企画者104

日本の編集プロダクション

企画者104(きかくしゃいちまるよん)は、日本の編集プロダクション[1]法人としての名称は株式会社企画者一零四

株式会社企画者一零四
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
102-007
東京都千代田区九段南四丁目7番16号
設立 1983年
業種 サービス業
法人番号 4010001083873 ウィキデータを編集
事業内容 編集プロダクション
代表者 代表取締役 横田誠
資本金 1,000万円
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特撮テレビドラマスーパー戦隊シリーズメタルヒーローシリーズで「企画協力」としてクレジットされている企業として知られる[2]

概要

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特撮テレビドラマやテレビアニメなどの設定管理[注釈 1]やデザインコーディネート業務[注釈 2]などを手掛ける[3][2]。番組の企画制作から携わっており、そのほかシナリオの管理・資料の収集・衣裳合わせ・オーディションの手伝いなど活動は多岐に渡る[2][注釈 3]

1970年代に雑誌記者であった市川信吾が設立[2][注釈 4]東映の特撮テレビドラマが石ノ森章太郎原作作品と並行してオリジナル企画作品を制作しており、作品の情報を児童誌などの出版社へ提供する窓口として『忍者キャプター』より東映特撮作品に携わる[2][4][注釈 5]

裏方に徹するという方針であるためインターネット上にも情報が少なく、特撮ファンだけでなく業界関係者の間でもあまり実態を知られていなかったが[2]、2010年代からはFacebookの開設や雑誌でのインタビュー掲載など露出の機会が増えている。

2026年2月16日、スーパー戦隊シリーズの休止に伴い、業務活動を休止したことを発表した。スタッフは企画者104を円満に卒業し、次シリーズにて同等の業務を担当しているという[5]

主な所属者

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松井 大まつい ひろし
デザイナー・イラストレーター。1973年2月10日生まれ[2]。千葉県出身[2]
フリーのイラストレーターとして『特捜戦隊デカレンジャー』に参加し、横田の誘いを受けて入社[6]。『デカレンジャー』『魔法戦隊マジレンジャー』で小道具やサブキャラクターのデザインを担当し[6]、その後もスーパー戦隊シリーズに資料担当として携わる[2]
監修としてかかわった著書『学研の図鑑 スーパー戦隊』(2021年4月・学研プラス刊)が、2023年、第53回星雲賞ノンフィクション部門を受賞。

過去の所属者

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個別項目のある人物の詳細はそちらを参照。

市川信吾
初代社長。週刊誌記者を経て、企画者104を設立した[2][4]。『テレビマガジン』などの企画ページを多数担当。本人はこれについて「テレビに映らない仮面ライダーの秘密を捏造していました(笑)」「やっぱり『仮面ライダーのひみつ100』が印象に残っています」とコメントしている[7]
横田に業務を引き継いで引退し[4]、1980年に旅館「花吹雪」を創業した[8]。やはり東映特撮にも関わったすがやみつるが、自伝『仮面ライダー青春譜』で記す所によると、番組の文芸設定より料理の話が大好きで、旅館創業後は旅行番組にも時々出演しているという。
葛西 おと
劇団の仕事と並行して1978年頃にアルバイトとして参加[2]。資料担当として東映作品の多くに携わってきた[2]
2012年3月9日にクモ膜下出血で死去[2]
聖咲奇
編集者。関西のデザイナー志望の学生と東京のマスコミとの橋渡し役を務め、久保宗雄ら多くのデザイナーを業界に引き入れている[9]
104を退社した後、雑誌『宇宙船』の創刊に携わった[1]
久保 宗雄くぼ むねお
編集者・デザイナー・脚本家。
京都市立芸術大学在学中に聖咲奇の紹介で『スパイダーマン』に参加し、卒業後に企画者104に入社した[10][4][11]
『スパイダーマン』や『バトルフィーバーJ』から『大戦隊ゴーグルファイブ』までのスーパー戦隊シリーズでキャラクターデザインを担当[10][11]。『科学戦隊ダイナマン』『超電子バイオマン』では設定関連を担当[10]。雑誌『宇宙船』の創刊にも携わり、ヒロイン特集の構成なども担当した[10][11]
イラストレーターの板橋しゅうほう米田仁士・増尾隆幸らは京都市立芸術大学での同級生であり、その繋がりで『スパイダーマン』などに引き入れている[12]
河野 成寛かわの なりひろ
編集者・デザイナー。1987年よりアルバイトとして参加[13]。同年放送の『超人機メタルダー』や『光戦隊マスクマン』より小道具のデザインなどを手掛け、『鳥人戦隊ジェットマン』からはスーパー戦隊シリーズの専任となり、『五星戦隊ダイレンジャー』まで小道具やサブキャラクターなどのデザインを担当した[14][13]。また、これと並行して「レスキューポリスシリーズ」以降のメタルヒーローにも設定素案の作成サポートなどで係わっており、『重甲ビーファイター』などシリーズ末期の作品では一部ゲストキャラクターも手がけた[13]
神田正宏かんだ まさひろ
編集者・デザイナー。1984年大学在籍中にアルバイトとして編集を務めた後、『超電子バイオマン』『電撃戦隊チェンジマン』でキャラクターデザインを担当[15][11]。漫画家としてもデビューしており、代表作にコミックボンボンでの『SDガンダムフォース』、『武者ガンダム』シリーズなどがある。
横田 誠よこた まこと
元社長。1954年6月9日[2] - 2026年2月7日[16]。東京都出身[2]
1976年に入社[2][4]。『電子戦隊デンジマン』などの設定制作を手掛けた[2][4]
1984年より代表取締役を務める[2][4]

