廃用身 : 特集
劇場公開日:2026年5月15日【この強烈・異様な映画を知ったが最後、もうあなたは
戻れない】目撃した瞬間、価値観が永遠に変わってしま
う清潔な悪夢のようなヒューマンサスペンス 映像化不
可能とされた日本映画界激震・超賛否両論衝撃大問題作

何故って? この記事を読むと“今のあなた”には戻れない可能性があるからです。ですから、少しの猶予を与えましょう。

――覚悟があるということですね。では、あなたを“変える”映画を紹介します。
それが5月15日に公開される
原作は、現役医師の作家・久坂部羊氏の同名デビュー小説。あまりにも衝撃的な設定から「映像化不可能」と評されてきた作品であり、その映画化が発表されると、SNSがざわつきました。


期待と混乱が入り混じった多数の声。実際にこの映画を見ると、とりかえしがつかない事態に陥ります……激烈な賛否両論が巻き起こってほしい、そう感じてしまった“大・大・大問題作”。
本当にすさまじい映画体験をくらいたいのならば――
【予告編】この楽園は異常ですか?
【日本映画界激震の問題作】強烈展開の連続で“言葉”が
剥ぎ取られる…観ればあなたは“こうなってしまう”――

作品内容は予告編からご覧ください。そのうえで、この映画を見ると、人はどうなってしまうのか――。
鑑賞直後の筆者の、率直な言葉をご紹介しましょう。


「映画を語る仕事」をしている筆者ですが、“想像を絶する衝撃性”から、上手く言葉を発せなくなりました。
何度も深呼吸を行った後、ようやく絞り出したのが、上記の感想。

まさに“凄まじいもの”が映っていました。
本作の関係者の言葉からも、それは窺い知れるでしょう。
●関係者からのコメント

「久坂部先生の衝撃作を吉田監督が実写化、もはやある種の恐怖を感じました。とんでもない作品になるなと。」
──染谷将太(主演)

「どうか、目を背けないでください。ここに映るのは、誰かの母でもあり、父でもあり、やがてあなた自身でもある、避けられない現実です。」
──吉田光希(監督)

「まさか映画化されるとは思いませんでした。(中略)介護に関わる方、介護に悩む方、すべての人に、常識の枠を取っ払ってこの映画を観ていただきたいです。」
──久坂部羊(原作者)

――引き返すなら“今”です。それでもまだ“戦慄の世界”へと足を踏み入れたいのであれば、もう私が止めることはありません。どうぞ、読み進めてください。
[廃用身]
麻痺などにより、回復の見込みがない手足のこと。
[Aケア]
「廃用身」を切断する介護ケアのこと。「A」は、切断を表す英語「Amputation」の頭文字。廃用身の切断は「治療(キュア)」ではなく、お年寄りのQOL(生活の質)を高めるためのもの。たとえば「切断=体重が減る」ため介護を行う側の負担が減るだけでなく、介護される本人の麻痺による苦痛を軽減したり、血流の改善などによって臓器・他身体の治癒改善などが見込める。つまり「介護(ケア)」の一環として行われている。
※どちらも実際には存在しない、フィクション作品「廃用身」にある造語です。
【一度聞いたら忘れられぬ衝撃セリフ】ゾクゾクが耳か
ら全身へ駆け巡る…これは究極の医療か、悪魔の所業か

本作の凄まじさを、劇中のセリフが最もよく象徴していると私は考えます。
脳幹を揺さぶるほどの“言葉”を知れば、本作から、さらに逃れられなくなる。






【レビュー】ここ10年で最大級の衝撃がやってきた
観たら“自分”が変わってしまう、もう元には戻れない

では、実際に鑑賞した編集部メンバーのレビューをお届けします。
是非最後までお読みください。
●[題材がエグい…だけじゃないんだ]
漆原院長の論理的な語りによって“身体のリストラ”が伝播→“好ましい副作用”で生まれた笑顔、笑顔、笑顔。ここは楽園?それとも……圧倒的に引き込まれるストーリー展開が凄まじい

