哲学における意味(いみ、: meaning)。「意味」は曖昧な言葉であり[1]、「言葉の意味」だけでなく「人生の意味」も哲学の題材になるが[2]、この記事では言葉の意味を扱う。

言葉の意味とは何か?という問題は西洋哲学ではギリシア哲学から問題になっているが[3]、特に現代分析哲学[1]現象学[4]において中心的な問題となっている。

意味の哲学を意味論[5]または意味の理論[5]哲学的意味論[6]という。哲学的意味論は言語哲学だけでなく存在論認識論[3]論理学意味論[6]言語学意味論[6]認知科学の諸領域とも関わる[7]

意味の指示説

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言葉の意味とは何か?という問いに対し、単純ながらも説得力のある答えは「言葉は世界にあるものを指し示す」という答えである[8][9]。つまり例えば「富士山」という言葉は富士山というものを指し示している[10]。これを「意味の指示説[8]」(指示対象説とも[11][9])という。

意味の指示説は「富士山」「東京タワー」のような固有名の説明に適しており[11][9]、「猫」のような一般名の説明にもある程度適しているが[12]、「ペガサス」のような架空のものや[13]、「白」「三角形」のような性質抽象的対象には適していない。性質や抽象的対象に指示説を適用すると、概念実在論(普遍者実在論、プラトンイデア論)に近づく[14]

また固有名に関してもフレーゲのパズル英語版意義と指示対象の区別[15])などが問題になる。一般名に関してもタイプとトークンの区別(個別性と一般性のギャップ[16])などが問題になる。

意味のイメージ説

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「意味の指示説」に対し、「言葉はの中にあるイメージを表す」とする「意味のイメージ説[17]」(心像説観念説とも[17])がある。つまり「富士山」という言葉は「心の中にある富士山のイメージ」を表している。

ジョン・ロック[18][19]オグデンリチャーズ意味の意味[20]はイメージ説に属するとされる。しかし「心の中にあるイメージ」とは何なのかが曖昧であることなどから、完璧な説ではない[21][22]。そのため、イメージ説は分析哲学や現象学において基本的に批判対象となっている(心理主義批判[23]反心理主義)。

意味の使用説

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ウィトゲンシュタインは当初は「意味の指示説」に近い立場をとっていたが[24]言語の写像理論)、後期ウィトゲンシュタインは「意味の使用説[25]」(用法説とも[24])と呼ばれる立場をとったとされる。すなわち「言葉の意味」とは「言葉の用法」である[26]。言葉とは、各言語の慣習的規則のなかで使われる道具、いわばボードゲームの駒のようなものである[27]言語ゲーム)とした。

ダメット[28]ブランダム[29]も使用説に属するとされる。

その他

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グライスは「話し手の意味」[30]意図基盤意味論)、デイヴィドソンは「真理条件[31]真理条件的意味論)、パトナム意味論的外在主義を論じた。

以上とは別に、発話行為の意味[32][33]隠喩の意味[34]なども哲学の問題になる。

脚注

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  1. 1 2 八木沢 2013, p. 28.
  2. 戸田山 2014, p. 36;397.
  3. 1 2 貫 1998, p. 96.
  4. 植村 2009, p. 71.
  5. 1 2 飯田 1998, p. 99.
  6. 1 2 3 千野栄一、平凡社 改訂新版 世界大百科事典『意味論』 - コトバンク
  7. Gasparri, Luca; Marconi, Diego (2024), Zalta, Edward N.; Nodelman, Uri, eds., “Word Meaning”, Stanford Encyclopedia of Philosophy (Metaphysics Research Lab, Stanford University) 2026年5月18日閲覧。
  8. 1 2 ライカン 2004, p. 4.
  9. 1 2 3 青山 2012, p. 51.
  10. 野矢 2023, p. 8.
  11. 1 2 野矢 2023, p. 11.
  12. 野矢 2023, p. 11-18.
  13. ライカン 2004, p. 5.
  14. 青山 2012, p. 53-55.
  15. 野矢 2023, p. 98.
  16. 野矢 2023, p. 18.
  17. 1 2 青山 2012, p. 42.
  18. ライカン 2004, p. 110.
  19. 野矢 2023, p. 19.
  20. 宗宮 1997, p. 7.
  21. ライカン 2004, p. 111.
  22. 野矢 2023, p. 23-33.
  23. 貫 1998, p. 97.
  24. 1 2 福井謙一「ウィトゲンシュタインと指示の概念」『哲学世界』14、早稲田大学大学院文学研究科人文科学専攻哲学コース、1991年。87頁。
  25. ウィトゲンシュタインにおける言葉の意味と哲学の意義(大谷 弘) │ 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科”. 東京大学文学部・大学院人文社会系研究科. 2026年5月23日閲覧。
  26. 宗宮 1997, p. 8-9.
  27. ライカン 2004, p. 125.
  28. 葛谷潤「志向性をグラウンドするものの研究としての『論理学研究』」『フッサール研究』23、フッサール研究会、2026年。101頁。
  29. 白川晋太郎「なぜ推論主義をとるべきなのか」『 京都大学文学部哲学研究室紀要 』19、京都大学大学院文学研究科哲学研究室、2017年。CRID 1050564285810882432。16頁。
  30. ライカン 2004, 7章.
  31. ライカン 2004, 9章.
  32. 八木沢 2020, p. 3.
  33. ライカン 2004, 12章.
  34. ライカン 2004, 14章.

参考文献

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外部リンク

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