NFLドラフト
NFLドラフト(NFL Draft)は、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)が開催する、新人選手獲得のために行われるドラフト会議である。
概要
編集歴史
編集
NFLの戦力均衡策として考案され、1936年に第1回ドラフト会議が開催された。以降米国内外プロリーグで同様のドラフトが行われるようになった。
リーグ初期の1930年代半ばから1960年代半ばにかけて、NFLフランチャイズのある様々な都市で開催されていた。1965年から2014年まではニューヨークで4月下旬に行われた。長らくマディソン・スクエア・ガーデンで行われたが、2006年からはラジオシティ・ミュージックホールに会場を移した。2015年以降は様々な都市で行われており、2018年はAT&Tスタジアム、2019年はナッシュビル特設会場で行われた。2020年は、2019新型コロナウイルスの感染拡大により開催地のラスベガスが事実上封鎖されることとなったことから、一般向けのイベントを中止しオンラインで開催された[1]。
1983年のドラフトでは、ジョン・エルウェイ、トッド・ブラックリッジ、ジム・ケリー、トニー・イースン、ケン・オブライエン、ダン・マリーノらが指名された。この年のドラフトが現在史上最高のQBドラフト組と評されている[2]。
2009年までは2日間に分けて、初日に1~3ラウンド、2日目に4~7ラウンドの指名が行われていたが、2010年以降は期間が3日間になった。
指名の詳細
編集初日に1巡目、2日目に2~3巡目、3日目に4~7巡目の指名が行われる。
指名するチームには1巡目で8分間[4]、2巡目で7分間、3巡目から6巡目で5分間、7巡目で4分間の制限時間が与えられる[5]。制限時間内に指名できなかったチームは、その後の任意のタイミングで指名することができるが、その間に他チームに確保された選手を指名することは出来ない。
3巡目、4巡目、5巡目、6巡目、7巡目の通常指名終了後に、後述の補償ドラフト指名が行われる。3巡目の補償ドラフト指名の後には後述の"ルーニー・ルール"による指名が行われる。
NFLドラフトで指名される選手は原則として大学を卒業した選手であるが、特例として「アーリーエントリー」という「高校卒業後、3フットボールシーズンが過ぎればドラフトにエントリーしても良い」という制度がある。
ドラフトされ入団した選手は非公開の公式に基づき、指名順により決定される年俸で4年契約を結び、5年目の契約はチームが選べるオプションとなる。
指名順位
編集全巡目において、常に前シーズンの成績下位球団から順番に選手を指名する完全ウェーバー方式が基本となっている。ただしこの順位はプレーオフ進出チームを決定し、さらに進出チーム間で順位を決定する方式とは異なる。まず以下のように枠が決定される[6]。
- プレーオフに出場しなかったチーム :1〜18位
- ワイルドカード プレーオフで敗退したチーム :19〜24位
- ディビジョナル プレーオフで敗退したチーム :25〜28位
- カンファレンス チャンピオンシップで敗退したチーム :29〜30位
- スーパーボウル敗退チーム :31位
- スーパーボウル勝利チーム :32位
各枠内での順位は以下の基準によって決められ、成績が下のほうが上位となる[7]。
- 勝率
- 対戦相手の合計勝率
- 同一地区のチームの場合、地区内での順位
- 同一カンファレンスのチームの場合、カンファレンス内での順位
- 別カンファレンスにまたがる2チームの場合
- 直接対決の結果
- 共通対戦相手の合計勝率(最低でも4試合以上)
- 勝った相手の合計勝率
- 全試合での総得点順位と総失点順位の和
- 総得失点差
- 総得失タッチダウン差
- コイントス
- カンファレンスにまたがる3チーム以上の場合、地区内の順位およびカンファレンス内の順位のタイブレーカーを用いて両カンファレンスで最も下位の2チームを選び、上の基準を適用する。上位指名権を得たチームを除外して繰り返す。
各枠内で複数チームが同じ勝率である場合、同一セグメントに含まれるとする。 同一セグメント内の指名順は、1巡目で最上位だったチームを2巡目で同セグメント内の最下位に移動し、他のチームを1つずつ繰り上げる。3巡目以降も同様。
指名権の移動
編集ただし、指名権はしばしばチーム間でトレードされて移動する。将来の、まだ順位の定まらない指名権もトレード対象となる。選手を含むトレードの一部となることもある。上位指名権を下位指名権に交換することはトレードダウン、その逆はトレードアップと呼ばれる。一つの指名権が複数のチームを渡り歩くことも、一つのチームが同じラウンドで複数の指名権を得ることもしばしばある。また、Non-exclusiveフランチャイズタグをつけた選手やRestricted フリーエージェントの選手を失ったチームには代償として指名権が譲渡される。
