高校生がフィルヒョーの名前を耳にするのは、生物基礎の初め、細胞説を学習するタイミングでしょうな。実は、フィルヒョーの重要な功績は細胞説云々よりも、医師として”細胞と病気を結び付けた”ところにあるんです。
大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。
ライター/小野塚ユウ
生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。
フィルヒョー
フィルヒョーは19世紀にドイツで活躍した医師で科学者です。フルネームはルードルフ・ルートヴィヒ・カール・フィルヒョー(Rudolf Ludwig Karl Virchow)といい、「フィルヒョウ」や「ヴィルヒョー」などと表記されることもあります。
この記事中では名前を「フィルヒョー」に統一することにしましょう。
生涯
フィルヒョーは1821年10月に、プロイセン王国のポンメルン地方にあるシフェルバインという街に生まれました。兄弟はなく、一人っ子だったといいます。
学校では常にトップの成績を収めるほど優秀だったフィルヒョーは1835年にギムナジウム(日本でいう中高一貫校のような学校)に進学し、牧師を目指します。4年後には無事卒業しますが、人前での説教を苦手としたため、牧師になることを断念。医学の道へ舵を切ることにしました。
ベルリンにあったプロイセン陸軍士官学校へ進学し、奨学金をもらいながら本格的に医学を学びます。1843年にベルリン大学で博士号を取得。病院で助手の仕事を経た後、1847年にベルリン大学の講師となり、その後はヴュルツブルク大学の教授やベルリン大学の教授を務めます。
image by iStockphoto
フィルヒョーは病理学(病気の原因やメカニズムを明らかにする学問)の分野で数々の功績をあげました。後述する「細胞病理説」のほか、がんや白血病、血栓の研究などで優れた成果を残しています。
また、公衆衛生についての理解も深く、貧困や不衛生が医療に及ぼす影響を訴えました。ベルリンに近代的な上下水道を整備するため、議員になって政治活動にも精を出したのです。
\次のページで「フィルヒョーの功績」を解説!/




