2026-07-22

平均的中国人(Z世代

ChatGPT5.6 solに作らせた 3人分

統計を元にさせた

メディアを通した中国人はどうしても極端なんだ

 

1.杭州の一人娘――李欣、2000年まれ

李欣は2000年浙江省杭州都市戸籍を持つ家庭に生まれた。父は通信機器会社技術職、母は銀行の窓口から事務部門へ移った会社員。祖父母を含む6人の大人にとって、子どもはほぼ李欣一人だった。

小学生のころには、自宅にデスクトップパソコン液晶テレビ自家用車があった。放課後英語教室ピアノ母親は毎晩、宿題が終わったか確認した。李欣はピアノが嫌いだった。弾くことより、発表会で他の母親比較されることが嫌だった。

中学生になるとQQ、微博、淘宝を使い始める。高校時代には『王者荣耀』を始め、友人と夜中にこっそり遊んだ母親スマートフォンを取り上げられたこともある。好きな歌手周杰倫だったが、大学に入るころにはTFBOYS、五月天韓国アイドル中国オーディション番組も追うようになった。現在は小紅書で化粧品旅行先を調べ、Bilibiliで料理動画や『甄嬛伝』の解説を見る。毎年11月11日の「双11」では、本当に必要かどうかより値引き率を見て日用品をまとめ買いする。

2018年、高考を受け、省内の重点大学に進学した。清華大学浙江大学には届かなかったため、父親は「もう少し数学をやっていれば」と何度か言った。李欣はその言葉を今でも嫌っている。大学では広告マーケティングを専攻。高校まで恋愛経験はなかったが、1年生の冬、サークルで知り合った男子学生と付き合った。初めて一緒に見た映画は『流浪地球』だった。

2020年1月春節実家に帰った直後に新型コロナが拡大した。大学は大規模なオンライン授業へ移行し、中国全土で学校教育長期間オンライン化した。李欣は自室で授業を流しながら『どうぶつの森』を遊び、夜は恋人ビデオ通話した。最初は楽しかったが、半年近く会えず、恋人が別の女子学生と頻繁にゲームをしていることから喧嘩が増えた。2020年秋に大学へ戻った後、別れた。表向きは「進路が違うから」だったが、実際には李欣が相手メッセージ監視するようになり、自分でも疲れてしまたからだった。中国では2020年前後から初婚年齢が大きく上がり、2020年平均初婚年齢は約28.7歳まで上昇している。

2022年春、上海広告会社インターンを始める予定だったが、上海の大規模封鎖で取り消された。杭州でも健康コードPCR検査、移動履歴確認日常化した。李欣が最も嫌いになったものは、朝突然届く「全員検査」の通知と、マンション入口健康コードが反応する数秒間だった。上海では約2カ月にわたり厳しい都市封鎖が続き、公共交通や外出が大きく制限された。

卒業後は杭州EC企業就職した。初任給月9,500元。会社では「自由若い組織」と説明されたが、実際には夜10時に上司から修正依頼が届いた。李欣は「奋斗」「成長機会」「若者から体力がある」といった言葉が嫌いになった。週末はカフェ巡り、密室脱出ゲームライブ、近距離旅行で気分を切り替える。コロナ後、友人2人と長沙へ行き、茶顔悦色を何杯も飲んだ旅行を、大学卒業後で最も楽しかった出来事として覚えている。

25歳で同僚の男性と付き合い始めた。男性安徽省出身で、杭州戸籍住宅もない。性格は合うが、結婚となると住宅問題が出る。李欣の母は「最低でも杭州に家を買える人」と言い、恋人の両親は故郷住宅を売って頭金を出す案を考える。李欣自身は、家を買うために双方の親の老後資金を使うことに抵抗がある。

家では12歳のトイプードル「豆豆」を飼っている。実際に世話をしているのは母だが、李欣は豆豆を理由に毎週実家へ帰る。祖父脳梗塞入院してからは、母親祖父母介護を担う姿も見るようになった。一人娘である自分は、将来両親二人を一人で支えることになる。

2831歳で結婚する可能性はある。ただし出産結婚以上に迷う。母からは「一人なら何とか育てられる」と言われるが、李欣は自分子ども教育競争を始めれば、母親と同じことをしてしまう気がしている。豊かで選択肢の多い人生だが、住宅介護出産のどれも、個人自由だけでは決められない。