事前だけではなくドラフト会議中にも、それまでの指名結果を受けて指名権のトレードが行われる。各球団にはこれらの交渉を実施するためのウォールームという控室が与えられ、トレード交渉はそれぞれの部屋に詰めた球団の編成責任者同士で主に電話もしくは電子メールによって行われる。
大規模な指名権トレードの例として、1999年には、当時ニューオーリンズ・セインツのヘッドコーチだったマイク・ディトカの意向で、テキサス大学のリッキー・ウィリアムズを全米5位指名するために、セインツが同順位の指名権を持っていたワシントン・レッドスキンズに対して、同年の全ドラフト指名権と翌年の1位と3位の指名権をトレードで放出する事例があった[注釈 1]。
2022年ドラフトの例では、このような権利譲渡の結果、補償ドラフトを含む全262人の指名のうち半分以上の148人が譲渡された指名順によるものであった。
補償ドラフト (Compensatory Draft)
編集フリーエージェントで選手を失った球団に与えられる指名権である。指名権は失った選手の平均年俸やプレー時間などから自動的に計算されて3ラウンド目の後から7ラウンド目の後まで合計で最大32回の指名が行われる。この計算式は公開されていない。1チームは最大で4つまでの指名権が与えられる。この補償ドラフト権利もまた、トレードの対象となる。補償ドラフト数が32に満たない場合は、足りないだけの指名数を7ラウンド指名の後に8ラウンド目があった場合と同様の指名順で行う。
その他の指名権付与および剥奪
編集マイノリティ雇用
編集2021年ドラフトより、人種間および性間の平等を推進する通称"ルーニー・ルール"の拡張として、チームで2年以上働いたコーチ(HCを除く)及びフロント(GMを除く)のマイノリティのスタッフが、他チームのHCあるいはGMになった場合、元のチームは2年にわたり、3ラウンド目の補償ドラフトの後に使用できる指名権を一つずつ与えられる。2人のスタッフが同様に他チームのGMあるいはHCになった場合は、3年にわたり指名権を一つずつ与えられる。複数チームがこの指名権を得た場合、その順番はウェーバー制の指名順に従う。この指名権もまたトレード対象となる。
2021年ドラフトにおいて、スタッフだったブラッド・ホルムズがデトロイト・ライオンズのGMに就任したロサンゼルス・ラムズは2年にわたり指名権を与えられ[8]、スタッフだったロバート・サレーがニューヨーク・ジェッツのHCに就任し、同様にマーティン・メイヒューがワシントン・フットボールチームのGMに就任したサンフランシスコ・49ersは3年にわたり指名権を与えられることになった[9][10]。その他ボルティモア・レイヴンズ、ニューオーリンズ・セインツ(ただし2021年はデンバー・ブロンコスにトレードされた)も2年にわたる指名権を得た。
指名権剥奪
編集コミッショナーは、種々の規則違反に対してドラフトの権利を一部取り上げることができる。2021年ドラフトに際しては、ニューイングランド・ペイトリオッツが3ラウンド目を[11]、ミネソタ・バイキングスが7ラウンド目を失った[12]。
補足ドラフト (Supplemental Draft)
編集1977年から始まった制度である。4月時点で何らかの事情でNFLドラフトにエントリーしていなかった選手が対象のドラフトであり、必要に応じて行われる。レギュラーシーズンで6勝以下だったチーム、それよりは成績が良かったがプレーオフに出られなかったチーム、プレーオフに出たチームの3グループに分かれて行われる。各チームは、翌年のドラフト権を入札して選手を指名することができ、1人の選手に対し最も上位のドラフト権を入札したチームが権利を獲得するが、入札した翌年の同巡指名権を失う。権利を得られなかったチームは翌年の指名権に影響がない。
| 年 | 選手 | ポジション | 巡目 | NFLチーム | 大学 | 理由 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1977 | アル・ハンター | RB | 4 | シアトル・シーホークス | ノートルダム大学 | 規則違反による出場停止[13] |
| 1978 | ジョニー・ドレスデン | WR | 10 | ヒューストン・オイラーズ | サム・ヒューストン州立大学 | 2年間在学の後退学[14] |
| ロッド・コナーズ | RB | 12 | サンフランシスコ・49ers | 南カリフォルニア大学 | ドラフト資格保持のまま退学[15] | |
| 1979 | ロッド・スチュワート | RB | 6 | バッファロー・ビルズ | ケンタッキー大学 | |
| 1980 | マシュー・ティーグ | DE | 7 | アトランタ・ファルコンズ | プレイリー・ビュー農工大学 | |
| ビリー・ムリンズ | WR | 9 | サンディエゴ・チャージャーズ | 南カリフォルニア大学 | 南カリフォルニア大学編入のために4つのジュニアカレッジの単位を同時取得していたことが判明しドラフト資格喪失[16] | |
