諦められたりするんだけどモノは結構引きずる。
2026/08/19 リンク
duckt
duckt 「普通に二人でお泊まりしたり」そっちが彼女なのでは。
kamiokando
kamiokando これは分かる。
2026/08/19 リンク yellowyellowyellowyellowyellow
togusa5
togusa5 物返してから別れ話しろよなー。本か漫画か返してもらってないわ。
2026/08/19 リンク yellowyellowyellowyellowyellow
tapi423
tapi423 増田のこと一切知らないけども、これ読んだらメリカリでそのブランケットを買ってあげたくなった。
2026/08/19 リンク yellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellow
kevin_reynolds
kevin_reynolds 彼氏。クズみたいだからその幼馴染にちいかわブランケットあげちゃっているかもよ。
Hagalaz
Hagalaz 最後の方自分が振ったことになってない?よくわからない
ffrog
2026/08/18
なぜ、ITの職場において低スキル者を排除することが成功のために重要だと誰も言わないのか?|pdfractal
なんかなぁ
みんなして、「うわぁ素晴らしい言語化」「言いたいことがここに書いてあった」とか言ってるけど
この人の言ってることはこの前俺が言った
と同じだろ
いや、もちろんこの人は意識して
って言ってるけど
それがもう欺瞞なんだよね
そんな都合のいい受け皿が都合よく綺麗に無能の数だけあるわけないじゃん
みんなさぁ、「クビ」って言ったら自分が悪者になっちゃうから言わないだけで
言ってることはクビと同義なんだよね
こうしてみんなが無能を「ミュート」しても、無能対応コストはかかってるし、それが回りまわってあなたの給与袋から出ていくんですよ?
素直に言いましょうよ
「相手のIPがわかるから自演がわかる!」と主張するのに、自分自身が自演しまくりで墓穴している増田の正体はテクウヨ先生。
IT牛増田のホッテントリ、Googleのタゲ広告踏んだせいで全部身元われてるぞwwwww
お前まじ馬鹿だなwwwww
まあ"w"の数が多ければテクウヨ先生である可能性が高いことは知られていたが。
社員は100人ちょっといる。全員SEとかプログラマーとか、そういう肩書きになっている。
入社して最初に驚いたのは、技術の話がまったく通じないことだった。
Vim、Emacsを誰も知らない。使えないという意味ではなく、単語を知らない。
GitHubもほぼ誰も知らない。Linuxは何人か知っていたけど「Windowsじゃないやつ」くらいの認識だった。SSH、grep、cron、Docker、JSON、正規表現あたりもほぼ全滅。
昼休みに「家では何使ってるんですか」と聞いたら、「家でパソコン使うの?」と逆に聞かれた。
この前、雑談でRTX 5070の話をしたら、
「それ車?」
と聞かれた。
冗談だと思ったけど、本気だった。
最初は、仕事と趣味をきっちり分けている人たちなんだろうと思っていた。
でも仕事もひどかった。
「最新版」
「最新版2」
「最新版_最終」
「最新版_最終2」
デバッガを使っている人も見たことがない。エラーが出るとprintfを大量に入れて確認している。
C++を何年もやっていることになっている人に「コンパイル通りました?」と聞いたら、「コンパイルって何?」と言われた。
会社案内には「基本情報技術者96名」「応用情報技術者41名」「AWS認定32名」みたいなことが書かれている。
でも実際に聞いてみると、資格を持っている人が一人も見つからない。
AWS認定を持っていることになっている人にAWSのことを聞いたら、「それ何?」と言われた。
総務に資格証のコピーを見せてもらおうとしたら、そんなものは保管していないと言われた。
「これは本人申告ですか?」と聞いたら、
「いや、昔からこうなってる」
と言われた。
しかも自分も、入社した時点で持っていない資格を3つ持っていることになっていた。
訂正してほしいと言ったら、
と言われた。
スキルシートも同じだった。
Excelでデータ入力をしていた人がVBA経験5年になっている。
Windowsのセットアップをしていた人がWindows Server構築経験4年になっている。
ブラウザで社内システムを使っていただけの人がWebシステム運用経験7年になっている。
本人たちも普通に知っている。
「俺、今度は何ができることになってる?」
と営業に聞いて笑っていた。
毎日、Excelの数字を別のExcelに手入力している部署がある。
ミスがあると紙の修正票を作って、また別の人がExcelを直す。
聞いたら、この作業だけで30人くらいいる。
一番怖かったのは、その入力先のExcelが何に使われているのか誰も知らなかったこと。
調べたら、昔は別のシステムに取り込んでいたらしい。
実際には前月のExcelをコピーして数字を少し変えているだけ、という仕事もかなりある。
システム障害件数とか問い合わせ件数とか平均復旧時間とか、もっともらしい数字が並んだ月次報告書もある。
元データはない。
担当者に聞いたら、
「前月と同じだと怒られるから少し変えてる」
と言われた。
受領したPDFを共有フォルダに保存して、「確認済み」とExcelに入力する。
