特集
読者の広場
「女の気持ち」「男の気持ち」「みんなの広場」「仲畑流・万能川柳」「人生相談」など、読者からの投書・声を集めました。
あなたの声をお寄せください(投稿フォーム)
-
女の気持ち
102歳の好奇心 和歌山県岩出市・津田倭文香(無職・102歳)
2024/12/12 05:41 536文字◇津田倭文香(しずか) 102歳の私は故郷・和歌山県紀の川市から紀の川を隔てた場所に建つ老人ホームでお世話になっている。入居者は、各自の部屋から三度の食事の時だけ食堂に集まり、厨房(ちゅうぼう)の方が作ってくれた真心のこもったごちそうをいただいている。 食堂の前方には大型テレビが据えられ、耳が遠い
-
男の気持ち
来た道 行く道 福岡県古賀市・宮家道弥(66歳)
2024/12/12 05:41 547文字仲人をしてくれた叔父への久しぶりのあいさつで母の実家を訪問した時の事。盆栽の手入れ中だった叔父は手を休めて笑顔で迎えてくれた。小春日和の縁側に並んで座り、お茶を飲みながら近況報告を交えての会話が弾んだ。 その際、叔父が「子供叱るな 来た道じゃ 年寄り笑うな 行く道じゃ」という言葉を知っているかと尋
-
仲畑流万能川柳
法律にあって心にない時効
2024/12/12 02:01 472文字☆印は秀逸(仲畑貴志選)☆法律にあって心にない時効 生駒 鹿せんべ小一のすべての基準スキ・キライ 坂戸 グランパ「無理するな」「無理してないがありがとう」 伊勢 オカリナ戸を閉める音も抗議の会議室 海老名 しゃま分からぬが一応年代聞くワイン 越谷 小藤正明ガラクタで重くなってくお月さま 東京 恋し川
-
みんなの広場
「さすがだね」に返ってくる笑顔=主婦・笠原良子・72
2024/12/12 02:01 386文字(埼玉県) 2日本欄「相づちで会話はうまくいく」に全く同感だ。我が家の場合、おしゃべりの私は、一日中、夫に何か話しかけている。夫は口うるさい私に閉口して、時々何の返事もなくスルーしてしまうことがある。私は仕方がないなと思いながら過ごしている。 先日、我が家のお勝手の水道がぽたっ、ぽたっと漏れ出した
-
みんなの広場
「いいこと日記」がふっくら厚く=パート・道岡加津子・58
2024/12/12 02:01 382文字(山口県) 今年も残り少なくなった。年始にはペタンと薄かった手帳も家計簿も、ふっくらと厚くなった。手帳にはコンサートのチケットやおみくじを、家計簿には領収書などを貼っている。毎日ページをめくって文字を書き込むうちに、日々の空気も入り込み、ふんわりと膨れていく。 私にとっては、この厚みこそがこの一年
-
-
みんなの広場
友人への誓い守って生きていく=自営業・木下成久・58
2024/12/12 02:01 372文字(石川県) 約40年前の1985年、多くの若者を乗せたスキーバスがカーブを曲がろうとして長野県内のダム湖に転落した事故がありました。多数の死傷者が出て、地元紙の死亡者リストに18歳だった友人の名前がありました。 小学生の頃からの遊び仲間で、中学ではお互い吹奏楽部に所属。高校から違う進路を歩みながら
-
女の気持ち
穏やかな日々に 埼玉県川越市・柿沼良子(農業・76歳)
2024/12/12 02:00 533文字今年もあと20日。私にとって忘れられない出来事が二つあった。 一つめは4カ月かけて家を新築同様にリフォームしたこと。住みながらのリフォームで、寝室やキッチンも何回か移動した。日曜日を除く毎日、業者が家の中に入ってきて大きな音を立てていたので、ストレスでかなり参ってしまった。何より飼い猫のお茶々が餌
-
女の気持ち
別々の人生歩み 大阪府・匿名(パート・67歳)
2024/12/11 05:12 529文字まさか生きている間に会えると思っていなかった人に四十数年ぶりに再会した。遠距離恋愛で、自然に連絡が無くなっていった人だ。 少し前に映画化された「コーヒーが冷めないうちに」という小説のように、現実は変わらないが過去に戻って相手の気持ちを聞いてみることができたらと思うことも時々あった。長い時を経て、「
-
女の気持ち
旅立った友 福岡市早良区・田崎早織(69歳)
2024/12/11 05:11 569文字50年来の友が黄泉(よみ)の国に旅立った。ひつぎの中の彼女は病から解き放たれ安らかな顔をしていた。友の一人が敬意を表して手製の看護帽子、「出逢(であ)いに感謝」と記したカードをひつぎに納めた。私も早いお別れに涙が止まらず「ありがとう。あなたとの友情は宝物よ」と手を合わせた。 彼女とは高校1年の時、
-
わたしの気持ち
アマゾン釣行 仙台市青葉区・川合進(日本語教師・70歳)
2024/12/11 02:01 533文字縁あって滞在した娘の嫁ぎ先・ボリビアで、日系2世のおしゅうとさんがナマズ釣りに誘ってくれました。アマゾンの支流となる川で、昔は60キロ級のものが何匹も上がったそうです。「今は数が減りなかなか釣れないけれど、せっかくだから南米の川の雰囲気を楽しんでください」と。午前4時起きで出発しました。 滞在して