 

2.山東から北京へ来た高学歴男性――王昊、1998年まれ

王昊は1998年山東省の地級市に生まれた。父は高校物理教師、母は市立病院検査技師。家には大量の参考書があり、テレビの横には父親が書いた「今日問題」が貼られていた。

子どものころ好きだったものは『名侦探柯南』と『三国杀』。中学では『英雄联盟』に夢中になり、ネットカフェへ行ったことが父親にばれ、パソコンの電源コードを隠された。本人はスポーツが苦手だったが、姚明NBAは好きだった。現在ヒューストン・ロケッツ試合結果を確認し、Bilibiliでは歴史国際政治PC自作、生成AI解説動画を見る。

高校生活は高考を中心に回った。朝6時に起き、夜10時過ぎまで学校に残る。恋愛禁止されていたが、同じクラス女子生徒と互いに好意があった。二人は恋人とは名乗らず、問題集の余白にメッセージを書いた。高考後、王昊は北京の「211大学」、彼女青島大学へ進学した。夏休みに一度だけ手をつないだが、遠距離関係半年で終わった。彼女からあなたと話すと、いつも成績か将来の話になる」と言われた。

北京大学では、自分より成績が良く、英語ができ、家庭も裕福な学生を大量に見た。山東では「天才」と呼ばれていたが、北京では普通学生だった。情報工学を専攻し、LeetCode、大学入試インターンの準備を続けた。趣味だったプログラミングも、採用試験問題に見えるようになった。

2020年大学3年生のときコロナが拡大した。春節山東帰省していたため、そのまま半年近く実家オンライン授業を受けた。学校側は大規模なオンライン教育へ切り替えたが、自宅では父親が授業の進み具合を確認した。王昊は22歳なのに高校生へ戻ったように感じた。

2021年大学院へ進学。研究室では画像認識を扱ったが、本人の関心より就職に有利かどうかが重要だった。2022年には北京感染者が出るたび行動制限が変わり、研究室、寮、食堂を往復した。PCR検査の列で知り合った同じ大学院の女性交際を始めた。二人は海底捞へ行き、『原神』を一緒に遊び、将来は北京で働こうと話した。

しか就職活動になると関係が変わった。彼女上海外資系企業から内定を得た。王昊は北京大手IT企業に入った。王昊は彼女北京仕事を探してほしいと思い、彼女は「なぜ私が譲る前提なのか」と反発した。卒業直前に別れた。王昊は後に、住宅戸籍もない自分が「北京に残るべきだ」と強く主張したのは、彼女を失う不安より、北京から脱落する不安が強かったからだと考える。

25歳で大手IT企業入社年収賞与込みで約28万元。故郷では成功者だが、北京では家賃4,500元の古いワンルームに住む。朝は滴滴か地下鉄、昼は美団の宅配、夜は会社食堂休日眠るか、友人と火鍋を食べる。旅行へ行っても、月曜日会議が気になって完全には休めない。

2023年には若年失業率が旧方式で21.3%まで上昇し、その後、学生を除外する新方式へ変更された。王昊は失業していないが、人員整理の噂が出るたび履歴書を更新する。最も嫌いな言葉は「35歳危機」と「代替可能性」。生成AIコードを書く速度を見ると面白いと思う一方、自分仕事簡単になるより、人員を減らす理由に使われるのではないかと疑う。

母親見合い用に王昊の写真と経歴を親戚へ送る。「身長178センチ修士大手企業勤務」と書かれるが、北京戸籍なし、持ち家なしという条件も付く。王昊も相手大卒、安定職容姿性格、両親との関係を求めるため、簡単には決まらない。中国では結婚件数2013年の約1,347万組から2024年には約611万組まで減っている。

30歳前後で、北京に残るか、青島・済南へ戻るかが最大の分岐になる。北京なら高収入を維持できるが住宅購入は難しい。山東へ戻れば両親の近くで暮らせるが、給与職業機会は減る。本人は「躺平」に共感しながら、実際には資格投資転職情報毎日調べている。競争を嫌っているが、競争から降りることの方をもっと恐れている。

 

