他人の人生で遊ぶな ── IT人材紹介会社の「釣り求人」と闇
知人が経営するSES企業で、「自社が出していない求人が、人材紹介会社経由で掲載されている」という事象が発生しました。しかも、その求人がそのまま他媒体にも転載されていく。経緯は下記のブログにまとまっています。

最初に話を聞いたときは、紹介会社の営業が勇み足で先走った話かと思っていました。ところが、調べていくとそんな話ではないことが見えてきます。これは「手口」として一般化しているようだ、というのが今回の話です。
調査で見えてきた架空求人の手口
イメージとしては、不動産業界でずっと問題になってきた「釣り物件」「おとり物件」と同じ構造です。実在しない、もしくは既に成約済みの好条件物件を広告として掲示し、問い合わせてきた顧客を別の物件に誘導していく、あの手法です。それが、人材紹介の世界で再生産されているように見えます。
人材紹介会社に勤めている別の知人から、業界の内情として次のような見立てを共有してもらいました。
人材紹介会社が架空求人を掲載して、候補者集めしている感じですね。マーケティングの一種だと思っているようです。
「マーケティングの一種」と認識されているところに、今回の問題の本質があります。求人広告は本来、求人企業と求職者のマッチングを目的に出されているはずですが、ここでは候補者集めのための広告枠として、つまり集客チャネルの一部として運用されている、という認識です。
釣り求人の出口はどこか
同じ知人の見立てが、出口の話にも続きます。
この求人を見る限り、釣り求人として応募者を募ってSES案件や微経験・未経験案件に流そうとしてるのかなと思います。特に宮崎だとコールセンターやオペレーション企業が多いので、釣られた人材をそこに誘導するのではないでしょうか。大手はやらない手法なので中小企業やスタートアップがやってる気がします。
つまり、魅力的に見える求人で釣って候補者を集め、実際に紹介する先は未経験案件、コールセンター、オペレーション系である、という見立てです。求人広告のサムネイルと、実際に紹介される案件が一致していません。候補者にとっては、入口で示された期待と、最後にサインさせられる契約が別物だという話ですから、構造としてはかなり踏み込んだ形のミスマッチです。
エンジニアバブルという良き時代と、その後遺症
なぜここまで踏み込んだ手法が出てくるのか。背景としては、人材紹介会社のビジネス環境がここ数年で大きく変わったことを押さえておく必要があります。
おおむね2015年から2022年までのエンジニアバブル期は、人材紹介会社にとっても極めて良い時代でした。エンジニアを一人紹介すれば、紹介料は理論年収の30〜35%が相場で、しかも決まる確率が高い。営業を増やせばその分売上が伸びる構造だったため、各社は人員を厚くし、中途・新卒で大量採用を行いました。さらに、その売上を見て後追いで新規参入してきたプレイヤーも相当数います。「IT特化」「エンジニア特化」を名乗る人材紹介会社が、この時期に一気に増えたのはそのためです。
ところが、2023年に入った頃から状況が変わります。IT投資が一段冷え込み、開発職の中途求人は明らかに数を減らしました。各社の決算資料を眺めても、求人数・面談数・決定率のいずれかが落ち始めた時期はだいたい揃っています。にもかかわらず、増えすぎた紹介会社はそのまま残っています。当然、限られた候補者の取り合いになります。
帝国データバンクのレポートは、人材紹介会社の倒産が2025年に入っても伸び続けている状況を取り上げています。
人材業界全体として、もはや「全員が生き残れる時代」ではなくなったということです。
「自力で転職できない人」が使うチャネルになっている
候補者の取り合いを激化させているのが、マーケティングコストの上昇です。大手を中心にテレビCM、Web広告、SEO対策にかなりの投資が行われており、結果として一人当たりの獲得コストが大きく跳ね上がっています。
広告で釣り、媒体で釣り、検索結果で釣る。コストの上昇は当然どこかに歪みを生みます。
加えて、候補者側のチャネルも変わりました。ミドル・シニア層を中心に、リファラル経由とスカウト媒体経由で動く人が増え、人材紹介会社を介さずに転職を完結させるケースが当たり前になっています。結果として都心部では、人材紹介会社は「自力で転職ができない人が使うチャネル」へと位置付けが変わりつつあります。初めての転職で情報が足りない人。ジョブホッパー気味で自力では書類落ちしやすく、やむを得ず頼っている人。経歴に空白があり、媒体経由では通りにくい人。そういった、自走では市場で勝ちにくい候補者層が、紹介会社にとっての対象者になっています。
これは紹介会社にとって、派遣会社などに誘導することを前提にすれば決して悪いマーケットではありません。ただし、ミドル層以上は別経路に抜けていくため、案件の質と一人あたり決定単価は下がりやすいのです。
中途人材紹介が厳しいので新卒人材紹介へ…も厳しくなった
昨年までは新卒採用支援が次の活路として見出されていましたが、今年に入って新卒採用方針そのものにブレーキがかかり始めました。この点は別記事で書いた通りです。
出口がまた一つ細っているということになります。
いま厳しい局面に立っている人材紹介会社の典型像
ここまでをまとめると、今厳しい局面に立たされている人材紹介会社には、いくつかの典型的な条件が見えてきます。
