父が遺したマシン
今回は父の日企画として、
私・カモフカくん(夫)の
父との思い出を軸に語ろう。
などと言いつつ、
父をダシに、PCエンジンを語りたいのだ。
父と友達とPCエンジン
私が小学校低学年の頃、
ファミコンをねだった結果、
父が買ってきたマシンこそ
PCエンジンだった。
振り返って、
子供時代に買い与えられたマシンが
PCエンジンであったことは、
私の趣味嗜好全般、
果ては人生そのものに相当な影響を及ぼした。
Nくんと友達になったことはその代表例。
小学生当時、周囲のほとんどは
ファミコン、スーパーファミコンユーザー。
そんななか私以外で
PCエンジンユーザーが1人だけいた。
それが同級生のNくん。
家は近所であったものの、
PCエンジンなくしては
友達にはならなかっただろう。
それくらい性格的には違う2人だった。
お互いの家でよく遊んだ。
Nくんのソフトはアクション系が多かった。
以下あたりが思い出深い。
・改造町人シュビビンマン2
・らんま1/2 打倒、元祖無差別格闘流!
・くにおくんシリーズ:ドッジボール部やサッカー編
私の弟や、他の同級生、
なぜか上級生も加わり、ワイワイと遊んだ。
友達の多いタイプではないだけに、
PCエンジンが生んだ友達の輪は
得がたいものだった。
小学校高学年になると
PCエンジンは後期型へ進化。
ソフトはカードタイプから
CD-ROMになり、スペックが飛躍的に向上。
当時としてはリッチなゲーム体験ができた。
今にして不思議に思うのは、
父からすると、
安くないソフトを度々買わされて、
そのゲームに関心湧かなかったのだろうか。
私が父の立場なら、興味持ちそうなものだ。
PCエンジンだって、
購入以後、一度たりとも触れていない。
そも、父はなぜPCエンジンを選んだのか?
これは永遠の謎だ。
父に尋ねたことはあるが
「覚えてない」以上の回答はなかった。
父は田舎の一会社員。
コンピューターや最新ガジェットに
関心のあるタイプでもない。
私はRPGで遊ぶことが多くなっていった。

写真は私物
クリスマスを口実にRPGを買ってもらい、
それで冬休みを過ごすのがパターン。
クリスマスに買ってもらった
最後のPCエンジンソフトが『聖夜物語』
PCエンジン終盤の大作RPGだったが、
おもしろくなかった。

中学校半ば頃には、PCエンジンから
新作ソフトが出ることはなくなった。
成長(?)とPCエンジン
それでもPCエンジンの余波は残っていた。
PCエンジンの特徴といえば、
CD-ROMのスペックを活かした、
声優による音声つきのアニメ。
今ではゲームに音声がつくのは当たり前だが、
当時は画期的だった。
そこから発展し、私は思春期にかけて
立派なアニメ好きに育っていた。
1997年の秋だった。
いきなり父が
当時大ヒット中のジブリアニメ
『もののけ姫』を観よう、と言ってきた。
父と映画に行ったことなど、
後にも先にもこの一度きり。
観終えて、
父はやたらと残虐描写を気にしていた。
推測だが。
当時、世の中では、
私と同い年の少年による事件が
立て続けに発生していた。
これを受けて、父は我が子を心配。
息子世代を学ぶため
大ヒット作に触れてみたのではなかろうか。
そういった背景だから、
作中描写がことさら気になったのでは。
私は、非行に走っているわけでもない
のだから、凶悪犯と同一視しないでくれ、
と思っていたものだ。
親離れとPCエンジン
大学進学。
私やNくんは親元を離れ1人暮らしを始めた。
偶然だが新天地は同じ都市。
Nくんは専門学校進学だった。
PCエンジン本体は実家に置いてきたが、
一部のソフトは下宿先に持参した。
プレイはできない。
がCD-ROMなので普通にCDとして
ゲームのサントラになるのだ。
特に米光亮アレンジ曲は最高すぎる。
今でもよく聴いている。

米光亮アレンジ曲が堪能できる
『イース』『英雄伝説』シリーズ
小学生時分から
こういったゲーム音楽を浴びてきたことは
私の音楽的嗜好の素地となった。
趣味的分野ばかり書いたが、
もっと根本的、抽象的な領域でも
PCエンジンの影響は大きい。
超メインストリームのものに対する
ひねた態度。
みんながやっているなら自分はいいや
という考え方。
これらはマイナーな立場だった
PCエンジンユーザーとしての経験から
培われたといえる。
大学卒業をひかえて、
私のその性分が発揮された。
私はまともな就職活動をしなかった。
自分が会社員になるわけがない、
という妙な自意識があった。
ナニかの終わりとPCエンジン
Nくんは専門学校卒業後、Uターン。
私は都市部に残ってアルバイト生活。
地元の同級生で唯一、交友が続いていた
Nくんとも疎遠になっていった。
特別なきっかけはない。自然の流れだった。
Nくんとの最後のやりとりは忘れようがない。
ある夜、いきなり電話がかかってきた。
Nくんは言った。
「おまえの家、燃えてるぞ」
言葉通り、実家が火事になっていた。
父が出した失火だった。
当時、父はなぜか自室で
ロウソク生活をしていた。
そのロウソクを床に倒してしまい、
あれよ、という間に燃え広がった。
私の実家は全焼した。
幸いにも負傷者・死者は0人だった。
実家に馳せ参じた私や兄弟の前で
父は落ち込むでもなく、普段通りだった。
当時、私は現在も勤める会社に入ったばかり。
結局、会社員となっていた。
Nくんとは火事を最後にやりとりがない。
今どこで何をしているのか全く知らない。
PCエンジン本体は火事をも乗り越えた。
瓦礫の中から回収され、
今も実家の物置き部屋にある。
一部のソフトは、
ヤマナカさんと暮らす我が家に今もある。
こればっかりは廃棄や売り払う気にならない。
父と私
今も昔も
父と私は
会話することはたいしてない。
腹を割って話した機会さえないと思う。
といって険悪な関係でもない。
つまりはごく一般的な父と息子の間柄。
父からそれほど影響を受けたとは思わない。
ただし。
あの時、PCエンジンを買ってきたことこそ
父が私に遺した最大のものだった。
父からすると
「あれだけやってやったのにそれか」
と落胆するかもしれない。
まぁ、父親とはそういう存在だ。

