2026-06-24

宮崎駿絵コンテを読んでから魔女の宅急便IMAXを見に行った。

少し変わったことがしたくて、事前に購入しておいた宮崎駿絵コンテを読んでから映画を見に行った。

数日前には手元にあったのだからさっさと読み始めていればいいものの結局、映画を見に行く当日になっても読んでなくて、朝とても早起きして通読することになった。

ただ明確に締め切りがあったおかげでひさしぶりに一冊の本を集中して読むことが出来た。



耳年増なオタクとして生きてきたので、絵コンテアニメ設計図とか言われているのは知識としては知っていた。

けど、絵コンテをしっかりと読んだのは今回が初めての経験だった。

結論としては、世間で言われているとおりだと思った。

宮崎駿絵コンテ面白い

普通に面白い宮崎駿絵コンテは、ただ読むだけで面白い

もっと想像力の翼を羽ばたかせて、実際の映像になったシーンを思い浮かべて読まないと、駄目なのかな?と思ってた。

でも実際は違った。

宮崎駿絵コンテは、ただ普通に読んでいるだけで、ちゃん映画としての魔女の宅急便が伝わってくる。

ただ単にストーリーが分かると言うだけではない。

映画として、私の心を「ハッ」とさせて心を動かす場面がキチンとわかるのだ。

これは宮崎駿絵コンテの伝える力が相当に強いということなのか、絵コンテとはそういうものなのかは判断ができない。

ただ宮崎駿絵コンテは、ただ読み進めるだけで、スッと頭の中に伝わって感動させられる。



それは魔女の宅急便過去に見ているから、その記憶が刺激されているだけでは?

という疑問を持たれるかもしれない。

ただ私が魔女の宅急便最後に見たのは、何十年も前のことだ。

正直、魔女の宅急便とは「こういう映画だというイメージだけ」は記憶に残っているけれど、シーンやカットなどは丸ごと記憶が欠落してて、読んでてそうそうそうだった!思い出した!という感覚はなかった。

有名なネットミームにもなっている「ニシンパイ」とかのエピソードはなんとなく残ってるけどその他のことは極めて断片的な印象でしか無い。

にも関わらず宮崎駿絵コンテはきちんと映像としてのイメージを、決して想像力が逞しいわけでもない私に伝えてくるのだ。

やっぱり相当にレベルが高い絵コンテなんだと思う。



一例としてあげると、

オープニングエピソード最後カモメと戯れながら海の上の飛ぶキキとか

トンボ自転車の後ろに乗って、思い切り身体を倒し込んで地面スレスレに顔を寄せるキキ、

小屋の中で描かれている絵画に息を呑んでしまうシーン、

婦人言葉に胸が詰まるキキに胸をつまらせてしまう私の心とか

実際に映画を見たときに、心を動かされる場面がしっかりと伝わって理解出来るのだ。

絵コンテを読むだけでしっかりと面白いのだ。

かにこれは映画設計図であると、得心することが出来た。



実際に映画を見に行くと、絵コンテ通りに映画は展開する(当たり前か)。

そして実際に映像になると絵コンテの段階よりも

「グッ」と来るシーンも出てくる。

特に、キキがカモメを戯れる冒頭のシーン、

あのいつものテーマ曲が、

テレレテレレテレテレレレーーレーー

って流れてくるまでに一瞬のタメとかあるんだけど

あいうのは映像になるとパワーアップしてくるなあ、

と感じた(と書いても意味が通じないか)。



去年はたしかもののけ姫を見に行った。

今年は魔女の宅急便

来年もなにかやってくれるんだろうか?

そのときもまた絵コンテを読んでから行ってみようと思う。

あと、これは要望としてジブリ出版部にでも送ろうと思うんだけど

実際に宮崎駿が描いた絵コンテサイズそのままの大きさの絵コンテ集も出して欲しいね、って思う。

だいぶ縮小されててよく見えないのも多いんだよな。

付録としてついて生きた小冊子に

このサイズが実際の絵コンテサイズです、って載ってるんだけど

そのサイズの判の絵コンテ集が欲しい。

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