エンジニアバブル期に人を雇いすぎた
同時期にマーケティングコストを上げすぎた(一人あたり獲得単価を下げる方向で戦略を作れなかった)
良い時代の勢いでコストの高いキラキラオフィスに移転し販管費を上げててしまった
これらを実行するにあたってデットファイナンス、つまり借入で原資を作ってしまった
これらの条件が積み重なっている会社は、いま返済が経営を強く圧迫しています。固定費が重く、案件単価は下がり、候補者獲得コストは上がっている。
この四重苦の中でここで踏みとどまれる会社と、踏みとどまれない会社が出てきます。踏みとどまれない側が、今回のような「架空求人を出して候補者を釣り、出口は中身の違う案件」という、不動産で言うところの釣り物件と同じ手法に流れていきます。手段を選んでいる余裕がもうない、ということです。
なお生き残るための戦略として、合法かつ真っ当な形であれば、流れてきた候補者を需要のあるブルーカラー寄りの領域にスムーズに送客するというモデルがあり得ます。ブルーカラー領域は人手不足が続いており、社会的にも必要な仕事は多くありますから、そのモデル自体は否定すべきものではありません。
地方IT人材市場という静かな逃げ場
そのうえで、地方IT人材市場の話に戻ります。都内のエンジニアが飽和しているなかで、紹介会社の活路として「地方」が再発見されています。私も月一で福岡の顧客を周っていますが、このUIJターンにはポジティブに可能性を感じています。
地方で働きたい、あるいは家庭の事情で地方で働かざるを得ない人材は確実に存在します。そこに、都内で消耗した紹介会社のマーケティング手法が、土地勘のないまま流れ込んでいるというのはノイズであり非常に迷惑です。
宮崎のように、コールセンターやオペレーション系の企業、支社が集積している地域では、流す先には事欠きません。求人広告のサムネイルだけ条件の良いものにしておけば、地元のエンジニア希望者を集める手段としては機能してしまいます。地元の候補者からすれば、目の前に「在宅可・好条件のITエンジニア求人」が出ていれば、当然そちらに応募します。それが実在しない求人だと気付くのは、面談まで進んでからのことが多いはずです。
釣られた側に残るもの
候補者目線で見たときに、釣り求人が一番厄介なのは、応募してしまった瞬間にいろいろな情報が紹介会社に渡ってしまうことです。職務経歴書、希望条件、連絡先、転職理由。そこから、実際の案件として提示されるのは、広告で見たイメージとは別物です。それでも、面談日程が組まれ、書類が動き、人と人とのやり取りが進んでいくと、「もう少し話だけでも聞いてみよう」「ここまで来たし無下にできない」となっていきます。
その結果、本人が望んでいない方向のキャリア選択を、半ば消極的に受け入れてしまうケースが出てきます。一人ひとりのキャリアが、紹介会社のKPIに静かに変換されているわけです。本来、求人広告と紹介会社は求職者の選択肢を増やすためのインフラのはずなのに、選択肢の自由度を狭める装置になっています。
なぜ自浄作用が効かないのか
この問題が止まらない理由は、構造的にいくつかあります。媒体側は、転載されてくる求人の実在性を一件ずつ検証しません。アグリゲーションのビジネスモデル上、そこまで手をかけると採算が取れないからです。行政や業界団体のチェックも、この種のグレー手法には追いついていません。労働市場における広告の真正性を、誰がどこまで担保するかという議論自体が、まだ十分に成熟していないように見えます。
被害側の企業、たとえば今回の知人のSES企業のような立場から見ても、法的に争うコストは決して小さくありません。掲載差し止めを通知しても、転載先を一つひとつ追いかけるのは現実的でない場合が多いからです。結果として、「やった者勝ち」の設計になっています。不動産業界がおとり物件の規制に長い時間をかけて取り組んできた歴史を踏まえると、人材紹介の世界はまだその入口にすら立てていない、というのが正直なところです。
他人の人生で遊ぶな
求人広告は本来、求職者と求人企業を正確につなぐためのインフラです。集客のための釣り餌として、実在しない求人や他社の求人を勝手に使うという手法は、業界としての矜持の問題でもあります。経営が苦しいから手段を選んでいられない、というのは事業者側の事情であって、候補者の側にはまったく関係のない話です。
候補者として自衛するなら、最低限のチェックポイントがあります。掲載されている求人企業の自社サイトに、同じ求人が同じ条件で載っているかを定期的に確認すること。「弊社経由でしか応募できません」と言われたら、まず一拍置くこと。複数の媒体・紹介会社に同じ求人が出ているとき、応募先の企業名と条件が完全に揃っているかを確認すること。これだけでも、釣り求人の入口でかなりの数を弾けます。
求人企業の側であれば、自社求人がどの媒体に、どの紹介会社経由で、どの条件で流通しているかを、定期的に検索して確認することをおすすめします。
業界の苦境は事実ですし、まっとうに取り組んでいる紹介会社の方々が大勢いることも分かっています。しかし人材業界の扱う商材は他人の人生です。苦しさを理由に、他人の人生で遊んでいい理由にはなりません。
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