「意識がアップデートできてない」と言う奴に限って「現実を見ようとしない」
「結婚や出産は今や贅沢品化している」という論を私以外でも最近言う人間が増えてきている。とはいえ、相変わらずメディアは見て見ぬフリを続けているが。
繰り返し「結婚と出産のインフレ」について記事化しているが、なぜ結婚に必要な年収条件が最近かくも上昇してしまったのか、について切り込んだ記事を東洋経済で公開した。
まずはこちらの記事を読んだ上で、先に進んでほしい。
読んでいただいただろうか。
この記事は、今の日本社会で結婚がしにくくなっている根本原因を「構造的な経済条件の変化」から分析したものだ。
一部の御用学者やその御用学者をありがたがって使うオールドメディアが根本的に間違っているのは「人々の価値観や欲望が変わったから結婚しなくなった・できなくなった」という個人の問題に矮小化して、この構造の問題を決して見ようとしないからだ。
結婚に必要な相手の年収条件があがっているのは、決して女性が高望みになったからではない。昔から大体自分の年収より1.5倍ある男を相手の条件として希望していたことに変わりはない。しかし、その基準となる女性側の年収があがったために、1.5倍は変わらなくても相手に求める条件年収だけはあがってしまう。そういう構造だ。
一方で、男が怠けて稼いでいないわけではない。これも昔と同じように、働いているにもかかわらず、そもそもの額面給料が30年あがっていないばかりか、その間社会保険料はじわじわとあがれ続け、昨今は物価高も加わって、実質可処分所得は1990年代の20代と2020年の20代のそれはほぼ変わっていない。これも構造の問題だ。
こうしてかつては、年収300万円台でも結婚できていた中間層が、自分の意思とはかかわりない構造の変化の中で、女は「望む相手がいない」、男は「望んでも誰からも選ばれない」とマッチング不全を起こす。これが、今の婚姻減の最大の要因なのである。
ここに善悪も思想もない。
むしろ、ここに善悪や思想を持ち込むから論点がぶれてしまう。
むしろ、構造として自由恋愛と自由結婚という形でそれらを市場原理にぶちこんてしまった以上、それは市場の基本法則に則るように動いていく構造になってしまっただけの話である。
だから、この記事は、「事実をそのまま認めない人」にとってとても不愉快な記事なのである。
おかげさまで、記事自体はとても読まれているが、650件以上のコメントが寄せられた中にもその不快感を示しているものが垣間見られる。また、意識高い系メディアのNewsPicksでもそんなコメントが見られる。
以下ひとつ紹介する。
「結婚に必要な年収がインフレした」と語りながら、その前提として静かに「男性が稼ぐもの」という構図を置いているところに違和感を感じます。まるで時代が変わったのは物価だけで、家族像は据え置きであるかのようだからです。 共働きが当たり前になったと言われつつ、結婚条件の議論では今なお男性の年収が話題になっています。 これこそが、結婚のハードルを実態以上に引き上げているのではないでしょうか。年収の「インフレ」を嘆く前に、誰が稼ぐのかという前提自体がアップデートされていないのではと感じます。
このコメントは一見もっともらしく、「時代に即したアップデート」を語っているように見えるが、実はこの記事の本質を完全に読み違えている。しかもその誤りは、まさに裕福な環境にいる人間が陥りやすい認知の歪みそのものだ。
まず、読み違えとしては、この人は「規範の話」と「分布の話」を完全に取り違えている。私が書いているのは「誰が稼ぐべきか」という規範の話ではなく、「実際にどの所得分布でマッチングが起きているか」という事実の話であって、その事実に話にこの人の個人の思想をぶっこまれてもお門違いである。
また、このコメントがいかにもNewsPicks的だと思うのは「共働きが当たり前になったと言われつつ〜」いう部分。
これは、いかにもコンサル的に仕事している人間が往々にして陥りやすい「制度・理想・建前」を「行動データ」より上位に置く思考なのだが、
共働きが増えた → 事実
だから結婚条件も変わっているはず → 願望
事実を自分の認めたい願望で後付け解釈しようとしているだけだ。
そもそも共働きが増えたのもみんなが働きたいからそうなったわけではない。むしろ、働かざるを得ないという経済環境という構造がそうさせたのである。フルタイム共稼ぎ夫婦は40年間変わっていない。増えたのはパートだけだ。
元の記事は、「価値観は変わっていない。変わったのは現実の構造」という話をわかのやすく伝えているのに、それを頑なに認めたくないものだから、「前提がアップデートされていないのでは」などと書いてくる。
これはもはや分析ではなく説教。
世の中、全部誰かの思想通りの前提になんかなるはずもない。アップデートという言葉を使えば、なんでもの相手を「古臭いもの」に追いやれるような気になっているだけの浅い論法。
多分、このコメントを書いた人間は「そこそこ裕福」で、少なくとも経済上位1割以内にいる人間なのだろう。
そういう上位層が自分らのフィルターバブルになかなか気づけない。
なぜなら、自分の周囲では、高学歴で高収入で共働きで勉強熱心で意識もアップデート済み(と思い込んでるだけだが)という狭いサンプルの群れだからだ。
つまり、「自分の世界では成立している構造」を「社会全体もそうなっているはずだ」と誤認…というより、いみじくもカエサルが言ったように「自分の見たいようにしか世界を見ない」から、誤認なのではなく、事実が透明化されている。
この記事は、その外側――多数派がいる“分布の腹”の話をしているのに、
このコメントは上澄みの規範論で「俺はいい事言った」気になっている。いやはや、さぞかしご本人は「気持ちいい」と思っているんだろう。
これは、よくやられる手法で「構造の話を、価値観の話に引きずり下ろして無害化する」やり方で、これをやると、不快な現実の構造を直視することなく、耳障りのいい言葉で進歩的な自分を演出することができるからだ。そして、「なんかいいこと言ってるっぽい」と錯覚させ、自分の言葉や本が売れるようにもなるから。
しかし、そんなことをしても、この本人が気持ちいいだけで、問題の本質的な解決には何も寄与しない。そんな言葉を金出して買っても、一文の価値もない。他人のただのオナニーを金出して鑑賞しているようなもの。
記事の中で私は「人の問題ではなく、構造がもう成立しない形になっている」と言っているのに対し、このコメントは「いや、考え方をアップデートすればいいのでは?」と返している。
現実に対して思想や意気込みを投げつけても、分布は1ミリも動かない。人の考え方が変わる時は、まず構造が変わってからの話である。
いずれにせよこのコメ主がどういう思想でどういう考え方でどういう人生を歩もうが知ったことではないのでどうでもいいのだが、本当の知恵のある上位層であれば、そうした不快な事実も受け入れるものだが、中途半端に上位層気取りの人間ほど、「今まで見ようともしていなかったものを突きつけられると不愉快すぎて反論してくる」ものだ。
上位層、中間層、下位層というような階級論にすべきではないという話も聞くが、現実としてそうなっているのだから仕方がない。
上位3割はこれだけ婚姻減出生減といわれている中でまったく婚姻数は減っていない、上位3割にとって少子化など起きていない。
そしてそれは自分らが恵まれた環境にいるからそうなっていることを認めたくない。なぜなら自分の努力で勝ち取ったと思っているからだ。そしてだからこそ、中間層が結婚できないことを個人の努力不足とか意識のアップデート不足とかいうふわふわしたものにしたがる。
それをしても問題解決のための正確な課題抽出にはならない。
思想はいいから、構造を見よう。
思想は歴史を後付けで評論できても、思想で歴史が作られたことなど一度もない。
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