| 1981 | デイブ・ウィルソン | QB | 1 | ニューオーリンズ・セインツ | イリノイ大学 | 高校の成績証明書およびジュニアカレッジ在学に関する疑問点が持ち上がりドラフト資格喪失[17] |
| チー・デビッドソン | WR | 11 | ニューイングランド・ペイトリオッツ | ロードアイランド大学 | ||
| 1982 | ケビン・ロビンソン | CB | 9 | デトロイト・ライオンズ | ノースカロライナ農工大学 | |
| 1985 | バーニー・コーサー | QB | 1 | クリーブランド・ブラウンズ | マイアミ大学 (フロリダ州) | 2年で卒業[18]。ブラウンズ入団を希望したため。 |
| ルーズベルト・スナイプス | RB | 8 | サンフランシスコ・49ers | フロリダ州立大学 | 成績不良による[19] | |
| 1986 | チャールズ・クロフォード | RB | 7 | フィラデルフィア・イーグルス | オクラホマ州立大学 | 負傷により4年次はプレーせず[20] |
| 1987 | ブライアン・ボズワース | LB | 1 | シアトル・シーホークス | オクラホマ大学 | チームから退部していたがドラフト資格を請求せず補足ドラフトを求めた[21] |
| ダン・シエロ | DT | 3 | タンパベイ・バッカニアーズ | マイアミ大学 (フロリダ州) | 3年次はNCAAによりドラフト不適格と宣言された | |
| クリス・カーター | WR | 4 | フィラデルフィア・イーグルス | オハイオ州立大学 | エージェントと契約したとして3年次の前に活動停止[22] | |
| 1988 | ライアン・ベシア | WR | 5 | ミネソタ・バイキングス | サウスカロライナ大学 | 薬物使用による逮捕のため活動停止 |
| 1989 | スティーブ・ウォルシュ | QB | 1 | ダラス・カウボーイズ | マイアミ大学 (フロリダ州) | 締め切りまでにドラフト資格請求せず[23] |
| ティム・ローゼンバック | QB | 1 | フェニックス・カージナルス | ワシントン州立大学 | 締め切りまでにドラフト資格請求せず[23] | |
| ボビー・ハンフリー | RB | 1 | デンバー・ブロンコス | アラバマ大学 | ||
| ブレット・ヤング | DB | 8 | バッファロー・ビルズ | オレゴン大学 | ||
| マイク・ロウマン | RB | 12 | ダラス・カウボーイズ | コフィ―ヴィル・コミュニティカレッジ | ||
| 1990 | ロブ・ムーア | WR | 1 | ニューヨーク・ジェッツ | シラキューズ大学 | ドラフト資格を請求せず[24] |
| ウィリー・ウィリアムズ | TE | 9 | フェニックス・カージナルス | ルイジアナ州立大学 | ||
| 1992 | デイブ・ブラウン | QB | 1 | ニューヨーク・ジャイアンツ | デューク大学 | ドラフト資格請求せず[25] |
| ダレン・ミッケル | DE | 2 | カンザスシティ・チーフス | フロリダ大学 | 規則違反により3年次は出場停止[26] | |
| 1994 | ティトー・ウッテン | CB | 4 | ニューヨーク・ジャイアンツ | ノースイースト・ルイジアナ大学 | |
| ジョン・デイビス | TE | 5 | ダラス・カウボーイズ | エンポリア州立大学 | ||
| 1995 | ダレン・ベンソン | DT | 3 | ダラス・カウボーイズ | トリニティ・バレー・コミュニティカレッジ | |
| 1998 | マイク・ウァーレ | OT | 2 | グリーンベイ・パッカーズ | 海軍兵学校 | ステロイド使用のため3年次はNCaaにより出場停止.[27] |
| ジャマール・ウィリアムズ | NT | 2 | サンディエゴ・チャージャーズ | オクラホマ州立大学 | 成績不良により3年次は出場停止[28] | |
| 1999 | ジュジュアン・チェリー | CB | 4 | ニューイングランド・ペイトリオッツ | アリゾナ州立大学 | |
| 2002 | ミルフォード・ブラウン | G | 6 | ヒューストン・テキサンズ | フロリダ州立大学 | 5年間大学在籍のためドラフト資格喪失[29] |
| 2003 | トニー・ホリングス | RB | 2 | ヒューストン・テキサンズ | ジョージア工科大学 | 成績不良により出場停止[30] |
| 2005 | マヌエル・ライト | DT | 5 | マイアミ・ドルフィンズ | 南カリフォルニア大学 | 単位取得のために出場せずドラフトを選択[31] |
| 2006 | アーハド・ブルックス[32] | LB | 3 | シンシナティ・ベンガルズ | バージニア大学 | 大学チームから除籍[33] |
