ナラダ・マイケル・ウォルデン

アメリカのミュージシャン

ナラダ・マイケル・ウォルデン[1]Narada Michael Walden1952年4月23日[2] - )は、アメリカドラム奏者、音楽プロデューサー。フュージョンのウェザー・リポートとの共演でもわかる通り、テクニックは折り紙付きのドラマーである。

ナラダ・マイケル・ウォルデン
Narada Michael Walden
2011年
基本情報
出生名 Michael Walden
生誕 (1952-04-23) 1952年4月23日(74歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ミシガン州カラマズー
ジャンル ジャズR&Bポップスフュージョン
職業 ミュージシャンソングライター音楽プロデューサー
担当楽器 ドラム、キーボード、ベース
活動期間 1971年 -
レーベル アトランティックワーナー、Tarpan
共同作業者 マハヴィシュヌ・オーケストラウェザー・リポートジェフ・ベックジャーニー
公式サイト naradamichaelwalden.com

経歴

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十代の頃から主にジャズフュージョン系のセッション・ドラマーとして活動を始め、1974年マハヴィシュヌ・オーケストラに参加。1976年ジェフ・ベックのアルバム『ワイアード』に参加。ウェザー・リポートのアルバムにも参加するなど、ドラマーとしてキャリアを着実に積んでいった。その後、彼はシングルやソロ・アルバムも発表するようになり、代表作は1979年のシングル「アイ・シュッダ・ラヴド・ヤ」[3]

1980年代からは、映画音楽ブラック・コンテンポラリー系アーティストのプロデュースを手がけるようになる。1981年にはシスター・スレッジの「オール・アメリカン・ガールズ」の作曲を手がけた[4]

1985年アレサ・フランクリンのシングル「フリーウェイ・オブ・ラヴ」をプロデュースし、グラミー賞最優秀楽曲賞を受賞。また、彼はアンジェラ・ボフィル、ステイシー・ラティソー[5]、ホイットニー・ヒューストン、ジャーメイン・スチュワート、レジーナ・ベルらの作品も制作している。1987年ホイットニー・ヒューストンの『ホイットニーII〜すてきなSomebody』で最優秀プロデューサー賞、1993年に映画『ボディガード』のサウンドトラックで最優秀サウンドトラック賞を受賞するなど、プロデューサーとしても活躍した。この他にも、1987年にはスターシップの大ヒットした「愛はとまらない」のプロデュースも手掛けた。

1995年には、「JTスーパープロデューサーズ」で来日公演をおこなった。ブラックミュージック界の著名プロデューサーとして、活躍。日本人との共演としては、1982年にリリースした高中正義のアルバム『SAUDADE』に、プロデューサーやドラマーとして全面的に参加した。本アルバムはインストゥルメンタル・アルバムとして、日本初のオリコンチャート1位も達成している。同年のコンサートツアーにも自身のバンドを引き連れて来日、熱い演奏を繰り広げた。また1988年には荻野目洋子の『VERGE OF LOVE』を全面プロデュース、1997年にはSMAPの『SMAP 011 ス』に収録されたナイル・ロジャースプロデュースの冒頭2曲にドラマーとして参加した。

2020年からロックバンド、ジャーニーのドラマーとして正式に加入した[6]。が、2022年初頭、軽度の心臓発作を起こし脱退している。

ディスコグラフィ

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;作曲家/プロデューサーとして

  • ナラダ・マイケル・ウォルデン -「恋のアタック (I Shoulda Loved Ya)」(1979年)、「今夜はOK (Tonight I'm Alright)」(1979年)(シングル)
  • シスター・スレッジ - 「オール・アメリカン・ガールズ (All American Girls)」(1981年)(シングル)
  • ジャーメイン・スチュワート - 「テイク・アワ・クローズ・オフ (We Don't Have to Take Our Clothes Off)」(1986年)(シングル)
  • アレサ・フランクリン - 「フリーウェイ・オブ・ラヴ (Freeway Of Love)」 (1985年)(シングル)、「愛のおとずれ (I Knew You Were Waiting (For Me))」(1987年)Who's Zoomin' Who? (1985), Aretha (1986), Through the Storm (1989), "Everyday People" (1991), A Rose Is Still a Rose (1998)
  • リサ・フィッシャー - 「ハウ・キャン・アイ・イーズ・ザ・ペイン (How Can I Ease The Pain)」(1991年)
  • ステイシー・ラティソー – Let Me Be Your Angel (1980), "Jump to the Beat" (1980), With You (1981), Sneakin' Out (1982), Sixteen (1983) and Perfect Combination (with Johnny Gill; 1984)
  • カール・カールトン – "The Bad CC" (1982)
  • アンジェラ・ボフィル – "Something About You" (1981), "Too Tough" (1983), "Tonight I Give In" (1983), "I'm on Your Side" (1983)
  • San Francisco 49ers - "We Are the 49ers" (1984, rereleased in 2020 for the team's appearance in Super Bowl LIV)[7]
  • Clarence Clemons – Hero (1985)
  • ホイットニー・ヒューストン – "How Will I Know" (1985), Whitney (1987), "One Moment in Time" (1988), I'm Your Baby Tonight (1990), "I'm Every Woman" (1992)
  • ディオンヌ・ワーウィック – "No One There (To Sing Me a Love Song)" from Friends (1985)
  • シーナ・イーストン – 『アバウト・ラスト・ナイト』より「So Far, So Good」(1986年)と『No Sound But a Heart』、そして『My Cherie』(1995年)からの「Till Death Do Us Part」
  • ポインター・シスターズ – 「Be There」(1987年)
  • スターシップ – 「Nothing's going to Stop Us Now」(1987年)
  • レジーナ・ベル – 「ベイビー・カム・トゥ・ミー」(1989年)
  • ナタリー・コール – 「I Do」(1989年)
  • グラディス・ナイト – 「Licence to Kill」(1989年)

ディスコグラフィ

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リーダー・アルバム

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  • 『愛の空間』 - Garden of Love Light (1976年、Atlantic)
  • 『アイ・クライ、アイ・スマイル』 - I Cry, I Smile (1977年、Atlantic)
  • 『アウェイクニング』 - Awakening (1979年、Atlantic)
  • 『スウィート・ダンス・ミュージック』 - The Dance of Life (1979年、Atlantic)
  • 『ヴィクトリー』 - Victory (1980年、Atlantic)
  • 『コンフィデンス』 - Confidence (1982年、Atlantic)
  • 『ルッキング・アット』 - Looking at You, Looking at Me (1983年、Atlantic)
  • 『ネイチャー・オブ・シングス』 - The Nature of Things (1985年、Warner Bros.)
  • Divine Emotion (1988年、Reprise)
  • 『この愛がとどくように』 - Sending Love to Everyone (1995年、EMI)
  • Thunder 2013 (2013年、Tarpan)
  • Evolution (2015年、Tarpan)

脚注

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  1. ナーラダ・マイケル・ウォルデン」の表記もある。
  2. Ed Hogan, Narada Michael Walden ALLMUSIC
  3. オフィシャル HP 2026年2月5日閲覧
  4. シックが制作していたグループを次に担当し、シック時代のサウンドの良さを継承した曲作りを行っていた
  5. ジョニー・ギルとのデュエット作品でも知られている。モーメンツの「ラブ・オン・ア・トゥー・ウェイ・ストリート」をカバーしたことがある
  6. ジャーニー 新ベーシスト&ドラマー発表、新ラインナップのパフォーマンス映像公開 - amass
  7. Producer of 1984 hit 'We Are The 49ers' revamps track for 2020 Super Bowl 2026-02-05

外部リンク

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