こめお
こめお(1995年3月7日 - )は、日本の料理人、実業家、YouTuber。本名は沼倉 大将(ぬまくら だいち)[1]。東京都出身。
こめお | |
|---|---|
| 生誕 |
1995年3月7日(31歳) |
| 別名 | 闘う料理人 |
| 職業 | 料理人 |
| 活動期間 | 2022年 - |
| 身長 | 170 cm (5 ft 7 in) |
来歴
編集10代の頃は自暴自棄な生活を送り、2013年に刑事事件を起こして少年刑務所で服役した。服役中の食事のなかで、年に数回だけ提供された純粋な白米の美味しさに深く感動したことを機に、米を中心とした食への関心を抱くようになる[2]。
2020年に出所後、マーケティング企業での勤務を経て、全国の米農家を巡り「ごはんソムリエ」の資格を取得。同年5月にブレンド米の専門ブランドなどを手掛ける株式会社Fooppyを設立した。その後、会社経営の行き詰まりなどを経て、知人の紹介により完全会員制の飲食店で料理人としてのキャリアをスタートさせた[2]。
2022年、格闘技イベント「BreakingDown4」のオーディションに参加。瓜田純士らと激しい舌戦を繰り広げ、その攻撃的なキャラクターと「前科持ちの料理人」という特異な経歴から一躍人気メンバーとなる。以降、黒石高大やYUSHI、レオらと対戦を重ね、黎明期の同イベントを牽引した。
2024年12月の「BreakingDown14」においてレオに判定勝利したのを最後にBreakingDownからの引退を表明した[3]。
飲食業
編集戦績
編集アマチュアキックボクシング
編集| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 11 試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 6 勝 | 2 | 4 | 0 | 0 | 0 | |
| 5 敗 | 2 | 3 | 0 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | 大会名 | 開催年月日 |
| ○ | レオ | 1分1R終了 判定5-0 | BreakingDown14 | 2024年12月8日 |
| × | カウアン・オカモト | 1分1R+延長1R終了 判定1-4 | BreakingDown12 | 2024年6月2日 |
| × | かずきんぐ | 1分1R KO(左フック) | BreakingDown9 | 2023年8月26日 |
| ○ | 10人ニキ | 1分1R+延長5R KO(飛び膝蹴り) | BreakingDown8.5 | 2023年7月1日 |
| ○ | H・ユジン | 1分1R+延長1R TKO(ドクターストップ) | BreakingDown8 | 2023年5月21日 |
| × | YUSHI | 1分1R+延長1R 0:28 KO(ボディへの膝蹴り) | BreakingDown7 | 2023年2月19日 |
| ○ | 高垣勇二 | 1分1R+延長3R終了 判定3-0 | BreakingDown6.5 | 2022年12月4日 |
| × | 黒石高大 | 1分1R+延長1R終了 判定0-5 | BreakingDown6 | 2022年11月3日 |
| ○ | 行虎 | 1分1R終了 判定3-0 | BreakingDown5.5 | 2022年8月16日 |
| ○ | べーやん | 1分1R終了 判定4-1 | BreakingDown5 | 2022年7月17日 |
| × | 瓜田純士 | 1分1R終了 判定1-2 | BreakingDown4 | 2022年3月21日 |
脚注
編集- 1 2 “BreakingDown闘う料理人”こめお”が世界規模で勝負するための激辛蟹ラーメン屋「かにを」を浅草にグランドオープン!”. プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES (2026年5月9日). 2026年9月11日閲覧。
- 1 2 “"闘う料理人"こめおさんが聞きたいのは「おいしい」の一言。手ごろで簡単な料理を通してこどもたちに伝えたいこと”. OTEMOTO[オ・テモト] (2024年2月27日). 2026年9月11日閲覧。
- ↑ “【1ページ目】〝闘う料理人〟こめおがブレイキングダウン引退「俺の生きる道はここじゃないわ」”. 東スポWEB (2024年11月16日). 2026年9月11日閲覧。
- 1 2 “冷やしカニラーメンで食中毒123人 代表謝罪 衛生記録なしのずさん管理”. テレ朝NEWS (2026年9月11日). 2026年9月11日閲覧。
- ↑ “「割烹 こめを」提供の「冷やし蟹ラーメン」で食中毒、7日間の営業停止処分…症状あった78人全員が食べる”. 読売新聞 (2026年9月4日). 2026年9月11日閲覧。