| 2007 | ポール・オリバー | S | 4 | サンディエゴ・チャージャーズ | ジョージア大学 | 成績不良により退学[34] |
| ジャレッド・ガイサー[34] | OT | 5 | ボルティモア・レイブンズ | メリーランド大学 | 成績不良によりドラフト資格喪失[35] | |
| 2009 | ジェレミー・ジャーモン | DE | 3 | ワシントン・レッドスキンズ | ケンタッキー大学 | 薬物テストにより出場停止[36] |
| 2010 | ハーヴェイ・ウンガ[37] | FB | 7 | シカゴ・ベアーズ | ブリガムヤング大学 | 規則違反により大学除籍[37] |
| ジョシュ・ブレント[37] | NT | 7 | ダラス・カウボーイズ | イリノイ大学 | 成績不良により資格喪失[38] | |
| 2011 | テレル・プリオー | QB | 3 | オークランド・レイダース | オハイオ州立大学 | 利益享受に関するNCAAの調査により出場停止[39] |
| 2012 | ジョシュ・ゴードン | WR | 2 | クリーブランド・ブラウンズ | ベイラー大学 | マリファナ・テストにより出場停止[40] |
| 2015 | アイザイヤ・バトル | OT | 5 | セントルイス・ラムズ | クレムソン大学 | 家族の問題によりドラフト資格申請せず[41] |
| 2018 | サム・ビール | CB | 3 | ニューヨーク・ジャイアンツ | 西ミシガン大学 | 成績不良により資格停止[42] |
| アドニス・アレキサンダー | CB | 6 | ワシントン・レッドスキンズ | バージニア工科大学 | 成績不良により資格停止[43] | |
| 2019 | ジェイレン・トンプソン | S | 5 | アリゾナ・カーディナルス | ワシントン州立大学 | NCAAにより3年次は出場停止 [44] |
エクスパンジョン・ドラフト (Expansion Draft)
編集新チームが追加された年に行われ、新チームが他のチームから選手を得るドラフトである。
ルールの詳細はその年ごとに定められる。2002年にヒューストン・テキサンズが誕生した時の例では、各チームが5人の選択され得る選手のリストを提出し、その中からヒューストンは全体で30人、あるいは年俸総額がその年のサラリーキャップの38%である27.2百万ドルに達するまで指名が可能であった。同一チームから2選手が選択された場合、当該チームはそれ以上の選択を拒否することができた。結果として、ヒューストンは19人の選手を選択した。
NFLドラフト一覧
編集| 年度 | 日程 | 巡数 | 指名数 | 会場 | 開催都市 | 1位指名選手 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1936 | 1936年2月8日 | 9 | 81 | ザ・リッツ・カールトン | フィラデルフィア | ジェイ・バーワンガー |
| 2 | 1937 | 1936年12月12日 | 10 | 100 | ホテル・リンカーン | ニューヨーク | サム・フランシス |
| 3 | 1938 | 1937年12月12日 | 12 | 110 | ホテル・シェルマン | シカゴ | コーベット・デービス |
| 4 | 1939 | 1938年12月9日 | 22 | 200 | ニューヨーカーホテル | ニューヨーク | カイ・オルドリッチ |
| 5 | 1940 | 1939年12月9日 | 22 | 200 | シュローダーホテル | ミルウォーキー | ジョージ・カフェゴ |
| 6 | 1941 | 1940年12月10日 | 22 | 204 | ウィラードホテル | ワシントンD.C. | トム・ハーモン |
| 7 | 1942 | 1941年12月22日 | 22 | 200 | パルマーハウスホテル | シカゴ | ビル・ダドリー |
| 8 | 1943 | 1943年4月8日 | 32 | 300 | パルマーハウスホテル | シカゴ | フランク・シンクウィッチ |
| 9 | 1944 | 1943年4月19日 | 32 | 330 | ワーウィックホテル | フィラデルフィア | アンジェロ・バーテリ |
| 10 | 1945 | 1945年4月8日 | 32 | 330 | コモドールホテル | ニューヨーク | チャーリー・トリッピ |
| 11 | 1946 | 1946年1月14日 | 32 | 300 | コモドールホテル | ニューヨーク | フランク・ダンスウィック |
| 12 | 1947 | 1946年12月16日 | 32 | 300 | コモドールホテル | ニューヨーク | ボブ・フェニモア |