そのExcelをまた別の部署が集計してPowerPointにする。
髪を何か月も切っていないような人、靴が壊れている人、毎日ほぼ同じ服の人、シャツがずっと汚れている人がかなり多い。
でも比較的ちゃんとしている人に「いつも服きれいですね」と言ったら、
と言われた。
別の人は、朝着る服を親が出していると言っていた。
50歳で親に美容院に連れて行ってもらっているらしい。
そういう人が何人もいた。
家にPCがあって、趣味で少しプログラムを書いて、GitHubを使ったことがあって、VimとEmacsという単語を知っている程度。
それだけで社内では「パソコン博士」みたいな扱いになっている。
以前、「AIで仕事を効率化したら、なぜか僕の仕事だけ増えた」という話を書きました。https://anond.hatelabo.jp/20260803162719
会社にとっても社員にとっても、明るい未来が待っているはずです。
ところが会社に報告すると、
「素晴らしい! では空いた4時間に別の仕事をお願いします!」
となる。
給料は増えません。
さらに使い方を共有すると、
「出力がおかしいので見てください」
「マニュアルを作ってください」
と、いつの間にか“AIで仕事を減らした人”が、“全社AI無料サポートセンター”になります。
おかしい。
僕は仕事を減らすためにAIを使ったはずなのに、仕事の種類が増えている。
この話に対して、こんな反応がありました。
なるほど。
僕がExcelを3秒で開けるようになっても、会社の売上が3億円増えるわけではありません。
効率化によって生まれた時間を、新しい受注や商品開発、人員の再配置、採用抑制などにつなげて、初めて会社の利益になる。
それ、末端社員には決められなくない?
たとえば、10人で担当していた仕事が、AIによって5人で処理できるようになったとします。
素晴らしい効率化です。
では、余った5人をどうするのでしょうか。
成長部門へ異動させるのか。
あるいは希望退職を募るのか。
ここで僕が突然、
「田中さんと佐藤さんは来月から営業部へ異動してください。山本さんの業務はAIで代替できるので、人事と今後について相談します」
と言い出したら、どうなるでしょう。
おそらく、
「お前は誰だ」
と言われます。
本当にその通りです。僕もそう思う。
他部署の人員を動かせないし、商品の価格も決められない。浮いた時間を新規事業へ投入してよいかも決められない。
僕にできるのは、自分の目の前にある作業を速く終わらせることだけです。
そして、速く終わったと報告すると、空いたところへ次の作業が入ります。
テトリスと同じです。
現場の時短を会社の利益へ変換できるのは、部門長や役員など、組織を動かす権限を持つ人です。
部門長以上なら、
つまり、
という反論は、逆説的に、
「末端社員だけが効率化しても、利益までつなげる権限がないから、評価にはつながらないので、共有するメリットが無い」
AIによる大規模な業務効率化は、現場の善意に任せるのではなく、経営陣がトップダウンで進めるしかない。
では、なぜそうならないのでしょうか。
場合によっては、
という話になります。
すると、当然揉めます。
異動を嫌がる人もいる。
一方、何もしなかったらどうなるでしょうか。
会議が多いままです。
会社全体としては損をしていますが、特定の誰かが責任を取る必要はありません。
ではなく、
になります。
そして集まるのは、
「企画案を五つ出してもらいました」
といった、誰の仕事も奪わず、組織も変えず、責任も発生しない安全な事例です。
本当に作業時間を半分にする仕組みは出てきません。
メール、Excel、業務システムによって、仕事は劇的に速くなりました。
その結果、みんな早く帰れたのか。
もちろん、帰れていません。
送るメール、作る資料、入力する項目が増えました。紙、Excel、業務システムへの三重入力まで誕生しました。
人員も、すぐ解雇するのではなく、採用抑制、自然減、外注化、配置転換でゆっくり調整されました。
一方早く大きく成功した企業は、パソコンや業務システムを配っただけではありません。
というところまで見直しました。
権限を現場へ移し、部署をまたいでデータを共有し、仕事の担当範囲や評価方法まで変えた。
AIも同じでしょう。
末端社員が言えば「小技」でも、部門長が言えば「経営施策」です。同じプロンプトでも、肩書が付くとPowerPointの表紙まで輝きます。
もちろん、隠すことを勧めたいわけではありません。
更に言いたい。
仕事を増やすのか。労働時間を減らすのか。異動や再教育を行うのか。それとも人員整理するのか。
別の専門職やブルーカラーへ移るにしても、準備には時間がかかります。
30代後半になって、
と言われても困ります。
数年前に言ってくれ。
人員整理だけが怖いのではありません。経営が決断を避けている間に、社員の転職可能な時間だけが削られることが怖いのです。
アカウントを配る。研修を開く。活用事例を募集する。立派な検証資料を作る。
本当にAIで会社を変えるなら、経営側が決める必要があります。
何をやめるのか。
余った工数を何に使うのか。
利益をどう配るのか。
人をどう動かすのか。
IT化の歴史が教えてくれたのは、ツールを配るだけでは組織は変わらないということです。
それでもまた、
と呼びかける。
その結果を受けて組織を変える。