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つながっているのに、通じない― AIが加速させる“空中戦社会”

気になることがある。
テレビやYouTubeの対談番組を見ていて、

「話が噛み合っていない」

場面が増えた。

二人が向き合い
言葉を交わしている。

しかし
お互いが
自分の言いたいことを、
順番に話しているだけ。

相手の話を受けて、
そこから新しい問いや発見が生まれるわけではない。

相手の言葉によって、
自分の考えが変わるわけでもない。

ただ、
あらかじめ用意してきた
“自分の結論”
を語って終わる。

キャッチボールではなく、
壁打ちである。


しかも
それが当たり前になりつつある。

もしかすると
答えられないのではない。
「質問の意味そのものが分からない」
のではないか

相手が何を問うているのか?
なぜ、その問いを発しているのか?
その背景に、どんな問題意識があるのか?

そこが、
読み取れなくなっている。

だから
問いと答えが噛み合わない。
対話にならない。

空中戦

音声としては、
耳に入っている。

しかし
受け入れない。

「聞く」と「聴く」という言葉がある

人は「聞く」ことはしている。
耳には入っている
しかし、
「聴く」ことが、
できなくなっているのではないか

漢字の「聴く」は英語の「Listen to」(耳を傾けて聴く)に対して、「聞く」はhear、ただ音としてきこえるという意味とすれば、最近の電話でのやりとりは「聞」いている人が多い。だから相手のいっていることの内容が深く判らない。重要なことを聞き落としてしまう。

note日経COMEMO(池永寛明)「静かになった日本―対話量が減り想像力がおちている」

だから
相手を受け入れない。

だから
決して混じり合わない。

そこから
何か新しいものが生まれるわけでもない。

しかし
本人たちは
それをあまり気にしていない。

これは
テレビやスマホの中だけではない。

カフェに行くと、
若い男女が二人で並んでいる。
おそらくデートなのだろう。

しかし
二人ともスマホを見ている。
会話をしているわけではない。

だったら
わざわざ会わなくてもいいのに。

会社も同じ。
同じ職場にいても、
報連相は、
スマホ、
チャット、
メール。

だったら、
わざわざ会社に来なくてもいいのに。

営業現場もそう。
営業マンが
AIで作ったビジュアルな提案書を持ち、
AIが作ったトークストーリーで語る。

しかし
お客さまに伝わらない。

自分の言いたいことだけ言い、
お客さまの質問に答えられない。


意味が分からない。
訳が分からない。

コロナ禍前から
その兆候はあった。

しかし
コロナ禍以降、
一気に加速した。

見えてきたことがある。

単に情報をやり取りするだけでは、
信頼関係は生まれない。

同じ時間を過ごす。
同じ空気を感じる。
雑談する。
沈黙する。
困る。
助け合う。

そういう
共有された時間
があって初めて

「この人と、働いている」
「この人と、生きている」

という感覚が生まれる。
人間は、
情報だけでは、
仲間にはなれない。


1 「送った=伝わった」という幻想

「つながらない権利」がよく話題にのぼる

休日や夜間、上司や同僚からの連絡を拒否する権利。
一見すると、働き方改革・ワークスタイルの変化の議論のように見える。
しかし、本当の問題はもっと深いところにある。