| 13 | 1948 | 1947年12月19日 | 32 | 300 | フォートピットホテル | ピッツバーグ | ハリー・ギルマー |
| 14 | 1949 | 1948年12月21日 | 25 | 251 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | フィラデルフィア | チャック・ベドナリク |
| 15 | 1950 | 1950年1月20日-21日 | 30 | 391 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | フィラデルフィア | レオン・ハート |
| 16 | 1951 | 1951年1月18日-19日 | 30 | 362 | ブラックストーンホテル | シカゴ | カイル・ローテ |
| 17 | 1952 | 1952年1月17日 | 30 | 360 | ホテル・スタットラー | ニューヨーク | ビル・ウェイド |
| 18 | 1953 | 1953年1月22日 | 30 | 360 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | フィラデルフィア | ハリー・バブコック |
| 19 | 1954 | 1954年1月28日 | 30 | 360 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | フィラデルフィア | ボビー・ギャレット |
| 20 | 1955 | 1955年1月27日-28日 | 30 | 360 | ワーウィック・ホテル | ニューヨーク | ジョージ・ショー |
| 21 | 1956 | 1955年11月28日 | 30 | 360 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | フィラデルフィア | ゲイリー・グリック |
| 1956年1月17日-18日 | アンバサダーホテル | ロサンゼルス | |||||
| 22 | 1957 | 1956年11月26日 | 30 | 360 | ワーウィック・ホテル | フィラデルフィア | ポール・ホーナング |
| 1956年1月31日 | ベレビュー・ストラトフォード・ホテル | ||||||
| 23 | 1958 | 1957年12月2日 | 30 | 360 | ワーウィック・ホテル | フィラデルフィア | キング・ヒル |
| 1958年1月28日 | |||||||
| 24 | 1959 | 1958年12月1日 | 30 | 360 | ワーウィック・ホテル | フィラデルフィア | ランディ・ダンカン |
| 1956年1月21日 | |||||||
| 25 | 1960 | 1959年11月30日 | 20 | 240 | ワーウィック・ホテル | フィラデルフィア | ビリー・キャノン |
| 26 | 1961 | 1960年11月30日 | 20 | 280 | ワーウィック・ホテル | フィラデルフィア | トミー・メイソン |
| 27 | 1962 | 1961年12月4日 | 20 | 280 | シェラトン・ホテル&タワーズ | シカゴ | アーニー・デービス |
| 28 | 1963 | 1962年12月3日 | 20 | 280 | シェラトン・ホテル&タワーズ | シカゴ | テリー・ベイカー |
| 29 | 1964 | 1963年12月2日 | 20 | 280 | シェラトン・ホテル&タワーズ | シカゴ | デーブ・パークス |
| 30 | 1965 | 1964年11月28日 | 20 | 280 | サミット・ホテル | ニューヨーク | タッカー・フレデリクソン |
| 31 | 1966 | 1965年11月27日 | 20 | 305 | サミット・ホテル | ニューヨーク | トミー・ノービス |
| 32 | 1967 | 1967年3月14日-15日 | 17 | 445 | ゴッサム・ホテル | ニューヨーク | ババ・スミス |
| 33 | 1968 | 1968年1月30日-31日 | 17 | 462 | ベルモントプラザ・ホテル | ニューヨーク | ロン・ヤリー |
| 34 | 1969 | 1969年1月28日-29日 | 17 | 442 | ベルモントプラザ・ホテル | ニューヨーク | O・J・シンプソン |
| 35 | 1970 | 1970年1月27日-28日 | 17 | 442 | ベルモントプラザ・ホテル | ニューヨーク | テリー・ブラッドショー |
| 36 | 1971 | 1971年1月28日-29日 | 17 | 442 | ベルモントプラザ・ホテル | ニューヨーク | ジム・プランケット |