-
-
みんなの広場
うれしく読んだ「医療福祉に興味」=無職・井上純一・53
2024/12/11 02:01 386文字(埼玉県) 本欄11月9日「相手のことを想像して働く」の本多華歩さん。生まれつきの障害がある兄を持つ中学生の本多さんが、職場体験に病児家族用宿泊施設を選び、相手のことを想像して働くことの重要さを学んだという内容に感心しました。 兄妹一緒に育ってきた中で医療や福祉関係に興味を持ったことをうれしく思い
-
みんなの広場
自分の心身を大切にしていきたい=高校生・森本沙菜・18
2024/12/11 02:01 398文字(奈良県) 高校の国語表現の授業で最近、「ルッキズム」という言葉が取り上げられました。体などの見た目を表す「ルック」と主義主張などを指す「イズム」の造語といわれます。見た目で人を判断したり容姿を理由に差別したりする「負の言葉」として使われることが多いようです。 最近、ルッキズムを巡る問題を目にする
-
みんなの広場
首相の謙虚な姿勢続くか注視=無職・黒木裕孝・68
2024/12/11 02:01 389文字(宮崎県) 石破茂首相の所信表明演説を読んだ。石橋湛山元首相の演説も引用しながら「他党にも丁寧に意見を聞き、可能な限り幅広い合意形成が図られるよう取り組む」と語った。衆院選で大敗して少数与党に転じたことが理由だろうが、与野党の勢力比がどうであれ、民主主義政治では当たり前のことである。 これまで自民
-
仲畑流万能川柳
アルマーニ着ても中身はあんただし
2024/12/11 02:00 411文字☆印は秀逸(仲畑貴志選)☆アルマーニ着ても中身はあんただし 安曇野 荻笑被害女性置いてけぼりのよな和解 長崎 マー坊ジャイアンにまたハシャがれる4年間 桜川 今賀俊皆様の声を聴きます選挙まで 大村 調子乗夫マスクさん投資だったの応援は 横浜 しのちゃんウクライナ丸三年の冬が来る 北九州 南東の風当選
-
女の気持ち
恩師と短歌 山口県宇部市・中野朋子(医師・60歳)
2024/12/10 05:11 568文字昨年の秋、久しぶりに大学時代の同窓会があった。余興の一つで学生時代に作った短歌が紹介された。医学を学び始めた40年前、O先生が出題した生理学の試験の最後の問題は自由に短歌を書くことだった。これで点数の底上げをしてくださったのかもしれない。先生は皆の歌にそれぞれ和歌仕立ての返歌をつけて百人一首抄を作
-
-
女の気持ち
ベティちゃん 兵庫県尼崎市・松井順子(無職・90歳)
2024/12/10 05:10 556文字1930年。自由を謳歌(おうか)するアメリカ人女性を象徴するようにデビュー。ピンカールしたヘア、大きな瞳に長いまつげ、ポッテリした赤い唇。そして、赤いドレスにハイヒールのセクシースタイル。それがベティちゃんです。 アニメーション界に新風を巻き起こし、人々を驚かせました。35年制作のアニメでは、自ら
-
みんなの広場
妻とその父の「交換日記」に感涙=無職・高畠良一・74
2024/12/10 02:02 400文字(富山県) 妻の三回忌を先日終え、パソコンのデータを整理していたら妻と彼女の父親の「交換日記」が残されていた。2007年6月から12年3月までのものでそれぞれに交換した日付があった。 心に残ったのは、長女が32歳の若さで他界した時のやりとりである。義父は「お浄土に還って一週間が過ぎる。己が力をすべ
-
みんなの広場
被団協の授賞式演説に期待=パート・江川謙吾・71
2024/12/10 02:01 391文字(長崎県) 長崎県生まれの私は被爆者や被爆2世の知人も多く、核兵器の問題を身近に感じてきた。今年は日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞に選ばれ、10日のノルウェー・オスロでの授賞式で代表が演説する。被爆の実相や被爆者の思い、核廃絶への取り組みを世界中に発信してほしい。 思い出す
-
みんなの広場
「なせば成る」 簿記2級に合格=パート・島津燎・25
2024/12/10 02:01 394文字(京都府) 先日、日本商工会議所の簿記検定2級に合格しました。「必ず受かる。なせば成る」。そう自分に言い聞かせ、今夏から毎日5時間、猛勉強をしました。同じ3級検定に一昨年合格したのですが、8回目の挑戦でやっと合格を射止めました。 悔しさ、ふがいなさを晴らすとともに、スキルアップを図るため2級に挑み
-
女の気持ち
まさかの4回目 東京都大田区・保坂貴久代(無職・70歳)
2024/12/10 02:01 523文字3年前、本欄に「晴れ着の出番」と題した投稿を掲載していただいた。 一人っ子だった私に祖母が七五三の晴れ着を注文してくれたが、一度しか着る機会がなく嘆いていたこと。しかし時代をへて娘、孫(娘の子ども)と計3回も着ることができ、亡き祖母もビックリしているであろうことなどをつづったものだ。 そして今年の
-

