夜明け前、階段を下り新聞を取りに行く。
それが、私の朝の始まりです。
ドアを開け深呼吸をすると”草”の匂いがするのです。
肺の奥深くまでその匂いは届きます。
初めてワイエスの絵に出逢ったとき、この草の匂いがしました。一瞬に魅せられてしまいました。1974年のことでした。それから1987年は三越で。88年は世田谷美術館と記憶しています。その後は仕事や何かと忙しさに紛れ展覧会に行くことができませんでした。バブルの時代にたくさんの作品が日本にきました。
この度、上野の「東京都美術館開館100周年記念」で「アンドリュー・ワイエス展」が開催されています。待ちわびた展覧会ですので初日に行きました。



絵画に出会う前に展覧会の企画者で、ワイエスとは生前親交のあった豊田市美術館館長の高橋秀冶氏の講演を聞きました。氏はワイエスの故郷ペンシルベニアとメイン州の自宅を何度も訪ね交流を重ねてこられたとの事。お話を伺い、私が疑問に感じていたことや、プライベートのお話も伺え有意義な時間でした。










[撮影一部可]
「若い人は作品を見ていないと思います。作品の底流にある「死生観」をぜひ見てほしい」と語られていました。
病弱だった幼少期は通学できなかったため、家庭教師がつけられ他の子どもが学校に行っている間トウモロコシ畑や森を歩きまわっていたようです。人里離れたトウモロコシ畑で静かな雰囲気の中でじっと座っているのが好きな子ども。10代も散策する時間の中で創造の世界にひたり、創造性を育んだようです。
都会に出ることもなく、自分の周りの丘を愛し、身近な人々と交流し、描き続けた作品の数々。
突然の父の死に大きな衝撃を受け、深い喪失感から生まれた作品が私達の心を癒してくれるような気がします。日本人の私達が”自然とともに生きる”美意識につながっているのでしょうか。
友人のクリスティーナの存在はとても大きかったと思います。歩行が困難な彼女は独立心の強い女性です。有名な彼女の絵からどんなことを感じとれるでしょうか。
2026年は、アメリカ合衆国建国250年です。ワイエスは貧しいアフリカ系アメリカ人のコミュニティーに入り込み交流したことが絵画に描かれ心をうちます。
私の好きな絵「薄氷」に逢うことができました。
長年モデルであったクリスティーナが亡くなり、父を亡くして以来の喪失感を抱えていたワイエス。
「沈んだたくさんの葉は自分が重ねた経験や出会った人々を表し、必ずしも死を表すものではない」
と綴られていますが、真冬にクリスティーナが亡くなり、その喪失感が「薄氷」の作品なのでしょうか。
展覧会の最後に知ったことですが、ワイエスは彼女について「クリスティーナは敬いとおそれ」と語っています。会場最後の絵は妻アンナです。窓の外から海の風が爽やかに吹いてきます。
「会場を出ると、夕陽が木立の中を照らし風が心地よく満たされて家路につきました」

展覧会詳細
東京都美術館開館100周年記念
https://www.tobikan.jp/exhibition/2026_wyeth.html




































