| 37 | 1972 | 1972年2月1日-2日 | 17 | 442 | エセックスハウス | ニューヨーク | ウォルト・パツルスキ |
| 38 | 1973 | 1973年1月30日-31日 | 17 | 442 | アメリカーナ・ホテル | ニューヨーク | ジョン・マトゥザック |
| 39 | 1974 | 1974年1月29日-30日 | 17 | 442 | アメリカーナ・ホテル | ニューヨーク | トゥー・トール・ジョーンズ |
| 40 | 1975 | 1975年1月28日-29日 | 17 | 442 | ヒルトン・アット・ロックフェラー・センター | ニューヨーク | スティーブ・バートコウスキー |
| 41 | 1976 | 1976年4月8日-9日 | 17 | 487 | ルーズベルト・ホテル | ニューヨーク | リーロイ・セルモン |
| 42 | 1977 | 1977年5月3日-4日 | 12 | 335 | ルーズベルト・ホテル | ニューヨーク | リッキー・ベル |
| 43 | 1978 | 1978年5月2日-3日 | 12 | 334 | ルーズベルト・ホテル | ニューヨーク | アール・キャンベル |
| 44 | 1979 | 1979年5月3日-4日 | 12 | 330 | ウォルドルフ=アストリア | ニューヨーク | トム・カズノー |
| 45 | 1980 | 1980年4月29日-30日 | 12 | 333 | ニューヨーク・シェラトン・ホテル | ニューヨーク | ビリー・シムズ |
| 46 | 1981 | 1981年4月28日-29日 | 12 | 332 | ニューヨーク・シェラトン・ホテル | ニューヨーク | ジョージ・ロジャース |
| 47 | 1982 | 1982年4月27日-28日 | 12 | 334 | ニューヨーク・シェラトン・ホテル | ニューヨーク | ケネス・シムズ |
| 48 | 1983 | 1983年4月26日-27日 | 12 | 335 | ニューヨーク・シェラトン・ホテル | ニューヨーク | ジョン・エルウェイ |
| 49 | 1984 | 1984年5月1日-2日 | 12 | 336 | オムニ・パーク・セントラル・ホテル | ニューヨーク | アービン・フライヤー |
| 50 | 1985 | 1985年4月30日-5月1日 | 12 | 336 | オムニ・パーク・セントラル・ホテル | ニューヨーク | ブルース・スミス |
| 51 | 1986 | 1986年4月29日-30日 | 12 | 333 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ボー・ジャクソン |
| 52 | 1987 | 1987年4月28日-29日 | 12 | 335 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ビニー・テスタバーディ |
| 53 | 1988 | 1988年4月24日-25日 | 12 | 333 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | オードリー・ブルース |
| 54 | 1989 | 1989年4月23日-24日 | 12 | 335 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | トロイ・エイクマン |
| 55 | 1990 | 1990年4月22日-23日 | 12 | 332 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ジェフ・ジョージ |
| 56 | 1991 | 1991年4月21日-22日 | 12 | 334 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ラッセル・メリーランド |
| 57 | 1992 | 1992年4月26日-27日 | 12 | 336 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | スティーブ・エントマン |
| 58 | 1993 | 1993年4月25日-26日 | 8 | 224 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ドリュー・ブレッドソー |
| 59 | 1994 | 1994年4月24日-25日 | 7 | 222 | ニューヨーク・マリオット・マーキス | ニューヨーク | ダン・ウィルキンソン |
| 60 | 1995 | 1995年4月22日-23日 | 7 | 249 | パラマウント・シアター・アット・マディソン・スクエア・ガーデン | ニューヨーク | キジャナ・カーター |