不要となった身体を切断する――この衝撃的な題材があるからこそ、本作は特異な作品? いや、それだけじゃないんですよ。真に凄まじいのは、鑑賞者を劇中へと引きずり込むほどの
本当に、ぐいぐいと作品に引き込まれ、まばたきすら惜しくなる。

Aケアを推進するデイケア「異人坂クリニック」の漆原院長(染谷将太)の巧みな話術と論理的な説明によって、処置の正当性が高まっていき、やがて劇的に改善していく患者たちの姿が投影されていきます。
スクリーンから滲み出てくるのは“身体の切断”という異常性をかき消すほどの
切断ののち、感謝。ポスターや予告の“強烈なショット”をさらに上回るシーンの数々、異様な光景から一瞬たりとも目が離せなくなるでしょう。
●[徐々に変わっていく“自分”が怖くなる]
回復の見込みがない手足であれば“切断”した方がいい?いやいや、それはあり得ない。しかし、漆原院長の主張を聞き続けていると「YES」と答えそうに――この感覚は正しい?間違っている?もう自分がわからないんだ……

鑑賞中、気づくはずです。“あなた”の倫理観&価値観が粉々に粉砕されていることを。
コストパフォーマンスの優れた介護を目指すために“廃用身”を切り捨てる。

こんなもの倫理的にアウトに決まってる――当初は、切断自体に本能的な恐怖を感じていたのですが……漆原院長の主張を聞いていると、あれ、なんか正しいことのように思えてきた、と、この手法に“メリット”を感じてしまう自分がいました。
誤解が生じないように言っておきますけど、もちろん「なんて恐ろしいことを――」って考える自分はいるんです。
でもね、それと同時に、Aケアによって生まれる効果を見続けると“納得している自分”も生まれてしまって、そいつをどうにか押さえつけようと必死になるんですけど……無理なんです。

Aケアに対して、安易に「NO」を突きつけられなくなっている……。
不要となった身体を前にし、選択のひとつとしてAケアがあったら……

長年ありとあらゆる映画を見続けていますが、これほどの衝撃度はここ10年で随一かもしれない。
映画を「没入体験」と表現することがありますよね。でも、この映画は違うんです。スクリーンに拡がるフィクションの世界が、
●[この衝撃は“加速”していく]
病院内部から漏れ出た“違和感の声”が世間へと拡がっていき、物語は予測不能の様相へ たった一言のセリフによって鳥肌が噴出する

本作ではAケアが静かに、そして確かに正しさを確立していくさまをリアルな描写を交えながら紡いでいきます。
この過程だけでも十分な見応えがあるのですが、それだけでは終わりません。中盤以降は「ヒューマンサスペンス」としての側面も限りなく強まり、予想もつかない、壮絶な展開へと突き進んでいくのです。

「楽園」が徐々に綻んでいき、その隙間から“闇”が漏れ出てくる……。
劇中で起こる“大転換”の事件において、重要なセリフが

どうしてこうなるのか。いや、どうしてこうなってしまったのか――。
真相は劇場で確かめてください。
●[決して目を背けないでください]
安易な感動は待っていない――他人事だったフィクションは、終わった瞬間に、自分事へと跳ね返ってくる 「真に恐ろしい」とは、この映画のことを言うのだ

この映画は徐々に、徐々に“闇”が物語全体を支配していきます。つまり、安易な感動に落ちるわけがありません。
また、「廃用身」はホラーではありません。あなたを怖がらせることを目的とした作品ではないんです。描かれるのは、あくまでAケアを巡るあれこやこれや……
でもね、大多数の人が感じるはずですよ、この作品はどんなホラー映画よりも

ちなみに、原作小説が出版されたのは2003年。つまり、20年以上の月日が経過しています。その間に社会は、さらに超高齢化社会へと突き進みました。
そんな“今”映像化された本作は、私たち全員への“倫理の踏み絵”となっているように思えてならないんです。
上映終了後、真っ暗闇のスクリーンは、あなた自身の写し鏡となるでしょう。そこに映っている“あなた”はAケアについて何を思うでしょうか。

両親、祖父母、兄弟姉妹、友人、そして見知らぬ誰か――是非周りの人たちと議論してください。いや、そうすべきなんです。
何故なら――