脚注

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注釈

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  1. キャラクターやアイテムの数値データや各部名称の設定など[2]
  2. 怪人や小道具などのデザイン・劇中イラストの発注・管理など[2]
  3. 代表取締役の横田誠も業務内容を一言では説明することは難しいとしている[3]
  4. 2代目社長の横田誠は、創立についての具体的な部分は複雑であると述べている[2]
  5. 横田は企画者104の立ち位置について石ノ森章太郎原作作品における石森プロ円谷プロダクション作品における竹内博安井尚志のようなものであるとしている[2]

出典

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  1. 1 2 宇宙船150 2015, p. 19, 「特別寄稿 「宇宙船」の誕生 聖咲奇」
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 宇宙船151 2015, pp. 112–113, 「特別対談 横田誠(企画者104)×松井大(企画者104)×野中剛
  3. 1 2 スーパー戦隊大全集 1988, p. 183, 「スーパー戦隊シリーズインタビュー STAFF編」
  4. 1 2 3 4 5 6 7 「スーパー戦隊制作の裏舞台 横田誠」『スーパー戦隊 Official Mook 20世紀』《1990 地球戦隊ファイブマン講談社〈講談社シリーズMOOK〉、2019年4月25日、33頁。ISBN 978-4-06-513711-6
  5. スーパー戦隊シリーズ企画協力などの「企画者104」業務活動の休止を発表 スタッフの今後説明、「未来へ」のメッセージ”. オリコンニュース (2026年2月16日). 2026年2月16日閲覧。
  6. 1 2 百化繚乱 下之巻 2012, pp. 221–222, 「DESIGNER'S INTERVIEW 10 松井大」
  7. 『テレビマガジン特別編集・テレビマガジン70's ヒーロー創世期メモリアル』講談社、1998年12月27日、79頁。ISBN 4-06-178421-8
  8. 伊豆高原 花吹雪 インタビュー”. 旅館経営道場 〜旅館経営の情報発信〜. 株式会社咲楽 (2007年10月24日). 2020年3月7日閲覧。
  9. 百化繚乱 上之巻 2011, p. 92, 「DESIGNER'S INTERVIEW 04 増尾隆幸」.
  10. 1 2 3 4 百化繚乱 上之巻 2011, pp. 86–87, 「DESIGNER'S INTERVIEW 01 久保宗雄」
  11. 1 2 3 4 戦変万化 2023, p. 286, 「デザイナー紹介」
  12. 百化繚乱 上之巻 2011, p. 91, 「DESIGNER'S INTERVIEW 03 板橋しゅうほう」.
  13. 1 2 3 奇怪千蛮 2017, pp. 223–224, 「DESIGNER INTERVIEW 11 河野 成寛」
  14. 百化繚乱 上之巻 2011, p. 362, 「DESIGNER'S INTERVIEW 15 河野成寛」
  15. 百化繚乱 上之巻 2011, p. 233, 「DESIGNER'S INTERVIEW 10 神田正宏」.
  16. スーパー戦隊シリーズ企画協力の編集プロダクション「企画者104」社長・横田誠さん死去 - おくやみ : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2026年2月13日). 2026年2月13日閲覧。

参考文献

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外部リンク

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