| 61 | 1996 | 1996年4月20日-21日 | 7 | 254 | パラマウント・シアター・アット・マディソン・スクエア・ガーデン | ニューヨーク | キーショーン・ジョンソン |
| 62 | 1997 | 1997年4月19日-20日 | 7 | 240 | パラマウント・シアター・アット・マディソン・スクエア・ガーデン | ニューヨーク | オーランド・ペース |
| 63 | 1998 | 1998年4月18日-19日 | 7 | 241 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | ペイトン・マニング |
| 64 | 1999 | 1999年4月17日-18日 | 7 | 253 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | ティム・カウチ |
| 65 | 2000 | 2000年4月15日-16日 | 7 | 254 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | コートニー・ブラウン |
| 66 | 2001 | 2001年4月21日-22日 | 7 | 246 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | マイケル・ヴィック |
| 67 | 2002 | 2002年4月20日-21日 | 7 | 261 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | デビッド・カー |
| 68 | 2003 | 2003年4月26日-27日 | 7 | 262 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | カーソン・パーマー |
| 69 | 2004 | 2004年4月24日-25日 | 7 | 255 | マディソン・スクエア・ガーデン・シアター | ニューヨーク | イーライ・マニング |
| 70 | 2005 | 2005年4月23日-24日 | 7 | 255 | ジェイコブ・ジャヴィッツ・コンベンション・センター | ニューヨーク | アレックス・スミス |
| 71 | 2006 | 2006年4月29日-30日 | 7 | 255 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | マリオ・ウィリアムス |
| 72 | 2007 | 2007年4月28日-29日 | 7 | 255 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | ジャマーカス・ラッセル |
| 73 | 2008 | 2008年4月26日-27日 | 7 | 252 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | ジェイク・ロング |
| 74 | 2009 | 2009年4月25日-26日 | 7 | 256 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | マシュー・スタッフォード |
| 75 | 2010 | 2010年4月22日-24日 | 7 | 255 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | サム・ブラッドフォード |
| 76 | 2011 | 2011年4月28日-30日 | 7 | 254 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | キャム・ニュートン |
| 77 | 2012 | 2012年4月26日-28日 | 7 | 253 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | アンドリュー・ラック |
| 78 | 2013 | 2013年4月25日-27日 | 7 | 254 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | エリック・フィッシャー |
| 79 | 2014 | 2014年5月8日-10日 | 7 | 256 | ラジオシティ・ミュージックホール | ニューヨーク | ジャデベオン・クラウニー |
| 80 | 2015 | 2015年4月30日-5月2日 | 7 | 256 | オーディトリアム・シアター | シカゴ | ジェイミス・ウィンストン |
| 81 | 2016 | 2016年4月28日-30日 | 7 | 253 | オーディトリアム・シアター | シカゴ | ジャレッド・ゴフ |
| 82 | 2017 | 2017年4月27日-29日 | 7 | 253 | フィラデルフィア美術館 | フィラデルフィア | マイルズ・ギャレット |
