1939年の野球
競技結果
編集日本プロ野球
編集社会人野球
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東京大学野球
編集中等野球
編集- 第16回選抜中等学校野球大会決勝(阪神甲子園球場・4月3日)
- 第25回全国中等学校優勝野球大会決勝(阪神甲子園球場・8月20日)
メジャーリーグ
編集→詳細は「1939年のメジャーリーグベースボール」を参照
できごと
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1月
編集2月
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編集5月
編集- 5月2日 - 【MLB】ニューヨーク・ヤンキースのルー・ゲーリッグが現役を引退。
- 5月5日 - 【MLB】フィラデルフィア・アスレチックスのサム・チャップマンがサイクル安打を達成。
- 5月6日 - 南海軍が対阪急戦(甲子園)において、阪急を無安打で抑えながら、2失点で敗戦。被安打0での敗戦は日本プロ野球史上、唯一。
- 5月9日 - 巨人がこの日の対名古屋軍戦と、7月15日の東京セネタースに勝利し、勝利投手はいずれもスタルヒンに記録されたが、1953年に記録の見直しがされ、先発した中尾に勝利投手が記録され、スタルヒンの勝ちが消えこの年の勝ち星も42から40となったものの、1962年に稲尾和久がシーズン42勝を挙げ、この試合のスタルヒンの記録の取り扱いについて再び議論となり、結局はスタルヒンの勝利投手に再修正され、稲尾とスタルヒンがシーズン勝ち星42勝で日本プロ野球記録となっている。
- 5月19日 - 名古屋金鯱軍が対阪急戦に敗れ、球団記録の15連敗。
- 5月27日 - 【MLB】デトロイト・タイガースのチャーリー・ゲーリンジャーがサイクル安打を達成。
6月
編集7月
編集- 7月19日 - 【MLB】ピッツバーグ・パイレーツのアーキー・ヴォーンがサイクル安打を達成。
8月
編集9月
編集10月
編集- 10月8日 - 【MLB】ワールドシリーズ第4戦が行われ、ニューヨーク・ヤンキースがシンシナティ・レッズを4連勝で下し、史上初となる4年連続優勝を達成。
- 10月20日 - 巨人の川上哲治が対イーグルス戦(西宮)で先発し、9イニングを日本タイ記録の12与四死球(四球11死球1)を記録し、5失点で敗戦投手[5]。
11月
編集12月
編集誕生
編集死去
編集脚注
編集- 1 2 3 当時連盟表彰なし
- ↑ 勝率1位は御園生崇男の.824(14勝3敗)だったが、最高勝率のタイトルは.800(28勝7敗)の若林が獲得。
- ↑ 南海ホークス 編『南海ホークス四十年史』南海ホークス、1978年、54頁。
- ↑ 宇佐美徹也『日本プロ野球記録大鑑』講談社、1993年、724頁。ISBN 4062061082。
- 1 2 宇佐美徹也 1993, p. 634.
- ↑ 宇佐美徹也 1993, p. 692.
- ↑ 中日ドラゴンズ 編『中日ドラゴンズ70年史』中日新聞社、2006年、44頁。ISBN 4806205141。
- ↑ 奪三振6、与四死球10。
- ↑ “無安打無得点試合 (ノーヒットノーラン)”. 日本野球機構公式サイト. 2015年11月28日閲覧。
- ↑ 岸野雄三 ほか『近代体育スポーツ年表 1800→1997』大修館書店、1999年、171頁。ISBN 4469264083。