それは、
送った=伝わった」
「連絡した=責任を果たした」

という、発信側の幻想が限界に来ているということ。

昔の対面コミュニケーションでは
「伝わっていない」ことが、その場で分かった。

相手の表情で。
沈黙で。
違和感で。
間(ま)で。

人は、言葉以外の膨大な情報を受け取りながら会話していた。

しかし、WEB、スマホ、SNS、チャット文化では、送信履歴だけが残る。
だから発信側は、「私は伝えた」と確定できてしまう。

しかし受信側からすると、事情は違う。

・読む余裕がない
・精神的に開けない
・今は関わりたくない
・処理能力を超えている

という状態がある。

つまり、通信技術は高度化したのに、人間側の“受信容量”は変わっていない。

むしろ、スマホ以降、人間は常時接続状態になった。

いつでも繋がる。
いつでも返せる。
いつでも反応できる。

だから逆に、常時反応を求められる。
その結果、人間の精神は疲弊し始めた。

だから今、「既読スルー」ではなく、
“既読にしない”
“通知を切る”
“つながらない”
“沈黙する”
こと自体が、主体的な自己防衛になっている。

昔は、“つながれない不安”だった。
しかし今は、“つながり続ける恐怖”へ変わっている。

これは単なる「働き方改革」ではない。
「コミュニケーション文明の転換」が進んでいる。


2 対話の意味が変わりつつある

いつでも、どこでも、誰とでも繋がれる。

こんな、すごい時代になったが、
人間の「対話能力」は、むしろ落ちている。

対話とは
単なる情報交換だけではなかった。

相手の話を聴いて、
「なるほど、そういう見方もあるのか」
と、自分が変わることがある。

逆に、自分の言葉で、相手も変わることもある。

対話とは
“互いが揺れる行為”だった

しかし今は違う。
会話していても、
互いに「送信」しているだけ。

キャッチボールではなく、壁打ち。

自分の正しさ。
自分の感情。
自分の結論。

そればかり投げ続けている。

SNS以降、
人は「話す量」は増えた。
しかし「混じり合う」ことが減った。

アルゴリズムは
自分と近い意見ばかり集める。

自分が心地いい情報。
自分を否定しない空間。
自分が怒れる相手。

そういうものばかりが流れてくる。

すると、人は、
異質な価値観に触れた瞬間、
「拒絶」するようになる。

昔は違った。
会社でも、地域でも、学校でも、
嫌でも違う人と交わった。

世代も違う、
考え方も違う、
気の合わない人とも交わった。

だから、人は
「相手に合わせながら、自分も変える」
という技術を持っていた。

しかし今は、
嫌なら切れる。
ブロックもできる。
離脱もできる。

その結果、
「自己表現」が増えた。

“伝える力”は上がった。
しかし、
“受け取って変わる力”が弱くなった。

本来、対話とは、
異なる価値観がぶつかり、
その摩擦の中から、
新しい認識が生まれる行為だった。

時間がかかる。
面倒くさい。
時には不快でもある。

その“混ざり合い”の中から
本当の理解、創造が生まれた。

効率化。
タイパ。
正解主義。

現代社会は
その「混ざり合う時空間」を失った。

だから今、
これほど繋がっているのに、
これほど分かり合えなくなった。

3.本当の問題は、「共通基盤」の崩壊

だが、本当の問題は
スマホでも、SNSでも、AIでもない。

共通基盤の崩壊である。

AI時代前から始まっていた。

昔は、良くも悪くも、
共通の時間
共通の風景
共通の常識
共通の文化
があった。

同じテレビを観て、同じ歌を聴き、同じ会社文化を共有し、同じ地域で暮らしていた。

だから、言葉の背景・意味を説明しなくても、なんとなく通じた。

「あの感じで」
「まあ分かるやろ」
が成立した。

つまり、会話の前に、“共通の土壌”があった。

しかし、インターネット、スマホ、SNS、生成AIの時代に入り
人々はそれぞれ別々の情報空間で生き始めた。

見る情報も
価値観も
仕事観も
人生観も
バラバラになった。

同じ会社にいても、同じニュース・情報を見ていない、読んでいない。同じ時代感覚を持っていない。

だから、言葉を発しても、土壌が違うので根づかない。
結果として、会話は成立しているようで、意味世界が混ざらない。
これが、現代社会の「空中戦」の正体

共通文化を失うと、人は“説明”を増やさないといけない。しかし、説明が増えれば増えるほど、逆に通じなくなる。

訳が分からなくなる。

なぜなら、本当に人を理解させるのは
論理だけではなく、共通経験が必要。

公園。
学校。
会社。
地域。
家族。
部活。
祭り。
飲み会。
寄りあい。
パーティー。
共同作業。
失敗体験。

そういう“身体的共有”が、文化の基盤だった。

今は、それを飛び越えて、情報だけが流通している。
だから、知識は増えているのに、共感能力は下がる。
情報社会なのに、対話不全になる。

AIは、それをさらに加速させる。
AIは、個人最適化された世界を作る。

個人最適化された情報。
個人最適化された答え。
個人最適化された世界。

一人ひとりが、別々の情報空間に住み始めた。

すると
“国民”
“会社”
“組織”
“世代”

という、共通感覚そのものが弱くなる。

4 AI時代に失うこと

AI時代、情報共有をしなければいうが
正しく言えば
「共通経験をどう再構築するか」ではないか

リアルな場。
共同作業。
同じ時間を過ごすこと。
雑談。
食事。
現場。
沈黙。

そういう非効率な共有体験が、逆に価値を持ち始める。
文明が高度化するほど、人間は“本質的な共感”を求め始める。

人類の歴史は、道具の歴史でもある。
蒸気機関。
自動車。
インターネット。
スマホ。
AI。

道具は常に、人類を飛躍させてきた。
しかし同時に、人類を変質させてもきた。

重要なのは、技術進歩そのものではない。
「その道具で、人はどう変わるのか?」
を問いつづけること。

AI時代とは、単なるデジタル革命ではない。
人間とは、なにか。
対話とは、なにか。
共同体とは、なにか。
文化とは、なにか。

大切なこと、守らないといけないこと、それはなにか
それを問いつづけないと、見えなくなる、失ってしまう。


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