| 83 | 2018 | 2018年4月26日-28日 | 7 | 256 | AT&Tスタジアム | アーリントン | ベイカー・メイフィールド |
| 84 | 2019 | 2019年4月25日-27日 | 7 | 254 | ロウワー・ブロードウェイ(ドラフト・メインステージ) | ナッシュビル | カイラー・マレー |
| 85 | 2020 | 2020年4月23日-25日 | 7 | 255 | ビデオ会議[注釈 2] | ジョー・バロウ | |
| 86 | 2021 | 2021年4月29日-5月1日 | 7 | 259 | ノースコースト・ハーバー | クリーブランド | トレバー・ローレンス |
| 87 | 2022 | 2022年4月28日-30日 | 7 | 262 | アレジアント・スタジアム | パラダイス | トラヴォン・ウォーカー |
| 88 | 2023 | 2023年4月27日-29日 | 7 | 259 | アローヘッド・スタジアム | カンザスシティ | ブライス・ヤング |
| 89 | 2024 | 2024年4月25日-27日 | 7 | 257 | キャンパス・マーシャス・パーク | デトロイト | ケイレブ・ウィリアムズ |
| 90 | 2025 | 2025年4月24日-26日 | 7 | 257 | ランボー・フィールド | グリーンベイ | キャム・ウォード |
| 91 | 2026 | 2026年4月23日-25日 | 7 | 257 | アクリシュア・スタジアム | ピッツバーグ | フェルナンド・メンドーサ |
Mr.イレレバント
編集1976年以降、最終巡目の最後に指名された選手は Mr. イレレバント (Mr. Irrelevant) と呼ばれ、家族がカリフォルニア州ニューポートビーチに1週間招待され、さらにディズニーランドなどの施設へ招待され、トロフィーを与えられるなどの特典が与えられ、種々のメディア取材の対象ともなる。これは元NFL選手のポール・サラタによって開始されたイベントである。
脚注
編集注釈
編集出典
編集- ↑ “NFLドラフトは予定通り開催、一般向けイベントは中止”. AFP (2020年3月17日). 2020年4月18日閲覧。
- ↑ “ビッグベン、「2004年ドラフトQB組が史上最高になる」”. NFL JAPAN (2011年11月2日). 2012年11月4日閲覧。
- ↑ “NFLドラフトで チームが 優秀選手に注目”. NFL JAPAN (2000年3月30日). 2012年7月19日閲覧。
- ↑ “2026 NFL Draft” (英語). NFL. 2026年2月6日閲覧。
- ↑ “The rules of the NFL Draft”. NFL.com. 2018年12月31日閲覧。
- ↑ “NFL tiebreakers”. Quickresearch.com. 2021年5月1日閲覧。
- ↑ “NFL Tiebreaking Procedures”. 2026年1月21日閲覧。
- ↑ “Rams just earned two extra draft picks thanks to a new NFL rule and the Saints could be next”. CBS Sports. 2021年1月15日閲覧。
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- ↑ “Isaiah Battle picked by Rams, is 1st supplemental pick since 2012” (2015年7月9日). 2015年7月9日閲覧。
- ↑ “Sam Beal picked by Giants, is 1st supplemental pick since 2015”. Bleacher Report (2018年7月11日). 2018年7月11日閲覧。
- ↑ “CB Adonis Alexander picked by Redskins in sixth round of supplemental draft”. ESPN (2018年7月11日). 2018年7月11日閲覧。
- ↑ Seifert, Kevin (2019年7月10日). “Cards make only pick in NFL supplemental draft” (英語). ESPN.com. 2019年7月12日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- 2021年NFLドラフト、17チームが補償指名権を獲得 (NFL JAPAN)
- NFLドラフト2020 (TSPスポーツ)
- NFL draft-pick value chart 2006年4月25日 (ESPN)