3.四川省出身工場労働者――陳傑、2001年まれ

陳傑は2001年四川省東部農村で生まれた。両親は広東省東莞電子部品工場で働き、本人と妹は祖父母に育てられた。祖父母の家には畑、鶏、古いテレビがあった。

小学生のころは『奥特曼』と『铠甲勇士』が好きだった。中学で父から中古小米スマートフォンをもらい、快手と『穿越火线』に夢中になった。高校には進まず、職業学校機械設備の基礎を学んだ。授業より寮生活ゲームの方をよく覚えている。

2018年17歳東莞へ行き、両親とは別の電子機器工場に入った。最初仕事スマートフォン部品検査。基本給だけでは少なく、残業をして月5,000〜6,000元になった。立ち仕事で、同じ動作を一日中繰り返す。工場の壁には品質効率安全を求める標語が並んでいた。陳傑が嫌いなものは、ライン停止時に班長が怒鳴る声と、残業がなくなった時だけ優しくなる管理職だった。

寮は8人部屋。休日は同僚とネットカフェへ行き、『英雄联盟』や『绝地求生』を遊んだ給料が入ると焼烤を食べ、安いスニーカーを買った。抖音では車、バイク軍事格闘技成功者インタビューを見る。最も好きなのは改造車動画で、いつか自分の店を持つことを想像する。現実には自動車を買うより、電動バイクバッテリー交換費用を気にしている。

2019年、同じ工場湖南省出身女性と付き合った。二人はラインが違い、食堂で待ち合わせた。春節には彼女四川へ連れて帰ろうと考えたが、2020年1月コロナが拡大し、移動が大きく制限された。工場再開後は寮と工場を閉鎖的に往復する生活になった。

彼女2021年地元へ戻って結婚することを家族から求められた。陳傑には住宅も十分な貯金もなかった。彼女家族が求める結納金住宅をすぐに準備できず、二人は別れた。陳傑は「金で別れた」と友人に言ったが、彼女工場生活を続けたくなかったことも分かっていた。別れた後、彼女微信を削除したものの、半年ほど快手の別アカウントから投稿を見ていた。

2022年には工場の受注が不安定になり、残業時間が減った。陳傑は宅配ライブ配信の商品販売中古仲介などを試した。抖音で「普通の人が半年で月収3万元」と語る動画を何本も見たが、自分で始めるとほとんど稼げなかった。成功を語るインフルエンサーを嫌いながら、見るのをやめられない。

2023年物流倉庫転職収入残業込みで月7,000元近くになったが、繁忙期には一日12時間以上働いた。腰と手首が痛み、湿布を貼るようになった。中国出稼ぎ労働者の平均月収は2024年で約4,961元であり、陳傑の収入は平均より高めだが、長時間労働への依存が大きい。

家族には毎月1,500元ほど送金する。父も工場勤務で聴力が落ち、母は糖尿病を気にしている。妹は看護系の学校に進み、家族は陳傑に妹の学費も一部負担してほしいと言う。陳傑は妹を大切にしているが、「男だから当然」と言われると腹が立つ。

故郷の家では猫を飼っている。祖母が「鼠を取るため」と拾ってきた白黒猫で、名前は花花。陳傑は帰省するたび動画を撮り、仕事がつらい夜に見る。ペット可の部屋を借りる余裕はないため、都市動物を飼うことは考えていない。

20代後半になると、両親と親戚から結婚を急かされる。農村部や出稼ぎ層の男性は、収入だけでなく、住宅、車、結納金を求められやすい。陳傑は県城にマンションを買うため貯金するが、不動産価格が下がっていると聞くと、買う意味があるのか迷う。買わなければ結婚条件を満たせず、買えば長期ローンを背負う。

30歳前後故郷へ戻り、自動車整備、配送、小規模な中古販売を始める可能性がある。成功すれば家族を養えるが、失敗すれば再び沿海部出稼ぎに戻る。都市繁栄生産物流現場で支えてきたが、その都市住宅教育制度には完全に入れない。

陳傑は「努力すれば成功する」という話を信じていない。しかし、何もしなければ確実に下がることも知っている。ゲーム、車の動画、花花の写真、たまの帰省が、仕事家族責任の間に残された小さな私生活になっている。

 

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所感

おもしれーから今度日本人でもやってみよう

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